第六十四話 尽くされたプローポシトゥム
マルクレオンから計画の一端を説明されるが、その時ロジェは……?秘密裏にファステーラの中に入ったアウロラとミカエルに不穏な空気があったり……?ヨハンがロクと一緒に冒険を始めるハラハラドキドキが止まらない第六十四話!
あと評価とか感想とかお待ちしてます!!
「もちろん説明致しますとも。私の名はマルクレオンと申します。お好きにお呼びください。創造主様の個体名は?」
個体名ってことはつまり、名前を聞いているという認識で良いのだろうか。震える声を押し殺してロジェは呟いた。
「わ、私の名前は……ロジェスティラ。ロジェスティラ・ヴィルトゥ」
「畏まりました。メモリーに保存しました」
CDを読み込むような音がして男の瞳孔がぐるりと回った。気味が悪い。
「私はこの海底都市 カノフィアを運営、保護する為に生まれた都市型ロボットです。カノフィアに異常が発生した場合、早期解決を目指します」
ロボット。これがなの?自分の目の前にいるロボットの声は人間そのもので、動きも人間らしい。不気味の谷を易々と超えるその姿。
「カノフィアは現在都市の運営機能を失っています。私と同期しているロボットは都市の随所にいますが、やはり都市の定義としては人が居なくてはなりません」
ロジェはちらと外を見た。ガラス越しにほんの僅か電気がついている海底都市が見える。他の超古代文明と比べて、住んでいる人はいるのだし (イカレ野郎ロボットを人とするかどうかは疑問だが)電気もついている。さっき一万年とうんたらこーたら言っていたが、その期間維持していたのか。
「それも旧人類。今の世に跋扈している薄汚い新人類ではいけません。貴方様には新人類には無い、言うなれば欠落した遺伝子があります」
マルクレオンの纏う空気が変わった。欠落した遺伝子をどんな風に受け継ぐと言うのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ……私に何する気なの……」
「貴方様には旧人類を身篭ってもらいます」
「……は?」
呆然として何も言えないロジェの影から使い魔が唸った。
『これ以上ロジェに馬鹿なこと言ったら喰い殺すよ』
マルクレオンはサディコの声を聞くと目を見開いた。瞼は怒りを描き、鎖が巻きついたロジェの影を睨みつけている。
「……何ですかそれ。どうして『そんなもの』身につけていらっしゃるんですか?」
コイツと話していても埒が明かない。ロジェが反射的に『ヴァンクール』を起動させようとするも、いつもの場所には無い。
「ヴァ、『ヴァンクール』がない……!」
「薄汚いエーテルを使って私の事を破壊するつもりだったんですね。最低ですね」
男は吐き捨てるようにそう言うと、ロジェの影を踏みつけた。影の中から悲鳴が劈く。
『うわぁぁっ!』
「こんな生き物、こうして……」
「いや!止めて!やめてください!」
ロジェはマルクレオンの足に抱きついて影からどかそうとする。断続的に響くサディコの悲鳴を聞きながら、蹲って頭を下げることしか出来ない。
「止めて下さい……何でもします……何でも、言うこと聞きますから、サディコに酷いことをしないで下さい……許してくだ、さいっ……!」
「……創造主様のお言葉に免じて止めてやる。穢れたゴミが」
マルクレオンの声色はいつもと変わらないが、表情は険しく冷たい。怯えながらロジェは自分の影を撫でた。
「さ、サディコ……」
ゴミを見るような目で一人と一匹を見つめていたロボットは、にこやかな表情に変わった。
「あぁ、それで話は戻るんですけど……貴方様のお相手がですね、背後の者になります」
「い、いやぁ、なにこれ、なにこれッ……!」
マルクレオンが示した先、つまりロジェの背後には培養液に浸された男が何人もいた。その誰もが生気を持っていない。
「これは忍び込んだ不届き者です。この者の遺伝子を使うことには非常に不快ですが、手段を選んでいられません」
慌ててロジェは後ろに下がった、が。後ろにいるのはあのロボットだ。足の気配を感じて震える。
「人間の生殖行為については記録に残っているのですが、ポルノ動画が主だって存在しておりますので、やはり実物を見るに越したことはないかと。ご懐妊の暁には効率的に個体数を増やしていきたいのでご協力お願い致します」
真ん丸な、生きていない瞳がロジェを見つめていた。
