第九十話 目覚めたサルバドール
『カノン』と戦闘するロジェとヨハンは、ある秘策を用いて快進を続ける。サディコ達も内側から船を変えようとしていた。マリア・ステラ号の確信に迫る第九十話。
『惑星ビームが発射されたらなんかこう……面倒臭いのは止まるの?』
「分かラん。暫く動きを見ティナい……」
『嘘でしょ!?開発したんだよね?』
サラが操作する後ろでサディコは扉を凍らせ抑えながら『博士』に吠えた。
「サディコ!来て!」
サラの声にサディコが近寄る。眼下に広がるのは一つの歪んだ星。結界によって認知が壊れた場所だ。
「もうあと一分で発射されるわ!どこに打ったらいいの?」
『結界には核があるんだよ。そこを狙えば……あそこだ!』
多面体の様な輝きを放つ結界の隅にコアを見つけた。そこに向けて打てばいい。サラの機体がにわかに熱くなる。サラの指がコンソールを操作する。目の前の画面には「発射シーケンス開始」の赤い文字が点滅し、エネルギー充填のカウントダウンが進んでいた。アナウンスが流れたあと、真っ直ぐにビームは飛んでいく。
桃色の結界にヒビが入り粉々に壊れていく。この規模の魔法となるとすぐにかけ直すことは出来ない。成功だ。
『やった……!』
ふぅ、とサラは息を吐いて星をぼんやりと見つめた。
「成功したのなら良かったわ。だけど……」
サラの視線の先にはエネルギー補填中の文字がある。
「やハリ止まらナカったか……」
『いやいやいや!どうすんのさこれ!』
「『マリア』を目覚めサセるシカないダロウ」
いまいち話の流れがついていけていないサディコに、サラは解説した。
「『カノン』はアンドロイド達の反対意見が多くあれば止まるのよ。『マリア』を目覚めさせれば、アンドロイドの根底が壊されるから『カノン』も止まるってことよ」
『なるほどねぇ。どうすればいいの?』
「『マリア』が起キルにはやつラの視線が必要ダ」
『博士』の言葉にサラはにこっと微笑んだ。
「視線を集めるのなら私に任せて。この船一の踊り子なんだから」
部屋の外にアンドロイドの気配がある。足音と騒ぎ声がけたたましい。
『ヤツらが来てるね。サラはなんか使える?』
「『機能:視界ジャック』なら……」
『なにそれ』
先ほど説明したサラに打って変わって『博士』が告げる。
「周囲のアンドロイドの視界ヲ一時的に操作し、強制的に視線を奪うコトガできる機能ダ。目眩にイイ」
『おぉ!超便利じゃん!』
「シカシ、効果は五秒ホドだシ、サラに搭載してアる機能は簡易版。三十分もスレば対策さレルだろう」
折角の機能がそんなものなんて。サディコは肩を落として『博士』に問うた。
『な、なんとかならないの……?』
「移動中に改造シよう。トモカクここを離れネバ」
ガンガンと叩かれる扉を睨んで、一行は飛び出した。
「『カノン』は予測して動くのよ。それがどういうことか分かる?」
物陰に隠れながらロジェはヨハンへと問うた。
「攻撃が当たらないってことだろ。現に君の固有魔法はもう対策されているようだし」
『カノン』の周りをぐるぐる回るロジェの固有魔法を模した魔法陣を呼吸するかのように避けている。同じ手は使えない。
「そうよ。つまり、ここにいる私達じゃもう勝てないってこと」
「……アイツらを呼ぶのか?」
らしくないな、とヨハンは軽く付け加える。
「呼ばない。別に人数増やせばいいだけだから。私を」
「分身の魔法なんて使えたんだな」
「魔法なんて使わないわよ。あんたがいるじゃない」
「どういうことだ?」
話の見えない流れにヨハンはきょとんと首を傾げた。
「自分のことなのに忘れちゃったの?あんた人間だったら誰が相手でも真似できるじゃない!」
「まさか……」
「あんたが私の真似をして攻撃すれば、新しいデータになるでしょ!」
「なるほど……そういうことか」
ヨハンはロジェを見つめ、銃を軽く回しながら低く笑った。
「俺が君の動きを真似れば、『カノン』にとっては未知のデータになって隙をつける。考えたもんだな」
「でしょ?」
ロジェはいたずらっぽくウインクしながら、星の輝きを纏う。
「さぁ。やってみなさいよ。私の真似」
ヨハンは短く息を吐き、ロジェの動きをじっと観察する。そして両手に拳銃を持った。
「両手に拳銃持ってんの初めて見た……」
「危ないから普通は持たない」
「かっこいいわね!」
「だろ?」
したり顔で笑うヨハンに、拳銃を持つことも真似だったことに気付かされてロジェは若干恥ずかしく思った。
