第52話 巨大なイナニス
足音の正体が掴めぬまま一行は足を進めるが、ルールを把握していないということはゲームに負ける前兆でもあったりして……?城塞探索の第五十二話!
壁の突き当たりには見慣れない黒い機械がある。縦型の電気ストーブのようだが、上にも下にも大きな口がついている。
「『どんな極地でもお任せ!ぽいと投げたらこの通り!ルルド提供会の『缶詰メーカー』!見たことの無い動物も!気持ち悪い虫も!さっと投げてぱっと調理!』」
ヨハンがどう考えてももうちょっとハイテンションで読むべきものを淡々と言うのを聞いて、ロジェは持っている缶詰を恐怖から落とした。その音でヨハンは笑いながら振り返る。
「まさか食べようとしたのか?」
「流石に未来永劫食べられる缶詰だからって言ったってそんなことしないわよ。だけどこう……得体が知れなくって。」
サディコはロジェの足元に落ちた缶詰をくんくんと嗅ぐ。
『臭いはしないよ。空気に触れてないみたい』
「超古代文明の技術は恐ろしいわね」
ロジェは落とした缶詰を拾って振った。中には物体が敷き詰められている様で水音はしない。何と書いてあるか分からないが、メモして後でヨハンに聞こう。
「ここにも手がかりは無いな」
「先に進みましょう。次の部屋にならあるかもしれないわ」
ガラクタのなか先に進むと、部屋の北と西側に扉がある。
『で、次はどっち行くの』
「相手は絶対にc3に進むから、何も考えずにd1よ」
「進めそうか?」
ランタンを掲げると扉が重い音を立ててあげる。乾燥した風が部屋を抜けた。
「ラッキーね。両方入れるわ」
ヨハンは前衛として先に進むと、うんざりした声をあげる。
「……おいおい、マジかよ」
「どうしたの?」
「次の部屋『シャワー室』だぞ」
隙間から砂が入って来たのか、床がざらざらとしている。背中合わせのシャワールームは掃除すればすぐに使えそうだ。
「今でも水が出たりするのかしら」
ロジェの一言に使い魔はシャワーのスイッチに飛びつく。出て来たのはキメ細やかな砂だった。
『……砂が出るみたい』
「あんたを砂漠に連れてきちゃ駄目ね。洗うのが大変だわ」
ふわふわの毛に入り込んでこれまた洗うのが大変そうだ。軽くはたき落とす。シャワー室を突き抜けると、また扉があった。
「これは部屋移動換算になるのかしら」
「流石に浴場とシャワー室を別部屋で用意する奴はおらんだろ」
扉を押すと、中には神殿調の大浴場があった。太い大理石の柱に調度良い深さの浴槽。しかし最早水はなく、長年積もった埃と砂がぎっしり堆積している。
ここは暗い城塞の中でもかなり明るい。部屋の東側にステンドグラスがついているからだ。外側から見てもとてもそんな様子は無かったから、超古代文明お手製の技術なのだろうか。
「たくさんの人がいたのね」
「乾いてるし入れないし砂だらけだし……禄な事ないな」
『でも水の匂いするよ。雨が降ってるみたい』
ステンドグラスに雨がぶつかって、おまけに雷の音もする。言われてみれば何となく湿気てる気もする。
「あら。ラッキーね」
「なぜ?」
「砂海では雨が滅多に降らないの。だから昔から吉兆の証と言われているのよ」
旅行に行く時に降ると最高だって言われてたから、態々雨が降る日を選んでいく人がいるくらいよ、とロジェは付け加えるもヨハンは肩を竦める。
「洪水が起こりやすいのに?」
「珍しさにフォーカスしたんでしょ、たぶん」
無限に砂が続く砂海では、一度豪雨が起こると四分の一くらいは海になることも多い。それを狙っていた移動する遊牧民もいたらしい。
『次の部屋はなんだと思う?』
「うーん……なんだろ」
「阿呆か。『シャワー室』を出たら……」
先導していたヨハンは次の部屋、e1を指した。意味の無い文字の羅列は彼曰く、
「そりゃ『リラックスルーム』があるよな?」
を示すらしい。
『至れり尽くせりだねぇ』
「ここの城塞の人は随分贅沢してたのねぇ」
『リラックスルーム』は現役なら存分にリラックス出来そうな場所だった。踏み心地の良い砂が染み込んだカーペットに、うたた寝に調度良い難しそうな本。
ロジェが本棚に触れると、乾燥した本はばりばりと音を立てて崩れ靴の上に破片が乗る。『リラックスルーム』の次の部屋、e2を目指そうとした時だった。居場所を示すランプが異変を知らせる。
「……あれ。どういうことなの」
「どうした?」
「相手がe3……私達の一個向こうのコマにいる」
青い光がこれみよがしにちかちかと点滅している。相手が動く時の大きな音はしなかったのに。
『さっきまでc3でのんびりしてたのにね』
「このまま進むとやられるぞ」
「ぶっ、ぶっ飛ばす……?」
こっちには無尽蔵の魔力と使い魔、知識がある。大丈夫だとロジェは言い聞かせたが、サディコの正論で壊された。
