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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第四章 夢心遺却列車 最果鉄道
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第五十三話 迫り来るシニスター

『書庫室』に辿りついたものの、城塞に蠢く不穏な茨。それを押し切って列車に帰ったが、列車では異常事態が発生しており……?『最果鉄道』を秘密が明かされていく四章ラストスパート開幕編の第五十三話!


「別の世界に行くってどうやってやるんだ」


そのままの疑問をぶつけるとしっかりした返答が帰ってくる。


『魂削るくらい強い力がいるからなぁ。異空間転移が出来る魔術師や霊術師は数えるくらいしかいないよ。しかも往復出来ないし』


「なるほどな。……さぁロジェ。ついたよ。出来るか?」


「……もう怖くないよ」


ロジェは小さくそう言って、ヨハンの手から離れた。明るく照らされた無限に書類が積まれた部屋を見る。


「明るいもんなぁ」


「それに『書庫室』だし。ちゃんと辿り着けて安心した」


『話してるとあっという間だね』


「だな。手分けして探そう」


書庫室は他の部屋と比べてもそんなに大きくない。ただ戸棚に無理くりバインダーを詰め込んで、おまけに絨毯のように書類を地面にしきつめている。これを?手分けして?


「……なんか雑じゃない?」


「ジャンル分けされてないな。魔法で探せないのか?」


「記載されてる用語で探せるけど。『座標』とかどうかしら」


ロジェは絵本の魔女のよう指をクイッと動かすと、前に天井まで貫く書類が高く積み上がる。


「……この中から探すしか無いわね」


はぁ、とヨハンはため息をついて一言。


「『貴女が今いるのが城塞じゃなくて、病院だったら信じます』」


「ごめんって……」


初めて出会った時に言ったセリフが自分に帰って来るとは思ってなかった。早く座標を探そう、とロジェは書類を手に取る。が、ここで重大なことに気がついた。


「私読めなくない?」


「読めないはずだ。なのにどうして書類を探すことが出来たんだ?」


ヨハンは見ては捨てを繰り返している。確かにそうだ。私は超古代文明の文字が読めない。なのに『座標』と唱えれば書類の山を作ることが出来た。


「こんなことって有り得るの?」


『魔法は定式したものだから、間違って発動なんて有り得ないよ。どこかで超古代文明の文字のこと勉強したんじゃない?』


「無いわよ。曾祖母様とも話さないのに」


「マリシアとはどうやってたんだ」


ヨハンは手際よく書類を捌きながら、在りし日の同郷の人間を尋ねた。視線を逸らしながらロジェはバインダーを広げた。書いてある文字は読めないが、図柄的に宇宙船っぽかったからマリア・ステラ号かもしれないと思って開いたのだ。


「……別に。私はいらない子だったから」


「そう言われたのか?」


「うん。そう」


ロジェは淡々と自分の感情を誤魔化すためにページをめくる。


「……お姉様二人は不良で、家から追い出されて。その後私が産まれて。期待したけど、魔力がなくて。それ以来曾祖母様は篭もりきりなの」


ファイルを置いて、戸棚に手を突っ込むと書類が雪崩のように落ちて来た。


「お父様とお母様は優しくてね。なるべく魔法を見せずに育ててくれたし、私を愛してくれた。曾祖母様だけ『あの子は妖精の取り替え子だ』とか、『いらない子だ』って」


それでね、と感情を込めずに静かに続ける。


「お父様が曾祖母様をなだめても聞かなくて、それを不安に思って私を全寮制の学校に行かせたの。……だからしばらく家には帰ってない」


「……嫌なことを聞いて悪かった」


「気にしてないよ。ヨハンに会えたし。サディコにもね」


足元にすり寄る使い魔の頭を撫でると、ざわついた心が落ち着いたように思えた。


「君は取え替子なんかじゃない。ヘルミによく似た、優しくて純粋な子だ。俺が保証する」


「……ありがと」


それからしばらく資料を漁っていた。時折頭上から幾万年積み重なった埃と書類が落ちてきたり、ヨハンが読むのに疲れて読んだ書類をびりびりにしたり、サディコは書類を水に沈めて遊んだりと色々あったが……