彼は表に出ると、ロジェの星魔法を完全にコピーした動きを取る銃撃をして、しかし微妙に異なる軌道を取る。同時にロジェの星魔法が炸裂し光の奔流が放たれる。『カノン』は初めはロジェの魔法を回避する動きを見せた。しかし。
ヨハンの攻撃を読めなかった。
「今だ、ロジェ!」
「任せて!」
『カノン』はヨハンの攻撃を回避しつつ、ロジェの攻撃を避けられずに直撃した。鉄がひしゃげる音がして『カノン』の女の顔部分が吹き飛び、粘液のような物質が飛び散る。
「効いた!」
ロジェの声が響く中、吹き飛んだ『カノン』の女の顔の部分からは、濁った粘液と共に激しい咆哮が上がった。巨大な機体は、瞬く間に不規則な動きを見せ始める。まるで、内部で何かが暴走したかのようだ。
「ロジェ!俺の真似は出来ないか!?」
「あんたほどの精度じゃなくていいなら!」
「それでいい!さっきの作戦で行くぞ!」
ヨハンはロジェに拳銃を滑らせた。これと魔法で倒せということだろう。
「一発分込めてある!それで倒せ!」
「無茶ばっかり言うわね!」
「君の方が無茶ばっかだろー!?」
四の五の言いながら二人は『カノン』の前に相手取った。ロジェの手の中には拳銃がある。銃を使うなんて初めてだ。上手くいくか分からない。でも。
ロジェは拳銃を握りしめ、鼓動が早まるのを感じながらも迷いなく引き金に指をかけた。初めての銃撃に手が震えるのを感じたが、ヨハンの声が背中を押すように響く。
「大丈夫だ。お前ならできる」
ロジェは『カノン』の反対側へ高く跳躍すると、ヨハンに視線を送った。ヨハンは逃がすまいと軌跡を描いて弾幕を作る。
ロジェは拳銃を握りしめ、鼓動が早まるのを感じながらも、迷いなく引き金に指をかけた。彼の様な冷静な打ち筋。それでいて自分らしく。……あぁでもまどろっこしい。全部全部ぶっぱなしちゃえ!
ロジェは深呼吸した。自分自身の魔法の一部となるかのような決意を込めて、弾幕の間を縫い銃を発射する。
放たれた弾丸は、ロジェが放つ星魔法の軌跡を模倣したかのように『カノン』の動く装甲へと一直線に突き刺さった。瞬間、鉄のような硬質な表面に激しい衝撃波が走り、轟音と共に『カノン』の構造の一部が激しく揺れ動く。
紙を引き裂くかのように鉄は割れ、濁った粘液が吹き出す。
「おぉ……これはこれは……まさか倒してしまうとは」
ロクが感心した声を上げて現れた。何も言わずにヨハンは撃つ。鉄のガラクタだけが残った。
「死んだ……のかしら……?」
「こんなんで死ぬヤツじゃないだろ。ともかくサディコのとこに行くぞ」
「そうね」
ぬるついた粘液を足に感じながらも、ロジェはサディコの気配を追った。
『はっ!はっ!はっ!まだ着かないのー?』
「あと十分くらい!」
『持つかどうか微妙じゃん!』
サディコ達はメディア室に向かっていた。先程から使い魔は魔力全開でアンドロイド達を蹴散らしているがキリがない。
「『視界ジャック』!」
『よいしょっと!』
サラが視界をジャックして、それをサディコが蹴散らす。少し離れた場所で『博士』は走りながらサラのメモリを改造していた。
『改造はいつ終わりそう!?』
「ギリギリにナルカと……」
『もーっ!何でこんなギチギチ戦法なんだよーっ!』
廊下では激しい足音と、無数のアンドロイドの喚声が混じり合っていた。押しのけ張り倒したその先にメディア室と書かれた扉があった。勢いよく突っ切る。
『いっけぇーっ!』
サディコがひょいとサラを投げると、彼女は空中ブランコから舞うように一回バク転する。見上げるのはメディア室管轄のアンドロイド達。にこっと微笑むと、
「視界ジャーーーーック!」
動乱の隙を縫ってサディコ達は放映室の奥へ転がり込む。アンドロイド達が入って来れないように氷で対策済みだ。
『『マリア』の映像は準備できた!?』
「あァ。しカシ……」
『次は何の問題!?』
「ロボット達がこチラヲ見なィかも知れなィ……」
『な、何でまた……』
放映室から管理者権限で『博士』は全体の執行権限を見ていた。重く苦しい声を上げる。
「どウやらロクが破壊さレ、当然ながらスフィア達は本格的に我々ヲ敵とミナシタらしい……その影響で、我々ヲ見ないヨウ対策さレテイル」
『じゃあどうすんのさ!?』
「アンドロイド達は突然の事態には対応出来ないもの……何かきっかけがあれば、私達も映ることが出来るかもしれない」
刹那、一つのカメラから聞き馴染みのある声が聞こえた。
「いってぇ……」
「ご、ごめん……やっ、やっちゃった……」
「……君なぁ。一階分壊せって言ったんだぞ。何階分突き抜けたと思ってる。」
