表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第五章 一場春夢海底都市 カノフィア
75/131

第六十八話 海底から望むコスモス

信頼構築の為にマリア・ステラ号について聞くロジェだったり、『ヴァンクール』を取り戻すために奮闘したり、マルクレオンに対して突破口が見つかる第六十八話!


廊下に出るとそれっきりサディコは喋らなくなった。ロジェも黙ってマルクレオンのいる階を目指してエレベーターのボタンを押した。


沈黙。腕を組み指の腹で叩きながら扉が開くのを待つ。アナウンスの『二十階です』という言葉の後、扉は開いた。


マルクレオンと生活して気付いたことがある。彼は非常に人間的な生活を目指しているという事だ。朝起きて顔を洗い、朝食を食べ、この後に予想される人間的かつ最高に理想的なルーティンを繰り返している。


今は午後三時。仕事で執務室にいる時間だろう。ノックすると中から『どうぞ』という声が聞こえて扉を開ける。


「ゲームはお気に召しませんでしたか?」


「それよりも貴方とお話したいと思ったのよ」


「嬉しいお言葉ですね。何を話しましょうか」


「マリア・ステラについて聞きたいことがあるんだけど」


空気がぴしりと硬直した。マルクレオンは人間的な生活を求めている。故に感情を出すこともある。そしてそれを、悪用することも。こうやって人を威圧して何も言えないようにする。彼の癖だ。


「……それはどこから?」


「地上で聞いたの。貴方はずっとここにいるから、超古代文明系列のマリア・ステラに詳しいかと思って」


我ながら順応力の高い事だ。コイツに威圧されても何とも思わない。相手がロボットだからというのもあるだろうが、ヨハンの好奇に向ける視線と比べればコイツのそれは足元にも及ばない。


マルクレオンはペンを置いた。


「戦争によって人々は分断されました。このまま科学を追い求めるか、平和を追求するか二分されたのです。前者はカノフィアに、後者はマリア・ステラ号に向かったのです」


「他の人は?」


「安全な場所を探して地下や辺境に住んでいました。もうどこにも生命反応はありませんが」


それを聞いてロジェは少し肩を落とした。僅かに生き残りがいたら研究の為のお話を聞こうと思っていたのに。


「へぇ。中がどうなってるかは知ってる?」


「さぁ。あまり知りたくないものですから。『争い無き平等な世界』を実現する為だけに作られた宇宙船ですからね。進化しない愚か者共ばかりだ」


マリア・ステラに話をこじつけることが出来た。ここで押すのだ。言葉を選んで一気に喋る。


「……愚か者は嫌ね。カノフィアが復興したら、そんな連中を生み出さない為にも行き方を知っておきたいわ」


「それならこの本がオススメですよ。暇つぶしになるでしょう。行き方から何から全て書かれていますから」


タイトルは簡潔、『マリア・ステラ号について』だ。ロジェは飛び上がりそうな気持ちを抑えて平常心で辞書くらいの分厚さがある本を受け取った。


「へぇ。ありがと」


受け取ってすぐ部屋を出たら不審に思われる。読む振りをして頁を捲る。『船内の状況』と書かれた写真には幾体も同じ背格好、言うなればアンドロイドが社会を築いていた。


「……ねぇ。気になることがあるんだけど」


「何でしょう」


「このアンドロイドっていうのは……皆人間みたいな感じなの?高性能の何か……機能はついていたりするのかしら」


掲載されている写真は薄くなっていてよく分からないが、面影を見る限り全て同じ機械に見える。


「一般的な人間の知能だと聞いています」


「へぇ。その点貴方はいいわね。高性能なんだから」


「お褒めに預かり光栄です」


マルクレオンはさも当たり前だと言う風に淡々と返した。


「何が搭載されてるの?」


「私の機能は多岐に渡ります。特に視野に関しては一流なんですよ。ズームは一万倍まで出来ますし、画素は五千億ほどあります。果てはサーモグラフィーや暗視カメラまで搭載しています」


それを聞いてロジェは外を指さした。こことそんなに変わらない大きさのビルだ。


「凄いのねぇ。あそこがどうなってるか見えたりするの?」


「もちろん。……あぁ、あれは二号施設ですね。随分と荒れています。後で掃除に行かないと」


マルクレオンは目を細める素振りを一瞬して、少女に優しく微笑みかける。


「二号施設?」


「えぇ。カノフィアの娯楽が集まったビルです。二号施設にも連れて行ってあげたいものですね。あそこのシチューは絶品なんですよ。機械がまだ動いているので、作れるはず……」


