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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第五章 一場春夢海底都市 カノフィア
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第六十一話 改竄されたロゴス

バフォメットから契約を持ちかけられたロジェだが、高すぎる対価に躊躇してしまう。代わりにヨハンが何かを差し出すことになったが……?エイルズの正体が分かる第六十一話!


異形の女は──バフォメットは、面白そうに、意地悪く目を細めて一行を見た。


「どうぞヨロシク」


山羊の瞳はロジェの足元に経つサディコに移る。視線の先の悪魔は軽く身構えた。


「それにしても……マル坊。大きくなったねぇ」


彼女は大きな手でもふもふと頭を撫でるが、当人はそこそこ嫌そうだ。ロジェの後ろに隠れて低く唸った。


『あのさぁ……その呼び方やめてくんない?もうぼく結構な大人なんだけど』


「五歳児がよう言いよる」


「知り合いだったのね」


サディコは足元に潜んだまま、足の隙間からニマニマ笑う悪魔をじっと見上げる。


『……バフォメットはぼくのお父さんの上司っていうか……まぁ、序列が上の悪魔なんだよ。バフォメットの本体の方によく面倒を見てもらってたんだ』


「まさか坊に会うときに契約主がいるとはねェ。感激、感激」


サディコに向かっていた視線が舐めるようにロジェの顔に移る。居心地が悪い。


『感激ってんなら早く話を進めてよ。アンタは無意味な会話をするタチじゃ無いだろ』


「いやはや、感動でねェ。そうだねェ、話を進めよう。ワタシはムダなことは嫌いだからねェ」


「……突っ立って話すのもなんだし、灯台に戻りましょう」


さっきから黙ったままで何も言わないヨハンに、バフォメットは宥める様にして言った。


「ワタシは誰の味方でもなく、敵でもない。安心していいよ、ニンゲンくん」


「悪魔が言うことは信用出来ないな」


「『ラプラスの魔物』の被害者が言うとなれば重みが違うねェ」


ヨハンは苦虫を潰したような顔をして銃を撫でる手を早める。気味の悪い笑い声をあげるバフォメットの間にロジェは割って入った。


「バフォメットは神に等しい程の力を持ってるの。ヨハンの過去も見通したんじゃないかしら」


『ラプラスの魔物』と関係が無いことが分かって、ヨハンは警戒態勢を解く。深くため息をついて、嫌悪感を出して一言。


「これだから人外は嫌いなんだ」









「あァ。キミ達はここに今いるのか」


バフォメットは海風に吹かれながら灯台を見上げた。


『この灯台、何で使われなくなったの?』


「要らないから壊した」


『誰が?』


「ワタシが」


淡々と事実を言い続ける彼女に、一行は言葉が詰まる。


「心配しなくとも、ワタシを神として崇め続けるなら衣食住の保証はしてる」


バフォメットは灯台に入る前に波打ち際へと近づいた。顔を顰めて海を見る。


「それにしても、最近はゴミが多くて敵わん」


「人魚の復活計画で導入された人形のこと?」


「そうでは無いよ。……いや、間接的にはそうかな。ここ数日、無闇矢鱈に潰されているんだ」


彼女が海に手をかざすと、吸い付くように人形が現れた。人と寸分違わぬそれは、人では無いと分かっていてもズタズタに引き裂かれていれば多少なりとも心が痛む。


「誰がやったか大方予想はついてるが、イマはその話ではないね」


ロジェに誘われるがまま、バフォメットは灯台の中に入って木箱にどっかりと座った。


「さて、まずはお前が何故俺達を呼んだかだ。随分手の込んだことをしやがって」


ヨハンが取り出した紙。それはニンマリと笑う女が描かれた、言わば招待状のようなもの。バフォメットは魔法で彼の手の内から奪うと、紫の炎で燃やしてしまった。


