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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第五章 一場春夢海底都市 カノフィア
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第七十五話 神話殺しのブレイカー

太陽を遮り、アウロラの背後に立つのは誰なのか。ヨハンはテュリーの何に気付いたのか。謎が謎を呼ぶ第七十五話!


「いきなり呼び出すからびっくりしちゃうわ」


「上手く奇襲をかけられたじゃないか」


「そうだけどねぇ」


アウロラの背後に立つのはロジェ。手には封印が施された左足がある。


「それにしても気色の悪い足ね。目玉ばっかりじゃない」


「ははは……これは、これは……」


ロジェは取り戻そうとして来たアウロラの手を跳ね除けて己の左指に封印した。


「あんたを私の身体に封印して、死ぬ時に一緒に連れて逝ってあげる。無闇に攻撃しない事ね。下手すりゃ足は戻って来ないわよ」


「……あらあらあらあらあらあら。これは嵌められてしまったということでしょうか」


アウロラの足は復活しない。擬似的な不老不死と言えど、身体の一部をもぎ取られてしまえば弱体化するようだ。


「しまったもどうも、確実に嵌められてるんじゃないのかねェ」


「びっくりしたわ。アリスを倒して一息ついてたら直ぐに来いって言うんだもの」


「怪物を倒すのはいつだってニンゲンだからさ」


だからバフォメットはこの少女が来るのを待っていたのか。アウロラはほくそ笑む。バフォメットは致命的な間違いをしている。『怪物を倒すのはいつだって人間』だけれども、『怪物は必ず人間に倒される』わけではない。


「その様子だと、ミカエル様はもういらっしゃらないようですね」


「そうよ。サディコが終わらせてくれたみたい」


ロジェは胸を張った。そろそろ決めゼリフを言う時間だ。遮るようにアウロラはくすくすと笑う。


「『さぁ、観念しなさい!』……とでも言うおつもりですか?」


「そのつもりだったんだけど。どうしてセリフを取っちゃうのかなぁ」


「ふふふ……ふふふふふふ……!」


バフォメットはロジェの方に近寄ると背後に下がらせる。


「下がってな」


アウロラは不気味な笑みを浮かべ、逆に一歩前に出た。


「下がるなんて……バフォメット、貴方随分そのニンゲンを気に入ったのですね。驚いたわ」


アウロラは静かに呟きながら、足元に黒い霧が漂い始める。


「足止めか何かかしらね」


「無闇に払おうとするんじゃないよ」


「このまま死ぬか暴れて死ぬかだったら、私は後者を選ぶわ」


悪魔は深くため息をついて防御魔法を展開した。それに合わせて少女も一気に霧を払うと同時に強烈な爆風。バフォメットがかけた防御魔法を再び外側からかけてもまだ不安定なその破滅的な威力。