『城塞から敵を排除するシステムだよ?多分倒せないんじゃないかな』
「じゃあどうすれば……」
「落ち着け。俺達が知らんルールがあったってことだろ」
ヨハンはメモを取り出した。幾つか×がつけられて、ロジェには読めない文字で丁寧に何か書いてある。
「この手は今回が初めてだ。お互いの進んで来た道に共通性は見受けられない」
「ターン数が一緒くらいなものよね、共通項って」
「……なるほど。ターン数が一緒。五ターン目から何か出来るようになるのか」
ううむ、とヨハンは唸った。試しにカーペットを捲ってみても何も無い。何か読もうとして手に取る本はバラバラだ。考えあぐねる二人に使い魔は水で手を作って掲示板を弄った。
『この光さぁ、ボタンになってるよ。ほら』
「ほんとだ」
『一回押すとぴかぴかして、別のところを押すと止まるんだよね』
サディコの言う通り、b1を押すと点滅する。同じところを押しても点滅は消えないが、隣のc1を押すと消えた。
「元の状態に戻ってるってこと?」
「もしかして。……部屋ごと動く、とか」
ロジェが疑問を呈する前に、ヨハンは今いるe1とa2を押した。部屋が大きく縦揺れして、電動音の後に部屋は止まった。
「びっくりした……」
「a2……『生物実験棟』があったところだ。部屋が入れ替わったようだな」
掲示板はe4ではなくa2に移動したことを、点滅を終えることで示していた。
『大掛かりな仕掛けだね』
「超古代文明はそういうのが好きだったらしいぞ」
「私ここの人じゃなくて良かった。絶対働けないもん」
b2の部屋は入れない。それは『インフラ室』を探した時に調査済みだ。次に目指すのはa3。
「次は何の部屋なの?」
「喜べ。『戦略立案室』だ」
「ここの情報が分かりそうな部屋ね」
ランタンをかざすと、無限に続く本棚に文書が所狭しと詰め込まれている。『リラックスルーム』とは違って強い力で触っても砕けない。重要な文書の保管の為だろう。相手はc3に動いていた。
「ここにあんたの探し物は無いの?」
資料を開いて見るが、やっぱり何が書いてあるか分からない。文字が単語ごとに等間隔に空いているから恐らく表音文字なのだろう、とロジェは思案した。
「……資料目録を見ているが無さそうだな。どうやらマリア・ステラ号は『人類のゆりかご』であったらしい」
青いファイルを抱えたヨハンは目を凝らしながら目録を見ている。
『『人類のゆりかご』?』
「ここには少ししか書いてないが……。超古代文明は栄えたが、エーテルを用いた戦争を行うことで終焉を迎えた。超古代文明人は、『忘れられない限りは死なない』と考えたらしく、秘密兵器と共に『マリア・ステラ号』に記録を残したと。始まりと終わりがあるが故、宇宙船を『人類のゆりかご』と呼んでいたらしい」
「秘密兵器って物騒な言葉ね」
戦争してたのにまだ懲りないのかしら、と少女は呟いた。
「超古代文明人はそれを使われることを望んでいるが、それは同時に死を意味する……とのことだ」
『物理的に?精神的に?』
「さぁ。分からん」
「そこまで書いてんならマリア・ステラ号の座標の位置くらい教えてくれたって良いでしょうに」
「そうだな。だが……」
一番欲しい情報は無かった。しかし、ヨハンの目はある種の煌めきを持って輝いていた。
「この城塞のルールと地図は書いてある」
「ほんと!?今二番目に欲しい情報じゃない!」
「これで侵入者を始末する訳ではなく、時間稼ぎの為導入されたシステムだそうだ」
『城塞防衛システム』の項を、ヨハンは丁寧に読み始める。
「さっきやった通り、五ターン目から進んで来た部屋をボタンで移動できるようになるらしい。後はナナメに移動出来るとも。パスは出来ない」
ターン数が増える毎に動きやすくなる。今は動かない部屋も多いが、全盛期はさぞ重宝した筈だ。
「あとは『書庫室』だな。c4にあるらしい」
「居所が見つかって何よりだわ!この部屋入れて良かったわねぇ!」
希望が見えてロジェは手を挙げて叫んだ。
『で、この次はどうすんのさ』
「そりゃもうa4一択よ!」
『相手はb4に来るかもしれないよ?』
「来ないわ」
はっきりと言い切った。使い魔は可愛らしく小首を傾げる。
『どうして?』
「b4には進めないからよ」
『何でそう言い切れるのさ』
それはね、と少女は自慢げに笑った。近くにあった書類の裏面と、その辺にあったペンを用いて地図を描く。
「良くって?私達は今、進むとしたらa4とb4とb2しかないわ。相手はc3にいる。b2の隣よ」
ロジェは相手と自分がいるマス目に棒人形を描いた。「ココだよ!」と描かれており、意外と絵心がある。サディコは本筋と関係がないところで感心していた。