「キミ達はワタシが求める人材にピッタリなんだ。勘のいいニンゲンくんがいて、悪魔に詳しいマル坊がいて、世界を相手取る魔女サマがいる」


燃えカスを指先で弄りながらバフォメットは言う。


「ワタシは都の連中をぶっ飛ばしたいんだよ。キミ達もそうだろう?利害の一致だ」


「……確かにそうしたいところだけど。そもそも、貴方が彼らを倒したい理由は何なの?」


ある程度倒したい理由が合致していないと、倒した後にバフォメットを倒さなければならない……なんてことが起こるかもしれない。


「ルシファーがワタシの縄張りを荒らしに来たからサ」


「ルシファー?あの魔王に匹敵するほどの実力を持ってるやつがいるの?」


『アウロラのことだよ。アイツ、この世界を滅ぼすのが目的だって言ってたけど、多分世界を手に入れたいだけじゃないかな』


サディコが大事なことを言わなくて若干混乱しているロジェを置いて、ヨハンは使い魔の身体を揺すった。


「ちょっと待て。アウロラがルシファーなんて初めて聞いたぞ」


『別に言わなくていいかなって』


「なんでそんな訳の分からん発想になるのよ」


「悪魔は自分の領域が荒らされない限り誰が何をしようと気にしないからねェ」


バフォメットはぐさぐさとサディコの身体をつつく。


「マル坊は危機感がないねェ」


『ルシファーが世界を手に入れたら、冥府で眠ってる魔王か『ラプラスの魔物』が何とかするかなって思ったの』


「そうならないからワタシが起きて来たのにねェ。……まァいい。そういう訳で、ワタシはアウロラだかルシファーだかを倒したい」


彼女は肘をついて続ける。こちらを見る瞳の仄暗いこと、この上ない。


「キミ達は都の連中から逃げたい。なァ、利害の一致だろう?」


「……確かにアウロラを倒せば、かなりの戦力を削げるわね。それに貴方はルシファーに匹敵するほど強い。九つの権能もある」


九つの権能を全て手に入れることは無理でも、一つの権能でも使えさえすれば大きな戦力向上に繋がる。


「代わりに契約賃を高く貰うがね」


「参考までに聞いておくけど、対価はなに?」


「キミの身体の支配権を貰おう」


息が詰まった。そうだ。普通に話していたけど、相手は悪魔だったんだ。そんな大事なことを忘れてしまうなんて。


「……え?」


「乗っ取るってことさね。簡単だろう?」


喉が張り付く。代替策を出せない。バフォメットの力を我が物として使う上、彼女は神にも等しい力を持っている。


対価として身体の支配権を差し出すのはちゃんと釣り合っているのだ。恐る恐る視線をバフォメットに向ける。声が震えた。


「それで、どうするつもりなの」


「どうするって……キミの身体で好き勝手させてもらうかねェ」


悪魔の影が踊るのを見て、ヨハンはそれを制した。


「ロジェと契約するんじゃなくて、俺と契約するのはどうだ」


「あん?」


「俺は不老不死だし、五体満足だ。特に文句をつけるところはないだろ?」


どろりと溶解した目がヨハンを捉える。髪の先から爪先まで。


「ヒヒッ。ニンゲンくんは覚えてないのかね。そうか。そうさねェ」


バフォメットの口が、獲物を見つけた捕食者のように三日月のように歪む。


「キミとは契約出来ない。キミは全てを対価として、既に何かと契約している」


「……は?」


「思い当たる節があるんじゃないのかい」


悪魔の言葉は、心の中で逃げ続けていた心当たりを捕まえて、ぐしゃりと捻り潰した。弾けたそれからは熱い何かが出ていて、ヨハンの口の中を張り付かせる。


「い、いや、俺は……」


「あんた、『ヴァンクール』を作る時の記憶が無いって言ってたじゃない。それと関係してるんじゃ……」


ヨハンは生きてきた全ての記憶を覚えている訳では無い。それでも『ヴァンクール』を制作していた時の記憶が断片でも無いということは、おかしい。


偶々思い出せないだけだと飲み込んでも、それでも疑念が拭えない。


「貴方にはヨハンが誰と契約してるか分かるの?」


