第五十四話 砂漠のプラエフェクトゥス
茶器の『お願い』を叶える為に砂漠クジラの撃退を目論む一行。しかし砂漠クジラは思っている以上に強くて……?ジェットコースターな展開の第五十四話!
「ロタス様を助けて頂けませんか」
「体調不良だよね?看病ってこと?」
唯一車内の様子を知っている景星は、不思議そうに首を傾げた。
「実は体調不良は建前なのです。本当はもっとややこしくて……図々しいお願いだとは重々承知しております、ですが……」
茶器が詳しく話そうとした瞬間だった。何の前触れもなく電車が動き出す。
「ダメだわ、列車が動き出して……」
「とにかく今は砂漠クジラの方へ行くわ。ロタスの話は後で聞く」
悲壮感漂う茶器に、ロジェは優しく微笑んだ。
「心配しないで。絶対に貴女のことを助けてみせるから」
「ローズ様……」
零れた涙を拭って、深々とメイドは頭を下げる。
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します」
足早に前方の車掌室に茶器は帰って行った。
「先に行ってろ。俺は銃を取りに行ってくる」
「分かったわ。私もすぐ行く」
「オレは蘭英を捕まえに行くよ。めちゃくちゃしてないといいんだけどなぁ……」
蘭英はめちゃくちゃしてそうだ。苦笑いをしながら仙人を送り出すロジェを使い魔はじっとりとした視線で見ていた。
『ロジェぇ。本当に助けられるの?』
「正直やってみないと分からないわね」
『見通しが甘いんじゃない?助けられるかも分からないのに、変に希望を持たせちゃ可哀想だよ』
「私は」
確かにサディコの言う通りだ。でも、他人の些細な言動に一喜一憂したり、格好付けたりするのは若者の特権なんだから、少しくらいは許して欲しい。
「私が出来るとか出来ないとか関係なく、助けなきゃいけないから助けるの。例え身を滅ぼす事になっても、助けて酷い言葉を浴びせられても」
サディコの視線が外れた。ただ前を見ている。温もりを持つ毛を撫でた。
「……まだまだ私、分からないことばっかりだけど、やりたいからやるの。最後までちゃんとね」
『……ふーん』
「ごめん。心配かけて」
『別に』
「行きましょ。手始めに列車を助けなきゃ」
ロジェは頭上にあるダクトを魔法で開けて雷鳴吹き荒れる車外に出る。天気は先程よりも激しさを増して、異常な雨に変わっていた。ロジェは自身とサディコに守護魔法を貼る。
ロジェを視認した景星は、砂漠クジラから離れて少女の元へ飛び寄る。
「いやぁ!酷い天気だね!砂漠クジラも硬いし!」
どれだけ大きな声を出してもかき消される異常な雨。砂海は本格的に湖になろうとしていた。
「どれくらい硬いの!?」
「神器で切り刻んでやっとかすり傷がつくくらい!ほんと硬いから、オレと蘭英が魔力で誘導してるけどもう持たなさそう!」
それだけ言うと、景星はまた蘭英の元に戻って行った。事態は想像以上に深刻、否最悪だ。
「『ホーミング』」
ロジェは指を銃の形にして構えた。右目に蘭英との契約印である蘭の形をした魔法陣が浮かんで、レティクルに変形する。
「『星撃』!」
バレーボールくらいの大きさの星魔法の塊は、レティクルが示した通りに砂漠クジラにぶつかった。ぶつかった場所は大きく穴を開け、真っ赤の血が吹き出す。これではっきりした。星魔法の攻撃は通る。
ロジェの攻撃を見たのか、蘭英が列車に戻って来る。同時にヨハンも木箱を担いで上がってきた。砂漠クジラが投げつけてきた落石に気づいていない蘭英の背後を撃つ。
「無事か、エリー」
