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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第六章 人閒如夢擬態船 マリア・ステラ号
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第七十九話 擬態されたキノニア

オルテンシアの固有魔法が明らかになると同時に開催されるクイズ大会。マリア・ステラ号の不気味さが明らかになる第七十九話。


「『惨憺キングダム・たる夢幻オブ・夢想トラオム王国・トラウマ』は、運命を歪めて精神に作用する魔法だ」


デッキに出ると優しく世界を覆うそれをヨハンは睨んだ。景星さえ紡げない言葉を放つ。


「発動した場合は桃色のヴェールが出てくる。あの下にいる者は皆オルテンシアの思うがまま。現実がどれだけ無慈悲でも、夢幻に封じてしまう魔法だ」


ロジェの足元からケタケタと可愛らしく笑う声が響く。今にも寝そうだったサディコが、愉しそうにヨハンを見上げている。


『あはははは!すごいすごい!よく気付いたねぇ!いや、ヨハンだから気付けるのかなぁ』


「何が言いたい」


『正解ってことだよ。オルテンシアの魔法は精神魔法。夢を見せ続ける魔法だ』


「夢を見せ続ける?」


サディコの口から出たファンシーな言葉にロジェは首を傾げた。


『うん。たくさんの世界線を重ねて、一つの世界線にみんなを閉じ込めることで現実と理想の区別を曖昧にして、オルテンシアの意志通りの「幻想世界」を構築するってこと』


使い魔の言い方は随分聞こえがいい。そんな言い方ならまるで夢見心地で生きることが出来るような言い草だ。だが、ロジェは疑念を指摘した。


「えと……つまり……その人の選択によって平行世界は生まれるから、選択した分の世界線をその人の因果に閉じ込め続けて、死ぬまでそのままってこと……?」


『最適を選ぶから物凄く幸せだけどね』


「どこがだよ。自由意志が無い」


『まぁ、何を持ってしてじゆーいしとするかだね〜』


自由意志どころの騒ぎでは無い。A or B more etcどちらかの世界がA and B more etcどちらもになったら、人々は吉夢と悪夢を見続けることになる。これでは人間ではなく肉塊だ。


『それにしてもオルテンシアはなーんでこんな固有魔法になったんだろーねー』


「固有魔法に理由なんてあるのか?」


「あるわ。固有魔法はその人の性質や願いによって生まれるの」


ロジェは現状の打破を『破壊』で示した。他にも和平を願う者は『戦意喪失』を、影に紛れ欺く者には『断罪』を、創造神は『創造』を。固有魔法はその人そのものを表す。


『代々『ラプラスの魔物』は幻想的な固有魔法を持ちがちだけどねぇ。たぶん、オルテンシアが能力を引き継いだのはもっとちっちゃい頃だったし、仕事する力が足りなかったからかなぁ』


「……『コード』の編纂が、上手く出来なかったからじゃないかしら」


オルテンシアの支配下から逃れた今なら、世界そのものと言っても過言では無い『コード』の話も出来る。


「世界をつつがなく進める『コード』の編纂で不備が起こった時、誤魔化す為に催眠に近しい精神魔法を使うはず。彼女の境遇で生まれた魔法だと思うわ」


「当たってそうだな。その聞き馴染みのない言葉も分かるわけだし」


マリア・ステラ号は不気味な場所ではあるが、あのヴェールの外だと思えば希望の場所にも思えてくる。


「ここでなら本当に物事を考えられる。それなら、地上に帰った時の作戦を考えるのも良いかもしれないわね」


『オルテンシアはヴェールの外のことは感知出来ないからねぇ』


「それはそうだけど……ていうか、あんたは何で知ってるのよ」


ロジェは腰に手を当ててしゃがむと、ぺたんと座って耳をかくサディコに視線を合わせた。


『ぼくは何でも知ってるからね。……とか言うと、説明が雑かなぁ』


『説明が雑』という言葉にロジェは片眉を上げた。何となく察したのかサディコは続ける。


『オルテンシアの魔法を知るには二つ条件がある。『オルテンシアは精神に作用する固有魔法である』という事実を知っていることと、『支配下から出る』こと』


それは物理的でも叶うらしい。ヴェールが揺れている。


『知識を権能とする人外達は最初の条件を知ってる。だから支配下さえ出れば分かるようになってるのさ』


立ち上がったサディコはニヤニヤしながらヨハンに近寄った。


『ま、ぼくとしてはヨハンがどうやって最初の条件を知ったかの方が知りたいけどねぇ』


「……オルテンシアが当主になるまでは、ちょくちょくマグノーリエに行ってた。何か手がかりがあるかもしれないからな」


ヨハンは腕を組みなおした。


「ヤツが当主になってしばらくたった頃、王都に何となく気持ち悪さを感じるようになった。その時に桃色のヴェールを見つけたんだよ。こんな趣味の悪いもん、絶対オルテンシアがやったに決まってるってな」


