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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第六章 人閒如夢擬態船 マリア・ステラ号
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第八十二話 宙に咲くフロース

図書館で一人本を読んでいたヨハンは舞踊型アンドロイドのサラと出会う。舞踊型アンドロイドの間に広がる噂と、核心に迫る情報管理室への潜入。ロジェがやらかす第八十二話!


静寂が支配する図書館。本を読んでいたヨハンは、五冊目を読み終わったあたりで手を止めた。早朝から昼過ぎまで読み続けていれば疲れもする。そんな疲れを凌駕するほど、絶滅した動植物の論文や図鑑はどれもこれも魅力的だ。飯でも食べに行くか。リフレッシュの為に立ち上がった瞬間だった。何かとぶつかる。


「きゃあっ!ごめんなさい!」


ぶつかったのはバレリーナの姿をした白いアンドロイドだった。機械の大きなリボンを付けて、丸い液晶の目を白黒させている。


「すまない。怪我は無かったか」


「どうかしら。可愛かった?今可愛くこける練習をしてるの」


アンドロイドは目をきらきらさせて、目を白黒しているヨハンを見る。


「……えぇと」


「そっか。貴方は私達のこと知らないのね。新しく乗ってきた人だっけ。ロクと仲良しの」


矢継ぎ早にアンドロイドは言うとスカート状に広がった腰部品を軽くはたきながら立ち上がった。


「そうだ」


「私はサラ。プレアデスバレエ団のバレリーナなの。舞うのも大切な仕事なんだけど、可愛くあるのも役目なのよ」


だから可愛いかと問うたのか。納得してヨハンは頷く。


「可愛いかと言われると分からないが、儚げにはコケてたと思うぞ」


「良かったわ。……ねぇ貴方、先を急いでる?」


サラはきょとん、と首を傾げてヨハンに問うた。


「いや。気分転換に散歩しようと思ってただけだ」


「それなら私の稽古に付き合ってくれない?今度の演目で人間を演じることになったの。だけど映像だけじゃ分からなくて……」


「構わないよ」


断る理由は特に無い。良いリフレッシュになりそうだ。


「助かるわ。そもそも貴方、バレエは知っていて?」


サラの後について行くと、鏡張りの廊下に出た。白と鏡で飽きさせない為か、所々植物も飾られている。


「チュチュ着て踊るヤツだろ」


「理解が雑ねぇ。まーいいわ。今度主役なのよ」


「何をするんだ?」


「『宇宙船の少女』。背丈が同じくらいだからやってみたらって。着いたわ。ここが練習場よ」


サラが扉を開くと、高い丸い天蓋が春色の青空を映していた。流れ込む空気も春の陽気そのもので、どこからともなく小鳥の囀りが聞こえてくる。


「これは……凄いな」


「でしょ。さぁ入って。私の演技を見てちょうだい」


ヨハンはサラに手を引かれて中に入ると、サラは踊り始めた。ステップは可愛らしさそのもので、身体に取り付けてあるジェットを巧みに使い、花びらのように舞っている。のだが。


「硬いな。動きが」


「んー……やっぱりそう思う?」


噴射していたジェットをゆるめて、サラは難しそうな顔をしながら降りてきた。人間らしい振る舞いも、何もかも無理矢理作られた印象を受ける。


「人間らしい綻びが無いのよねぇ」


「お手本とかは無いのか?」


「あるわ。これよ。前演じた機体の映像」


サラは空中に映像を投影した。彼女とはまた違った可愛さを持つアンドロイドが踊っている。機械が踊っていると言うより、機械の部品を着た人間が踊っているようだ。


「……確かに。人間と言っても過言じゃない」


「主役に選ばれたアンドロイドは、ある日ふと人間ってものが分かって踊れるようになるらしいんだけど、あと半月しかないのに分かんなくて……」


「この機体に聞いたらどうだ?」


サラは力無く首を横に振った。


「廃棄されてるの。だから聞けない」


「壊れたのか」


「……ううん。ちょっと来て」


サラは監視カメラの死角にヨハンを誘うと、耳元で囁いた。


「これはね、ほんとかどうか分からないんだけど……『『宇宙船の少女』の主役を演じたものは、演目後に廃棄される』って噂があるの」


「なぜ?」


「理由は知らない。生き残ったのは二十年前と十五年前に演じた機体だけ。その機体達も、何で生き残ったかは分からないって言ってたわ。演目のこともあんまり覚えていないって……」


人間がいないこの宇宙船で、『宇宙船の少女』なんていうタイトルは不可思議だ。何か意味があるはず。直感を元にヨハンは口を開いた。


「演目のことを詳しく教えて欲しい。もしかしたら君の演技の役に立つかも」


「いいわよ。私の部屋に来てくれる?本があるから沢山話せるわよ」


頼む、とヨハンは頷いた。通路の天蓋は変わらず春色の陽気を届けている。


「この演目はいつからあるんだ?」


「この船の最初の演目だから……すごく古いわ。一万年くらい」


「想定外の古さだな」


私の部屋はここよ、とサラは扉を指した。『サラの部屋』と書かれた木の扉だ。


「あんまり広くないけど……いいかしら」


「気にしない。そもそも無理を言って来ているんだし」


サラは扉を開けると、そこはまるで人間の部屋だった。淡いピンク色の壁、装飾の施された鏡、柔らかな色調のカーテン、ふかふかのシルクのベッド。何も知らなければロボットが住んでいるとは思えない。


