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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第五章 一場春夢海底都市 カノフィア
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第五十九話 港町のディルクルム

新章開幕!『最果鉄道』から降りたロジェ一行は港町 プエルトンを迂回して向かっていた。しかしそこでも待ち伏せされており……?私軍が動き出す第五十九話!


夜明け。


朝と夜が出会う場所。車両の上でロジェは地平線を睨む。もう鷹は飛んで来なかった。


プエルトンに近付けば近付くほど、鉄の瓦礫とそれに巻き付く黒い茨が増えていく。背後に立つヨハンの気配を感じて、ロジェは振り返った。


「準備は出来た?」


「あぁ。忘れ物もない」


『それにしてもすごい風景だよねぇ』


サディコがそう形容した景色は、地平線と同時に現れた。視界いっぱいに広がる鉄塔と鉄の建物。無闇に引かれた橋。そのどれもが役割を忘れて、廃墟には誰一人としていない。


「かつてここにはファステーラという国がり、人魚が治めるディーネ・インテリオール公国と関係を持つことで発展してきた。しかし、神代が終わって十年が経つ頃には人魚や不可思議への畏怖は無くなり、逆にそれらを利用してやろうと考える者達が増えた」


電線は電気を伝えることを止め、鉄は腐るのを止めた。潮風に当たっているのを忘れたかのような異様な風景。


「海から資源を全て奪い去り、環境が激変して公国を治めていたリヴァイアサンは死に、人魚は消えた」


ロジェはノルテで見た『エンシャント・コーリング計画』を思い出した。人魚は思考能力があると言えど、動物に近しい異形だ。リヴァイアサンを取り巻きにしていたインテリオールは、果たして統治能力を持った国と言えたのだろうか。


「そんな事はお構い無しに発展に努めたファステーラは、有史以来類を見ない科学の力を見せつけた」


そびえ立つ鉄の塔。鳥も、草木も生えない不毛の土地。


「しかし、繁栄は長くは続かない。神代が終わって五十年ほど経った頃、大津波が発生してファステーラは滅びた。彼らの末裔は皆プエルトンで生活している」


ヨハンはロジェに優しく語りかける。


「ここにはね、ロジェ。巨大な海底都市があるんだ。それがまだ動いている」


「生き残りがいるってこと?」


『そもそもどうして分かったのさ』


「プエルトンの灯台では時折奇妙な信号を受け取るらしい。『誰かいませんか』とか、『応答して下さい』とか、科学的知見に基づいた天気予報とか」


それはちょっと怖い。少し怯えたロジェなど露知らず、ヨハンの瞳は真っ直ぐに海底へ注がれている。


「その名はカノフィア。ファステーラの人々が文明の最終到達目標として目指した、超古代文明の海底都市だ」


カノフィアを探索して、マリア・ステラ号を目指して。少しづつ旅は終わりに近付いて来ている。


「……行こっか」


「あぁ」


ロジェは浮遊魔法を二人にかけると、長い間過ごした列車からゆっくり離れる。まだ陽は昇らないから、肌寒い。


列車はどんどん遠く、小さくなっていく。遠くで汽笛が鳴ったような気がした。


「さようならって言ってるのかな」


「そうだと良いな」


アリス達に見つからないように高度を上げて雲間からファステーラを見る。


「昔、ファステーラにはね。海の大魔女って呼ばれていた存在がいたの」


「へぇ。どんな人だったんだ?」


「詳しくは知られてないの。あまり文献にも残ってない。多分ファステーラの科学技術が凄すぎて埋もれちゃったんだと思う」


そうか、と気のない返事だけ返した。ポケットに仕舞い込んだあの紙を思い出す。それならあれは何なのだ。今のプエルトンには何がいる?