「ふぅん。そうなのね」


ほんの少しの間が空いて、ロジェは渡された本を見せた。


「本ありがと。部屋に帰って読むわ」


「ごゆっくりどうぞ。またお夕飯の時間になればお呼びしますね」


ロジェは半ば駆け足でエレベーターへと急ぐ。自室の階に着いた時、安堵から大きく息を吐いた。タイトルをなぞっていると足元の影から声が聞こえる。


『部屋に戻ってどうするの?』


「この本を読むわ。あと計画も立てる」


『なんの?』


「『ヴァンクール』奪還作戦よ」










時刻は真夜中の二時。真っ暗な部屋の中で衣擦れの音が聞こえる。掛け布団から眠い目を擦って這い出たのはロジェだ。


「エルフィア様。聞こえますか」


ベッドの傍に置いた水を飲んでいると、僅かなノイズ音を掻き分けて声が聞こえた。


『聞こえています。どうしましたか?』


「私、大切なものをマルクレオンに取られてるんです。それを探してもらいたくって」


エルフィアは黙った。ノイズ音は引き続き沈黙をかき消すと、


『防犯カメラの映像を確認しましたが、それらしいものは見当たりませんね。ただ……』


「ただ?」


『アクセス出来ないカメラがあります』


「じゃあ多分そこだわ。何階ですか?」


『二階、八階、十六階、十七階、十九階のフロアのカメラはどれも駄目ですね』


『この中から当てるのは難しくない?』


影に潜む使い魔は無邪気に言う。少女はふわふわの髪先を指で弄りながら返した。


「そうね。数も多くないことだし上から順繰りに行きましょう」


『マルクレオンが巡回しています。気をつけて』


「ありがとうございます。さぁサディコ。行きましょう」


『あいよー』


ロジェは髪の毛を纏めると廊下に出た。駆け足でエレベーターに転がり込む。


『監視されてないの?』


「エルフィア様が何とかしてくれてるみたい」


『ふぅん』


十九階に到着した。物置だ。至る所に箱がある。引っ繰り返す訳にはいかない。ここは後回しの方がいいだろう。


次は十七階だ。薄暗い広々とした空間に幾つも机と椅子がある。ここも次の方が良い。


十六階。暗いのは変わらず。物々しい歯車が回る音がする。


『次の階に行く?』


「いえ、ここからは探しましょう。全部こんなフロアだったらビルを周回するだけよ」


細い桟橋の周りには底の見えない暗闇が続く。どこから入って来たか分からない光が大小様々の歯車を照らしていた。


ロジェは駆け足で桟橋の奥へ走る。じんわりと足が嫌な汗をかいた。やっと小さな扉が見えた。ドアノブはつっかえもなく回って中に入る。


漠然とした部屋の中で、見つけた。確かに『ヴァンクール』だ。ロジェの神器はチューブにより光の玉に閉じ込められて、居所もなく浮いている。


「あった……」


手を触れようと伸ばした瞬間だった。影から叱責が飛ぶ。


『触って大丈夫なの?警報とか鳴ったりしない?』


「ごめん、嬉しくて……」


『触らない方が良いですよ。どうやらマルクレオンは貴方の神器を壊そうとしているようですから』


カメラ越しにロジェを確認していたエルフィアが言った。


『これは物質をエーテルに変換する機械です。貴方の神器もエネルギーとして消費するつもりでしょう』


「じゃあ今すぐ取らないと」


『そのまま手を突っ込むと警報が鳴ります。それに、恐らくはあと一週間は持ちます。その間に手早く計画を立てましょう。とにかく今日はもう部屋に戻って……』


エルフィアの声が途切れた。


「……エルフィア様?」


『いけない。マルクレオンが部屋を出ました。貴方が部屋にいるか巡回しに来ます』


大魔女に急かされる前に、ロジェは部屋を出て駆け出した。けたたましい桟橋の音が響く。


『エスカレーターを移動させておきました』


「ありがとうございます!」


ロジェはエスカレーターに飛び乗り二十階に着くと自室に急いだ。布団の中に潜り込む。


時計の針が音を立てる。後は地の底から聞こえる怪物の呼び声。それと足音。……マルクレオンだ。


にわかに掛け布団を握る手が強くなる。大丈夫だ。バレてない。よしんばバレたとしても怖くない。だって私はここまでヨハンと訳の分からない冒険ばっかりしてきた。悪魔だっている。怖くない。


自室の扉が僅かに開いた。顔にライトがあたって、瞼の血管を見る。どうやら顔を見ている様でさっきよりも少し薄暗くなった。直ぐにそれは消えて部屋は暗闇に戻った。ロボットは靴音を立ててどこかに消えて行く。