そして何よりも目を引くのは、壁一面に描かれた金髪の少女の絵だった。星の散らばりの中に頬笑みを浮かべていて、背後に大きな船……マリア・ステラ号が描かれている。だがよく見ると、船は微細に崩壊しているようにも見えた。


「この絵は?」


「分からないわ。私がこの部屋を与えられて、掃除をしてた時に見つけたの。壁紙の下にあったのよ」


サラはお茶と一緒に本を取り出した。良い香りがする。


「何度も直そうと思ったんだけど……綺麗でしょ、この絵。目が離せなくて。それ以来ずっとこのままなの」


壊れていく船というのはアンドロイド達にとって恐怖では無いのだろうか。はにかみながら人で言うところのクッキーを頬張るサラを見ながら、ヨハンは渡された本を捲った。


「『宇宙船の少女』は、マリア・ステラ号に伝わる昔話が元になってるの。人類がこの船を作った時、一人の少女を乗せたって話」


「一人で?」


「そう。名はマリア」


「……まり、あ」


その中にぴしりとヨハンは固まる。もう聞くことも無いと思っていた名前だ。


「その名前も本当かどうか分からないって言われてる。マリア・ステラ号だから、マリアってことにしとこうって」


「マリアが一人だけ乗ったのか?」


ヨハンは出されたとろりとしたお茶を口に含んだ。


「ううん。旧人類達も皆乗ったの。彼女はこの船を見守る役目があったのよ。彼女の父親であり、この船を設計した博士に頼まれたの」


「へぇ。会ってみたいもんだな」


「難しいでしょうねぇ。会えなくはないのだけど……」


台本の絵には少女が肩を掴まれて博士とおぼしき人物に肩を掴まれているシーンが描かれていた。


「お話はね、マリアが船に乗るという使命を追い、船内で遊んで、悪者が乗ってきて戦って、ラストシーンで踊るの」


でもねぇ、とサラは伸びながら言った。


「気になるのよねー。悪者と戦っても勝ったか負けたか分からないんだもん」


「それで踊るってのもしっくり来ないな」


本のページをめくると切り取られた跡はなく、勝敗も明かされないまま踊るとの指示がある。


「やっぱりそう思う?前のシーンはみんなと一緒に踊るのに、一人で踊らなきゃダメなのよ?」


「へぇ。そりゃ緊張するだろうなぁ」


演舞の指示は『暗がりの中で優雅に踊る』のみで、詳しいことは何も書かれていない。いきなり物語が断絶しているような印象を受ける。


「この話は……旧人類が書いたものか?」


「そうよ。博士が書いたものだわ」


「そいつはまだ生きているのか?」


ヨハンの瞳に輝きが増す。何か糸口を見つけた色。


「人工知能に移植して残っていると聞いたけど……」


「会いたい」


ヨハンはがしっとサラの肩を掴んだ。サラはクッキーを零しながら液晶を白黒させる。


「え、えぇ!?そう言われても無理よ。情報管理室に格納されてるもの」


「確か許可がないと入れないんだっけか」


ヨハンはサラから離れるとまた茶をすする。


「お目通りが難しい上層部からのね。諦めるしか」


ないわね、とサラが言う前に男は楽しそうに笑った。


「良いね。行こう。上層部の誰に頼めばいいんだ?」


「は、話聞いてた……?無理よ」


「無理ばっかりだな。何で無理なんだ」


不服そうにヨハンは言った。これを言ったら納得するだろうとサラは返す。


「機密情報があるからよ。脳内のメモリに分配されていないことは知る必要が無いわ」


少女型舞踊アンドロイドの目の前にいる人間の目が、すっと細められる。興味?敵意?あるいは好意?そのどれにも当てはまらない、彼女の知らない感情が向けられている。


「知りたくは無いのか?」


「し、知りたいけど……メモリが……」


「メモリの指示だけ聞くのか?それは本当に『完全性』を示しているのか?」


手が伸びてきて、指先が頭部パーツに当たる。その手は淵を撫でて顎を持ち上げた。


「お前が『マリアを知りたい』と思ったのなら、メモリ云々は建前に過ぎない。博士に会うと願うのが人間の率直な思考だ」


サラは離れていく指を見ながら、視線をずらした。これは誘惑だ。未知への誘い。


「……スフィアなら。スフィア達なら話を聞いてくれるかも」


サラの中で一番いい回答を見つけると、訴えるように言った。


「この船で重要な事柄を決めてるの。紫色の服を着たアンドロイド。見たことない?」


「あぁ、あの。分かった。ソイツに聞けば良いんだな。助かった。もう行くよ」


立ち上がったヨハンを見てサラは叫ぶ。


「待って!」


廊下の光が眩しい。逆光の中、ヨハンは振り返った。