『やっぱりいるね』


サディコの声でヨハンは思案の海から這い上がる。いる、のはアリスの手下達だ。砂漠からプエルトンに入るまでの森林地帯に配備されている。


『なんか強そーなのばっかだよ?大丈夫そ?』


使い魔の指摘の通り、優秀な魔法使いと使い魔達が配備されている。


「とにかく今はバレないように行きましょう」


高度と速度を上げて町を迂回し、取り囲む崖を超えて海に出る。


「ここが『還らずの海』か」


「カノフィア……だっけか。それに入るにはどうすればいいの?」


「ファステーラの海底採掘場を使うといいらしい。……ほら、あれだ」


ヨハンが指さした先には、またもや海に聳え立つ鉄の塔。上には鐘が備えられている。


「町に着いたら明日には出立しないとね」


「そうだな」


海から断崖近くの森へと降り立つと、辺りには木漏れ日と静けさしかない。そして自分達の足音。茂みに隠れて辺りを伺う。声を潜めてロジェは言った。


「下っ端達はいないみたいね」


「いないのなら動こう。行くぞ」


茂みから岩へと移動すると、向こうから足音が聞こえた。息を殺してやり過ごす。


「先に進も──」


ヨハンが声をかけた瞬間、ロジェが悲鳴をあげた。


「きゃあっ!」


慌てて後ろを振り向くと兵士が二人。ロジェを拘束し、銃を突きつける前に、ヨハンも銃を構えた。


「あっさり騙されやがって。オルテンシア様を手こずらせた奴らとは思えんな」


「その子を離せ。目的は俺だろう」


「両方だよバーカ。銃下ろせ」


ヨハンはぴたりとも動かない。拘束した兵士達はロジェの『ヴァンクール』を外そうとしている。


「いいか。もっかい言うぞ。銃を、下ろせ」


後頭部に冷たい感触。ヨハンはしゃがんで銃を置いた。


「よし。使い魔契約も剥しておけよ。使われたら厄介だからな」


「やめてよ!離して!」


暴れるロジェを見ながら隙を伺う。手錠がかかるのを感じながら、ただ彼女を見つめる。


「封魔師を呼んできました」


「でかした。やれ」


「待ってお願い、助け──」


封魔師の魔法が光り始めたのと同時に、ヨハンは背後に立った兵士を蹴り飛ばした。刹那、黒い茨が兵士達に襲いかかる。


「また黒の茨……!?」


狼狽えながらも何とか『ヴァンクール』を握って魔法で手錠を壊す。ヨハンの手錠も破壊して、手首に巻いて荷物を持ってよろめきながらも走り出す。


『岩陰に二人!』


「目閉じろ!」


ヨハンはその言葉と同時に発砲した。少女の視界の端に赤色が残る。影から這い出たサディコは水に変化し兵士の頭をぶん殴る。


無我夢中で走った先は、明るい海岸だった。肩で息をしながら雪崩込むと、森の入口は黒い茨で閉ざされる。


「助かった、けど……あの黒い茨、本当になんなの……」


『この町にいるよ』


サディコが見つめる先は、崖いっぱいに作り出された煉瓦の壁。ヨハンは目を細めてそれを見やった。確かに自分の勘は間違っていなかった。あの紙を持ってきて正解だった。


間違いなく、絵の女はここにいる。


そして、自分達と関わりを持とうとしている。


「もう疲れたけど、とにかく行きましょ……まずは宿探しね……」


列車を降りただけでこれだ。正直この先どうなるか分からない。ヨハンは一抹の不安を波打つ音でかき消しながら、町に入る階段に足をかけた。




……そして歩いた。歩きまくった。追っ手に気をつけながら宿屋も探した。けど、最も大事なことを忘れていた。


「……っていうか」


日暮れ。家に帰る頃。ロジェは腕組みをして道路を見つめた。


「宿に泊まれる訳ないわよね」


「そうだな」


『お尋ね者だし密告されるだろうし』


「……いや、これ、どうするの」


パンを頬張りながら高台から町を見下ろす。野宿するなら町の外だろうと脱出を試みたが、黒い茨が町を取り囲んでいて出られない。さながら眠り姫の城である。


「雨風を凌げるところを探すしかない。浜辺に洞窟とか無いのか?」


「そうね。探してみましょう。はぁーあ。『最果鉄道』が恋しいわ」


太陽は地平線に落ちて、ゆっくりと夜を連れてくる。その証にガス燈がついた。シャッターを閉める音がロジェを急き立てる。それでも何となく心が穏やかなのは、美しい風景があるからだろうか。


