第七十話 欲のススルス
マルクレオンとの賭けに勝ったり地上に戻ってバフォメットとエルフィアが奇妙な形で出会ったりするお話!
「貴方は捕まることを望んでいる。そうでしょう?そうでないのなら、取り囲まれた時にさっさと逃げたはずです。もし捕まれば、旅は続くのだから」
『人』は『神』を凝視する。喉が張り付く。口が乾く。否定を叫べない。
「黙れ……!」
「仮想現実で眠りましょう。記憶も全て消して永遠の旅を始めるのです」
「うるさい!俺はそんなこと……!」
心の奥底のそれを引きずり出される前に壊してしまわねばならない。判然としない銃口が突きつけられるような感覚。
「では、貴方は一人で死ねますか?」
身体の奥で眠り続けていたそれを自覚させられる。そうだ、俺は、ずっとずっと。
「貴方がどれだけ願っても、彼女と同じ道を歩むことは出来ないのです。だって貴方は不老不死で、創造主様は普通の人間だから」
兵士になっても人を殺したくなかった。だって敵にも人生があるから。彼らは幸せで待っている人がいるだろうから。それになんと言っても、俺は。
「失うのが怖いのなら、手に入れてしまいましょう。大丈夫です。カノフィアにはその手段と技術があります。貴方達に永遠を約束する事が出来る」
一人で死にたくない。一人が嫌なのだから。
「黙れ黙れ黙れ!」
「可哀想に。普通の人生に引き戻されてしまったんですね」
無茶苦茶に撃ったそれは、マルクレオンの防護壁を割った。
「やはり物理シールドは持ちませんねぇ」
「死ね」
マルクレオンは弾丸を捌ききれずに顔に銃弾を受ける。目の回路がむき出しになった。顔筋の役割を担ったゴムが上がる。
「何故提案を受け入れないのです。貴方は幸せになれるんですよ」
「もし俺がロジェスティラと共にあって生き残ったら、今度こそ立ち直れなくなる。それに……」
それはこの都市に言いたかった言葉。人間の分際で永遠を目指したこの町は間違っているのだということを。
「永遠なんて無いんだよ。お前には分からんだろうがな」
「何を……この都市は完壁でしたでしょう?」
「どこかだよ!至る所全部ボロボロだったぞ!」
「嘘だ……いや、そんなはずは……貴方の幻覚でしょう?そうだ……そうに決まってる!貴方の目がおかしいのでは?」
狼狽え方が人間そのものだ。銃弾はマルクレオンの顔をボロボロにしていく。声が歪に割れた。
「ポンコツなてめぇの目よりかは幾分マシだろうよ!」
「世迷いごとを!この都市は完璧です!永遠を約束された!変わらないままでい続けなければならないんです!」
「いい加減認めろ。永遠は無い。終わりがあるからこそ人は生きるんだ」
銃弾で腕が落ちたマルクレオンは配線で顔を覆う。
「嫌だ……認めない……そうだ、貴方が永遠を楽園であると認めればいい」
マルクレオンのよろついた足元に破壊されたガラクタが生き物のようにまとわりついた。それらは人造神を補填し、足を八つに、手を四つに、頭を三つに変え、悪魔の姿へと変貌していく。
先程倒し損なった複製機達が起き上がってヨハンを取り囲んだ。どうやら今から酷い目に遭わされるらしい。
「……何を勘違いしてるか知らんが、俺はロジェスティラが来る事を信じ続けるからな」
「その言葉、いつまで続くのでしょうね」
お前が終わるまでだよ、という言葉を弾丸に込めてヨハンは引き金を引いた。
「はーっ、かひゅ、はっ!はっ!」
ロジェは意識を朦朧とさせながら二十階へと辿り着いた。口の中が吐血しそうなくらい血の味がした。
『着きましたね。マルクレオンの書斎がどこかご存知ですか?』
力無く指さした廊下をロクはサクサクと飛んで行く。よろめきながらもロボットの後を追うと、執務室の扉の前で伺うように浮いている。
『入れない感じ?』
『パスワードが無いと厳しそうですね』
「それなら知っている。今から私の言う通りに押すといい」
ロジェはエルフィアが見やすいようにオブジェクトを掲げて中腰になる。扉が開くと喉から声を絞り出した。
「開い、た……」
よたよたと入るロジェを横目にロクは何かを探し出す。机の方に近寄ると表面を叩いた。『.V。P{Z_ーN_゛(パスコード)』と書いてある。ロクは目にも止まらぬ速さで打つと、宙に二進数と鍵穴が浮いた。
『これですね』
『それ壊したら魔法が使えるようになんの?』
『えぇ。少し時間がかかりますので、ロジェさんは息を整えていらっしゃる方が良いでしょう』
ロクは機体の中からチューブを取りだして差し込んだ。膝に手をついていた少女はやっと身体を起き上がらせて、
「ろく……」
『なんですか?』
「水とか……出せる……?」
『もちろん。どうぞ』
