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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第四章 夢心遺却列車 最果鉄道

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第56話 塗り替えられしプラグマティコティタ

ハルパスに捕らえられたロジェがとある方法で逃げ出そうとしたり、悪魔の呪いがヨハン達にも降り注ぐ第五十六話!


地面が激しく揺れるが、ロタス達は変わらぬままだ。森の風景が絵の具を垂らしたようにどろりと崩れ、腐る。水は血に変わっていた。


「な、なにこれ……サディコに何かあったの?」


『ロジェ!』


「サディコ!」


サディコの声だ。振り返ると嬉しそうに近寄る使い魔がいる。


「よ、良かったぁ……大丈夫だった?」


『うん。僕にかかればあんな爺さん余裕で倒せるよ』


自慢げにしっぽを振るサディコを見て、いつものようにロジェはふわふわの頭を撫でた。


「やっぱり私の使い魔だわ。流石ね」


『でしょう?だから助けに来たんだ』


「……それは無理じゃない?」


『え?何で?』


だって、と言いかけてロジェは思案する。だってこの世界は『ロタスの心象世界』で、『ロタスは今ハルパスに捕らわれている』のだ。もし『サディコがハルパスを倒した』のなら、『この世界は存在しない』はず。


「あんた誰。サディコじゃないでしょ」


ロジェは残り少ない魔力を構えた。周りの風景は更にどろどろになって、跡形も無くなる。


『……えぇ?酷いなぁ。僕はサディコだよ。君の使い魔のサディコじゃないか』


「狡猾の、サディコでしょ」


視線の鋭さを見て、サディコを象った『それ』は身体から黒い瘴気を分泌した。目は赤く、嗄れた笑い声が辺りに響く。


【……くっくっく……はっはっはっ!賢しいな貴様!なぜ分かった!】


「推測と違った。頭を撫でた時に流れてきた魔力が違った。サディコは危険な場所にいる時そんな呑気な声を出したりしない」


一切の気を抜かぬまま、ロジェはハルパスに向けて構え続ける。


「あと、サディコはもうちょっと舌っ足らずに喋るわよ」


【そうか。しかし汝は油断しているようだ。サディコ(我が力)の元ではいたし方あるまい】


「私の使い魔にそんな言い方しな──」


言いかけて、ロジェは思い出した。マルコシアスの権能は『快楽』と『自信』。いつの間にか操られていたのか!


【小賢しい魔女よ。『快楽』の権能に屈服しろ】


「ぐッ!?」


ハルパスの言葉に少女は膝から崩れ落ちた。性感など生易しいほどの狂気的な快楽。呼吸するだけで頭が痺れる。こんな所でサディコと使い魔契約を解除したのが仇になるなんて。瘴気を纏った狼はゆっくりと魔女に近付いた。


