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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第六章 人閒如夢擬態船 マリア・ステラ号
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第八十九話 動き出すアーエール

『カノン』の起動場所に向かった一行は、明るみになったロクの作戦を聞く。今、旧人類を相手取った戦争が始まった。土壇場が続く第八十九話!

エレベーターは微かに振動している。表示が『第七階層』に変わると、金属の扉が左右に開いた。一行を迎えたのは冷たい青白い光に照らされた広大な施設。天井は見えないほど高く、それを一本の柱が支えていた。壁面には何層にも重なる配線や端末が張り巡らされている。ロジェが口を開いた。


「ここが『カノン』の封印場所?」


「ソウだ」


ヨハンが銃を構えながら呟いた。


「気を抜くな。こんな静かな場所が安全なわけがない」


『生き物の気配は無いけどなぁ』


「アンドロイドの気配も何も無いわね」


サラは周囲にサーチをかけたが、何も引っかからなかった様だ。この部屋には何もいないらしい。


「いないってことは……もう使い終わったってことじゃないかしら」


ロジェの一言にヨハンは頷く。


「先に進もう」


柱の奥には扉があった。鍵はかかっていない。来いということだろう。螺旋状の階段を昇っていくと巨大な円形の部屋に辿り着いた。中央には直径数十メートルにも及ぶ大きな装置が鎮座している。それは卵のような構造物を持ち、黒光りする表面に無数の配線が仕込まれていた。


「『カノン』ダ……!」


『博士』は『カノン』に近寄り端末を操作しながら言った。


「間違いナい。コノ形状、エネルギー反応、すべテガ一致する……だが、これは……」


痩せ細った手が止まり、険しい声音が響いた。


「動力源が動き始めている……!」


「間に合わなかったか……!」


すると部屋のスピーカーから低い声が響いた。間違いなく、ロクの声。


「侵入者発見……て、ロジェさんじゃないですか!どうしたんですか?こんなところで」


声は疑問を含んだ声だった。ロジェは物凄い剣幕で捲し立てる。


「あんた……!ここまで来てまだしらばっくれるつもり!?今からしょっぴいてやるから観念なさい!」


「やだなぁ。なんか勘違いしてますよ。私達は旧人類の叡智を保存する為にこうしてるんです」


ロクは訂正をかけた。黒い蕾はびくびくと薄気味悪く拍動している。


「それが私達を地上に戻さないことに繋がるわけ?」


「まぁ、そう言う言い方もありますけど。不自由はさせません。そうだ。いい提案があります」


ロクはいつもと変わらぬ調子のまま提案を告げた。


「そこにいる『博士』、もとい『代理人』を殺してくれれば、ロジェさんは地上に返すし、ヨハンさんも『タイムマシン』を使えるようにしますよ。サラの処分も不問にします。どうですか?win-winじゃないですか?」


いよいよ思考を隠さなくなって来たロクに、ヨハンは顔を顰めた。


「……一応聞いておくが、お前は『カノン』を起動して何をするつもりなんだ」


「地上の探索を進めようと思います。その為にあの結界を破壊しないと」


壁の一部が硝子張りに変わった。次元に次元を絡め原型を留めなくなった故郷が見える。


「最終的には再び文明を復活させる予定です。一度更地にして、またそこからですね」


「旧人類の叡智は私達が伝えていく。あんた達の出る幕は無いと思うんだけど」


ロジェは踏み込んで問うた。


「あんたの本当の目的は何?」


しばらくの沈黙の後、ロクの中身が喋る。


「……作りたいんですよ。人間を」


「クローン人間ってこと?倫理的にアウトだけど、それならもうカノフィアの技術で──」


「違います。アンドロイドとして、人間を作りたい」


ロボットらしからぬ……一万年生き続けた人間の亡霊が、ゆらりと据わらぬ声を出す。


「旧人類は神の真似をして我々(ロボット)を作った。だから今度は、我々(ロボット)がまた擬似生命体を作りたい。その為に地上は実験場として使いたい。更地になって貰わないと困るんです」


