第七十三話 消えぬウィンクルム
因縁に触れ、アリスと激突するロジェ。ヴリトラの決着はどの様に終止符を打たれるのか。ヨハンは秘められしテュリーの力を見ることになる。激戦が続く第七十三話!
ほつれた糸は即座に木の枝に変わって、ロジェの手を貫いた。瞬時に魔法で治癒する。
「そこね!」
頭上から降ってきた声はアリスのもの。降りてくる彼女に向けて攻撃魔法を展開する。
「星降る槍の魔法」
着弾した端から爆発する砂埃を目くらましに、ロジェはビルの上に立った。今度はロジェがアリスを見下ろす。
無言詠唱で星魔法。螺旋を描いてアリスに向かう。アリスの防御結界を傷つけて星魔法は爆発した。
隙は見せない。もう一度『星降る槍の魔法』を繰り出す。彼女の結界にヒビが入った。そのまま手数で押し切る。彼女が防御に夢中になっている間に星魔法で取り囲んだ。空中を支配するそれに気づいたのも遅く、アリスは墜落する。
辺りを沈黙が支配した。まだ彼女の気配は残っている。恐らく奇襲をかけようとしているのだ。刹那、ロジェの足元に魔法陣が現れた。
「破壊を閉じ込める魔法!」
星魔法だ。あれだけ魔力の消費が激しい中で、どうしてこれを出せた?アリスの攻撃を不審に思いながらもロジェは迎撃しながら伸びてきた光線を弾いた。
笑うしか無くなったアリスを見やると、ヴリトラを召喚する宝石の下に白く淡く輝く何かがある。
「それ、は……」
「うふふ。ビックリしたでしょう?『星の器』よ」
『星の器』は、莫大な魔力を溜め込むことで星魔法を生み出す力を持つ魔法石だ。これが使えているということは、彼女だけの力じゃない。レヴィ家総出でロジェを殺しに来ているということ。
それだけじゃない。ヴリトラを使うにも魔力が必要だ。だから家族で魔力を繋げている。それを背負って、私を殺す為だけにアリスは立っている。
「……あんた本当に私を殺すつもりなのね。今から考え直したりとかないわけ?」
「無いわよ」
「私が親だったら自分の娘に同級生を殺させるような真似はしない。そいつがどんなに憎くても」
アリスは息を呑んだ。無表情が憤怒に染まっていく。
「あんたの親は間違ってる。だって、そうしたいのなら本人が来れば良いんだもの」
「お、お前……お父様を愚弄する気!?」
「どう考えてもおかしいわよ、こんなの」
歯を噛み締めて睨みつけるアリスにロジェは静かに窘めた。
「ねぇアリス。あんたは私を殺すことが本当にやりたいことなの?その為なら死んでもいいの?」
「うるさい!知ったような口を効くな!ヴリトラ!」
魔法石が赤く光り輝いた。天と地を割く無敵の魔物と暴走した魔法使い。厄介にも程がある。
「シャァァァァァァァァァッ!」
下からビルごとロジェを飲み込もうとしたのに勘づいてその場を離れる。地を食いつくし天を飲み込むヴリトラ相手に空中戦は不利だ。一旦地面に降りた。かの獣は鉄壁の守りと後に何も残さない攻撃力を持つ大蛇だ。前回戦った時だって、ロジェの魔法はかすることしか出来なかった。だけど、
「……仕方ない。やるしか無いわね」
前回よりも固有魔法は強化している。だからきっと貫ける。ロジェは魔法陣を組んだ。
「星は全ての人の上にあるもの。導き、破壊するものよ。数多の時空を超え、星辰の導きに従って進むべき道を示し、天命はこれを持って進め。運命と時は神の上にあらず、常に人の上にあらんことを。固有魔法『終焉もたらす弥終の凶星』」
指から光線が出てヴリトラを貫く。少し後退させることが出来た。そう言えば聞こえは良いだろうか。貫いたと言っても瞬時に回復されるし、後退させたというのもたじろいだぐらいのもの。
得意の水魔法も旱魃の魔物であるヴリトラには敵わない。一体どうすれば……。