【貴様から魔の気配を感じん。これは眷属にするには良い器じゃの】


肩を揺さぶられても、ロジェはハルパスを睨む。


「はー……ふー……」


【のう魔女よ。我の眷属になれ。さすれば助けてやる。魔力も毎日たっぷり与えてやる。どうじゃ?良かろう?】


「……まじょ、は……悪魔を、使役するもの……貴方なんかの眷属になんてならない……!」


カカカ!と愉しそうに悪魔は嗤った。そうだ。忘れていた。本来悪魔とは、人の魂を貪るもの。


【苦しゅうない苦しゅうない!良かろ良かろ!ならば貴様に選ばせてやろう!】


ロジェの手元にはいつの間にかナイフがあった。意志とは無関係に、腹に向かって腕が動いていく。


【瘴気を吸いすぎたの。これで貴様は儂の思い通りじゃ。それに貴様は今『快楽』に支配されている。そんな状態で身体を切り裂いたらどうなるかの】


「いっ……!?」


刺しても痛くない。むしろ脳に強力な信号が届いている。それは『快感』を示していた。


【貴様が屈服するか、傷だらけになって骸を放り出すか……楽しみじゃの】


「……思い通りに、なるなんっ、て、思わない事ね……!」


【ガハハハハ!死ね死ね死ね死ねぇ!】


ロジェは腹に刺さったナイフを動かしながら、ハルパスを睨み続けていた。








「やってもやってもキリがない!」


ヨハンと茶器はアダマース相手に苦戦していた。それもそのはず、二人は魔法を使えない。普通の武器で煙に対処するなんて不可能だ。


「蘭英様や景星様の指示を仰いだ方が宜しいのでしょうか」


「そうだな、だけど……」


切るのを止めた傍からまた増える。次の車両に向かう扉には、びっしりとアダマースがくっついていた。


「この数では……それも難しそうだ」


「さっきから魔よけのハーブを炊いても効果が無くなってるし……」


「耐性がついてるのか」


茶器は無闇矢鱈に撃ちまくるが、もちろんアダマースに当たる訳がない。……というか、さっきから茶器の様子がおかしい。手の動きが操り人形のようだ。


最初に手榴弾を投げた時、お手本通りの綺麗な投げ方だった。暫く投げていても、狭い車両の中、Ⅱ度熱傷で済んでいる。


だのに手ブレが激しすぎる。さっきは片足が吹き飛んでしまったし、それに。


何故か車内にマリシアがいる。


「茶器、一旦攻撃を止めろ。何かおかしい」


「おかしいのなら止めないと!」


「とにかく落ち着こう。敵の罠かもしれん」


ヨハンは茶器を引っ込めて影に隠れた。マリシアは車両の真ん中でずっと笑っている。距離があるはずなのに耳元で笑っているような声が聞こえて、気味が悪い。


「……さっきから、あんたの様子がおかしくて。それに俺も変な物が見えるし……」


「ヨハンさん、大丈夫ですか?目が真っ黒になってます」


会話が成立していないのを無視して、ヨハンは茶器から渡されたヒビの入った手鏡を見る。その中には、黒い目に、毛先が少し黒ずんだ自分の姿が映っていた。


「な、なんで……どうしてこんな……!」


途端に息苦しくなる。茶器だけが平然としていたが、彼女の首筋の血管が黒くなっていることに本人だけが気づいていない。


「もしかして、ハルパスの悪魔は肉体に直接作用するんでしょうか?」


「ちが、う、たぶん、それなら再生しているはずだ、だから!」


一旦死ななければ。何かしらの厄介な術にかけられたんだろう。焦って引き金を引くも、途中で引っかかる。


「クソッ!弾詰まりだ!」


茶器は突然立ち上がり、アダマースに寄りかかって叫び始める。


「う……!?ヨハンさん!どこ、どこですか!いや!ここどこなの!みんなどこに行ったの!?」


地獄絵図と化した車内で、倒れ込んだヨハンは手鏡に映る自分の姿を見た。自分の不老不死は元に戻ろうとする性質を持つ。だから変化させられたとなると絶対に元の髪色に戻るはずだ。


なのに治癒は始まっていない。つまり外傷は負っていない。であれば先程から痙攣するばかりで言うことを聞かないこの指は何か。指から生まれるこの虫は何か。


「こいつ、脳を直接……!」


完璧にしくじった、と思った。脳を弄られたらひとたまりも無い。正しく外界を理解出来なければ不老不死は発動しない。だけど元に戻ろうとする客観的性質だけは残るから、永遠に生きる屍と化す。


「はぁっ……!ぐっ……うっ……!」


ただの精神攻撃ではない。ヨハンは弱々しく銃を掴んでリセットを試みようとするも。


「撃てない……!?なんでっ……!」


理由は明白。怖くて怖くて怖くて仕方ないからだ。死ぬのが怖い。死んだら終わりだ。暗闇。暗いのは怖いから嫌だ。死にたくない。死ななければもっと恐ろしいことになるのに、脳自体が書き換えられて思考が壊れていく。


「い、いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ!なん、なんでこんな、なんで……!死にたくない!いや、しにた、なんで言えないんだ!?クソッ!」


死んではいけない。それはダメなことだ。神様に見捨てられてしまう。地獄に落ちてしまうから、それをしてはいけない。


完全に脳が機能を停止した。いや、ハルパスの魔力に接続されたと言った方が正しいか。脳は死ぬ為の臓器に完全に書き換えられた。全臓器が停止する。また不老不死で復活して、また止まる。