『視認出来ないはずなんだけどね』


「俺がこの世界の人間じゃ無いからだろ」


深く息を吐いたヨハンに、ロジェは恐る恐る問うた。


「……ねぇ。ヨハン。こんなこと言うのは良くないかもしれないんだけど」


ヨハンは五百年前からこの世界にいる。それなら諸悪の根源を絶つことが出来るはずで。


「オルテンシアを殺そうと思ったことは無いの?」


『いきなりギアの上げた質問が来たなぁ』


ヨハンは一瞬目を見開くと、口角を緩ませた。


「思ったよ。思ったけど、しなかった。出来なかったということもあるが……」


視線は床にずらしたまま、感慨深く呟くだけ。


「ここに中途半端な覚悟で来たのは俺だ。オルテンシアはただ手招いただけ。その手をとっただけだ」


ロジェはただ言葉を紡ぐヨハンを見詰めた。何だかそれは、腑に落ちなくて。


「ただ、それももう……終止符を打たないとな」


視線をロジェに向けて笑うヨハンを見て、少女は少したじろいだ。そういう風に笑うんだ。


「勉強はしなくていいのか?」


「ほんとだわ!」


ヨハンはロジェの背を見ながら宇宙船の窓に触れた。眼下の世界は包まれたままだ。ここでなら、真の意味で生きることが出来る。口角が緩んだ。


安堵だろうか。恐らく違う。これはきっと……自分に対する呆れ。エリックスドッター家にはつくづく甘いという自覚。


何故オルテンシアを殺さなかったか。彼女が手を差し伸べただけというのは些か言い過ぎではあるが事実だ。生半可な覚悟で選んだ運命に呪われたのも、相応と言えよう。


それでも。オルテンシアを弑することでマリシアの子供達が失われることは避けたかった。彼女達の選択に、どの世界線にもヨハンは居ない。ただ自分が選んだだけ。


しかし、この選択が間違っていたと考えたことは少なくない。それでもあの少女がこの世界に存在していて、共に時間を歩んで、その時間が『死にたくない』と思わせるくらいには、彼女の未来を祈るくらいには、尊くて。


この気持ちを伝えるとか、そんなことはどうでもいい。伝わればいいしそうでなくてもいい。


──あぁ、やはり自分は本当に甘いらしい。


ヨハンは目を伏せて仕方なさそうに笑うと、勉強に精を出すロジェがいる部屋に戻った。








何一つ欠点の無い白い大きな部屋。ロジェ達の正面にはモニターが表示されていた。朝起きてメッセージが来ていたと思ったら、試験はここで開催するとあった。そんなこんなんで、試験場にいるのである。