『綺麗だね』


サディコは道の端に飛び乗って海を見る。水色の体毛が夕陽で赤く染め上げられていた。


「こうやってゆっくり観光したのは初めてだな」


「観光っていうならブイヤベースが食べたいな。プエルトン名物なの。美味しいワインと一緒にね」


始まりの海岸に戻ってくる。ロジェは振り返ってヨハンに笑った。


「絶対行きましょうね!」


「……この町のごたごたが全部終わったら、行こうか」


てっきりまたいつか、と来ない日を言われると思っていたロジェは面食らってしまった。そして凄く優しい表情を浮かべている彼にも。


「い、行ってくれるの?」


「行きたいんだろ?行こう」


ロジェがビックリしているのを見てビックリしたヨハンの顔が面白くて、ついついはにかんでしまう。


「……ふふ。楽しみにしてる!」


『ロジェ!かけっこしよう!』


「待ってよ!絶対私が勝てないって!」


駆け出したロジェとサディコを見ると、視界に建物が入る。


「灯台……」


波打ち際で水を掛け合う二人を横目に、それの近くに寄った。扉にかけられていた錠前に手をかけると、呆気なく崩れる。しばらく使われていないらしい。


「入っていいのかしら」


「良いんじゃないか。どの道もう暗くなる」


魔法で砂と水を落としたロジェは恐る恐る灯台の中に入った。


『長い間使われてないのかな』


「妙な話ね。ここ港町なのに」


人が使った形跡がない。二階に上がれば階段を軸としたフロアに、仮眠用のベッドと食料、日誌が置いてある。


「灯台で妙な信号が届くって言ってたじゃない。あれは最近の話なの?」


「五、六年くらい前だ。……一ヶ月前までは問題なく使われていたようだな」


ヨハンが日誌を捲っても、灯台が使わなくなった理由は判然としない。最後の頁には変わらず天気と日報が書いてある。


「……まぁ少し罪悪感はあるけれど、泊まることにしましょう」


『使われてないからOKだよ』


「そうかしら……」


心にしこりを残しつつも仮眠用のベッドに潜り込むと、一気に睡魔が襲ってきた。布団をかき分けて入ってきたサディコを撫でて、おやすみも言わずにロジェは寝入った。








「レヴィ様、ミカエル様。テュルコワーズ様が御到着なされました」


飛行艇の会議室の中で兵士の報告を受けてアリスは振り返る。ミカエルが不安そうに会議室の端っこに座っていた。


「分かったわ」


アリスとミカエルは多数の損害を出しながらもなんとかプエルトン近くまで辿り着いた。そこでオルテンシアからの『テュリーを隊長とした私軍を送るから合流して欲しい』


……訳が分からない。彼女は『創造神』だから、何でも出来るのに、どうして。正直不信感しかない。


「お久しゅう御座います、皆様」


「久しぶりね、テュリー。とうとう私軍を出さないといけない状態になったとは……」


アリスは咎めるようにテュリーを見た。が、男は彼女の勘違いを正す。


「私がこちらに参りましたのはギルトー・エイルズ捕縛の為です」


何を言って、と言いかけて飲み込んだ。狼狽えているのを見せずにアリスは座り直した。


「ロジェ捕縛の為に、ちゃんと情報を進言しておいたじゃないの」


「オルテンシア様はエイルズの方を優先されるとのことです」


なるほどね、と気のない返事をする。机の下で手を弄る。


「ただ、エリックスドッター家令嬢を放っておく訳には参りませんので、こちらも別任務として遂行しています」


「それなら何で面会して来たの?力を貸しますってこと?」


「いえ。エイルズとロジェ捕縛を同時並行で行おうかと。その為にお力を借りに来ました」


無理に決まってるでしょ。ロジェみたいな普通の人間なのに捕まえられないこんな状況で、何年も逃げおおせているエイルズを捕まえるなんて無茶だ。


こんなの茶番だ。ただレヴィ家の立場上無視する訳には行かない。軽く問い返した。


「……分かりました。それなら貴方、今の状況がどうなっているか知っていて?」


「えぇ。『北の悪魔』の影響でプエルトン全域には現在立ち入ることが出来ません。特任魔道部隊もなんとか入ろうと試みていますが、苦戦しています」


特任魔道部隊。朧月夜家の私軍にして、世界で最高峰の魔法使い達が集まる軍団。優にアリスの魔力を凌ぐ彼らが無理なら、と思うとため息が喉まで零れる。


「貴方達で無理ならダメね」


「アウロラ様は?かなり強い方とお伺いしましたが」


「あの人が一番入れないみたいよ」


あの黒い茨は間違いなくアウロラを目的に襲っていた。飛空挺から戦闘を見ていたが、茨を切れば切るほど更に増え、襲っていた光景。


