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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第六章 人閒如夢擬態船 マリア・ステラ号
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第八十六話 無限螺旋のマーダー

迷路を進み、見えたものは何か。ヨハンはロジェを殺せるのか?過去と未来が錯綜する第八十六話。


「これ引き返した方が良くない……?」


「不気味ね」


ますます音は消え失せて暗闇だけが残る。一寸先も見えぬ闇。


『この先行き止まりだよ。風が跳ね返ってる』


「勘が外れたか」


「勘だったのね……」


戻りましょうか、とロジェが呟いた。暗がりで足元が見えない。転けない様にサラが壁に手を触れた。刹那、空中に文字が現れる。


「ホログラムだわ」


「これ絶対ヒントよ!」


きらきらと目を輝かせてロジェはホログラムに近づく。映像も変わらず暗闇。何も見えない。


「……何も見えないわね」


サラが不平を言うと、サディコは目を細めて映像を見る。


『足音がしてる……』


映像は徐々に明るくなった。粘性のある液体が落ちる音。それを踏む音。踏む者。それは。


「え、あ、よは、ん……?」


ヨハンが銃を突きつけた映像だった。驚いたのはそれだけではない。撃った先はロジェ。地面に倒れ伏して生きている気配が無い。ヨハンの左手には何かが握りられている。


カメラの気配に気付いたのか、ヨハンは銃を下ろして手の中の何かを見せる。右手の親指だ。映像は射撃によって終わった。


「な、なによ、これ……」


サラが震え出す横で、少女は映像があった場所を睨みつけていた。「Labyrinth of Eternity」とは脱出が出来ないだけでは無いのか。仲間割れするから?チープな発想だけど魔物がいる可能性も捨てきれない。けど、何も考えられない、殺される?私が?ヨハンに?


『趣味わるー。幻覚でしょこれ』


「俺が間違ってもロジェを殺すわけない。これは罠だ」


サラは呆然としているロジェを支えながら険しい顔をしたヨハンに言い返す。


「罠だって言ったって、これはちょっとリアリティがあ……」


そこまで言いかけて、サラは何かを思い出した様な顔をする。静かに押し黙った。


「……ううん。なんでも無い」


しばしの沈黙。落ち着きを取り戻したロジェはおずおずと口を開いた。


「幻覚だとか罠だとしても、何か意味がある気がする」


ロジェの発言にサディコは首を傾げた。


『えぇ?ただの目眩しだよぉ』


「今までこの迷宮を進んで来て意味の無いものは無かったわ」


焦りを含んだ強い口調のあと、ロジェの恥ずかしい腹の虫が沈黙に響いた。こんな時でも腹は空くらしい。ヨハンはポケットの中から何かを差し出した。


「……チョコとガムしかないが、食うか?」


「……ガム欲しい」


「両方やるよ」


ともかくここは気を落ち着かせて先に進むしかない。瑞々しい桃の味がした。が、桃はいとも簡単に消え失せた。口の中を深く噛んだらしい。血の味しかしない。


「うぇー……噛んじゃった……」


『汚いからぺっしなさい』


「せっかくのガムだったのに……」


歯を抜いたくらいの血の量だ。これは治すのに時間がかかりそうだわと思いながらガムを包み紙に戻す。先に進むと突き当たりに『Access Denied: Permission Required by human』と刻まれたあの壁がある。


「左が当たりだったらしいわね」


「じゃあロジェ、頼んだ」


「任せて」


窪みに指をはめるとちくりとした感触の後扉が上がる。長い通路。その奥にはまたあの祭壇があった。その魅力に取り憑かれたロジェは、吸い寄せられるように手を伸ばした。








「さて。さっきの場所に戻ってきた訳だけど」


先程の祭壇をヨハンの銃撃によってバラバラにしたあと、開かない扉相手にロジェは悪戦苦闘していた。


『まだ何か仕掛けがあるの?』


「何か引っかかってるっぽいな」


「私がやってみる」


サラは細い腕を扉の下に入れた。上げようとするも、もちろん上がらない。


「手伝うわよ」


「大丈夫よ……!待ってね、今ジェットを温めてるから……!」


サラの周囲に熱気が立ちこめる。数秒もすると肘裏の部分からジェットが発射した。下からの凄まじい力により、扉はもう二度と閉じない勢いで上がった。


「えへ。久し振りだけど上手くいったわ」


「あ、あなた……意外と凄いのね」


「こう見えても力は強いんだから」


くすくすと花の様に笑うサラの笑みは直ぐに消え去った。扉の奥から鉄錆た生臭い気配がする。


『血だねぇ』


ロジェはどこか確信めいた物を抱きながら先へ進んだ。そこにはやはり、先程の死体。ロジェの、自分自身の死体があった。頭に綺麗な風穴を開けて、契約履行の為か心臓をサディコに食われている。即死。目を開けて死んでいた。


