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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第六章 人閒如夢擬態船 マリア・ステラ号
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第八十七話 自分自身のフラトリサイド

ヨハンに殺され続けるロジェが辿り着いた迷路の最深部で見つけた事実とは?これは過去から過去に送るメッセージ。永遠の迷路から脱出する第八十七話!


「は、ぁっ!?」


再び入り口に戻ってきたロジェは飛び起きた。確かにあの時死んだ。視界が真っ暗になったはず。なのに何故生きている。


「どうした?」


「ひっ……ぁ、いや、何でもない……怪我しちゃってさ、さっき……あ、でもそれが治って、良かったなって、ははは……」


撃った本人に心配されて、ロジェは慌てて飛び起きた。


「綺麗さっぱり治るのねぇ。多分触れることで身体が出発時の状態に戻るんだわ」


『便利だねー』


「……ともかく先に進みましょう」


さっきからこれしか言ってない気がする。というかこれしか言えない。歩かなければ。前に進まなければ。彼らの会話をぼんやりと聞きながら、ロジェは先の祭壇まで戻る。だが、死体が無い。胡乱な目で探すがそれらしいものはおろか血も無い。死んでいなかったということだろうか。


「次で終わり、よね……」


「そうだと良いわね」


ロジェはタイムマシンの破片を触れないように掴むと瓦礫を押し退けて前に進む。静まり返る迷宮の中、三人と一匹はただ無言で歩みを進めていた。湿り気のある空気が肌にまとわりついて足音だけが響く。この迷宮に流れる時間はどこか狂っている。進んでいるのか、戻っているのか、誰も分からない。言葉数も少なくなる。


やがて一行は急な階段に差し掛かった。上へと続くその階段は、一本の線のように迷宮の闇を突き抜けている。足元の石はひんやりと冷たく、段々と空気が澄んでいくのを感じた。壁に刻まれた傷跡はもう一つ二つしか残っていなかった。


「この先が……」


「最後の祭壇だろう」


「気を引き締めましょう。最後の祭壇……そこにきっと、私たちが知りたい全てがあるはずよ」


階段を登り切ると、広がっていたのはこれまでの祭壇とはまったく異なる空間だった。門があった。一面に刻まれた幾何学模様。それらが青白く発光し、空間全体を柔らかな光で照らしている。門の奥は迷宮の出口。その前に丸い円が四つ設置されている。


「これも何かの仕掛け?」


『DNAが足りません』


突然流れたアナウンスにロジェは顔を顰めた。


『この門を通過するには、通過する人数分のDNAが必要です。セットして下さい』


「ヨハンじゃだめなの?」


ヨハンは試しに指を切断し置いてみるが反応しない。『正式なDNAをセットして下さい』というアナウンスだけが響く。


「ダメみたいだな。旧人類かつ普通の人間だけ受け入れるんだろう」


今度はロジェの髪を切って人数分置いてみる。しかし承認されたのは一つだけだった。


旧人類のみを受け入れるDNA。切り取られた親指。『鍵は君自身にある』。なるほど。なるほど。ロジェは膝から崩れ落ちる。


『ロジェ?どうしたの?』


「……は……」


『ロジェ……?』


「ははははははっ!あはははははっ!ばっかみたい!はははっ!」


けたけたと楽しそうに笑い出したロジェに、サディコはたじろいだ。様子がおかしい。先程の憔悴しきった目はどこに行ったのだろう。喜ばしいもののはずなのに、ちょっと怖い。


