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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第五章 一場春夢海底都市 カノフィア
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第七十一話 空虚なアギオス

エルフィアは無事に町に帰ったが、プエルトンの様子は一変していた。バフォメットの誘いにロジェは乗ることにしたが……?プエルトン編もそろそろ佳境!バトルが始まる第七十一話!


声は無くなり、オブジェクトも黒くなる。見届けたバフォメットはロジェの前に降りた。


「死んだよ」


「帰れたのか」


ぽつりとヨハンは呟く。バフォメットに笑われるかと思ったが、どうやら彼女はそうでないらしく。


「死ぬ時ぐらい、故郷でないとねェ」


瞬間感傷を捻り潰すけたたましいサイレンが響く。曇天の下、街からは声も起きない。


「ねぇ。さっきからこの騒ぎは何なの?」


「全面戦争だよ」


海の方角から低く旋回してきた飛行艇が茨で玩具のようにへしゃげる。爆発の後に燃えカスが海に落ちた。


「余程プエルトンを陥落させたいらしいねェ」


バフォメットは指先でエルフィアの残骸を撫でていた。その指先を見ながら、ロジェは俯きながら口をすぼめる。


「契約の件だけどやっぱり……」


「後払いというのはどうかね」


顔を上げると、ただニヤリと笑う悪魔の姿が一つ。


「期限は無期限。ワタシの全能力を今は無償で貸してあげよう。その対価をキミの出世払いで返す」


「なんで、そんなこと……」


契約というものは何でも損得勘定が付きまとうものだ。悪魔なら尚のこと。首を傾げているロジェにバフォメットは笑った。


「エイルズに頼まれたからねェ。どうか助けてやって欲しいと」


その笑みは可愛らしいものを見るような目付きを伴っていた。それに気づかずロジェは首を傾げる。


「どういうこと?何でエイルズが?ていうか貴方知り合いだったの?」


「アイツはキミに会いたいと言っていた。一緒に旅をしたいとも」


バフォメットは少女が投げ付けた疑問に答えを返さない。飛行艇が駆け巡る方へと足を進める。


「この旅が終わればヤツに会えるさ。その前にアイツらを倒さんとねェ」


『うへぇ……』


使い魔は惨状を見てひしゃげた声を上げた。ロジェもヨハンも似たような表情を作る。茨で守られた高台から見下ろした隣町の至る所、魔道士と兵士達がうろついている。


「ヤツらの拠点はファステーラ。亡国は使いやすくて良いねェ」


『すごい人の数だね……』


「王立魔道部隊よ。世界で最高峰の魔道士が集まる場所」


魔道士達はロジェを視認しているのか分からないが、プエルトンを守る茨を攻撃している。どうやら新しい術式を編み出したらしく、無敵と言われた彼女の茨は少しずつ腐り始めていた。


『魔道士と魔法使いって何が違うの?』


「変わんない。魔法使いの公務員的名称なだけよ」


「んで、あの魔道部隊を率いてるのがテュルコワーズ。オルテンシアの執事だ」


空にはグループに別れて飛び交う魔道士達。黒い点が空を埋めつくし始める。


『はえー』


とうとう茨が燃えた。悪魔は疲れた声音とは裏腹にくつくつと笑みを浮かべる。


「やってくれるねェ。見ときな。こう使うんだよ」


バフォメットは軽く手を上げた。新たに生えてきた異様に生命力のある茨が魔道士達を掴んで明後日の方向に投げる。食虫植物みたいに空に浮かぶ魔道士を捕まえては投げる。


「わ、分かった……」


呆然としているロジェの手のひらには彼女の紋章が浮かんだ。バフォメットはサディコのふわふわの背中を掴む。


「分かったんなら手分けしてヤツらを倒しとくれ。マル坊、着いてきな」


『うわぁぁぁぁぁぁ〜!』


そのままファステーラへのビル群に消えて行った。都市群は相当深い……つまり、崖の上にあるプエルトンに届くほど建物が高いらしく、暗闇が蔓延っていて地面がよく見えない。