壊れるまで固有魔法を撃ち続けるか?ヴリトラが壊れる前に私が破壊されるに違いない。逃げるにも限界がある。
「もう終わり?必殺技を最初に撃つというのは小さい頃よく考えたものだけど……」
魔法のよろめいたロジェをアリスは嬉しそうに見上げる。
「本気でやるやつがいるなんてね!『星光線魔法』!」
「バフォメット!」
ロジェは名を喚ぶと、身体に刻まれた刻印が黒く光り出す。思考が判然としない。いけない、また持って行かれる……。
「バフォメット?とうとう頭がおかしくなっちゃったのかしら?」
その言葉を無視してロジェは彼女に手を上げた。茨は簡単に捕らえ、ヴリトラも拘束する。出来た。やはり悪魔の力は桁違いだ。
「はぁ……くっ……」
バフォメットは力の権能だけでなく知恵の権能もある。ヴリトラを視界に捕まえて見つめ続けていれば、何か分かることがあるかもしれない。逃げられないように食い込ませれば大蛇の身体から血が吹き出した。
「ヴリトラが……押されている……?」
星魔法を発動しようとしたアリスの魔法石を茨は締め付け粉々に砕く。時間切れだ。あの呼び声が聞こえる。そろそろ限界か。
「ほんっとに使い勝手の悪い契約ねぇ……!」
ヴリトラは拘束から抜け出そうと必死に蠢き、徐々に解けている。だが弱点に繋がるヒントは得た。悪魔の呼び声と共に聞こえたのは波音。海に行けばいいらしい。全力ダッシュでビルの間を抜ければ大橋に出る。
橋は途中から落ちていた。背後にはヴリトラ。下に落ちるしかない。というか橋って大体水辺にかかってるし、辿れば海に行けるはず!
ロジェは欄干に手をかけて、茨と共に暗闇へと落ちていく。浮遊しているが底の見えない奈落には恐怖しかない。
「ぎゃぁっ!」
暗闇の泥濘に足が当たる。嫌な匂いするしぬるぬるするし気持ち悪い。視界の端にはかさこそと蠢く虫とか生き物とかがいる。さっさとこんなとこから脱出せねば。
ヴリトラは上から落ちてきた。衝撃でヘドロがぶち上がったのがほっぺたについた。うわぁ。最悪。
ロジェは駆け出すと同時に対岸に茨を伸ばした。捕縛して足止めを行う。その間にとにかく走る。ぬちゃついていた足元がいつの間にか砂に変わっていた。旱魃の力だろう。現に肌もなんか乾燥してきてるし。このままだと生きたままミイラにされる!
「そんなの絶対ごめんだわ!」
水魔法で辺りを湿らせる。湿気が凄すぎてシャワーを浴びた感じになる。得意魔法をなんでこんな地味な使い方をしなきゃダメなんだろう。ムカつく……!
「絶対絶対カッコイイ倒し方でぶちのめしてやるからね!」
ロジェは砂浜に辿り着くと、見下ろすヴリトラを睨みつけた。何が弱点なのだろう。ありったけの海水をぶつけて泥水にするとか?
「シャルルルルルルル……」
「ありったけを集める魔法!」
ロジェの頭上には海水の球体が集まる。それを魔弾化させて速射した。が、星魔法より効果が無い。こんなのヴリトラの水浴びだ。
「キシャァァァァァ!」
ヴリトラが咆哮すると同時に、周囲から水分が失われていく。波打ち際の水も濡れることを忘れてひび割れた。頭上に掲げた水も半分は消えている。
咆哮が終わったかと思うと、魔物は見えない何かを放出して来た。詳しくは分からないが、ハッキリしていることはただ一つ。
「当たれば死ぬ!」
大体、契約 (仮)をしてるのに精神汚染が発生するとか訳わかんなすぎ!それに扱いが難しい神話生物を使い魔にしてるのも訳わかんないし!ムカつく!ムカつく以外の言葉が見つからない!
「水珠多段攻撃魔法!」
威力がそこそこあって魔力をそこまで使わない魔法を苛立ちながらヴリトラにぶつけた。肉が裂ける。……肉が、裂ける?