ヨハンは銃を構えた。


「つくづく気色の悪い思考だな」


ロジェも神器を起動させる。


「やりたいことは分かった。話には乗らないわ。あんたをぶっ壊してやる」


「そうですか。それは残念です。『カノン』。行っておいで」


うねっていた蕾がどろりと白い液体を零して開く。湯気の奥から赤ん坊の泣き声が聞こえた。噴出した透明な粘性のある液体が室内を濡らし一行はたじろぐ。


「何これ、気色悪い……」


サラは機体にへばりつく液体を払った。


「来ルぞ!」


泣き声が止んだかと思うと地響きが起こる。蕾の中から生えてきたのはムカデの身体を持ち、男女の顔を持った機械とも生き物とも思えない何かだった。


「これが『カノン』なのか……?」


「イや、これはミテクレだ。別にモノがあル」


体長は十mを超していた、ねたつく粘液を持つ『カノン』。蛇の威嚇の様な音を出して威圧している。


ロジェは思考を巡らせる。完璧に戦闘できるのは私とヨハンとサディコだけ。リソースを考えるとここは私とヨハンで食い止めてロクをサディコに任せるしかない。


「サディコ!サラと『博士』を連れて『カノン』の本体をぶっ壊してきて!」


『りょーかい!』


駆け出していくサディコをちらと見て、ロジェは『カノン』に向き直る。ヨハンの戦闘能力は高いが、それは対人型生命体戦の場合に限る。相手が巨大であったりする時は後衛に回ることも多い。


対してロジェの扱う力は前衛も後衛も行える。それなら自分が前衛に立って、然るべき戦闘を行えばいい。……然るべき戦闘って?何を持ってしてそう言えるのだろうか?


ヨハンは考え込んだロジェの顔を覗いて薄く笑いつつ銃に弾を込めた。


「余計なことは考えなくていい。ただ君の好きなようにすればいいさ」


好きなよう。ヨハンが想像するそれは、どこまでも傍若無人で、破壊で、瓦礫を星々に変える彼女の魔法。


それにはきっと、計画などあってはならない。ただ突然に、未来的には必然に。どこまでも自由でなければあの魔法は見えない。世界の命運、自身の命がかかっても望んでしまう、それだけ輝きのある魔法。


その様子を見てロジェはこくりと頷いた。


「いいの?めちゃくちゃやるわよ?」


「その言葉を待っていた」


ヨハンは嬉しそうに微笑んだ。ロジェは息を吸い、星々が纏う冷たい空気を肺に満たす。


「それじゃ、遠慮なく!」


次の瞬間、彼女の足元から魔法陣が浮かび上がる。眩い星の輝きが瞬き、空間がわずかに歪んだ。


「『星降トレイル・る槍の魔法アストレイヤ』!」


無数の光の槍が宙に生まれ『カノン』へ向かって一斉に放たれた。だが、『カノン』が発した強烈な金属の高音が響いてあまりの轟音に二人は耳を塞ぐ。


突如、『カノン』の身体が波打ち、槍が触れる直前に装甲の表面が変形する。槍が触れる瞬間、それはまるで液体のように軟化し槍を呑み込んで消し去ったのだ。


「飲み込むなんて……!」


ロジェが眉を顰めたその時、『カノン』の女の顔の口が大きく開いた。口からどろりとした粘液を出して光る筒状の何かを出す。辺りの空気を集めたそれが放出したのは振動する超音波の奔流だった。


「伏せろ!」


ヨハンが叫ぶと同時に、ロジェは即座にバックステップで後退する。壁に直撃した音波は金属を砕き衝撃波が二人を襲った。体が軽く浮いたロジェをヨハンは首根っこ掴んで引っ張った。


「金属が壊れたのなら人なんですぐに壊せるはず。様子を見てるのね……」


ヨハンは衝撃を軽くいなして素早く立ち上がる。彼の目はすでに『カノン』の動きを追っていた。素早く弾丸を装填すると口早にロジェに告げた。


「これで時間を稼ぐ!『カノン』の動きが止まったら固有魔法を打ち込め!」


「分かったわ!」


乾いた銃声と共に撃ち出された弾丸『カノン』に埋め込まれ、動きが一瞬だけ鈍った。


「今だ!」


ヨハンの声にロジェがすかさず駆け出し、地面を蹴る。


「星は全ての人の上にあるもの。導き、破壊するものよ。数多の時空を超え、星辰の導きに従って進むべき道を示し、天命はこれを持って進め。運命と時は神の上にあらず、常に人の上にあらんことを!」