「……他に死体があるとしたらサラだけれど、それらしいのは見当たらないわね」


右腕の親指も無い。間違いなく映像の死体だ。


「偽物じゃないのか……」


『本物だよ。悪魔は契約が終わると主人の心臓を食う。だからこれは本物だね』


痛めつけられた形跡は無い。ただただ殺されただけ。でも何の為に?そもそもこれは何周目の死体なんだろう。


「いま私達は三週目よね」


「となると、こいつは少なくとも四周目のロジェってことか」


『え?何で?前の周のロジェの可能性もあるんじゃないの?』


「うふふ、わんちゃん。あのね、タイムマシンに触れる度に押し出し式で迷宮を進んでるのは分かる?」


ロジェとヨハンが検死をしているのを横目に、サディコは優しく微笑むサラの前で首を九十度に傾ける。


『うーん……?』


「ロケット鉛筆方式なのよ。最後の周、ここから脱出できた私達の前の周が一回目に戻るってこと」


更にサディコの首は百二十度くらいに傾いた。


『それって後でおかしくならない……?』


「ならないわよ。みんな出てこれるんだから。どの世界線でも脱出に成功するってこと。時間は全て等しいのだから」


『ううぅ……?』


くんくん、と鳴きながらサディコは頭を抱えている。理解が難しい。


「あった」


ヨハンは転がっていた空薬莢を拾い上げた。ロジェを殺害した時に使用されたものだと推定される。しかし彼は首を傾げた。


「何でここに薬莢が落ちてるんだ?」


「銃で殺したなら当たり前じゃない?」


「いや、俺は空薬莢は拾うタチだ。銃弾を作り直せるからな」


顎を撫でながらヨハンは呟く。


「とんでもなく急いでいる時以外は全て拾う。つまり、これは……」


「あの時のヨハンは時間に追われてたってこと?」


「それしか考えられない」


持ち物を見ても変わったことは無い。頻繁につけているメモもマリア・ステラ号に関する記述で止まっている。刹那、ロジェの骸は光の粒になって消えた。その様子を見ていたサラが二人に近寄る。


「多分時間が来たんでしょう」


「時間?」


「そう。過去が消える時間よ。つまり未来で貴方達が何かしらのアクションを起こした訳ね」


「私達に、未来があるの……?」


先の死体の向こう側で、ロジェは生きている。意味不明な理論の中で少女は視線をふらつかせた。


「と、ともかく……ここは前に進みましょう。結局のところ、あの祭壇に触れなければ何も分からないのだから……」


次の祭壇までに分かれ道は無かった。ただただ曲がりくねった道を延々と歩き続けるだけ。広大な敷地を二周はしたかと思った矢先に祭壇の扉は現れた。ただ、雰囲気が異様だ。


先程まで傷一つ無かった祭壇への通路はひび割れ、焦げ付いた跡がある。すんすんとサディコは周囲を嗅いだ。


『気をつけて。また血の臭いがする』


扉の前に立っても反応しない。壊れているらしい。押してもロジェの力ではびくともしない。


「あ、開かない……」


「俺がやろう」


ヨハンはいとも容易く扉を開けると、目の前の光景に目を細めた。崩れ落ちた天井に、壁は乾いた血のような痕跡で覆われている。サラは怯えたようにロジェの腕を掴んだ。


「な、何よこれ……!」


天井が落ちた衝撃で円盤は割れていた。タイムマシンの破片だけが無事だ。


「これも私達がやったっていうの?」


「そうだろうな」


ヨハンは壁に残された煤の文字を指差す。壁には乱雑な字でこう書かれていた。


『進め 止まることは許されない』


『過去 未来 現在は全て等しくある』


『鍵は君の中にある』


その筆跡には覚えがあった。メモ帳の字。毎日見ている字。サディコはロジェに視線を動かした。


『……この字って……』


「……そうね。私の字よ」


何の疑いもなく、ロジェの字であった。苦しそうに顔をしかめる。駄目だ。全く分からない。どうして未来の私は生きて過去の私を殺し、死出の旅へ誘っているのか。


「覚えは無いのか」


「無いに決まってるじゃない!こんなの知らないわ!」


沈黙の迷宮にロジェの声が大きく響いた。こだまに羞恥心を刺激されて、ただ俯く。


「ほ、本当に知らない……だってこれ、未来の私が書いたんだもん……今の私は知らないわ……本当に、何も……」


壁の痕跡はロジェの魔法の跡。何者かと交戦したと思われる。襲われたのは四周目のロジェ。逃げに逃げられなくて、先程の祭壇の前で死んだ。


この場でロジェを殺せるのはたった一人しかいない。


『魔法殺し』と呼ばれた、この男なら。


「……俺か」


そう答えた男の目は、何の感情も抱いていなかった。


「私を殺せるのは、あんたしか、いない……今、この場で……」


だけど理由が分からない。痛めつけて殺してやりたかったとか?ヨハンはそんな無駄なことはしない。常に冷静、合理的だ。


もし私を疎ましく思ったのならもっと早い段階で始末しているはず。


ヨハンは壁に残された文字を指先でなぞった。煤が薄く手に付着する。その無機質な行為の中で、彼は冷静に口を開いた。


「どうする?」


「どうするって……」


「俺をここで縛り付けてみるか?何か未来が変わるかもしれない」


言葉を選んでいるロジェの隣で、サラがはっきりと叫んだ。


「止めてよヨハン。そんな事言っても仕方ないじゃない」


ヨハンはちらとサラを見遣ると、薄く口角を上げた。


「それじゃあどうする?決めるのは君だ、ロジェ」


決めるって言ったってどうやって?ただ部屋の中で壁に刻まれた『進め 止まることは許されない』しか目に入らない。


「……前に進む。その為にこれに触らなくちゃね」


手を伸ばした瞬間。物音がした。崩れ落ちた天井の裏から真っ直ぐロジェに銃を構えた男が一人立っている。その目。その凍てつき様。その深き様。何もかもを知っている、その目。勝ち誇った笑み。


「その言葉を待っていた」


三週目のロジェが、ヨハンに撃たれた。

ヨハンに殺され続けるロジェが辿り着いた迷路の最深部で見つけた事実とは?これは過去から過去に送るメッセージ。永遠の迷路から脱出する第八十七話!

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