「分かるねェ。だがそれにも対価がいる。右手の指を全て貰えるなら答えよう」


契約者を特定する難易度はまちまちだ。今回彼女が右手指を所望したということはかなり難しいということだろう。……魔法が使えるロジェでも特定出来ないような難易度。


「いいかい。これでも譲歩してやってるんだ。ワタシはこの辺りじゃ力がある。それにキミ達から見ても、ここでアウロラを始末するのがよかろ?」


確かにバフォメットの言う通りだ。アリス、ミカエル、ルシファーの身分を隠しているアウロラとなれば、彼女を倒すのが先決だろう。


「よぉく考えるんだね。ワタシと契約しないと、キミ達は間違いなく負けるよ。なぁマル坊」


『……そうだね。反論できないよ』


「そんな……でも、」


サディコは遮るようにしてロジェを窘める。


『一人ずつだったら何とかなると思う。けど相手は私軍も出してきてるんだ。確実に負けるよ』


私軍と戦うのならばバフォメットとの共同戦線は是非とも組みたいところだ。だけど対価に自身を渡すのはあまりにも博打すぎる。ロジェは頭を抱えて声を絞り出した。


「……少し、考えても良いかしら」


「構わんよ。気が変わったら教えとくれ」


バフォメットはすったりと立ち上がったが、意地の悪いニンマリ笑みは辞めない。


「早く契約しないと次に会う時にキミ達が死体になってるかもしれないがねェ」


彼女は自身の犬歯を触った。多分死体は食べるつもりなのだろう。


「あァそうだ。これだけ言って帰るのもあんまりだから、イイことを教えてあげよう」


バフォメットは灯台の扉に手をかけ、振り返った。


「ギルトー・エイルズがこの町に来ている。機会があればいろいろ尋ねてみると良かろ」


その言葉に勢いよく顔を上げたロジェは、彼女を睨みつけた。が、視線は何のその。彼女の笑い草にしかならない。


「怖い目をしないで欲しいねェ。言っとくが、ワタシも会う方法は知らない。アレは世界線を跨ぎ歩く非常に珍しい存在だ。向こうが会おうと思わなければ会えないだろうねェ」


バフォメットの視線がすっかり暗くなった星空に向けられる。笑みは消えて、ただ何か、どこか悔しそうな表情で。


「エイルズの正体はヒトではない。狭間を漂う悪魔だ。とあるヒトを救う為に歩き続けている、終わりなく回り続ける螺旋の愚者」


その口ぶりは……何というか、『もったいない』を具体化した声色だ。もっと別のことに使えば良いのにとか、無駄なことばかりしてとか、そういうもの。


「……会ったこと、あるの?」


山羊の瞳はすぅっと細められて、ただ波を見ている。軽く笑みを浮かべて振り返った。


「かもしれないねェ」


バフォメットは扉を閉める前に、


「デハ、おやすみ。よく眠れるとイイねェ」


それだけ言って、出て言った。残るのは沈黙だけ。ロジェは視線だけ動かしてヨハンを見る。


「……あんた、誰と契約したか本当に……」


はぁ、と少女はため息をついた。本人が覚えていないのだ。こんなことを聞いても仕方ない。


「ごめん。何でもない。忘れて」


『触ったら分かるかもよ』


「……無理だと思うけど。ヨハン、手を出して」


黙って手を出した男の手を掴んでロジェは静かに目を閉じた。意識の奥に、深く沈む。が、静電気の様な音がしてロジェは慌てて手を離した。


「ダメね。分からない。契約紋も探れないし、拒否されてる……」


無尽蔵の魔力を持ってしても、何も出来ない。自分の不甲斐なさに呆れながらもロジェはヨハンの無骨な手に触れていた。


「あんたと契約した何かはきっと……悪いヤツじゃない。悪いヤツなら、きっともう酷いことをしてるだろうから。心配しなくていいと思う」


「……そうか」


ゆるりと手を落とす。ヨハンは場の空気を誤魔化すように微笑んだ。


「悪いヤツじゃないならそれでいい。分かる時にちゃんと分かるさ」


「……そうよね。ありがとう。私もちゃんと調べておくから。……ていうか」