「はーーーー……ひっさしぶりにこんなに笑ったわぁ。あー面白い。怖がってたのがバカみたい」


『いや、ロジェ……どういうこと?』


サディコはふと周りの一人と一体を見た。ヨハンもサラも顔色を変えていない。むしろ険しい。何かこれから起こることに身構えているように。


『……ヨハン、サラ?』


「本当二人には面倒かけるわ」


「かけたわ、にはならないのよね……」


サラは肩を落として落ち込んでいる。


『いやいやいや何の話?説明してよ!』


「単純に言うと『私殺人事件』だってこと。ね、あんたはどこまで覚えてるの?」


ヨハンは目を伏せて苦しそうに返した。


「……今から自分を殺せと命じるところまで」


『へっ!?』


さっきからロジェとサラとヨハンが何を言っているか分からない。サディコは顔を見ながらきょろきょろしていた。


「やっぱりサラに記憶を持って貰っててよかったわ。人間だと記憶の定着に時間がかかるのかしら……」


サラは苛立ちを交えてロジェに返す。


「記憶のアップロードが間に合わなかったらどうするつもりだったの?」


「間に合ったしいいじゃない」


が、当の本人は飄々としていて意にも介していない。サディコに言い聞かせるようにロジェは言った。


「ここを突破する為には旧人類のDNAが四人分必要でしょ。今ので一個分は通ったじゃない。じゃあと三人分どうするか」


『過去のロジェを殺すことで、DNAを手に入れる、ってこと……?』


「そう!で、サディコは私の影響を受けるから無理じゃない?過去、現在、未来という時間の影響を受けないのはサラとヨハンだけ」


確かに。サラは機械で、ヨハンは不老不死だ。過去に知っていればどの時間軸でも対応出来る。


「サラには計画を全て伝えることでいかなる時間軸にいてもヨハンに伝える役目を負ってもらった。あの映像をトリガーにしてね」


親指を見せたのはそうしろってお願いしたからよ、とロジェは爽やかな笑みで続ける。


「もし何か問題があったら、代わりに殺してもらうことにしたの。このガムもね」


『あ。ばっちぃガム』


ロジェの血液がべったりついたガムは包み紙に包まれている。サディコのそのまんまの指摘にロジェはたじろいだ。


「そ、それはそうなんだけど……ともかく、今私が持ってるタイムマシンはDNAに触れると出発時のDNA所持者に戻すの。この台座にセットすれば復活する」


集めて来た破片に触れぬように台座の中心に嵌め込んでいく。


「ヨハンが私のDNAを採取したら、過去の私は死ぬし、今ここにいる私も死ぬじゃない。万が一消滅するようなことがあれば困っちゃうから、安全装置がてらガムを渡したってわけ」


ロジェはサラの手に包み紙を置くと、階段を降り始めた。


「それじゃあヨハン、サラ。後はよろしくね」


『え!?ロジェ!?どこいくのー!?』


とたとたとついてくるサディコに、真顔でロジェは答える。


「あの時の死体は四周目の私だった。なのに私は死んでない。死ななくちゃならないのよ」


使い魔が反論を叫ぶ前に、祭壇の前に立つ一人と一体に言った。


「私がさっきの祭壇でタイムマシンを使えば押し出し方式で四周目の私がここに来る。必ず殺してね」


「貸し一つだぞ」


ヨハンの押し殺した言葉にロジェは階段を降りながら返した。


「……ここに何周目の私が来たって、同じ選択をするわ」


「それは理由にならない」


ぴたり、降りる足を止める。軽く振り返ると。


「分かったわ。好きなことを考えておいて」


そして気楽にロジェは、明るく言い放った。


「また会いましょう」


タイムマシンは笑顔を連れ去る。その残滓を見届けてヨハンはホルスターに手を伸ばした。









「道は覚えてるんだっけか」


『うん。分からなくなったら言ってね』


サラから渡されたシーバーの音声を聞きながらヨハンは元来た道を歩いて行く。四周目から早速激戦が予想される。計画はこうだ。自分は仮死薬を含んだ弾丸で眠らせ、サラには手を引いてもらう。サディコを捕まえてもらってもいいだろう。一つ前の祭壇の扉に立つ。もうじき開くはずだ。


『何か作戦はあるの?』


「手早く済ますしかない」


『……分かってると思うけど、なるべく一回目で成功した方が良いから』


あのね、とサラは続ける。


『何回か失敗すると精神的にやられちゃうから、気をつけて』


「仲間を殺せって言われて精神的にやられないやつの方が珍しいと思うぜ」


扉が開く。ヨハンは軽く笑い飛ばして銃を構えた。視認した自分に一発で仮死薬をぶち込む。これで二時間は持つだろう。


「ヨハンッ!?」


駆け寄ったロジェを見ながら、ヨハンはサラに目配せをした。


「そいつは死んでない。心配すんな」


四周目のサラは全てを理解してサディコを捕まえる。使い魔はサラの腕の中でじたばたと暴れた。


『いきなり何なのさ!やっぱりアンドロイドは悪いやつなんだ!』


「そういう訳じゃないのよ。これは必要なことなのよ」


「ちょっと待って、どういう状況なの、これ……」


ロジェの問いに答えることもなくヨハンは銃を構えた。そのまま距離を詰めて突きつける。


「最後の扉を突破するには君のDNAが必要なんだ。悪いんだが死んでくれ」


「はいそうですかって言うわけ無いでしょ。あんた誰なのよ」


睨みつける血よりも紅い眼。あぁ、これが。これこそが、人外達が恋する瞳。


「俺は俺だよ。君の良く知っている俺だ」


その剣幕も何もかも人間のちっぽけな少女のものでしかない。だのにどうしてここまで迫力があるのか。ほんの少しの嘲りと、埋め尽くす敬慕。


「あんたの姿を借りた何かでしょ。それ以上ヨハンの姿でバカみたいなこと言わないで……!」


「君がバカみたいなことを言い出したんだろう?」


駄目だ。愉しくなってきた。怖かったはずなのに。そう思わなければならないのに、僅かに笑みが零れる。


「勝手なこと言わないで。私は無意味に死なないし何より死にたくない。あんたが私に死ねと言うのなら、私はあんたを否定する!」


きっぱりと言い切られてしまった。もう一度銃を持ち直す。汗でぬるつく。勝負の時に冷静さを欠いていけない、のに。喉を鳴らす笑いしか出てこない。


「くく……くくくく……そうか、否定されてしまったか。そりゃ残念なことだ」


前からずっと、ほんの僅かな期待はあった。ロジェとの共闘は常に上手くいっていた。それならば互いに戦うとなればどうなるのだろう、と。


「それならロジェ、勝負をしよう」


いつから自分はこんなリスクジャンキーになったのか分からない。しかし、『勝負これ』を選ばずにはいられない!