銃声にびっくりして蘭英は振り返った。
「助かったよ。……あんた、人間関係は結構距離を詰めるタイプなのか?」
「俺が愛称で呼ぶのは何とも思っていないってだけだ」
「その割にはあの娘に随分入れ込んでいるように見えるけど?」
蘭英の言葉を無視して、ロジェの隣にヨハンは立った。
「首尾はどうだ」
「私の魔法だったら倒せると思うわよ。後はやり方だけ……」
砂漠クジラはどんどん迫ってくる。後ろから蘭英が歩き寄って来た。
「一応、考えたんだけどね。あたしと景星で線路の上に砂漠クジラを固定して、あんた達が攻撃したらどうかって話をしてんだけど」
「私は大丈夫です。あんたは?」
「構わない。準備するからちょっと待ってろ」
淡々と計画は進んでいるが、チャンスは一度きりだ。もし失敗すれば命は無い。不安に思うロジェの隣で、ヨハンは三脚に奇妙な形をした銃を乗せて調節していた。銃身は長く細いライフルの様相をしているのに、持ち手が異様に小さい。しかしロジェはその銃に見覚えがあった。
「ヨハン、それって……」
「ショットガンを改造してライフルにしたものだ。散弾と銃本来の威力底上げっていういいとこ取りした結果、弾の込め方が面倒になった厄介な代物だよ」
スコープを覗いて砂漠クジラに合わせる。
「熊の腹にマンホールくらいの穴を開けられる力はある。ただ問題は一発くらいしか撃てない。銃床が壊れる」
ボルトハンドルを引くと、普通のものよりも縦に大きな金属板が出てきた。
「ボルトアクション式だから堅牢性はあるんだが、如何せん銃弾が強いからな。本当にすぐ壊れるし、余程のことがない限りは使わん」
そこに細長く太い銃弾を込める。どう見ても歪な銃。装填するだけでも弾詰まりが起こりそうだ。
『ヨハンが脳筋で銃弾込めるからそうなるんでしょ』
「返す言葉もない」
ぽかんとしているロジェを横目に、ヨハンは引き金に指をかけた。
「これで俺が撃って、君が銃弾に星魔法をかければクジラの腹くらいはぶち抜けるんじゃないのか?」
「……分かった。やってみるわ」
破壊の糸。それを見つけなければならない。星の魔力を眼球に閉じ込めて、緑の糸を探す。……あった。あれだ。
同時に橙色の鎖と青い鎖で雁字搦めになっている砂漠クジラが出来上がる。今しかない。
「ヨハン。撃って」
「耳塞いどけよ」
バン!
耳を塞いでいても鼓膜を引きちぎる音を立てて、銃弾は真っ直ぐ砂漠クジラに向かう。ロジェは何十本もある緑の糸をまとめると、それを力にして、
「星は全ての人の上にあるもの。導き、破壊するものよ。数多の時空を超え、星辰の導きに従って進むべき道を示し、天命はこれを持って進め。運命と時は神の上にあらず、常に人の上にあらんことを。固有魔法『終焉もたらす弥終の凶星』!」
固有魔法はロジェの手から離れ、ヨハンの銃弾を優しく抱きしめた。無限の破壊力を持って砂漠クジラに向かって、爆発した。
「やったか!?」
こちらにも聞こえるくらいの声量で景星は叫ぶが、サディコは淡々と返した。
『駄目だね』
使い魔の言う通りだった。魔銃弾は確かに砂漠クジラに命中したが、表面の硬い皮膚を抉り取るくらいしかしてくれなかった。
『ロジェ。一時的にぼくとの契約を無効にするといい。ぼくが許可する。』
「サディコ、あんた何を……」
『無効状態にすればもう一発くらい撃てるでしょ?撃てないなんて言わせないよ』
電車と砂漠クジラはもう目前だ。迷っている暇は無い。
『……最後までやるんでしょ』
決意を込めた表情でロジェは頷いて、もう一度星の魔力を眼球に押し込む。