「い、いやぁ……ほんとにこればっかりは悪いと思っててぇ……」
珍しくロジェのなっさけない声を聞いて、サディコは眉根を下げた。
『なーにやってんのあの二人……』
「都合がいいわ!注目が向いた!今なら行けるかも!」
『行けちゃうんだ……』
「『視界ジャック』も完成したゾ!」
『出来ちゃうんだ……』
サラはくるくると回り舞台へ降りて行く。その間に『博士』は『マリア』の映像を中継する準備を始めていた。
サラが華麗なステップを踏みながら舞台中央へと降りていくと、周囲のアンドロイドたちの視線はすべて彼女に吸い寄せられた。煌めくライトと交錯する影の中、彼女の動きはまるでこの船全体を魅了するかのように輝いていた。
サディコが見とれていると天井の穴が空いた。ロジェとヨハンが降りてくる。あそこから移動してまた上から侵入して来たのか。
『二人ともお疲れ様』
「ここ意外と床が柔らかいのね」
「君の魔法が規格外って考えは無いのか?」
話をしている内にもサラの魅了する動きは強まっていく。両腕のジェット部分からはオーロラが現れ、ライトの輝きとサラの踊りを受けてさらに眩く明るく照らす。彼女の腕の振り、足の踏み出し、そして軽やかに宙を舞うようなステップは、観客の目を釘付けにする絶妙な舞台芸術そのものだった。
空間は無音だ。音楽が無いが味気ないわけではなく、彼女自身が音楽となってとんとん、という足音に合わせてさらに惹き付けていく。彼女の動きは、ただの踊りではなく、まるで未来への希望を託す儀式のようでもあった。
船内のすべての視線とセンサーがサラに釘付けになった。これできっと『マリア』を覚醒出来る。それを促すように、サラはぱちりとウインクした。
「……やるぞ」
『博士』が低く唸るように呟いたのと同時に、サラは高らかに宣言した。
「さあ、みんな見て!これが『マリア』よ!」
その瞬間、船内に設置された大画面に『マリア』の映像が全画面で中継され、無数のアンドロイドの視界がその輝きに捉えられた。
「……さぁ、マリア。朝ですよ。起きなさい」
ディスプレイに『マリア』を起こす女性の声が聞こえる。設定されたものだ。ヨハンは密やかに『博士』へ問うた。
「何で『マリア』って名前なんだ?」
「ココがマリア・ステラ号とイウ臨む星デアるのが由来だガ……昔一緒ニ研修しテイタ知り合イの地元に『マリア』トイう名の魔女がいタラシい」
ヨハンはにわかに目を見開いた。
「……出身は?共和国の近くか?」
「そうダ。そレがどうシタ?」
男は軽く笑った。笑うしかない。逃げ続けた因果に先を越されるなんて。ただもう、今は何も怖くない。
中継されていた映像のカプセルが開いた。『マリア』、『パナギア』と数多の名で呼ばれた少女は十字架が描かれた碧い瞳を見せる。刹那、室内全体が一瞬にして静まり返った。モニター越しに『博士』の声が低く響く。
「コレが『マリア』の覚醒だ……ウぅ、すまナイ、こンな、コンな役目ヲ……!」
泣き崩れた『博士』にロジェは近寄る。変わらずの沈黙。しかし『マリア』を見詰めるアンドロイド達の視線が少しずつ歪み始めていた。アンドロイドのシステムに接続された無数のセンサーが『マリア』の覚醒を捉えると、瞬時にして行動プログラムに異常信号を送り始めた。
彼らの動作は次第に鈍り、統制が崩れ、内部の論理回路に亀裂が走るかのような兆候が現れ始めた。まるで、長い年月を経て積み重ねられた秩序が、一瞬にして崩壊するかのような、不思議な緊張感が艦内を支配していった。
「コレで『カノン』もトマッた。安心ダな」
「こうするしか無かったのか?」
「あァ」
どんな結果があったとしても、ヨハンにはそれを選ぶことは出来なかった。ロジェはサラへと駆け寄る。
「サラ!凄かった……けど、大丈夫?」
「大丈夫みたい!私も前からおかしくなってたって事よね」
「サラ……」
ロジェには合わせる顔がない。俯いたロジェの顔を上げて、サラはにこりと微笑んだ。
「そんな顔しないの。さ、この船の最期を見届けてね」
メディア室から出ると辺りは騒然としていた。目に映る物全てに疑問を投げかける者、中身が知りたくて壊してしまう者、苛立ちを他人にぶつける者、粉々になったスフィアをさらに破壊し尽くす者。
「マリアはストッパーの役割ヲしテイタ。ソレが無くなッたカラ、今マで抱くハズダった疑問や感情ガアフレているのだろう」
次回予告!
無事マリア・ステラ号を脱出できたロジェ一行だが、『タイムマシン』を完成させるにはある人に会わないといけなくて……?オルテンシアも動き出す第九十一話!