「は……あ……ぐっ……ぃ……」


同じ状況に陥った茶器──今のヨハンにはその女という概念はもちろん、茶器と認識出来なかったが──を視界に入れて、走馬灯を永遠と上映していた。


同刻。


「かった……。割れないなー」


景星は異世界の壁を削る、殴る、ぶつける行為を繰り返しているが、全く割れない。足元では蘭英が善戦していて、先程からペースが落ちてきている。


この異世界の作りは極めて簡単だ。ハルパスが『そうあれ』と願って生まれたもの。


「願いが強すぎて内側からだと割れないのかもね」


となると、やっぱりロジェに託すしかない。彼女が鷹を見つけて捕まえられるように、術を施すしか。


景星は小さく術を唱えると、金の糸を異世界の奥へ飛ばした。鷹があの糸に絡まれば、数段捕まえやすくなるはずだ。


あの鷹は異世界のもの。住んでいるレイヤーが違うから届かないし、届きにくい。どうか希望を手繰り寄せる糸口になるようにと、景星は祈った。






汗と涙が滲んだ視界の中、ロジェはハルパスを見ていた。意識は朦朧としていて今にも死んでしまいそうだ。


【意外と持つものじゃの。治癒魔法はかけておらんしなぁ。いやはや、魔女とは凄いものじゃなぁ】


烏の姿に戻ったハルパスは半ば感心した声を上げて、片足で芋虫のように蠢く少女の頭を撫でる。もう片足では、ぼろ雑巾になったサディコが倒れていた。


【じゃが……ちと飽きたの。そろそろ喰うか。すまんな、死んでくれ】


ハルパスが口をロジェの髪に近づけた瞬間だった。


「ハルナ レミマチ ヌスパ アズベニヌ」


少女がはっきりした口調でそう言うと、髪が銀に光る。


【なに!?】


「クリシュタ クエニ チヌクレッタ!」


ロジェはナイフを放り投げると、手に出来ていた自身の血で作り上げた剣でハルパスの腹を思いっきり斬り裂く。


【ギャァァァァッ!】


「……あんた、油断しすぎなのよ。私の左目は吸血鬼と繋ってるの。私はその吸血鬼と血の契約をしている」


【ま、まさか、お前が屈しなかったのは……!】


「そーよ。『私は完全に私で出来ていない』から、あんたの術は最後まで効かないの」


ロジェがハルパスの傷口を撃ち抜くと、更に大きく広がった。ロタスを探すには今しかない。待ちわびたと言わんばかりに、視界の端に鷹が見える。金の糸に雁字搦めになりながらも、いつもと変わらず飛んでいる。


ロジェは金の糸を使って暴れる鷹を胸に抱き留めると、ほろぼろのサディコを影に隠して更なる深層世界に飛び込んだ。






あかだ。赤色。走馬灯の上映が何千回の繰り返される度、赤色を見る。赤、朱、紅、丹、緋。その名前を知っている。


「ぎっ……」


死ぬ為の身体に作り替えられたヨハンは、生命が捻り潰される声を上げて瞼の裏の赤を見ていた。走馬灯の度に、赤色の髪が見える。瞳が見える。その心を見る。


死ぬ為の脳は傲慢な為、死ぬ為の行為は許さない。それを行うのは脳の役目だからだ。神経細胞から下される命令を無視すると、激痛、痺れ、幻覚となってヨハンの手を襲った。無視して冷たい銃口を口に近づける。


手が震えた。死ぬのが怖い。死にたくない。こうして死に続ければいい。それなら怖くない怖くない怖くないこワクない──


脳はエラーを発し続けていて、そのまま銃口を飲み込む。そして舌で引金を引いた。弾詰まりを起こした銃は暴発して脳を爆散させる。


車内には煙を上げる音だけが残った。それが止むと、ゆらり立ち上がる。


「……は、あはは……こんな気分は久しぶりだ……」


飛び散ったあかを見る事は出来ない。それだけが不老不死で惜しいところだ。赤はあの子の色。不老不死でなければあの子の色を見るために身体を壊せたのに。


あの色は希望の色。全てを捩じ伏せる色だ。書き換えられた脳は破壊され回復し、完全に機能を取り戻し、未だ苦しんでいる茶器を撃った。


「……まさか、不老不死でこんな目に遭うなんてな」


ヨハンは茶器と目を合わせてもう一度銃を構えた。






深層世界は赤から黒、そしてオレンジに変わった。閃光が瞬く。鷹はいつの間にか暴れるのを止めて、ロジェの腕の中で大人しくしていた。彼の記憶はある場所へと辿り着かせる。