機体の中から水が入ったカップが出てくる。熱を持った身体が少しマシになったような気がする。刹那、足元から鎖が壊れる音がした。
『うわぁっ!?』
影から追い出されたサディコは素っ頓狂な声を上げて飛び上がる。
『どうやら終わった様ですね』
ロジェは魔法を使うと手の上に水の玉が発生した。
「『ヴァンクール』も使える様になってる……」
『ロジェ!やっちゃえ!ぶっ飛ばしちゃえ!』
キャンキャンと飛び上がって喜ぶサディコを見てロジェは小さくガッツポーズを作ると執務室のガラスに手を置いた。
「よし!」
『何をしているんです?』
「海と意識を通い合わせているようだ」
『……それでどうなるんです?』
揺蕩うだけの海が生き物のように動き出す。
「海全てが自分の手足と同じように使えるのだよ」
「ロク、ここから外に聞こえるスピーカーとかある?」
『ありますよ。これです』
ロクは執務机の隣にあるマイクを向けた。深く息を吸って、水底に語りかける。
「深き青の海 波の声よ 我の声を聞け
我が願いをこの胸に宿し、
潮を操る力を与えよ。
潮風よ、運び来たれ 遥かなる深海へ
我が心の願いを 大海の底に刻みこめ」
少女の歌声を聞いて、使い魔は感心した声を上げた。
『ちょーきれいな声……』
一部だけ動いていた海水が全てを飲み込んで動き出す。大海は他のビルを食しては壊し全てを瓦礫に変えていく。龍の形をした水は執務室のガラスを割って水浸しにした。
「さぁ!行きましょう!」
ちょっと前かつ同刻。ヨハンはどこからともなく聞こえてきた歌声に顔を上げる。
「この、声は……」
どこで言われたか忘れたが、彼女は歌が上手いと言っていた。……うん。確かに。目を瞑って聞いていたくなるような歌声。
「……確かに上手いな」
感傷に浸る暇もなくビルが大きく揺れる。ヨハンは狼狽えているマルクレオンを見て口角を釣りあげた。
「俺の勝ちだな」
「創造主様は私の味方だったはず……なのにどうして……!」
その声と共にホールの硝子を突き破り白波が突っ込んできた。海水はヨハンの膝まで大胆に濡らした。
「今の言葉!水を通して聞かせてもらったわ!」
水の上に立つのは背中だけ見える焦がれた赤。訳の分からんポーズをして高らかに笑い、宣言する。
「完全無欠のロジェスティラちゃん、ふっかーつっ!」
振り返ったロジェは後ろに立つヨハンを見て申し訳なさそうに笑った。
「……遅かった?」
「今回ばかりは遅かったな」
ロジェはくすりと笑うと水から降りて醜悪な見た目に変わったマルクレオンの前に躍り出る。
「さぁて、あんたをガラクタにしてやる時が来たわよ!」
「何故こんな真似をするのです!貴方は私の味方だったはず!」
「あんたの勝手な思い込みよ!どう解釈したら誘拐して来た相手が味方になったと思うわけ!?」
人造神はロジェの手元にあるオブジェクトを蔑む様な目つきで見やった。
「……エルフィア。裏切ったのですね」
「元より味方などではないがね」
『ロジェぇ……こいつどうする?ぱくっと一発でいっちゃう?ぼくがやってもいいよ?』
会話をしている内にもカノフィアのビル群は水の力を受けて倒壊していく。いつの間にかセントラルビルを中心にして大渦が出来ていた。
「ううん。何もしない」
「は!?」
ヨハンが呆気に取られた声を上げたが、無視してロジェは続ける。マルクレオンが最も苦しむ罰を、私は知っている。
「コイツには何もしない。何もしないのが一番の罰だから」
手をかざすと詠唱を一つ。
「『捕獲魔法』」
地響きも破壊音も激しくなっていく。その一つ一つに人造神は反応して憔悴していくのが目に見える。
「ねぇマルクレオン。聞こえる?あんたの大事な都市が壊れていく音が」
「どうして……いやだぁ!やめろぉ!壊れるなァ!それなら私はどうして!あぁぁぁぁぁっ!」
とどめを刺すように訥々と海の大魔女は続ける。
「錯乱してるところ悪いが、もう一つ私から付け加えておこう。お前の守ろうとしていた電子世界のカノフィアはとっくのとうに滅んでいる。お前はずっと一人芝居をしていたんだ」
「何故……それを黙っていたァ!貴様!新人類ごときが!この私を騙したんだぞ!悪いと思わないのか!?」
無感情だったエルフィアの語気が荒くなる。
「思わないね。私が受けた苦痛に比べれば、お前の今の苦しみなど足元にも及ばない」
「いやだ……嫌だァァァッ!永遠だ!永遠に存在する私の都市が!」
それは幻想だ。永遠なんてない。『カノフィアは永遠の都市』ではなく、『似非の永遠を体感することが出来る』だけの都市だったのだ。それを誰一人、神としてさえ知らなかった。
︎︎「ァァァァァァァァァァァァ!!!」