「この迷宮における未来は君の死で固定されているが、『真昼の彗星』と呼ばれる君なら打破出来るかもしれない」


ヨハンの瞳は冷静さ以外に仄かな熱を帯びていた。


「受けて立つだろう?」


返答は無い。代わりに魔法が飛んできた。


「御託が多いわ。やっぱりヨハンじゃないわね」


砂埃の中で、ただ銃を見つめる少女が一人立っている。


「そう来なくては」


赤い髪の少女の瞳には、恐怖も迷いも見当たらない。代わりに、決意と覚悟がその瞳に宿っていた。これが。あの目が。向けられている。死なないと分かっているのに期待してしまう。あの目ならば自分を殺せるかもしれないと。


ヨハンは銃を構えたまま、低く笑った。


「随分と楽しそうね!いつから私の知ってるヨハンは戦闘の時に笑うようになったのかしら!」


部屋を対角線上に埋め尽くす星魔法。一つでも触れたら爆死だ。


「楽しんでるさ。自分を殺してくれと言われるのも、こんな状況で君に挑むのもな。普通じゃないだろ?」


ヨハンの声には微かに笑みが含まれていたが、その目は鋭かった。


「普通じゃないのはあんたの頭よ!」


言葉替わりに飛んで来たレーザー光線は頭をぶち抜いてやると言わんばかりのものだった。


ヨハンは身を屈め、一瞬で回避すると同時に銃を放った。銃弾がロジェの足元に着弾し、床の石を砕いた。


「『魔法殺し』は伊達じゃないわね……!」


ロジェは跳躍しながら呟いた。空中でさらに魔法を繰り出し、ヨハンの頭上に光の刃を降らせる。


落ちてきた天井を壁にして刃を避ける。弾を込め直した。ロジェの主属性は水だが、星魔法の使い手だ。本人が無尽蔵の魔力タンクだから消費魔力が多い星魔法でも使い続ける事が出来る。


彼女の致命的な点はヨハンに遠慮があるという事だ。僅かに照準がずれている。また、『捕獲』というアプローチではなく『破壊』という方法で責めてくるのは新鮮だ。


「逃げっぱなしはつまらないわ。あんたから来てよ」


「悪いがこれも戦略のうちなんでね。君から来るといい」


ロジェは僅かに歯ぎしりすると、手の内に魔力を集める。


「星は全ての人の上にあるもの。導き、破壊するものよ。数多の時空を超え、星辰の導きに従って進むべき道を示し、天命はこれを持って進め。運命と時は神の上にあらず、常に人の上にあらんことを。固有魔法『終焉もたらす弥終シュベルノヴァ・凶星マレフィック』!」


ロジェは魔法陣を分解して固有魔法を追尾型のレーザーに変じる。


「へぇ!こんなのもあるんだな!」


ヨハンは間隙を縫いながらロジェの様子を伺う。見えた。固有魔法を打ち終わった後だ。成功した安堵に隙が見える。ぐっ、と距離を詰めると、目を見開いたロジェを認めた。


その冷静な一歩一歩がロジェには重く、圧倒的に見えた。固有魔法の反動で足取りが鈍くなる自分を歯がゆく感じながらも、ロジェは全力で反撃を試みた。肉弾戦で攻められるのならこちらもそうするしかない。


「『星降トレイル・る槍の魔法アストレイヤ』!」


周囲に槍を発現させてヨハンにぶつける。だが銃弾と避ける素早さに攻撃が追いつけない。


「くっ……!」


「分かっているのか?自分が使う時は……」


最後の一本になって投げられた星槍をヨハンは受け止めると、手に収めてロジェに向ける。


「『使われる』ことも考慮しなければならない」


「『解除リヒニエタ』!」


星魔法を解除して次に向かってきたのは銃弾だ。連撃が収まらない。隙を作らなければ。


「星は全ての人の上に、」


「それは無しだ」


守護魔法に気を取られて固有魔法が発動出来ない。ロジェの目論見は意図も容易く銃弾で阻止された。半ば覚悟を決めた表情でロジェは元来た通路に駆け出した。

苛烈を極めるロジェとヨハンの戦闘。決着はどのようにつくのか。そして現れた『代理人』。マリア・ステラ号に迫る秘密が明かされていく第八十八話!

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