「お前との契約ってそんなに魔力を食うのか?」
ヨハンは熱を持って壊れかけている銃にもう一度弾を込めた。次がラストだ。もししくじれば、死に体でロジェを助けても列車にはヨハンと茶器だけしか残らないはず。出来ることは少ないが、やることをやるだけだ。それが貫けると信じて。
『うん。旅行に行く時の宿泊費と交通費くらい』
「……削減出来るわけか」
『そゆこと』
「もう一度撃って!」
蘭英と景星は傷口に攻撃しながら一行に叫んだ。
「分かりました!ヨハン!やるよ!」
「はいよ」
もう一度銃が大きく動いて、銃弾が発射された。見つけた緑の糸は残り三本。次の攻撃で確実に砂漠クジラを破壊出来る。
「星は全ての人の上にあるもの。導き、破壊するものよ。数多の時空を超え、星辰の導きに従って進むべき道を示し、天命はこれを持って進め。運命と時は神の上にあらず、常に人の上にあらんことを。固有魔法『終焉もたらす弥終の凶星』!」
白い銃弾は一度撃ち抜いた砂漠クジラの穴を更に広げる。
「今度こそやったか!?」
『フラグ立てなくて良いってば』
傷口越しに海がちらついたかのように感じたのもつかの間、列車は大きく開いた穴の中を通過する。
「……でき、た……」
『ほらロジェ。呆けてないで車掌室に行こう。まだ仕事は終わってないよ』
はぁ、と安心で大きく息を吐いたロジェは力強く頷く。
「列車のスピードもおかしくなってるしな」
「お疲れ様。車内に戻ろっか」
「次は車掌室かぁ」
蘭英と景星もダクトから車内に戻ってくる。茶器が走って行った先頭方向に向かうと、向こうから彼女が走って来る。
「砂漠クジラの撃退、有難う御座いました。お願いします、ロタス様を助けて下さい。様子が変なんです」
様子が変。正直ロタスはいつも様子が変だ。多分茶器は慣れていてそれが分からないんだろう。……ということを、茶器以外の皆は思った。何とか言葉を飲み込んで、ロジェはメイドに問う。
「……どんな風に変なんですか?」
「とにかくこちらへ」
誘われるままに先頭車両である車掌室に赴くと、空間が歪んでいるようで天井がとんでもなく高い。中にはロタスがいた。胸の辺りが亀裂が入り、隙間からはオレンジ色の輝きを放っている。
「あハ!ミンないるじゃナいか!そうダよ!こっちへ!こッち!こッチこっち!」
おおよそ機械として働いていないことが分かる金ピカのエンジンの前で、目を黒くさせながら、
「呼んでるんだ!きてほしいって!求めてるって!捧げなくちゃダメなんだよォ!」
高く狂った笑い声を上げるロタスを見て少女は震えたが、唯一サディコだけがのんびりと尻尾を振っている。
『なんか変なもんと契約したりした?』
「ロタス様が契約したものといえば、ハルパスという悪魔で──」
『それだ』
サディコはロタスの前に躍り出ると勢い良く吠えた。
『いつまで隠れてるつもり?早く出てきなよ』
【……その声は……】
ロタスはいきなり動くのを止めて、そのまま倒れた。身体から黒い煙が立ち上る。
「ロタス様!」
ヨハンは悪魔の前に走ろうとする茶器を慌てて引き止めた。我に戻ったのか大人しくなる。
『大人しくしてると思ったらこんな事を仕出かすとはね。一体どういうつもりさ』
【縄張りを荒らされた。それを蹴散らしたまでよ】
煙は大きな鳥獣の形をとった。白い烏だ。頭に黒い王冠を浮かべて、左目には黒く滲んだ涙の印。長く純白の尻尾と、どろどろの何かを纏った鋭利な爪が異質な風景を作っていた。
『前時代的な獣の思考だね。ぼくが来たのがそんなに気に食わなかった?』