「私も知りたい。連れてって!」


「危険じゃないのか。別に俺が後で教えるってだけでいいんだぞ」


「違う。私がこの目で見たいの!」


サラのその言葉を聞いて、ヨハンは口角を緩めると。


「そう来なくちゃ」


それだけ答えて伸ばされたサラの手を握った。






「……こんなところに連れてきてどういうつもり?貴方の言う任務は遂行したと思うんだけど」


ロジェは応接室の中で紅茶の向こうに座るロクを睨んだ。入口にはアンドロイドが二体配備されている。


「そんなに怖がらないで下さい。記憶処理を施したいだけなんです」


「貴方達にとって、あれがそんなに都合の悪いものだったようね」


人間が作った無数の引っ掻き傷。ロジェがどうこう思うのを理想郷を司るアンドロイドは許さないのかもしれない。


「私をここに閉じ込めるのは賢い選択だと言えない。姿を消せば、貴方達にとって都合の悪いものを見つけてしまったということになるからね」


ロクはロジェの言葉に応じず、ゆっくりと液晶をぐるりと動かした。


「誤解しないで下さいね。私たちの目的は常に一貫しています。秩序、平和、完全性。それを損なう可能性がある要素は排除しなければならないのです」


「私が排除対象ってこと?」


「いやだなぁ、記憶を消し去るだけですよ」


やけに呑気なロクにイラついて、ロジェは声を上げた。


「それなら他のアンドロイドがいる場所でやれば良いじゃない。『代理人』を排除したい貴方達にとって良いパフォーマンスになる」


何も答えないロクにロジェはため息をついた。


「ねぇ。貴方何を隠してるの?言っておくけど、私は納得すれば協力するタチよ。今こうして怒っているのは貴方が口を割らないから。分かる?」


しかし、ロクは微笑みを崩さないまま手を組んだ。


「都合が悪いわけではありません。ただ、記憶に残っているとお互いに不都合が生じる可能性があるのです。安全のためです」


「安全のため?」


ロジェはその言葉に鼻で笑い立ち上がる。


「良いわ……分かった。口を割らないと言うのなら、喋りたいようにさせてあげる。『ヴァンクール』!」


「『エーテル壊変措置』を取ります」


ロジェが練り上げた魔法はたちまち消え去る。イラつきから紅茶を投げると、液体は曲線を描いてドアに飛び散った。


「ロジェさん、落ち着いて──」


ロジェは勝ち誇った笑みを浮かべた。刹那、エーテルの措置が外れる。それなら使い魔を呼ぶべきだ。


「サディコ!」


『あいよ!』


未だ落ちない紅茶の筋を魔法で辿りサディコと共に外に出る。追っ手が来る前に駆け出した。


『あっははは!今度は何やったの?』


「何もやってないわよ!あっちがやたらはぐらかして訳のわかんないこと言うから!」


部屋に戻っても仕方ない。ともかくヨハンと合流しよう。といっても居所が掴めないのだが。ヨハンに纏わるものを持っていないから探知魔法は使えない。人探しの魔法を使う。


「『ルッチナ探しの魔法クラウス』!」


アンドロイドを押しのけて小さな精霊を追っていくうちに、大きな白い扉が見えた。ヨハンと小さなアンドロイドも一緒だ。


「ヨハン!」


「ロジェ……とサディコ。何でこんなところに」


「妙な連中に追っかけられてんのよ。その子は?」


ロジェはヨハンの影に隠れる舞踊用アンドロイドを見た。


「サラだ。舞踊用のアンドロイド。情動がある」


ヨハンの仲間だと安心したサラは、影からそっと出てきてロジェに微笑む。


「へぇーぇ。こんな可愛い子がいるなんてねぇ。こんにちは。私はロジェスティラ。ロジェで良いわ。よろしくね、サラ」


「こんにちは、ロジェ」


控えめに笑ったサラからヨハンに視線を動かす。


「で、あんたは何でここにいるの?」


「ここに船を設計した博士を模した人工知能があるらしい。会いに来た」


「でもここ、情報管理室じゃないと思うんだけど」


「入る為にはお偉い人のお目通りがいるんだとよ」


ロジェは顔に手を当てて思案に耽る。


「……ふぅん。それなら……」


今の状況を逆手に取ればいい。ちらと後ろを見れば追いかけて来ているロクがいる。ハッタリは嘘では無い。優位性だ。事実しか言えないアンドロイドよりもずっと、話し合いの場では有利な位置にいる。


「いい手があるわ」

情報管理室への入室を目指してスフィア達との合議を行うロジェ。その先で見たものとは?衝撃の真実が明らかになる第八十三話!

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