「怖いのでしたら一時的に人格を形成できる薬も御座いますので、ぜひご使用になるとよろしいと思います」
マルクレオンは表情を緩めて少女の手を取り優しく微笑んだ。肉の下に鉄を感じるロボットの手。
「創造主様の夢は私共の夢です。道のりは険しいと思いますが、共に頑張っていきましょうね」
多分いつもの自分だったら、そんなことは望んでないって啖呵を切れたと思う。だけどこれは、あまりにも。
「ただまぁ、もう少し先の話になると思います。貴方様はまだお身体が小柄でいらっしゃる。相応しい時期になったら少しずつ計画を進めていきましょう」
マルクレオンの手に引っ張られて、ロジェは無理くり立たされた。ダメだ、コイツもだけど、私のメンタルも。
「それまでは今からご案内するお部屋でお過ごし下さいませ。ここには何でも御座いますので、遠慮なくお申し付け下さいね」
きっとこれは夢だ。絶対そうだ。間違いない。目が覚めたらヨハンとサディコが笑うのだ。そう信じて、ロジェは意識を手放した。
「……さて。こんなものかしらね」
アウロラは人魚人形を引き摺りながら浜辺を歩く。喉のスピーカーはまだ壊れていないらしく、か細い声を上げていた。煩いから壊した。
現代に古代の海を取り戻す『エンシャント・コーリング計画』。素晴らしい試みだと思う。アウロラ──ルシファーは神代の風景が好きだった。かつて月の国を創った者達に惨敗した仲間がいて、その仲間から話を聞いて。
人の時代が始まると思った。それが怖くて堪らない。どうして『ラプラスの魔物』は人間がしたいようにさせるのだろう。どうして、ここまで放っておいたのだろう。
間違っているとルシファーは思う。天使も悪魔も魔女も土着神も、数多生ける人外達も。全て消えうせた世界など絶対におかしい。そんな世界など掌握して、本当の最悪に至る前に終わらせるだけだ。
だから『エンシャント・コーリング計画』は大賛成だ。神代に囚われた人間がまだいるという事実だけで胸が熱くなる。
なのに自分がこれを壊しているのは矛盾しかない。ただまぁ、これも計画のうちだ。人魚の項を触るとぱかりとカバーが外れて、魔法を与える魔力結晶が出て来た。
浜辺から軍港に捨て置かれたオンボロ軍艦に乗り込むと、詠唱を繰り返す人の声が聞こえる。アウロラは数回ノックして中に入った。
「ミカエル様。お加減はいかがですか?」
中には魔法書を開いて、オルテンシアから賜ったブローチを使わずに炎を繰り出すミカエルがいた。アウロラの姿を認めると嬉しそうに立ち上がってくるりと舞ってみせる。
「何だか身体が軽くなった気がするよ。ほら、こうやって魔法も使えるようになった!」
「あら。それはよろしゅう御座いました。それでは今日も儀式をしましょう」
え、とミカエルは固まった。そして視線を横にずらす。
「……は、恥ずかしいよ……」
「甘えて下さればよろしいのに……私は少し寂しいです。やっと二人きりになれたのですもの」
アウロラは幾つかの結晶を手に取りミカエルの頭を膝の上に乗せた。
「そ、そうかな……」
全ての結晶をミカエルの胸に置けば、ほのかに七色に光り出した。
「今日も僕の身体から金色の液体みたいなのが出てきたよ」
「それが順応の証ですよ。ちゃんと液体を溜めていらっしゃいますか?」
「もちろん。ほら」
ミカエルは机の上に並んでいる瓶を指さした。粘性のある金色の液体だ。
「うふふ。ミカエル様は偉いですね。アリス様を上回るお力を得られるのも遠くない話でしょう」
「……アリス上回ったらさ、僕はどうなるの?」
ミカエルは微笑みから変わらないアウロラの顔を見る。
「それはもちろん、王国で随一と謳われる貴族を上回ったとあればオルテンシア様に控えることが出来るでしょうね」
「貴族暮しが出来るってこと?」
「左様に御座います」
「最高じゃん。貴族暮しが出来たら流民を連れてこようかな。タダ働きで使えるし」
「でも泊まる場所は差し上げるのでしょう?ミカエル様はお優しいですね」
「でしょ?」
ミカエルは顔を顰めた。この儀式は胸が苦しくなる。だけどこれも魔法を得る為の練習だ。しっかり頑張らないと。
「アリスは今何してるかな」
「変わらず入れぬまま苦労していると思いますよ」
この儀式を飛行艇で何回も繰り返しているうちに、ミカエルとアウロラはファステーラに入ることが出来るようになっていた。だから今ここにいるのだ、が。