「みつ、けた」


疲労困憊といった表情でヨハンはロジェとサディコに書類を見せる。


「ここの下にほら、あるだろ。座標」


確かに文字列が座標だ。これが『マリア・ステラ号』が到着する場所を示しているらしい。


「よし!じゃあそれを持ってさっさと帰りましょう!私疲れちゃったわ」


『ずっと暗いまんまだしねぇ』


「今はc4か。じゃ、次はc3だな」


『横に行かなきゃ襲われちゃうもんね』


ふふん、とふわふわの胸を張ってキビキビ歩くサディコの頭をよしよしと撫でる。


「お、サディコも分かってきたじゃない」


『だってぼく優秀な悪魔だもーん』


ランタンを掲げて門が開く。が。門は光るばかりで動かない。何かに引っかかっているようだ。門はサディコが入れるか入れないかくらいの隙間を上がったり下がったりしている。


「あんたここ潜れない?」


『いけると思うけど』


うんしょ、とサディコは言いながら顔だけ突っ込むと、ある物を咥えてヨハンとロジェに渡した。


「この茨、外のやつよね……」


『ぺっ。繁殖力えぐいね』


「『環境研究室』。土から生えてきたのか」


壁の向こうの『環境研究室』からは他の部屋とは違ってじっとりとした湿気とざあざあと降る雨の音が響いている。時折雷鳴も聞こえた。


『天気すっごい荒れてるね』


「そうね。さっさと抜けちゃいましょ」


『別の部屋から行くと追いつかれちゃうもんね……』


ロジェはサディコに門扉を支えるよう命じると、茨を切るように指を空に置いて横に引いた。取り囲む茨が引きちぎれた音がして、ぶちぶちと茨を引きちぎりながら上がっていく。


見えた景色は異様な光景だった。『環境研究室』であるからか、足元には湿気を帯びた本物の土とガラスの天井。茨で荒らされるまでは問題なく動いていたらしい基盤が電気を放ち、壁を茨が覆っていた。


大きく穴が空いた天井からはずっと雨が滴り落ちている。


「突き破ってる……」


ヨハンはロジェが魔法で何とかして城塞を傷つけようとして失敗したのを見ていた。何より自分自身が城塞は破壊できないと聞いていた。呆けた声しか出ない。


「屋根に登った時にこんなの見てないわ」


『じゃあ勝手に伸びたってこと?』


後ろに下がったロジェは踵で茨を踏んで、しまった。それに反応したのか蛇のように茨が蠢き出す。


「みたいだな」


ヨハンは銃を抜くとロジェを捕まえようとしていた茨を撃ち抜く。一瞬動きが止まったが、すぐに再生して伸びてくる。


「駄目だ。魔法は?」


勢いよく指を横に引くと、茨は簡単に斬れて、動かなくなる。が、他の茨が勢いよく向かってきた。


「斬れる!」


「ここから逃げるぞ!」


ロジェとヨハンは手を繋いで、サディコは少女の影に忍んで、勢いよく飛び上がる。穴を覆っていた茨も襲いかかってくる。


「サディコ!撃ち抜いて!」


『あいよ!』


影から抜けでた使い魔は、水になって二人を取り囲む。そのまま突っ切って雷鳴轟く雲へ突っ切った。雷に打たれるなんて困るわね、と少女は思案しつつ皆に守護魔法をかけた。


『あの茨めっちゃ怖かったんだけど。なんか感情あったし』


「植物に?バクスター効果はデマだろ?」


『じゃあ生き物じゃないってことなんだろうね』


雲近くまで飛び上がった一行は眼下の穴を見ていた。広がる茨は触手の様にうねっては、逃げ出した獲物を探し続けている。着ていたマントは雨水を吸って、じんわりとロジェの髪を濡らした。顔の熱を含んだ温い水が、外気を取り込んで首筋に垂れる。ということを、落ちくる雨水は何回も繰り返していた。