「もしb4に進めるのなら、c3に戻るなんて回りくどいことしなくたってc4に戻ればよかったのよ。だって三方向空いてる訳だからね」
使い魔は机に小さな足をかけてふりふりと尻尾を振る。
「なのにそうしなかった。このゲームはパス出来ないc4に常駐するわけにはいかないの。つまり、c4の周りのc5、b4は進めないってこと!相手は回り込んで私達を追いかけるしか無いってワケ!」
ロジェはしっかりと言い切ると、後ろで聞いているヨハンへと振り返って。
「……ってことで合ってる?」
「合ってる」
ヨハンは静かに頷くのを見たサディコは難しそうな顔をして二人を見上げた。
『なんだよぉ。わかんないのぼくだけ?』
「大人になれば分かるわよ」
サディコの頭を撫で倒してロジェは満足そうだ。
『一応ここにいる誰よりも年上なんだけどなぁ……』
「年ばっか食うなってことだ」
『うるさい五百年引きこもり』
「黙れチビ助」
やいのやいの醜い言い合いを始めた実年齢おじいさんコンビにロジェは苦言を呈した。
「言い合いしないの。傍から見たら酷い絵面よ。さ、次の部屋に行きましょ」
宥めても訳の分からない変顔対決をしている一人と一匹を無視してロジェは次の部屋であるa4に進んだ。
「ヨハン。これは何の部屋なの?」
「次は『下水処理室』だ」
金属音が響いて、途中が引っかかりながらも扉は上がる。『下水』と聞いてサディコは尻尾を丸めた。
『うげぇ。さっさと行こうよ』
『下水処理室』は三方向に進めるコンクリートの橋がついた何の変哲もない部屋だった。ガス臭を覚悟したのだが、そういったものはない。人間が去った城塞には綺麗な小川が揺らいでいた。
「埃っぽい臭いがするわね」
「一面のコンクリートだな。何も無さそうだし早く行こうぜ」
「そうね。次はナナメに行くのよね」
ロジェは斜め、b5に進むための橋へと歩みを進めた。他のものよりも小さく細い扉へとランタンを掲げて先を急ぐ。
「『情報処理室』。この城塞内を統率していた部屋らしいな」
全盛期には壁に張り付いた一面の画面を見て、この城塞を統括した誰かがいたのだ。部屋中所狭しと並べられたコンピュータ。ロジェは近くにあったキーボードを叩くが、エラーを吐き出す音さえしない。
「……ダメみたいね。全く動かないわ」
「『非常電源が作動中』って書いてある。全部は使えんのかもな」
『ねぇ。これ監視カメラじゃない?』
いつの間にかサディコは画面に近いコンピュータに寄っていた。肉球でキーを叩くと左上に表示される部屋番号が変わる。
「本当だわ。これで相手のこと見えるかしら」
『確か今a4にいるんだよね』
『a4』と表示された先程までいた『下水処理室』を映す。が、画面は何も映さない。部屋に誰もいないと知って薄暗いままだ。
「何も写ってない」
『でも部屋には何かいるんだよね』
「……止めましょ。怖くなって来たわ」
「悪魔を従えてるのに正体不明が怖いのか?」
露骨に怖がり出したロジェを見てヨハンは軽く笑った。
「あ、当たり前じゃない!知らない事に対して恐怖心を抱くのは人間の普遍的な感情だもん!」
「俺もサディコもいるんだからそんな怖がるなって」
『そうそう。霊的なものは何も感じなかったしね。何かの存在はあったけど』
「……もうむり。こわすぎ」
びぇーん!と声を上げてロジェは泣き出した。幽霊は怖い。だけど対処方法さえ分かれば対応出来る。でもその、何かいるけどそれが分からないみたいなのは一番怖いからやめて欲しいというのがロジェの心情だった。
「怖がらせるようなこと言うなよ」
『えぇ?怖いかなぁ。何かあるってことは倒せるってことだよ。存在しないものが存在してるだけ』
「それが怖いのよぉ!」
「魔女サマ。怖がるのもいいがランタンを使ってくれないと一生この暗がりのままだぜ」
ん、と少女は口からなけなしの言葉を紡ぐが、ランタンを使う気配がない。ヨハンは手を出した。
「手でも繋ぐか?」
その手に飛びついて、ついでに腕に抱きつく。顔が強ばっているし、相当怖いらしい。
『……ロジェって意外と怖がりさんなんだね』
「暗いところは嫌いみたいだな。露骨に視線が動くから」
よくもまぁ暗いのにそんなところまで見ていることだ、とサディコは心の中で一人ごちた。
『宇宙船に行く時大丈夫なのかなぁ。宙って真っ暗なんでしょ?』
「口伝ではそう聞いてる。異空間がひしめき合ってる変わった世界なんだと」
そういえば、とヨハンは思い付いた。自分は今元の世界に戻ることに躍起になっているが、この世界の者達はどうやって転移しているんだろう。
『書庫室』に辿りついたものの、城塞に蠢く不穏な茨。それを押し切って列車に帰ったが、列車では異常事態が発生しており……?『最果鉄道』を秘密が明かされていく四章ラストスパート開幕編の第五十三話!




