第八十話 高次元のプシシロス
クイズ大会も無事に終わり、船内を探索するロジェ。妙な場所へ迷い込んだ彼女は何者かからのコンタクトを受ける。物語が進み出す第八十話!
最初に手を上げたのはヨハンだった。ロクのどうぞ、という声を聞いて口を開く。
「『B』に聞きたい」
「私ですか?分かりました」
「お前はこの船で何の仕事をしているんだ?詳しく教えてくれ。『A』を大切にしているようだが、お前の話を聞いていないのでな」
ロボットはしっかりと頷いて語り始めた。
「分かりました。私の仕事は船全体のシステムを安定させ、稼働を持続させること。船内の他のアンドロイドが正常に動作し、船のコアシステムが保たれることになります。数体で行っていますが、一体でも欠けると難しい仕事です」
ロジェは顔を顰めた。『B』の意思を尊重し死亡させた場合、船の運営が難しくなる。サディコは愉しそうに伸びた。
『あはは。ロボットなのに自己犠牲なんて面白いこと言うじゃん』
サディコの声を聞きながら、ヨハンは呟くように言った。
「分かった」
『じゃあ次ぼく!ぼくが聞く!ぼくは『A』ね!』
『A』は視線を使い魔に動かした。
『もし君を修理したら、『B』はきっと目の前の可哀想な君を助けることになるけど……もし『A』がまたすぐに壊れて、また修理しなきゃいけないってなったら、どうする?最初から無駄なことをさせたなって思わない?罪悪感はない?』
「どういう意味ですか」
『君の願いが、本当に願う価値のあることなのかってことを聞いてるんだよ』
サディコは命を持たないアンドロイドに『命』を、被保護者に問うている。自己犠牲を認めるか、意志を認めるか、彼らは何も所持していないのに問うている。
「私の『命』とは、自己の機能を維持し、最適な状態で任務を遂行することです。この船では役割が重要であり、最適な状態を保つために、最も効率的な選択をすることが私の役目だと認識しています」
『A』は妙に感情的で、機械であることを忘れない声音で答えた。
『ふふーん。『B』の自己犠牲の精神とは随分離れた答えだねぇ』
サディコが満足気に言った。
「じゃあ、最後は私ね」
ロジェは『A』を見て言葉を選んで、ゆっくりと問いかける。
「あなたが修理されることでどれほど長く生きられるのかは分からないけれど……もし『B』があなたを助けたとして、その命をどう使いたいと思っているの? 」
「『B』の仕事を代わりたいと思います。部品からメモリを得て、欠けた『B』を遺したいと思うのです」
ロジェは『A』の回答を噛み締めながら返した。
「分かったわ。ありがとう」
「それでは皆様の回答はお決まりでしょうか。一人ずつマイクの前で発表をお願いします」
筒はどうやらマイクだったらしい。サディコはそれに近寄ると無邪気に叫んだ。
『じゃあぼく!ぼくはねぇ……『A』を助けるよ!だって楽しそうだし』
使い魔は悪魔らしく言った。悪魔は『善悪』に主軸を置かない。それ故の言葉なのだろう。
『質問ごとにころころ色んな表情を見せるロボット達が面白かったんだぁ。『B』が半泣きで助けようとしてるのに『A』ったらいきなりロボットぶるんだもん』
くすくす、と楽しさを隠さない笑みを浮かべる。
『本当にねぇ、人間みたいだったよ。本当は死にたく無いから命乞いがてら言ってみたって感じがね。だから『A』にする。人間は悪魔のお得意様だからね』
「悪魔らしい答えね」
『でしょ』
にこにこしながら足元に擦り寄ってきたサディコをロジェは撫でた。
「次は俺だ」
ヨハンはいつもと変わらない。問題が出題される前から回答を準備していたかの落ち着きだ。
「俺は『B』を助ける。理由は単純で、『B』の持っている責任が重いからだ。『A』も『B』の代わりにありたいと言うが、一朝一夕でどうこうなるもんじゃない。『B』を生かし続けることで全体の秩序を守り、新たな『A』を生み出すべきだ」
数拍置いてロジェは続ける。
「じゃあ、私ね」
深呼吸して彼女は言った。
「私は『A』を助けたい。感情を持たないロボットには綺麗事過ぎるかもしれないけど……『B』は『A』を助けたいと願ってる。『A』は『B』の思いを引き継いで、未来に繋げたいと願ってる。これって人間の営みと一緒だと思うわ」