「ていうか雨強すぎない?」


「列車に戻ろう。座標の紙も濡れるしな」


砂海は砂だったことを忘れたようで、一面の水模様だった。再び見下ろすと、降りた時とそう変わらない場所に列車が止まっている。


「……あれ止まってるわよね」


「止まってる」


「とにかく戻りましょう」


滑らないように気をつけて列車の上に下りた。激しい音を立てて雨水が打ち付けている。


「今って城塞に入ってからどれくらい経ったの?」


「一日半くらいだ。雨が強いから止まったのか?」


「それにしても静かすぎじゃない?暗いのにランプもついてない」


昼だと言うのに一面夜のような暗さだ。それにさっきから落雷も頻発しているし、黒雲は意志を持った生き物の様に蠢いている。影に潜んだサディコが呑気に言った。


『天気も異常に悪いしね』


「とにかく中に入ろう。あそこのダクトから入れないか?」


滑らないように気をつけて、ヨハンが指した排気口を開ける。蓋を開けると中に廊下が見えた。入れそうだ。


「いけるわ」


ロジェが最初に下りて、次にヨハン。魔法で服から水を浮かすと、保温魔法をかけた。一通り身支度して辺りを見渡せば、車内には人っ子一人もいない。


「誰もいない。皆どこに……?」


「あ!君達!どこに行ってたんだよ!オレ探したんだよ〜!」


「景星!」


肩で息をしながら景星は膝に手をついた。ここでの偽名をすっかり忘れて、ロジェは本名を呼んだ。


「これは一体どういうことだ」


「それが分からないんだ。車掌も体調が悪いみたいで、茶器が今列車を動かしてる」


不安は突然流れた車内アナウンスで更に増幅される。


『お客様にお知らせ致します。現在当列車は安全確認のため、車両点検を行っています。このため、この列車は一時運転を見合わせと致します。本日は列車が遅れますことをお詫び申し上げます』


「茶器か」


「蘭英もさっきから見つからなくて……嫌な予感がするんだよね」


景星は顔を顰めながら落ち着かない様子で二人に話す。


「蘭英は戦うことが好きだ。それ以外はのんべんだらりとしてる。なのにこの列車で見つからないってことは……」


「何かと戦ってるかもしれないってこと?」


悲鳴のような音が響く。音というか鳴き声。ロジェはまた濡れるのを無視して廊下についた窓を開けた。遠くから泥水に塗れた白く突き破る何かと、明滅する光が見える。


『……あれ、砂漠クジラじゃない?』


「何かに攻撃されてる?」


景星の言う通り、砂漠クジラは何かから逃れようと必死だ。腹には黒い筋、城塞で見た茨が刺さっている。


「また茨……」


あの茨は何なのだろう。植物でなく意志を持った生き物で、魔法でなければ斬れない異質な生命体。


「皆様お揃いで!」


今度は茶器が息を切らして走ってきた。いつも飄々としたメイドが焦りを滲ませて縋り付いて来たのだ。あまりの異常事態に、ヨハンは目を細めた。


「茶器さん!」


「突然で申し訳ありません。どうか車掌室に来て頂けませんか。大変心苦しいのですが、皆様にお願いしたい事があるのです」









「テュリー!テュリー!どこにいるの!」


「お嬢様、ここに。如何なされましたか?」


永遠に晴れが約束された繁栄の都、マグノーリエ。会議から慌てて戻ってきたオルテンシアは執事を呼ぶ。


「今すぐ私軍を出してちょうだい!アリスにつけるのよ!」


「手配は致しますが、どうして私軍を……」


「ギルトー・エイルズが時間を遡行してきてるわ。ここで捕えないと、間違いなく取り逃がす」


『ラプラスの魔物』は世界だ。世界に反旗を翻す存在が心の臓に向かってきていることを、オルテンシアは身に染みて感じていた。自室に戻り椅子に深く腰掛ければ、幼女とは思えない険しい表情で執事に指示する。