マルクレオンの装甲は剥がれて力無くしゃがみこむ。顔の配線がむき出しになって、歪んだ声で叫び続けている。ロクはその様子を見てありのままを伝えた。
『深刻なエラーが進行している様です。心配せずとも、マルクレオンはもう使い物になりませんよ』
「そっか。良かったわ」
『そろそろ出た方が良いんじゃない?沈んじゃうよ?』
水はもう腰まで来ていた。水を使って岸まで飛べば一瞬だ。窓際に寄った。ロクを除いて。
「……ロク?どうしたの?貴方も一緒に来るでしょ?」
『私は行けません。マルクレオンの残骸を処理しなければなりませんから』
「どうして!全部私がぶっ潰したからもう居ないって!」
もう、永遠を目指した都市は無い。マルクレオンの残骸も水中に浮かんでいるだけで、それも容易く魔物に食い荒らされている。
『それが私の役目です。仕方ありません』
「……そうか。世話になったな」
『良かったですよ。貴方達に出会えて。特にヨハンさんに関してとんでもない収穫でした』
直々のご指名にヨハンは首を傾げる。
「俺?」
『旧人類に直々に会えるとは思ってませんでした』
ヨハンは眉間に皺を寄せる。コイツもマルクレオンの一派だったか。
「どういう意味だ」
『私が馬鹿みたいな慣用句を言ってたでしょう』
「そうだな」
『あれ、今では使われてない言葉なんですよ。なのに貴方はバカ正直に答えるものだからびっくりしちゃって。普通だったらとぼけるところなのに』
……少し違った。違ったけど、声がとてつもなく馬鹿にする様なものだから、今すぐにでも解体してやりたい。
『まぁ、棚からぼた餅、雉も鳴かずば撃たれまいって言うじゃないですか。』
「……使い方は合ってる」
ため息混じりに言葉を紡ぐヨハンに対して、
『でしょう?』
ロクは嬉しそうに返した。
「ねぇヨハン。それどういう意味なの?」
「後で教える」
ロジェは零れてくる涙を抑えながらロクに感謝を述べた。
「……ロク、ありがとうね」
「君がいてくれたお陰で計画は上手く進んだようなものだよ。ありがとう」
エルフィアも爽快感のある声だ。
『ぼくも自由になったし、ありがとう!』
サディコはさっきからぴょんぴょん飛び回っている。
「じゃあね!ありがとう!」
「また会えますよ、旧人類さん達」
ロジェは球体の結界を作り水の中に閉じ込めた。伝って落ちる水越しに、ロボットの声は鮮明に響く。
「マリア・ステラでお待ちしています」
「今の……」
ロジェとヨハンが顔を見合せた瞬間に頭上から巨大な柱が落ちてくる。ともかくここは移動しないと。
「『転移魔法』!」
瞬きをした次の瞬間には岸辺に辿り着いていた。静かなはずのそこは至る所から響くプロペラ音とサイレンでかき消されている。状況を確認しようとすれば、頭上から声が降ってきた。
「キミはまたトンチキなものを……」
バフォメットはロジェの傍に降り立つと、手の内にいるオブジェクトを見詰めている。
「地上に帰りたがっていたから」
「フン。貸しな」
ロジェの制止を聞かずにバフォメットは爪先で強引に奪い取った。
「エルフィア。聞こえるかい」
「貴方は……」
「名乗らんよ。だがあんたのファステーラはワタシのもんだ。さっさとくたばっちまいな」
沈黙。しかし直ぐに慈しみを含んだ声色になった。
「ふふ。貴女からは色んな気配がします。 人魚や悪魔、そして私。貴女は人々の願いの塊なのですね」
悪魔は何も答えない。ただ気持ち悪いという感情をオブジェクトにぶつけた表情をしている。
「貴女は人々に望まれて生まれてきて、その生を人々の為に捧げてくれた。ファステーラの皆を守ってくれた。それがどういった名目であれ、私は嬉しく思います」
オブジェクトに亀裂が入る。バフォメットは抱き止めた。
「私の分まで色んな世界を見て下さい。人生を縛られても人々の願いを果たし続けてきた貴女は、きっと救われる。わたしの見てきた神や英雄達がそうだったから」
「……フン。勝手にそう思っとくことだね」
「うそ……!『修復魔法』!『蘇生魔法』!」
エルフィアの亀裂は益々増えていく。ロジェは魔力を際限なく流し込むが止まらない。
「ふふ……良いのです、ロジェ……私はとっくの昔に死んでいる身ですから。ここまで連れて来てくれてありがとう……」
バフォメットは中核だけ残る大魔女を抱きしめて街が見えるように宙に浮かんだ。
「あぁ……懐かしい磯の香り……人々の声……私の大好きな、愛した町……」
次回予告!
エルフィアは無事に町に帰ったが、プエルトンの様子は一変していた。バフォメットの誘いにロジェは乗ることにしたが……?プエルトン編もそろそろ佳境!バトルが始まる第七十話!