ロジェは足元に座っていたサディコに視線を遣る。


「あんたに聞けば分かったんだわ。主人の質問に誠実に答えるんだから」


サディコはヨハンを凝視した。刹那、ぎょっとした表情を浮かべてガタガタと震える。


『……言えない』


「へ?」


『言っちゃダメだから。……ぼくも術者と約束しちゃったし』


サディコの怯えようは尋常では無い。悪魔がここまで怯えるなんて、魔王か創造神くらいしかいないものだ。


「あ、あんた、知り合いなの?またそんな大事なこと黙って……!」


サディコは鼻をくぅくぅ鳴らしてロジェの足元に擦り寄る。


『言えないんだよぉ。言ったら怒られる……怒ったら怖いんだもん……』


「ご、ごめんなさい……。分かったわ。もう聞かない。私で頑張って調べるからね」


『くぅん』


珍しく手に引っ付いて来たサディコを宥める。そんな様子を横目に、ヨハンは無意味に手のひらを見ることしか出来なかった。









日が落ちて、夕刻。イマイチな進展のまま、私軍はプエルトン近郊に飛行艇を止めていた。


軍本部としての機能を備えた飛行艇には、無相応な調度品の数々が廊下に並べられていて、そこに疲れ切った軍人が歩く。合成で作られたような異質な光景。


「今日もお疲れ様」


「王都にはいつ帰れんのかねぇ」


「我儘言うなよ。シャワーと安眠出来るベッドがあるんだぞ」


軍人達は各々口を開いて部屋まで急ぐ。前から長官が歩いて来た。


「あんなかったいマットのどこがベッドなんだよ」


「つか、帰れんのってすげぇ先じゃないの?」


夜の暗がりが落ちる廊下に声を潜めて軍人は言う。


「そうだよな。テュルコワーズ様って全く魔法が使えないらしいし。指揮官がアレじゃねぇ」


「その噂って本当なのか?最近皆が突然言い出したのを聞いたけど」


長官は出処不明の噂を放つ部下を見つけると、鋭い目付きで諌めた。


「陰口は控えなさい」


軍人達は軽く謝罪をすると、足早に宿舎まで戻って行った。長官も肩を落として自室に向かう。


その頃、テュルコワーズは紅茶を淹れていた。海の香りで育てられた変わった茶葉。珍しさからお土産としても人気なのだそうだ。


温めておいた二つのカップのお湯を捨てて、紅茶を注ぐ。会議室の下座に置いた瞬間。異常さに気づいた。


「何で紅茶を淹れて……?」


【お招き頂き感謝する】


視界のものが全て静止する。結界だ。神器を呼び出そうと手に力を込めたが一足遅かった。結界の主は見えないが、この空間のどこかにいるのだろう。


は招きが無ければ入れん故】


空間が裂けた。白モザイクのかかった白い馬の様な何かが現れる。黒い姿をした何かも一緒だ。姿形を見るにおそらく人だろう。淹れた紅茶に角砂糖を一つ入れて混ぜている。


「……お、まえ……何者、だ……」


テュルコワーズは何とか上座に座った、が。結界を作り出した主は凄まじい力を持っているらしい。彼を押し潰そうとしている。


【テュルコワーズ。うぬに問う。汝は『マクスウェルの悪魔』を継ぐ者としての自覚はあるか?】


「お前、何を言っている……?お前が、いや、貴方様が『マクスウェルの悪魔』なのですか?」


もし、ここで。『マクスウェルの悪魔』と契約することが出来るのなら全て上手くいく。


【いかにも。吾は『マクスウェルの悪魔』。しかし、最新軸の世界線は弄られているらしい。では手短に話そう、『マクスウェルの悪魔』を継ぎし家だった汝の話を】


白い馬の様な何かは、低く、唸るように話を続ける。


【汝の家は代々『マクスウェルの悪魔』を継ぐ家だった。それ故に朧月夜家に仕えていた】


「そんな記録はどこにも……」

エイルズと接触したテュリーは彼らが残したある物を拾う。それは解決の糸口になるのか?ロジェ一行はカノフィアに向かうも、船が動かなくなり……?海底都市に向かう第六十二話!

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