「お集まり頂きありがとうございます。早速ですが、準備は良いですか?」


部屋にロクの声が響いた。準備は万端だ。ロジェは自信満々に返した。


「お願いするわ」


「分かりました。問題は大問が二つあります。一つはこの船の知識を問うもの。二つ目は貴方々の考え方を問うものです」


モニターに表記されていた数字が目まぐるしく変わっていく。


「第二問目についてはありのまま、根拠を持って答えて下さい。それでは大問一の一問目に参ります」


ロクの説明が終わる頃にはすっかり試験の準備を整えていた。


「この船が作られた目的は?」


同じように表示される。ロジェは特に困る素振りもなく答えた。


「『平和を実現するため』だったっけ」


「『旧人類の叡智を後世に残すため』もだな」


ヨハンも続く。


『『旧人類の避難場所』って書いてあったよ!』


サディコの答えを聞いて、ロクの少し弾んだ声が響いた。


「測定中……一問目、正解です!次の問題に進みます。この船のアンドロイド達に許可されていないことは何でしょう?」


「『異なる価値観を持つこと』だ」


ロジェが言うよりも早くヨハンの即答が来た。淀みのない物言いだ。


『みんな一緒じゃつまんないなぁ。違うからこそ悪魔ぼくらの商売が成り立つのに』


ちょっぴりしょげたサディコの呟きに、ロジェは笑った。


「正解です。次の問題に進みます。この船のアンドロイド社会には矛盾があります。それは何でしょう?」


今度はロジェが即答する番だ。こういうニッチな質問は任せてよね。


「『戦闘用アンドロイドが存在すること』ね」


『え。そんな記述あった?』


「本の隅の隅くらいにちっさく書かれてたわよ」


『マリア・ステラ号について』の、コラムのコラム、端の端の引用の奥に記述があった。こういう部分しか出さない嫌な教師がいるのよねぇ、と思った記憶がある。


「正解です。凄いですね」


「お手柄だ」


ヨハンに褒められたロジェは悪戯っぽく笑った。質問は続く。


「それでは次の問題に進みます。ここからは複数選択肢です。『マリア・ステラ号』の自己崩壊システムが作動する条件として正しいものはどれですか?」



『1.外部からの侵入者が現れた場合

2.アンドロイド全体の同調率が下がり、内部秩序が崩壊した場

3.新しい植民惑星に到着した場合

4.すべてのアンドロイドが旧人類を忘却した場合』


モニターに表示された選択肢にロジェ達は面食らう。


「……え。こんなの知らない。知らないけど、1は違うわよね」


1が正解ならとっくに崩壊しているからだ。サディコも消去法に続く。


『ここが理想郷なら3も違うよねー』


「となると2か4か。4は有り得る選択肢ではあるな。忘れないために数十年に一度近づいていると考えれば……」


ヨハンの熟考は確かに正しい。が、宇宙船が『旧人類の避難場所であった』という事実を踏まえれば、もっと簡単に答えが出てくる。


「こういうのって単純に考えた方がいいかも。2だと思うわ」


「理由は?」


「社会って秩序が崩壊したら続けて行くのは無理じゃないかしら」


ここは旧人類とアンドロイド達が住まう楽園なのだ。社会秩序が崩壊すると定義がたちまち揺らいでしまう。


「……まぁ、内乱罪とかあるしな」


「2でいいですか?」


低い声音で問うロクに、ロジェは芯のある返事をした。


「えぇ」


「じゃかじゃかじゃか……じゃん!正解です!そうですね、アンドロイドも人と同じ生活をしています。ですから内部秩序が崩壊した時は終わりですね。そんなことは万に一つも起こりませんが」


お手製ドラムロールを聞きながら彼女は感慨深く呟いた。


「完璧な理想郷、ねぇ」


出題が終わったかと思うとモニターに大々的に字が表示される。


『"Alert! She s try!"』


「出題ロボットも喜んでいますね」


『喜び方が独特だなぁ』


「……次の問題は?」


一瞬表示された英文にヨハンは目を顰め、部屋の隅へと視線を動かした。続けて英文が表示される。


『"mend, F!"』


「大喜びですね。F(鉄)を治せ、ですか。確かに次の問題はそうですね。ネタバレされる前に出題しましょう」


ロクの言葉の後にモニター下のシャッターが開いて二体のロボットが出てきた。同時にロジェ達の前にもモニター付きの筒が生えてくる。


右の『A』という札がかけられたロボットはぼろぼろだった。腕はひしゃげ、煙も出ていて「助けて」とか細く呟いている。


左の『B』という札がかけられたロボットは新品だった。どこもかしこも艶やかで、『A』のロボットを心配している。こちらの視線に気づくと『A』は一行に喋りかけた。


「こんな姿ですみません。でももう耐用年数が近づいていて、壊れそうなんです。直して下さったらこの船の為に身を尽くして働くのですが」


待っていたかのように『B』も喋り出す。


「修理したいのは山々ですが『A』の部品がもう無いのです。私を解体すれば私が死んでしまう代わりに『A』は半永久的に動きます。『A』の為、船の為なら私は死んでも構いません」


二体のアンドロイドが喋り終わったあと、モニターの上からロクの声が響く。


「貴方々には今から『A』と『B』のどちらかを救うのか検討して頂きます。『A』と『B』どちらかに一人一回だけ質問することが出来ますが、質問内容を協議することは出来ません」


ロジェはヨハンとサディコに視線を移した。お互いの視線を交錯させて、モニターを見遣る。


「質問したい方がいらっしゃいましたら手を挙げて下さい」

クイズ大会も無事に終わり、船内を探索するロジェ。妙な場所へ迷い込んだ彼女は何者かからのコンタクトを受ける。物語が進み出す第八十話!

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