「力だけはあると見える」


再び発生した霧をバフォメットが突っ切って行くのをロジェは呆然と見つめた。傷つくと分かっていて相手を倒そうとするのは獣の性か。


ロジェは右目に力を込めて、視界不良の中からアウロラを探す。焦点が定まると同じく霧の中を突っ切った。


髪も服も肌も焼ける。痛さに目を瞑って手の内に固有魔法を閉じ込め、アウロラの左腕をもぎ取った。直ぐに指に封じる。


アウロラは、一瞬苦痛に顔を歪めたが、すぐに笑みを浮かべた。


「左腕まで奪うなんて、随分と手荒い真似をしてくれますね。貴方のことを見直しましたよ」


ロジェは静かに矢と斧を象った星魔法を発射する。バフォメットも同時攻撃だ。なのに彼女は笑っている。


「待ちな、ロジェ。今攻めるのは危険だよ!」


バフォメットが叫ぶと同時に、アウロラは流星を降らせた。先程よりも高密度に。


バフォメットの静止も聞かずロジェは飛んで行く。打ち返しては先々にいるアウロラを目指して空を高く高く飛び上がる。


「くうきがうすい……!」


「そうでしょう?人間には息がしにくいと思いますよ」


成層圏だ。目指したアウロラは未だ高く、このまま行ったらロジェも死ぬしプエルトンもめちゃくちゃになってしまう。あの街だけじゃない。世界もめちゃくちゃに。


そんなこと、させない。


無我夢中で捕縛魔法を撃ち続ける。軽やかに避け続ける堕天使の姿はバレリーナそのものだった。


「あはは!まだ足掻くのですが?その行為は愚者のものだと考えないのですか?」


「考えない……!足掻く愚かさが突破口を産むんだか、ら!」


狙いを定めて一直線、アウロラに向けて撃っても避けられる。不安定にくるくる回る視界に確実に流星が落ちて来ている。


固有魔法は撃ててあと一回程度。それもギリだ。もうつべこべ言ってられない。余計な魔法も使えない。浮遊魔法に全て賭けるしかない。


ロジェは覚悟を決めて急上昇した。血液が沸騰する、視界が揺れる。


「何を血迷ったことを……!『無限のエバネイル』!」


「散れ!」


火傷しても肉が抉れても気にしない。絶対コイツはここで叩きのめす。壊す。終わらせる。


ロジェは高速でアウロラの首を掴むと、


「『捕獲魔法キャプチャー・マジェ』!」


「私を捕縛するなど無駄!『解呪リヒニエタ』!」


解呪される前に再びかけ直す。今度は解呪されないように永遠にループする時間魔法付きだ。


「連続魔法展開!『捕獲魔法キャプチャー・マジェ』!」


「くっ…!『無限のエバネ──」


「『星降る槍の魔法トレイル・アストレイヤ』!」


ロジェはアウロラにしがみつき星の槍で手早く右腕と右足をもぎとって封印する。浮遊魔法が持たない。捕縛魔法はそのままに地上に落下していく。


「星は全ての人の上にあるもの。導き、破壊するものよ!」


少女は胸元に虚しく空いた眼窩に指を突き立てた。もう逃がしはしない。


「数多の時空を超え、星辰の導きに従って進むべき道を示し、天命はこれを持って進め。運命と時は神の上にあらず、常に人の上にあらんことを!」


「待ちなさい!こんな事したって何もならない!よく分かっているでしょう!?」


悪魔が何かを叫んでいる。声がかすれる。最後の気力を尽くしてロジェは叫んだ。


「固有魔法『終焉シュペルノヴァ・もたらす弥終の凶星マレフィック』!」


天と地の裂け目で、空気が止まった。時まで止めたその力は、アウロラの眼窩に放出される。


「やはり、あの時……!」


悪魔は何か言ったまま、空気に溶けていった。同時に封印していた印も消える。やった。倒したのだ。勝った。


「おわ、った……」


ここで眠っては地面に叩きつけられると分かっていても、眠気には抗えない。ヨハンを帰さなきゃいけない、のに。分厚い雲を突き抜け、そのまま落ちて行く。


地上ではバフォメットが空を見上げていた。サディコが足元で暴れている。


『バフォメットぉ。あんまりぼくの契約者いじめないでくれない?成層圏まで行ったら死んじゃうよ!』


「死なないよ。アレは破壊の化身だからねェ。責務が終わらない限りは死なないのさ」


『なに?何の話?』


要領を得ない返答にニヤリとバフォメットは口角を上げた。


「未来の話」


空から赤く輝く星が堕ちて来る。バフォメットはそれに近寄ると、ぼろぼろになったロジェを横抱きにした。


「マッタク、お転婆な魔女サマだねェ」


手を触るとアウロラとの擬似的契約印が消えている。どうやら本当にアウロラを倒してしまったらしい。惚けた寝顔とあまりの凶行に、バフォメットはくつくつと笑った。


「この頃はまだもう少し可愛げがあったのにねェ」


爆発音が劈く。ファステーラの街に浮かんでいた飛行艇が爆発して、孤を描いてゆるりと廃墟に堕ちて行った。爆発を見つつ地上に戻りながら、バフォメットはサディコに問うた。