「さっき塔の魔女から聞いたのよ。アリスに通達して。急いで!」


「畏まりました。手配が済み次第、レヴィ様につけさせます」


テュリーが去ったのを見て、オルテンシアは先程の魔女──モルガンではなくエリックスドッター家長女であるアルチーナ──の言葉を思い出す。


『貴女ではきっと、ギルトーを捕らえることは出来ないわねぇ。そのチカラを持ってしても、ねェ……フフ……』


アルチーナは確実に何かを知っている。『ラプラスの魔物』の力を持ってしても詮索を入れることは出来ない。塔の魔女は一番に世界の変化を観測する場所。


アルチーナの何かを知ろうとして『ラプラスの魔物(力)』を使えば確実にバレるし、あの魔女のことだ。何か策を打ってくるだろう。


自室から見える城下を見て、オルテンシアは静かに息を吐いた。世界は大きく変わろうとしている。だが変わってはならない。


人々は平和と安全を求め、戦争と不安定さを憎んだ。神にそう祈ったのなら、わたしはそうしなければならない。


私がやっている事は絶対に間違っていない。だって創造神の意志を継いでいるのだ。身体に刻まれた力が『お前は正解だ』と囁いている。


……ただもし、『マクスウェルの悪魔』がやって来てしまったら。そんな事を考えてしまう。新たな世界を敷かれた時、そこにわたしはいるのだろうか。


「オルテンシア様」


「はぁい」


別の執事が入って来た。カウチにのんびり寝そべりながらいつも通りに答える。


「ぺスカ王立マグノーリエ魔法研究所理事長からご連絡です」


執事はオルテンシアに電報を渡した。中には『レヴィ家を追い出した自分に褒美を与えてくれ』と書いてある。


「……えっと。あの理事長が多額の寄付金を寄越してるレヴィ家を追い出したがるのは何でだったっけ」


「学校運営を我が物顔でされるのが嫌でたまらないと聞いておりますが」


「そうだったね……」


眼前に広がる城下を見ながらオルテンシアは思案した。レヴィ家は朧月夜家によく仕えてくれた。が、知らなくていいことも知り過ぎている。『ヴァンクール』の発注書など存在してはいけない代物だ。


お家の取り潰しは厳しい。しかし理事長を放っておくともっと面倒そうだ。何せ独自のパイプを使ってオルテンシアに連絡を取り付けてきたわけだから、ここは褒美を与えて黙らせておきたい。


「全てが終わったら政界の権限を一部与えると書いておいて。レヴィ家の教育界の権限を理事長に移設させましょう」


「畏まりました。曖昧に書いて返しておきます」


「頼むわぁ」


変化。これは何があっても止めなければならない。止められないのなら『変化したように』見せなければならない。それが神の役目。


最近は眠りすぎて全く昼寝ができない。なのに桃色のベールはゆらりゆらりと空に残酷に揺れている。ただただ、オルテンシアは黙って空を見ていた。







「皆様に来て頂いたのは他でもありません。砂漠クジラを撃退して頂きたいのです」


「撃退……」


空いた窓からは悲痛な鳴き声が雷鳴に混じって永遠に響いている。


「えぇ。現在当列車は穴の近くに停車しています。砂漠クジラは穴に惹き付けられるかのようにこちらに向かってきているのです」


不安そうな顔をして茶器は息を吐いた。


「撃退とは申しましたが、処分して頂いて構いません。砂漠クジラは砂海の大いなる化身。撃退では対処出来ないでしょう。処分の際は、砂海の管轄諸国にこちらから連絡させて頂きます」


メイドは外を指した。明滅している光は段々と強くなってくる。


「現在は蘭英様が砂漠クジラの進行を抑えて下さっています。乗客である皆様にこんなことを頼むのは本当に心苦しいのですが、どうか頼まれて下さいませんか」


必死の形相にロジェと景星、ヨハンは同意した。


「もっちろん!助けるに決まってるじゃない!」


「人を導くのは仙人の基本だからね」


「構わない」


良かった、と茶器は不安を胸から流した。しかし、直ぐに強ばった顔に戻る。


「……もう一つ、お願いがあるのです

茶器の『お願い』を叶える為に砂漠クジラの撃退を目論む一行。しかし砂漠クジラは思っている以上に強くて……?ジェットコースターな展開の第五十四話!

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