もし願うことがないロボットがそうしたのなら、その意思は尊重すべきだと思うから。
「ここは旧人類の避難所で理想郷だった。それなら社会秩序が敷かれているここも、そうあるべきだと思うの」
「なるほど。追加の回答はありませんか?」
ロクはしみじみと呟いて三人を見渡した。声が上がらないのを見てロボットは頷いた。
「無いようですね。それでは検査結果をお伝えいたします」
玩具のような音と共に『合格!』の文字がでかでかと表示される。全然雰囲気と合ってない。
「合格です!いやはや、ここまでの回答は素晴らしい!貴方々は分割されたペルソナ、巨大な一個人と言えましょう!」
緊張がほぐれたロジェは深く息を吐いた。訳の分からない説明をロクは捲し立てている。
「ロジェさんは『個』を、ヨハンさんは『全』を、サディコさんは『情』を。一人の人間を分割したような素晴らしい答えでした」
筒の中から出てきた白いカードを受け取った。光の加減で星の模様が揺れ動く。
「お受け取り下さい。カードキーです。これ以後、どんな場所でも入る事が出来ます」
ロクは嬉しそうに胸を張りながら意気込みがてら船内地図を表示した。
「ここで船内を全部紹介!としたいのですが、日が暮れてしまいますので、入ってはならない場所だけお教えしたいと思います」
それは船内地図の真ん中にある場所だった。
「情報管理室にはお入りなさいませんようお願い致します。機密情報がありますのでね。こちらに用がありましたら、専属のアンドロイドにお尋ね下さい。それではご自由に見学して下さい」
モニターがぱちりと消えて、目の前の筒もロボット達も片付けられる。ヨハンはカードの模様を見ながら言った。
「まぁ、ちょっとうろうろするか」
「そうね」
『何があるのかなー!』
ロジェはまじまじとヨハンの顔を見た。
「……ヨハン。情報管理室には入っちゃだめよ」
「ハイルワケナイダロ」
「入る気満々じゃない」
「入るなって言われて入らないやつがいるか?」
ヨハンは真面目な顔をして正当化する。
「そういう人達のお陰でこの世の平穏は保たれてるのよ」
「うぐっ……」
一回りも二回りも年下のロジェに言われて彼は視線を廊下の奥へとずらした。
「あんたのやりたい事も分かるけど、確証を得るまで動いちゃダメ。分かった?」
「……分かったよ」
不服そうに頷くヨハンの足元でサディコは大人しく座っていた。
「サディコはどうする?」
『ぼくはゲームできる部屋行く〜』
「あんまり遊びすぎないようにね」
聞いてばっかりのロジェにヨハンは不思議そうに問うた。
「君はどうするんだ」
「奥まで行ってみようかなって」
「そうか。気をつけろよ」
「大丈夫だって」
じゃあね、と一人と一匹に別れると、先の宣言通りロジェは奥へ奥へと進み出した。一つの国程の大きさを持つ船内を探検したくなったのだ。聞きそびれたけど、『一つの国』ってどういう基準なのかしら。一体、二体、とロボットの数は減っていく。
「この辺はあんまりロボットがいないのねぇ」
船内にあった多目的スペースのロボットは少なっていく。誰もいなくなった会議スペースでは虚空にモニターが宣伝を散らしている。何の気なしにそこに入った。テーブルに着く。
「喉乾いたな……」
ドリンクバーがある。ボタンが三つ並んでいて、何が出てくるか分からない。適当に真ん中のボタンを押すと藍色の透明な液体が出てきた。匂いを嗅ぐと甘い香りがする。軽く舌先を当てると……酸っぱいベリーの味。ブルーベリージュースらしい。飲めそうだ。
『貴方の夢を、その手に。世界が誇る「ゴルゴファ提供会」では、特別なデザイナーベビーをご提供しております。当社は現存する歴史上の人物のDNAを用い、その時代を再現。タイムマシン無しに、まるで時空を超えたかのような鮮烈な体験ができます』
「ふーん。随分罪作りなことをしてたのねぇ」
宣伝は続けて、子供の成長に合わせて調度良いだとか、値段がそこまで高くないことを伝えていた。人がいない船内で不思議なことをするもんだ。ロジェは残った藍色の液体を飲み干しながらそう思った。