「……本当に教えなくて良いのかな」
「えぇ、構いませんとも。……お疲れでしょう?お眠り下さいまし」
アウロラは静かに目を瞑るミカエルを見てほくそ笑んだ。やはり自分の目に狂いはなかった。能力が無い癖に人一倍プライドが高い能無し。悪魔に選ばれる者とはこういう者を言うのだろう。
「ふふ……おやすみ……お休み下さいまし……」
アウロラは少年の頭を撫でて、流れ出る液体を満足気に眺めていた。
沈黙の都市に切削の音が響く。カノフィアが描かれた鉄製の扉は、ヨハンの足蹴りによって吹き飛んでしまった。
「どこもかしこも立て付けが悪いな!」
『経年劣化ですね。一万年も前からここにありましたから』
扉の先はガラス製のトンネルだ。水族館みたいに綺麗なトンネルではなく、海底深くの光が届かないトンネル。都市を一望出来る。ヨハンはしみじみと呟いた。
「ファステーラに似てる」
カノフィアはあの亡国の様な、鉄の塊が朽ちた都市ではなかった。むしろ今でも電気を通せば復興出来そうだ。似ているのは都市構造。同じようにビルが乱立して、一際不気味な黄色の光を放つエメラルドのビルがある。
『恐らくお連れ様はあそこにいらっしゃると思います。もうこの都市でまともに動いているのはあのビルだけですから』
「あれは何の目的で建てられたんだ?」
ヨハンは海底都市を望むのを止めて歩き出す。
『セントラルビルという名前の管制室でした。カノフィアは海底都市という立地上、地上とは異なった不便が強いられましたから、常に監視をしておかなければならなかったのです』
「そこで働いてたのがロボットだったと?」
一番初めに入ったホールでは、崩落の合間に落書きがされている。『祝!海底都市到達記念!』だの『ウチらはマブダチ』やら書かれていた。中にはカップルが書いたらしきハートマークもある。
『素晴らしい思考力です。都市型ロボットが働いていました。彼らは人の姿を真似し、感情を持ち、思考回路まで読み取ることが出来ました。ただ一つ、厄介な点があります』
「厄介な点……?」
『はい。都市型ロボットは『何があってもこの都市を守り続けなければならない』という命令がプログラミングされています。それを上回る命令を出す事は出来ません。その為回収は難しいのです』
歩みを止めずに進む中、ヨハンの足元に瓶が転がってきた。
「何だこれ」
『スーパーマンドリンクですね。カノフィアで流行った飲み物の一つです』
ヨハンはラベルに書いてある文字を読もうとした。が、ロクの素性が知れない以上変に読むと怪しまれるかもしれない。ともかくここは素直に瓶を見せよう。
「へぇ。……何て書いてある?」
『『これを飲めば誰でも不死身のヒーロー!手から光線が出まくる最強アイテム!※一日一本だけ飲んで下さい』。とあります』
「不死身になる?」
何でそんな無意味なことを。痛いことこの上ないだけで死ねない身体になんの魅力があるというのか。
『はい。一日だけですが不死身になることが出来たそうです。栄養ドリンク、と言いましょうか』
『一日一本だけ飲んで下さい』と記述が引っかかったヨハンは、飛び回るロクに問うた。
「飲みすぎるとどうなるんだ?」
『中身が溶けてしまうんです』
「劇薬じゃねぇか。不死身どころか死ぬな」
『死にません。カノフィアの住民は精神と肉体を完全に分離させていたので』
そんな話聞いたことない、と一瞬焦ったが当たり前の話だ。カノフィアの住民は皆死んでいるのだから、そういった話が地上に伝わらないのも無理は無い。
「身体を身体だけにしたってことか?」
『左様です。精神だけで身体を動かせましたので、身体の中身が無くなっても気づかないんです。ある日どこか切り傷をして、風船の様にばちんと割れて消え去ってしまうそうです』
蘭英は完全な仙人になる事で死を目指していた。仙人は身体の呪縛から解き放たれることを目指す。もしカノフィアの技術が現代にも伝わっていたのなら、転移の副作用である不老不死を持つ蘭英や自分も死ぬ事が出来たかもしれない。……まぁそれはともかく、
「飲むヤツの気がしれん」
『カノフィアはスリルを求めた都市でしたから、このような栄養ドリンクはどこにでもありますよ』
「遠慮しとくよ」
マルクレオンの秘密が明かされたりでっかいロボットとバトルしたりヨハンが質問攻めされまくったりヨハンとロクのカノフィア探索譚が続く第六十五話!