「……はぁ」


『結構危なかったねぇ』


ロジェはむくりと起き上がった。へばりついた汗も不安も抱えて寝るには難しい。


「そうね。エルフィア様のお陰だわ」


ライトを持って顔を覗き込まれた時は冷や汗をかいた。そう、彼は覗き込んで来たのだ。もちろん見たわけじゃない。影で感じたのだ。


白いスーツに沈みこむ足。ロジェは頭を抑えて呟いた。


「マルクレオンはライトを持って来ていたわね」


『そうだね。それがどうかしたの?』


ひょっとしたらこれは、ひょっとするかもしれない。ロジェは再び横になった。


「……確かめたいことがあるの。という訳で今日は寝るわ。おやすみ」


『えぇ?まぁ、おやすみ……』


サディコの困惑する声を聞きながらロジェは眠りについた。


翌日。


少女は寝間着を脱いだ。下着の上に下着を何枚も着て、また寝間着に着替える。


『何してるの?』


「服着てるのよ。何枚も」


何でそれをしてるのか、をサディコは聞かなかった。ロジェの奇行はいつもの事だし、言って止まるんだったらカノフィア(こんなところ)まで来ていない。


『……着膨れしない?』


「どうかしら。変じゃない?」


『こっからじゃ見えないから何とも』


ロジェは姿見で自分を見た。まぁ、違和感はあるっちゃあるが十分誤魔化せるレベルだ。もちろんじんわりと汗が出るほど暑い。


「よし。朝ごはんを食べに行きますか」


エレベーターに乗って二十階に移動する。再び食堂から良い香りがしていた。異常な空間も慣れるものでロジェは我が物顔で席に座っていた。


「創造主様。お早う御座います」


「お早う。今日の朝ごはんは?」


「ポタージュとパンと果物で御座います」


「そう。ありがと」


しばらくしてロジェの前に置かれたのは普通と言えるポタージュとパン、異常と言える果物だった。果物は緑に透けていてガラス細工の様な見た目をしていた。パンについている青色ジャムの中では触手がうねうねと動いている。


「あぁ、えと……ジャムはいらないわ」


「左様ですか。カノフィアでは人気だったんですが……」


見た目が青色でワームがうようよ動いている得体の知れないジャムをよく食べるものだ。スープを口に運んだ。味は普通だが、舌の皮がめくれ上がる程熱い。味のしない果物を手早く食べて、パンを押し込む。


「ねぇマルクレオン。昨日の夜、結構大きい物音が聞こえなかった?」


「物音、ですか?」


「そうよ。貴方、耳は強くないのかしら」


「いえいえ。聞こうと思えばこのビルの全ての音は聞こえますよ」


そうなのね、とロジェは呟いた。長い赤髪が汗でじっとりと湿って、汗粒が落ちた。


「ご飯ありがとう。私もう行くわ」


「また何かあればお呼び下さいね」


半ば逃げ出す様な形で食堂を飛び出す。エレベーターに乗り込んだロジェは部屋へ着くと、服を脱ぎ出した。


「あ、あっつぅ……」


『んで、何をしてたの?』


「はーっ……いやね。確かめたいことを確かめていただけよ」


『だからそれが何なのさ』


サディコはつまらなさそうに問う。


「マルクレオンは壊れてるってことよ」


ロジェは部屋に置かれていたタオルでずぶ濡れの肌を拭いた。


『え?』


「夜の巡回でライト持って来るのって妙だと思わなかった?」


少女は鉄の仕切りの中に入ると、煙が吹く。これで風呂に入ったことになるらしい。便利なものだ。


『まぁ確かにね。ロボットだから分かりそうなもんだけど』


「最初は人間の振りをしているだけと思ってたわ。彼は人間的な生活が好きなようだから」


それが終わるとベッドに座った。


「だから試した。見えない様に厚着して汗もだらだらかいた。見た目もちょっと不格好だったけど、マルクレオンは気づかなかった」


ロジェは横になると影を撫でる。


「アイツは視覚的な部分が壊れてるのよ。人間的な生活が好きなら私が汗をかいて不格好だったら指摘するはず。それが無い。温度も感知してないんだわ」


『じゃあどうやって感知してると思う?ロジェのことは認識してたよね?』


「多分だけど聴覚は残ってる。視覚は影や動きでしか認識してないと思うわ」

次回予告!

マルクレオンの弱点を理解したロジェは、とうとうカノフィア脱出作戦を決行する。しかし、人造神と対峙したヨハンはある提案を持ちかけられ……?止まった時が大きく動き出す第六十九話!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