それに到着時、茨に触ると明確な殺意を持ってあれらはアウロラを襲った。


「えっと……その、僕、話がよく分かんないんだけど……」


部屋の隅からミカエルの不安そうな声が空に浮いた。聞かれると厄介なことになる。アリスは適当な微笑みを作った。


「話が纏まったらお話しますので……少し外に出て貰えますか?テュルコワーズ、二人で話しましょう」


「畏まりました」


ミカエルは恐る恐る椅子から降りる。


「……そっか。分かった!外で待ってるよ!」


会議室の外に出ると、どこに行けばいいか分からない。そうだ、アウロラ。彼女に会いに行こう。飛行艇の外に出ると高台に立つアウロラが見えた。


「アウロラー!」


手を振ってアウロラに抱き着く。彼女は優しくミカエルの頬を撫でてくれた。


「あら。ミカエル様。お話はもうよろしいのですか?」


「うん!話が纏まったら呼んでくれるって!」


「それは良くないことですね」


間髪入れずにアウロラは言った。その表情の暗いこと。見たことの無い顔色にミカエルは怯える。


「え?」


「だって。……いいえ、何でもありません」


「言ってよアウロラ。どうして隠し事をしたりするの?」


瞳孔の無い彼女の瞳が、少年の心を閉じ込める。


「まだ核心に迫っていないからです。不確実なことを申し上げるのは、あまりにも……」


「……そ、そっか。アウロラが言うなら僕、聞かないでおくよ。ここで何してたの?」


異様な雰囲気は成りを潜めて、茨に覆われたファステーラの町に視線を動かす。


「町の様子を見ておりました」


「観光してみたかったなぁ」


「入る方法は御座いますよ」


「へ?そうなの?じゃあみんなに──」


伝えようよと言いかける前に、アウロラはミカエルの手を掴んだ。


「周りに伝えてはなりません。よろしいですか?私とミカエル様だけの約束です」


不安げに揺れるミカエルの目を見て、優しく抱きしめる。


「その時が来れば、先程申しそびれたことをお伝え致します。その時まで入る方法は二人の秘密。良いでしょう?」


「……うん!そうする!」


アウロラと出会えて良かった、とミカエルは思う。国は無くなり、母は居なくなって、妹は捨てた。神に選ばれ、天使を得た。生まれ変わったのだ。あんな被差別民の流民ではない。ミカエルは充足感を堪能しながら、胸に顔を埋めた。



「エイルズの居所は掴めているの?」


会議室の中でアリスは問うた。


「残念ながら、まだ。まずは『北の悪魔』を無力化するところから始めたいと考えています」


何それ。めちゃくちゃじゃない。計画もあったものじゃない。本気で捕まえる気あるの?


「分かった。で、『北の悪魔』を無力化する方法は?何かアテがあるの?」


「信仰を無くす方向で考えています」


信仰は一日二日で無くなるものじゃない。何か作戦があるのだろう。


「具体的には?」


「新たな神を創ろうかと」


「新たな神? 」


「『北の悪魔』は神代の信仰の成れ果て。対象をアウロラ様に動かせば……」


「我々の武器となり、『北の悪魔』を無力化、弱体化出来ると……」


無力化は無理だ。弱体化が現実的。言うなれば情報戦か。


「布教する手段は何かあるの?」


「はい。プエルトンは毎月最果鉄道から積荷を受け取っています。荷物にチラシを紛れ込ませて町の中へと仕込みました」


テュリーはチラシの見本を見せる。『『北の悪魔』は都の花の神である『アウロラ』が正体』と書いてある。


「アウロラも出自がよく分からないヤツよ。そんなヤツに信仰を与えるなんて……」


「その辺はオルテンシア様が対処致します」


それが出来ないからこの様なんでしょうが。肩を竦めると、扉を開けてけたたましい声が響く。


「失礼致します!遅れながら申し上げるに、今朝方プエルトン近郊にてロジェスティラ一行が目撃されたとの報告が入りました!」


「捕縛は?」


「茨と抵抗により逃げられてしまい……町の中にいるのは確実です」


茨はロジェを呼んでいる。その理由が分からないから、知る為にも早く町の中に入らなければならない。


「テュルコワーズ。早急に布教を進めなさい」


「畏まりました」


テュリーは綺麗すぎるお辞儀をして部屋から出て行った。外を見遣る。何も変わらない外を。


特任魔道部隊に混ざらなければ。アリスは重い腰を上げると、部屋から出た。

町に乗り込もうとする前にヨハンが持ってるヤバめな紙を拾っちゃったり『北の悪魔』と出会う第六十話!

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