「おやまァ。アレはニンゲンくんがやったのかね」


『多分ねー。爆発起こすのとかヨハンしかいないもん』


「ふぅン。まァ、廃墟だから好きにしてくれて構わないが」


すやすやと眠る寝顔は健気そのものだが、時折痛みに顔を顰めている。力を借りた手前、ボロボロにして返したとなればニンゲンに何を言われるか分からない。


「マズは魔女サマの治療だねェ」


バフォメットは高く飛び上がると、サディコと共にプエルトンの社へと戻った。










「思っていた以上だな」


飛行艇から飛び降り、何度目かの死亡と骨折の後にヨハンはプラントの上で感慨深く呟いた。これで死んでくれていると良いんだが。


「まさか爆発させるとは思いませんでしたよ」


反対側の煙突の上から声が聞こえた。無事らしい。ここまでしつこいと笑ってしまう。


「空中で終わらせるのは味気ないだろ。もう時間も無いしな。やるなら今だ」


「急ぎの用事でもあるのですか?」


「なぁに。お前の話だよ」


ヨハンが喉を鳴らして笑う様にテュリーは顔を顰めた。


「時間魔法はそろそろ終わりだろ?」


「……何を馬鹿なことを」


元帥は深くため息をついた。ヨハンの手に握られているのはあの二百発装填できる拳銃。真っ直ぐテュリーに向けられる。


「俺が寝言をかますようなやつに見えるか?」


引き金に指を置いた。カウンター以内の数字の銃弾でテュリーを捉え、仕留めなければならない。


「ただの瞬間移動だと思ってたが、どうやら時間魔法を使ってたみたいだな。その時計っぽい魔法具を使って」


「その推測が間違いじゃないと良いですね!」


刹那、テュリーは無時間空間を移動してヨハンに斬りかかる。が、


「何ッ!?」


前を向いていたヨハンはテュリーの方向に身体を動かして連射する。どうしてこのコンマ以下の世界で動けるんだ。テュリーは被弾した肩を押さえて物陰に隠れた。


「気付いたのは飛行艇の廊下でお前が前にいた時だ。もし瞬間移動したのなら、絶対に風が吹くはず」


計画に間違いは無かった。ここまでの物資、人材があって制圧されるなんて有り得ない。


「なのに背後から風が吹いた。ということは時間を停止して俺の前に現れたことになる」


僅か数十発の銃弾で弾幕が作られる。このままだと追い詰められるのは間違いなく自分だ。階段を降りて更にプラントの奥深くへ進んで行く。


「お前の時間停止は自分に纏わる時間しか止められない。局所的に止められるのなら飛行艇を爆発させなかったはずだ」


高台から見下ろす二つの蒼い眼。その眼を見上げながら、テュリーはサーベルを落として隠していた銃を取り出した。もう、これしかない。


「強かったよ。元軍人としてお前のような元帥と戦えたことは俺の誇りだ」


止めろ。その目で見るな。これではまるで報告書の刺客達と同じではないか。好奇心の目。洞察する眼差し。そんな生易しい言葉では収まらないほどの、知識欲を孕んだ獣の目。


テュリーは時間を止めて胸元から懐中時計を取り出した。停止可能時間は残り五分。渡されていた魔法石もあと二、三回使えば終わりだ。魔道式によって増やされた銃弾は三百発。


テュリーはヨハンの周りを取り囲むようにして十発、時間を解除してプラントの奥底に落ちていく。


落下して五秒でヨハンが落ちて来た。五秒の時間停止。向こうの弾幕は三十発。身体の間近に迫ったところだけ打ち返した。追加でこちらも撃って解除。


即座に上空から撃ち返される。あまりの速さに眉をひそめて更に銃弾を追加で撃った。残り弾数は二百二十発。


背後に爆発音。時間を止めて薄暗がりに目を凝らせばヨハンがテュリーの背後に手榴弾を投げていることが分かった。やたら同じ弾幕を張ってきたのはそっちに意識を逸らせる為か。


爆発が連鎖してプラントを足元から崩していくのが見えた。底はすぐだ。魔法石の魔力は残り少ないが防御魔法を使うしかない。


防御魔法テクノクリア!」


底に到着すると懐中時計は残り二分しか無かった。息をつく間もなく背後から銃弾。左肩に被弾する。


「当たったな」


爆風の薄暗がりから聞こえる足音と声に奥歯を噛み締めながらテュリーも撃ち返した。次の銃声を聞く前に崩れるプラントの奥へと逃げる。醜い敗走を紛いの行為をしてもどこまでも追いかけ続ける足音。


爆音が鳴り響き破片が舞う中、煙の中を歩くヨハンは一切の迷いが無い。狩人がテュリーの姿を捉えると再び速射。最後の魔法石が砕ける。プラントにヨハンの舌打ちが綺麗に響いた。


テュリーが避ける先に弾幕が撃ち込まれる。避ける為に時間停止。解除のタイミングでまた弾幕。


「逃げ切れるなんて思うなよ。お前は今日死ぬんだ」


「何を……!」


「不老不死者と一般人じゃあどっちが強いかなんて分かるだろ!」


一気に距離を詰めて来る。数々の報告書で上げられた元軍人。たった一ミリの誤差も無い狙撃術。相手を見定める洞察力。それに抗える手段が無い。時間停止がもうない。余命一分。


「時間停止!」


目の前に突き立てられた銃口を避けて解除。左耳が抉られる。血飛沫の中でヨハンの頭蓋に鉛玉をぶち込んだが止まらない。そのまま突っ込んで来た。プラントの更に奥深くに突き落とされる。胸元に突きつけられた銃口は時間停止で避けた。


光一つ届かない奈落で、壊れた懐中時計が示した時間は残りゼロ分。戦闘の衝撃でテュリーもふらつく。


「ぐっ……!」


撤退するしかない。いや、もう手遅れか。ふらつきながら奥へ奥へと逃げる。


「お前の時間は終わりだよ、テュリー。どれだけ足掻いてもお前の余命が伸びることは無い」


背中に銃弾が当たる。暗闇の中縋るように手を伸ばす。冷たいコンクリートの壁。もう、終わりか。血で冷えた背中で寄りかかった。額に突きつけられた銃口を手で払う力ももう残っていない。


「……一応聞いておくが、何か言い残したことは?」


「何も。何も……ない。俺の人生は、一体……」


「悔いだけはある様だな。往々にして人生はそうだ。……オルテンシアは何をしてる?」


「この世界を救う魔力を蓄えるため、お眠りになった……聞いているのは、それだけだ……」


テュリーの目は最早何も写していない。浅くなった呼吸が崩れ行くプラントにかき消されるだけ。


「そうか。来世では良い人生を」


ヨハンは銃口を改めて突きつけた。力無く瞼は閉じられて、三発響くの同時に、白衣に返り血が飛び散った。


肺から空気を出すのと同時に銃を下ろす。爆弾を遺体に括り付けて、着火した。さっさとここから出なければ生き埋めになる。刹那、背後から物音がした。人でないと出せないような衣擦れの音。

衣擦れの後に続いたのは死んだはずの人間。戦闘が落ち着いた後も少女が抱える重荷と、浮かび上がる心情は続いて行く。物語が更に深みを増す第七十六話。

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