【貴様ではない】
『は?じゃあ止めてよこんなこと。いい加減迷惑なんだけど』
いつの間にか車外は真っ暗だった。どこか異空間に飛ばされてしまったらしく、窓は何も映さない。
【止められぬ。貴様ごとき威嚇するまでもないわ】
『一応ぼくの方が悪魔の格としては上なんだけど。そういうこと言わない方がいいよ』
【ロタスを取り返したくば我を倒すといい。いよいよ天は止められぬ】
今にもサディコが飛びかかろうとした瞬間、甲高く美しい鳥の声が響いた。ロタスがいつも見ていた鷹だ。
「あの鷹……何でこんなところに?」
ロジェの言葉にサディコは首を傾げた。
「あの鷹は朝に飛んでくるの。ロタスが見てて懐かしいって言ってた。普通の鳥だと思ってたけど、こんな天気で飛んでくるなんて絶対違うわね」
サディコはその話を聞いて首肯すると、周りの雨を吸って自身を強靭化した。
『ロジェ。ハルパスはぼくが引き受ける。水属性のぼくからすれば最高に良い天気だからね』
「分かった。私は鷹を追うわ」
【させるか!】
ハルパスは大きく羽を広げると、煙状の黒い小人を繰り出す。頭はCDの形をした小人は金切り声を上げながら大量に迫ってくる。
『ボケちゃったわけ?そんなことしたら鷹が突破口って分かるじゃん!』
サディコは容易く小人を蹴散らすと高く飛び上がってハルパスに噛み付いた。ただハルパスも黙っていない。
「ロタス様!」
茶器は倒れたロタスに手を伸ばすが、煙になって姿は消える。
「私が必ず見つけるから!皆は早く逃げて!きゃあっ!」
ハルパスとサディコは取っ組み合いの喧嘩を始めて、天井を貫いて争っている。頭上から生ゴミが落ちて来た。
「ダメだロジェ!鷹を追いかけるなんて無茶だ!」
レコードの残骸もバラバラと落ちて来る。ロジェと一行の間には瓦礫が壁になっていた。
「無茶だけどやらなきゃ!だって助けるって決めたんだもん!」
ヨハンの姿は見えないが、何となく彼が息を飲んだのを感じた。そして力強く続ける。
「絶対帰ってくるから」
ハルパスの力が暴走しているのか、幾つもの異空間が車掌室に穴ぼこになって出来ている。この中のどれかに鷹は逃げた。きっとあの鷹は間違いなく現状を打破する鍵になる。
「皆は車内のお客さんを守って。ここから先は私一人で行くわ」
「待てロジェスティラ!」
ヨハンが声をかけて一瞬ロジェは立ち止まったが、そのまま異空間の一つに走って行った。景星はヨハンの肩を叩く。
「諦めなよ。あの子一度こうって決めると強情なのは君も分かってるでしょ?」
「それよりこの小人をどうにかした方がいいんじゃない、か!」
蘭英は小人を神器で吹っ飛ばしたが、煙になってはまた戻る、を繰り返している。
「想像以上に厄介なヤツだねぇ」
「良いじゃないか。練習相手にはぴったりさ」
「……お前達、戦うつもりなのか。これと」
ヨハンはぎょっとしながら和気藹々と話す二人に問うた。
「当たり前だろ?オレら仙人だもん。人が困ってたら助ける、人の見本になる存在、これ仙人の基本ね」
景星の余裕のあるウィンクが妙に鬱陶しい。余裕綽々な景星を横目に、蘭英は茶器へと問う。
「あんたはどうすんだ?」
「車内の様子を確認しなければ。私も戦います」
あいわかった、と力強く蘭英は返事した。そしてさっきから黙りこくっているヨハンにも問いかける。
「で、あんたはどうする?」
「……俺は」
ロタスを救う為に奔走する一行。ロジェは追いかけ、ヨハンは戦い、そしてサディコは。主無き鉄道を取り返す第五十五話!