「良いのか?」


「サディコに酷いことはしないでしょ。それに今は彼女の力も借りていることだし」


殺気。頬を切り裂くそれにロジェは顔を上げた。幾つかの魔道士部隊の奥に、その主はいる。


「あんたも行った方がいいわ。やられたら一溜りも無いわよ」


「それは君も同じだろう」


「私には魔法がある。無理だと思ったらさっさと逃げるし大丈夫」


ヨハンは何か言いたげだったが口を開いただけで止めた。魔法使いを一人相手取るならまだしも、この部隊相手だと足手まといにしかならない。


「分かった。手をつけられなくなったら呼べよ」


「ヨハンはどうするの?」


「大将を叩きに行く」


視線の先には部隊の奥、一際大きな飛行艇がある。全体指揮を取っているのはテュルコワーズ。つまり彼を倒しに行くということだろう。


「大将って……」


いつの間にかヨハンの姿は消えていた。……まぁ、あの数のマルクレオンにやられない彼のことだからあんまり心配はしていないけど。


「まぁいいや」


それより自分の心配をした方が良い。ロジェは中空に浮かんだ。均整の取れた部隊は歪み一つなく、ロジェの様子を伺っている。


刹那、それは始まった。


統率の取れた小隊が魔法を打ち込んでくる。防御魔法を使って軽く躱した。弾かれた魔法は別の小隊に当たったが、攻撃をかき消してすぐに体制を整える。ロジェは戦場なのも忘れて感嘆を呟いた。


「すごい……」


攻撃を避けてロジェは高く飛び上がった。


「『星で眠りを授ける魔法セレヘア』」


ドーム状に広がった星魔法は小隊を取り囲む。自身の魔法が攻撃している中、一人に狙いを定めて一気に降下。そのまま飛びついて撃ち落とす。暫く魔法が使えなくなるバフォメットの印付きだ。


「第一小隊!砲撃用意!」


他の小隊がロジェを結界の中に閉じ込めた。炭も残さず吹き飛ばしたいらしい。他人事のように号令を聞きながら手のひらを見つめる。肉の奥まで刻み込まれた悪魔の印。


「撃て!」


空間を切り裂く光線がロジェに放たれた。が、少女の前には悪魔の印が浮かび上がる。糸がほつれた様に光線は消えていった。


「……バフォメットって、本当に強かったのね」


ただ、何か……今ある現実に実感を持てない。映画を見ているような感覚。少女の視線に閉じ込められた魔道士達は茨で地面に叩きつけられていた。


「なんか、変な感じ……」


彼女の目は欲望を引き出す。彼女の権能の一つ。私が『魔道士達がいなくなって欲しい』と願ったから、今の空には誰もいない。


見たまま反映されるのなら、それはとても素晴らしいことではないか。魔法なんて扱えなくても、悪魔となんて契約しなくても、彼女の力、彼女だけで……


向こうからヒタヒタと笑う声がする。誘う声。それが段々、心地の良い温度と湿度を持つ。


さァ、こっちにおいで。可愛がってあげよう。どこまでもいつまでもキミの望むままに──


耳に聞こえる。何もかも気持ちいい。いや、ちょっと待って。確か彼女の権能の一つ、耳は人心を掴む……!


「っ!?」


ロジェは我に返るとまとわりついていた黒いモヤを落とした。危うく彼女の力に飲まれるところだった。


手のひらに浮かんだ印に糸が浮かぶ。容赦なく引きちぎった。多分同期している何かだろう。


以前、バフォメットは契約の際に『身体の支配権』と言った。対価として相応だし、彼女の力を使えば使うほど彼女に飲まれるのなら最初から支配権を望めば合理的ということか。腑に落ちてロジェはため息をついた。