星の輝きが収束し、彼女の周囲を取り巻く。半ば『カノン』に突っ込む形で魔法を発動させる。


「固有魔法『終焉もたらす弥終(シュペルノヴァ・の凶星 (マレフィック)』!」


収束した光が炸裂し、時空を切り裂くほどのエネルギーが放たれる。しかし──


「うそっ!? 避けた!?」


『カノン』はその巨大な身体を僅かにしならせ、ロジェの魔法を躱した。それはまるで未来を予測しているかのような動きだった。


「こいつ……私の攻撃を読んでる!?」


ロジェは瞬時に理解した。『カノン』は単なる戦闘兵器ではない。知性がある。彼女の攻撃パターンを学習し、最適な回避行動を取っているのだ。


「おいおい、マジかよ」


ヨハンが苦笑しながら、銃を再装填する。


「マリア・ステラ号の最終兵器って名前は伊達じゃないねぇ」


ロジェは息を整え、目を細める。


「でも、予測して動くなら……逆手に取れるわ」


ヨハンがニヤリと笑う。


「面白いことを考えたみたいだな」


「ええ、こっちが一枚上手だってこと、見せつけてやるわ!」


ロジェは息巻いて『カノン』に向き直った。









『どっち!?』


「こッチだ!」


人気のない通路をサディコと『博士』とサラは走っていた。目指すは『カノン』の本体だ。


『本体を壊せば『カノン』は止まるんだよね?』


「止まラん。あれは別ものダ」


『はぁー!?何それ!』


『博士』の誘導のまま本体へ向かう道を全力疾走するが、見張りが一人もいない。気配もない。


『なんでこんな人いないの……?』


「ロクの余裕から来てるのかもしれないわ。どうせ止められないって思ってるんでしょう」


『ゾンビ風情が……ムカつくなぁ』


辿り着いた部屋には一面基盤が埋め込まれていた。本体と言うよりも内部だろう。


『こっからどうすればいいの?』


「ワタしが操作すルガ……間に合ウカどうか……」


『間に合うって何にさ』


「『カノン』の惑星削除砲、によ」


聞くだけでぞっとする言葉にサディコはうんざりしながらため息をついた。


『あぁ。それが動いちゃぼくらの故郷は終わりってことね』


「そうよ。だからどうしても間に合ってもらわなきゃ困るの。サディコの帰る場所が無くなっちゃうわ」


『ふぅーん……』


サディコは撫でるように伸ばしたサラの手から逃れるような形で作業中の『博士』を肩越しに見る。幸せだと思うように設定された世界。故郷というにはあまりにもかけ離れた場所。


『ビームでオルテンシアの魔法だけ解けたりしないかなぁ。うねうねしてるもんねぇ』


画面越しの世界には幾重にもかけられ過ぎた結界で原型を留めていない星が映っていた。何かを逃すまい、入れるまいと躍起になっているのが嫌でもわかる。


「何のコとだ?」


『え?結界やばいじゃん』


「見エナイが……」


一瞬の沈黙。ある事に気づいたサディコが思いついたように顔を上げた。


『そうか!旧人類はエーテルの流れが見えないんだっけ!そっか。それなら……』


一拍置いて、


『惑星削除ビームは解除しなくていいかもしれない』


狡猾でありながら知恵を持つ使い魔は、淡々と手短に説明を始める。


「どういうこと?」


サラが端末のデータを睨みながら問いかける『博士』は手を止め、サディコを見下ろした。


「惑星削除砲を解除しナイとは、どういう意図ダ?」


サディコはしっぽを軽く振りながら、壁面に映し出されたマリア・ステラ号の制御パネルを見上げる。獣の目には絡み合った次元の歪みと、異常なまでのエーテルの流れが写っている。


『二人には見えないけど……結界があるんだけど、普通のやり方じゃ解けないんだ。でも惑星削除ビームを撃たれたら、多分壊れるんじゃないかなーって』


サラの目が鋭く光る。


「まさかそれで……その結界、だっけかを破壊するつもり?」


『うん。ぼくたちが利用するんだよ』


『博士』は眉をひそめる。


「ダガ、コントロールを誤レバ、星そのものガ消え去ル。帰レナくナルのだゾ」


『元より覚悟は出来てる。それに』


サディコは軽く唸った。声はオルテンシアに向けたもの。


『ほっといたら撃たれるんだ。間に合うかも分からない。ならこっちがどうするか決めた方がマシじゃない?』


「……確かに。そう選ぶことも出来るわね」


サラは僅かに苦しそうな表情をして決断を下した。


「『博士』、制御コードを私に渡して。私が砲の発射タイミングを調整するわ。サディコはどこに撃ったら良いか教えて」


「……やルしかナイカ」


『博士』は端末を操作し制御コードをサラに転送した。

『カノン』と戦闘するロジェとヨハンは、ある秘策を用いて快進を続ける。サディコ達も内側から船を変えようとしていた。マリア・ステラ号の確信に迫る第九十話。

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