『おやァ。ようやく気づいたんだねェ』
脳内にひたひたと笑う聞き飽きた声が聞こえる。
「バフォメット!暇なら私のことを助けなさいよ!」
『脳内に語りかけているワタシはまた別の存在だよ。言うなれば子機』
「ハァ……?」
『ヴリトラはどんな攻撃にも屈せぬ神話生物だけど、天の契約で海の泡には弱いからねェ。気づけて良かったねェ。喰われてしまうところだったよ』
海の泡は螺旋状に魔物の身体に巻き付く。
「シャウッ!キシャァァァァァ……!」
吹き出した血は辺りを腐敗させた。気が立っているらしい。歯をむき出しにして大蛇は威嚇する。
「一気に方をつけてやる!巨大水珠攻撃魔法!」
ロジェは巨大な泡でヴリトラを捕まえると一気に圧縮した。大地を割る音がして閃光が瞬く。
「ぎゃぁっ!」
爆風が過ぎて薄目を開けた頃にはもう、ヴリトラはいなかった。残っているのは真っ黒のクレーターだけ。
「倒したってことよね、たぶん……待って、それなら!」
アリスの方を見遣ると同時に街の中心部から爆音が響いた。同時に少女の悲鳴も聞こえる。
「魔物を封印している魔法石は、その魔物が死ねば爆発する……」
防御も無しに魔法石が爆発すれば即死する。正直レヴィ家の事だから安全装置か何かがありそうだが。下手したら死んでるかもしれない。どんな結果になっていようが、ロジェにはもう仕方ないという言葉で飲み下すことしか出来なかった。
ロジェは勝った。ヴリトラは敗れた。旱魃の王と恐れられた魔物はもうこの世のどこにもいない。創造神が治める天上世界で永遠の神話生物となるだろう。
もうアリスにも再起をかける力は無いだろう。ロジェはそれを理解すると一息ついた。未だ戦闘を続けているであろう仲間の元へと向かわなければと思いながら。
「ここがお前の書斎か。随分と良いものを貰ってるんだな」
ヨハンはテュリーの書斎に入って開口一番そう言った。窓辺で外を見ていた彼は懐からおもむろに懐中時計を出す。
「お早いお着きで。もう少し遅いと思っていました」
「ゆっくりウォーミングアップしても仕方ないだろ?」
ヨハンの態度の通りに、王国の兵士達は地下牢の奴らを除いて誰一人として死んでいなかった。戦闘不能にさせている。その余裕がある。
「俺の銃を返せ。そうすればハンデを与えてやる」
「その必要はありません。もう十分ハンデですから」
ヨハンが声を上げる前に拘束される。ついでに頭にも拳銃が一発。自分の拳銃で射抜かれる屈辱を痛みと共に味わった。
「がはッ!?」
「やはり最初から私が向かうべきでしたね。こんな簡単に捕まえられる。これもオルテンシア様のお陰です」
身体を押さえつける拘束からは簡単に抜け出せそうにない。何が起こった。今のは何だ。一歩も動かずに早撃ちしたのか。そして魔法を瞬時に発動?そんな芸当が人間に出来るのか。そもそもコイツは人間では無いのか?
「貴方は今から王国に輸送され、今後の処遇が決まります。恐らく元の世界への送還による消滅だと考えられます」
つまるとこ死ねる訳だ。願った死。切望なる死。永遠なる死。どんな人間でも付きまとい続ける冷たくも優しい存在。
「貴方を元の世界にさっさと戻していればここまで荒らされることは無かったというのに……さぁ、さっさと地下牢に行きますよ」
「行かない」
きっぱりと言い切った。少し前の自分なら二つ返事で引き受けていたと思う。だけど今は違う。自分の為に走ってくれる人がいて、信じられる人がいる。その人に。ロジェスティラにこそ送って貰わねば、なんの意味も無い……!
「何か考えがある様ですがそんなものは捨ててしまいなさい。無意味です」
「捨てない。俺はそれを信条に生きてるんだ」
「何ですって?」
テュリーは眉をひそめてヨハンに近づく。
「俺は、俺に命をかけてくれる人に賭ける。それを裏切る様な真似はしない」
高速は身体を縛るだけ。足は前後に動かせる。半径三十cmぐらい。それだけ動いたら十分だ。テュリーはまた近付く。射程圏内に入った。
ヨハンは思いっ切り踏み込むと、先刻テュリーが銃を戻した胸元に飛び込んだ。
次回予告!
追い詰められたヨハンは追い詰めたなりに糸口を掴み初め、追い詰めたテュリーはそれに気づかない。一気に戦況を翻していく第七十四話!