「はぁ。タダより高い物はない、かぁ……」


殺気は未だ漂っている。ロジェは蹂躙した魔道士達を見ない様に、根源へと向かう。








『この辺だよ』


光が届かないビルの森。崩れ落ちたガラス片を蹴りながらバフォメットは呟いた。


「こっからは探すか。やれやれ……」


彼女の耳元で電気が爆ぜた音がした。視線を斜めに動かす。


「ン?」


『どしたの』


手のひらには千切れて漂う糸。ニヤリと口角を上げた。


「……同期が切れた。気付いたんだねェ」


『ロジェのことを操ろうとしたの?』


「操るとは人聞きが悪いねェ。単に試しただけサ。ワタシの力は万能では無いからねェ。あの娘はそれを知らなければならない」


同期が切れたとなれば暫くはバフォメットに好き勝手されることは無いだろう。追求するのはその後だ。彼女は足音のする方に視線をやった。


「おやァ。お出ましだよ。探す手間が省けて良かったねェ」


「ゥ……あ……」


暗がりから出てきたのはミカエルだった。足取りはおぼつかない。穴という穴からは血と得体の知れない体液が溢れ出て、所々から吹き出す結晶は身体を歪にしている。その目は虚ろで最早言葉を解す様子はない。


「ニンゲンをここまでするなんてアイツも悪趣味だねェ。与太話に乗ったキミにも問題はあるがね」


ミカエルからは……彼の身体の内側は完全にアウロラに組み替えられている。中身を取りだして入り込んだらしい。言うなれば寄生虫。


『気色わる……』


「哀れなニンゲンくん。キミの天使はどこだい?」


「ァ……ゥ……ジュブ……ルル……」


返答は無く、人間だったものはただ吐瀉物を零すだけ。


「こりゃダメだね。……まァ叩けば出てくるか」


バフォメットは茨を生やしてミカエルを貫いた。そこから金色の液体が濁流の様に溢れ出てくる。飛び出たそれは彼女に飛びかかるが、サディコが水でガードした。


『これ死なないんじゃない?パッと見アウロラからずっと魔力供給されてるみたいだけど。先にあの天使もどき倒さなきゃコイツずっと動くよ?』


「いや、先にニンゲンをある程度潰す。ルシファーはああ見えて臆病だからねェ。早々現れたりはせん。マル坊、援護しな」


バフォメットは同じように茨を出して貫く。染み出した液体で腐食していくのを無視して連続で。


茨に逆流してきた液体を振り落とすのがサディコの役目なのだが、最早要らない速度だ。やはりバフォメットは強い。物量で一気に抑え込むやり方が通用する攻撃力。


「なかなか硬いねェ」


「あゥッ!ぎャッ!ぐぼぉぉッ!」


「……これか」


何かを見つけるとそれを掴んで、身体から捻り出した。潰そうとしてもかわして逃げていく。


「マル坊。コイツの処理を頼んだ。ワタシはアイツを仕留めてくるよ」


『気をつけてね〜』


バフォメットは何かを追いかけてその場を去った。粘液を纏うミカエルの前にサディコは立つ。


『頭までやられちゃった感じだねぇ』


「ぎゃゥ……」


ミカエルは身体と同化したブローチを握りながら涙を流した。それは感情かフリか、はたして反射か。いずれにしても、悪魔が思うことは一つ。


『……ま、自業自得かな』


サディコは周囲から水を集めるとミカエルを水の檻に閉じ込めた。これで溺死するか。してくれたら助かるんだけどなぁ。


……あぁ、やっぱり無理だ。バフォメットの茨で傷ついた部分から液体が広がって水と同化する。


「んぼぉ……ごぼぼぼ……」


『身体はもう死んでるのに無理矢理生かされてるんだ。怖いことするねぇ』


液体はどうやら外気に触れて一定時間経つと効力が無くなる様だ。それを踏まえて、サディコがやる事は一つ。


『中身を取り出すしか無いみたいだね』


水は洗い流す性質を持つ。そんな自分の力なら、これを間違いなく倒せる。


『跡形もなく、綺麗さっぱりに片付けてあげるね』


盲信者ゾンビの前で、サディコはそう言った。

戦いを根本から断ち切る為にヨハンは潜入を試みる。サディコはミカエルとの因縁に終止符をつけたり、ロジェは様子のおかしいアリスと再開したり?戦いの中に謎が散らばる第七十二話!

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