「……なにここ。砂漠?」


夜の砂漠に幾つもの血痕。砂山を超えると見るも無惨な死体があって、ロジェは目を伏せて先に進んだ。さっきのはロタスがつるんでいた盗賊のもの。


「なぁお願いだよ!匿ってくれ!」


「駄目だ……絶対に後悔することになる……」


「匿ってくれない方が後悔するよ!」


右腕を怪我をしたロタスと老人が列車の前で言い合っている。彼は息も絶え絶えで老人に縋り付いているが、骨と皮だけになった老人はそれを振り払おうとしていた。


「この列車は悪魔の列車だ。俺もお前と同じように、各地を放蕩してコイツと契約した。だが……」


老人は激しく咳払いをしたあと、


「コイツと契約すると一生列車から出られないし、生命を吸い取る。俺は十年しか乗ってないのに、この有様だ……」


言い切ると、老人は前に倒れてそれきりになった。狼狽えているロタスを無視して老人の背後から大きな烏の姿をしたハルパスが現れる。


【この列車に乗りたいのか】


「乗りたい!乗せてくれ!ヤバいんだよ!」


確かに背後から「見つけたぞ!」なんて声がする。「戻ってこい!」とも。


【ならば契約し、我が社であるこの列車を守れ。良いな】


「やるよ!やるから早く!」


いてもたってもいられなくなって、ロジェはロタスに手を伸ばした。


「待って!ソイツと話しちゃダメ!」


声が届かないと分かっていても。無理矢理にでも止めないと。そう思っていたのに。


確かに視線がロジェを見た。


「お願い!思い出して!貴方が本当に大切だったもの!何を対価に契約したのか!」


「……きみ、は……」


誰だ、と言い切らない内に、ロジェの手元に大人しく抱かれている鷹を見て目を見張る。


「そうだ。鷹。どうしてこんな簡単なことを忘れてたんだろう」


××××が、鷹に触れれば触れるほど。ハリボテの砂漠は崩れて本物の朝日が見える。


「俺は ハイサム。親不孝者のハイサムだ……」


刹那、××××の胸に入っていたオレンジの亀裂は紋章になり、また胸に戻っていく。少女の手からいつの間にか鷹から本に変わっていたそれを手に取った。


「……俺の名前はハイサム。なんでこんな大事なことを忘れてていたんだ……」


ハルパスが作り出した異世界に亀裂が入って、『最果鉄道』の景色が元に戻っていく。それは戦っていた皆も同じだった。


「……終わった、か」


ヨハンは銃を下ろして安堵のため息をついた。ロジェの作戦は上手くいったらしい。茶器はにこやかに砂漠の日の出を見る。


「砂漠は綺麗な色をしていますね。……鷹の羽の色です」


茶器が言う鷹の羽の色は、きっと自分で言うところの赤色なのでろう。


「そうか、君も……」


大きく目を見開いた自分も、結局のところ月影の残党共と同じなのかもしれない。そう自嘲して、言うのを途中で止めて──


「いや、何でもない。車掌室の様子を見に行こう」


ヨハンと茶器は見回りを始めた。


同刻より少し前。音を立てて割れた異世界を見届けて、景星は肩を撫で下ろした。穴から列車の中に戻るとキラキラ光る石の山々の中で大の字で寝そべる蘭英がいる。


「マジお疲れ様〜!」


「俺は何も出来てないけどね」


「でも、鷹を捕まえやすくしたんだろ?」


「それだけだよ」


「結構デカイよ。多分あんたがしてなきゃあの子は捕まえられない。普通に捕まえようとするんなら、世界をひっくり返す魔法がいるからさ、あれ」


驚きのあまり景星は黙ったまま、蘭英は話を続ける。


「世界のレイヤーが違うと捕まえられないの、あの子知らないから。あんたがいて良かったよほんと。一生この異空間に囚われたままだったもん」


蘭英は勢いよく起き上がって、キラキラ光る透明な石を景星に渡した。


「はいこれ。お駄賃。みんなの分も取っとかなきゃな〜」


「なにこれ?」


「え?分かんないの!?ダイヤモンドだよそれ!」


「……え?」


「え?じゃないよ!こっちがえ?だよ!アダマースはダイヤモンドを触媒にして召喚されてるって、知らないの!?」


蘭英は忙しなく宝石を取り続けている。景星も慌てて宝石を取り始めた。これは旅費にするため、決して私欲では無いと言い聞かせながら。







「ロジェ!大丈夫か!」


車掌室にたどり着いたヨハンは、ふらつくハイサムを抱えるロジェを見た。茶器が直ぐに代わる。


「あぁロタス様、ご無事で……」


「ハイサムだよ、茶器」


「……そう、ですか。ついに、この時が……」


薄らと涙を浮かべて茶器は笑う。


「では、契約履行ということで『最果鉄道』は無くなるのですね」

ヨハンが茶器にお礼を言ったり記憶を取り戻したハイサムとロジェが今後のことについて話したり超古代文明の文字を勉強したりする第五十七話!

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