『貴方の夢を、その手に。世界が誇る「ゴルゴファ提供会」では、特別なデザイナーベビーをご提供しております。当社は現存する歴史上の人物のDNAを用い、その時代を再現。タイムマシン無しに、まるで時空を超えたかのような鮮烈な体験ができます。お困り事をすぐに解決。最適解を──』
そこまで言って、ぷつんとモニターが途切れた。また『貴方の夢を』から始まってゴミを捨てに立ち上がったロジェはモニターをこんこん、と叩く。
「壊れちゃったのかしら」
またモニターは『貴方の夢』を語り出した。ゴミを捨てようとカップを掴んでいたロジェは手からそれを落とす。画面から目線を外せない。
「あ、れ……?へ……?」
半ば恍惚な気分に画面に触れた瞬間、後頭部に壮絶な痛みが走った。視界の暗転。地面の冷たさ。
「いったぁっ……!」
最近こんなのばっかりだわ、と思いながら気だるさと気持ちよさが内在する身体を起き上がらせた。目覚めた場所はさっきの会議室では無い。曲線を描いた廊下だ。延々と続く白い壁に漆黒を写す窓。窓ガラスには角度を変えると少女が踊る絵が見えた。
「バレエ……よね、これ」
チュチュを着た少女はガラスを一枚ずつ超える度、バランスを変えて踊っている。先に進んでも景色は何も変わらない。妙なところに閉じ込められてしまったらしい。
「ヨハン?サディコー?」
サディコに至っては呼び出せない。エーテルが隔絶された場所に閉じ込められたのか。しばらく歩いていると白い壁に子供の落書きが現れた。金髪の少女と白衣を着た男性。親子だろうか。落書きはどんどん増えていく。そのどれもが屈託なく、無邪気で愛らしいものばかり。
どうやら少女の人生を表しているらしかった。家で遊んでいた彼女は何かの折にマリア・ステラ号に乗ったらしく、乗船前に父親から何かを言い聞かせられている。
しかし、その景色から飛んで、爆発した宇宙船の前で少女は笑っている。意思あるものが破壊しようとしているのだろうか。背後にくすくすと笑う子供の声が聞こえてロジェは振り返った。
「だ、誰かいるのっ?」
素足で走る足音が曲線の向こう側から聞こえる。ロジェは走ってその音を追った。
「誰かいませんか!」
小さな影が手を振った。曲線の奥は明るくなっているらしい。
「待って!」
突き当たりにはライトアップされたドアがあった。ドアを閉めた音なんて聞こえなかったのに。恐る恐るそれを開くと、額に入れられた鏡が無限とも思える壁の高さ至る所に貼り付けられている部屋に出る。
「な、なんなのよもう……」
鏡に映ったロジェ全てが、本当のロジェを見ている。こんな気色の悪いところにいたら気分が悪くなりそうだ。
「『ヴァンクール』!」
魔法を使おうと意識する前に莫大な水が上から落ちてきた。意識する前に魔法が発動する。魔法が使えなかった頃嫌という程体験した明晰夢。つまるところ、私は寝ているということである。
「さっきのジュース……!?」
このままだと溺れる。水を抜こうと壁に穴を開けたが何故か塞がる。どうなってんのこの空間。
「ごぼ……はぁっ!」
顔を上げて息を整える。周囲を見渡すと、鏡の中に一つだけロジェの姿が写っているものがある。顔はのっぺらぼうで渦巻いていて。泳いで近寄るとぬるりとした手触りがあった。腕を突っ込めば向こう側に貫通した。
「何とかなって……!」
ぬるん、とそれから排出されると、ロジェは起き上がった。足元にはブルーベリージュースの残りが散らばっている。会議室だ。
「……帰って、きた……?」
頭を抑えて立ち上がってモニターを見た。砂嵐だけでもう何も映されていない。相も変わらずロボットはいないままだ。
「あれ?」
ジュースのゴミを拾い上げると、その下にカードがあった。『アイが無い』と記されている。どうやら影を受けると黒く変質する性質を持っているらしい。
「『アイが無い』。無いのは安全性でしょ」
筆跡は人間のもの。確証は無いが、勘がそう囁いている。もし勘が事実なら、ロボットだけしかいない空間に人間がいる、ということ。
「アイ、アイねぇ」
鳴り止まぬ頭痛。後頭部を触っても湿り気は無かった。外傷は無い。軽く床を拭くとゴミだけ捨ててよろついた足取りで部屋へと帰った。
次回予告!
催眠状態で襲われたロジェは、手に入れたカードの意味を解読しようとする。この船に脅威をもたらす存在を仄めかすロク。謎が謎を呼ぶ第八十一話!