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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第四章 夢心遺却列車 最果鉄道
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第五十話 遥か太古のカストラ

ロジェが父やアイリスから手紙を貰ったりヨハンが初めてロタスと会ったり侵入するのがややこしいエーテル城塞に何とかして乗り込む記念すべき第五十話!

「……ねむ」


育ち盛りはどれだけ寝ても眠い、と思う。それは目覚めの良いロジェも例外でなく。今日は城塞へ忍び込む決行日だ。勢いよく身体を起こして髪を梳き、顔を洗う。


荷物の確認をしていると窓を叩く音が聞こえた。砂漠に似合わない白鳩だ。多分魔法で手紙が姿を変えたヤツ。そういう気配がするもん。ロジェは窓辺に寄って開けると、鳩はたちまち手紙に戻った。『貴方の大大親友のロージーより』、と書いてある。


「アイリスからだわ」


手紙を開けると赤い雫が飛び出してきて、ロジェの手の甲に忍び込んだ。この妙な感覚は何かしらの契約だろう。嫌われては無いようだ。若干横暴な気もするが、恐る恐る手紙を開いた……。


手紙の内容はものすごい愛の言葉で溢れていたので割愛する。お別れもいえず悲しくて仕方なかったところから、なんで二人で住む予定の部屋のレイアウトの話になっているんだろう。アイリスは不思議だ。


契約の正体はロジェが素敵だと思った景色を本人の意思で見せることができる、だった。しかもアイリスが傍にいないと発動しない。可愛らしい契約である。


ロジェは肩の力を抜いて手紙を鞄にしまった。空いていた窓を閉めようとすると、ふと頭上から声が聞こえる。主はロタスだ。


窓から這い出ると、車両の上を目指す。低く詠う声は美しく、どこまでも響く。


「おはようございます、ロタスさん」


ロタスは少女を見遣ると、優しく微笑んだ。


「おはよう。今日も綺麗な朝だね」


「そうですね」


今までロジェが寝巻きに羽織を着ていただけの格好を見ていたからか、今日の完全装備な少女を見てロタスは首を傾げる。


「……随分しっかり着込んでるね?」


「途中下車するので」


「『最果鉄道』は待たないよ?」


「途中からまた乗車しますよ」


何の為に降りるの、と笑う聞きたげな視線に答える。


「城塞まで行くんです」


「……はは、君も随分なワルだな」


瞳に眩しさが触れる。夜明けだ。二人は同時に砂漠を食べる太陽を見た。


「今日は特別綺麗な朝陽だ。きっと上手くいくよ」


高く短い連続した鳴き声が列車を追い上げて来た。何かを伝えるようにロタスを見て、ずっと鳴き続けている。


「……鷹だ。毎日毎日、アイツはどこから飛んでくるんだろう……ん?」


その納得いかない声の原因をロジェも認識していた。鷹の後ろに白く煌めく何かが飛んでいるのだ。尾が長い雀ほどの大きさの鳥でで、風を操っているのか操られているのか分からない様なふらふらな飛び方をしている。


「あの後ろに飛んでるの……祈願鳥じゃないか?」


かつてこの砂海には大国があり、それを取り巻く形で遊牧民が生活していた。過酷な砂漠という環境の中、彼らは験担ぎを重視した。その中で生まれた文化が祈願鳥だ。綺麗に装飾した鳥の置物を相手のことを思って送る。


いつしか王都に伝わり、魔法使い達はこぞって魔法で美しさを競い始めた。ただよくある本来の意味で使われなくなるようなことはなく、現在も相手を思って送られる。


「あの祈願鳥……もしかして……」


ロジェはその祈願鳥に覚えがあった。夏の暑い日、湖の傍にある実家で父が魔法で水を鳥の形にして遊んでくれた。気に入ったからまたして欲しいと言うと、快く引き受けてくれたことを覚えている。


ガラス細工の様な祈願鳥はロジェの周りを一周して、広げていた手のひらに乗っかった。


「何かのお祝いかな?」


「……えぇ。進路を決めたので。その報告をしたんです」


男にそう返すと、鳥は綺麗な音を立てて散らばった。至る所から白い花が降ってくる。鳥が乗っていたその場所には赤いリボンがついた一輪の花。


「その花は?」


不撓草ふとうそうです。私の好きな花。……花言葉は『応援』」


実家にいた頃、不撓草は大好きな花だった。見た目は普通の白いカーブの花弁を持った花なのに、陽にあたると溶けてしまうその異質な性質故、夜にしか咲かない特別な花。


例に漏れず少女の手のひらに鎮座していた花もキラキラと溶けて、リボンだけが残る。


「一人で行くつもりだったのか?そりゃないぜ」


ロジェはいつの間にか背後に立っていたヨハンに振り返った。魔法を使わないとそこそこ登るのがしんどいのに、どうやってここまで登ってきたのだろう。


『ろじぇぇ……どっか行くなら起こしてよ……』


ヨハンの足元には打たれた様な水があった。さしずめ水を流してサディコに移動させるように言ったのだろう。


「ごめんごめん。もう勝手にどこかに行かないようにするから」


ロジェは手元に残っていたリボンをお守りがてら髪に巻き付けた。


「はは!車両の上にここまで人が集まるとはね。珍しいこともあったもんだ」


「あんたは?」


ヨハンの問いにあっけらかんとしてロタスは声の調子を変えて返す。


「ロタス。ここの車掌さ」


日が昇るのは早い。悠久に積み重なった砂の上、三人の一匹の影が伸びる。


「それじゃあ、行ってきますね」


「気をつけて!グッド・ラック!無事を祈ってるよ〜!」


いつもの調子に戻ったロタスは、ひらひらと手を振って笑いながら先頭車両に戻っていく。足の隙間からサディコが顔を覗かせた。


『……ふぅん。あれが』


「そ。変わってるでしょ」


「異様にテンションが高いヤツだな」


列車の先頭の向こう側、少しづつ円の淵が見えてきた。飛び降りるまでもう少しだ。


「普段はあぁなんだけど、夜明け前は別人みたいなのよ」


「……ふぅん。別人ねぇ。確かに俺でも真似出来なさそうだ」


ヨハンは探るように薄くなったロタスの影を見詰めた。


「随分と自信あるのね」


「あ?もう一回〝あれ〟やってやろうか」


〝あれ〟。あの人格めちゃくちゃにされるヤツ。あれをもう一回なんて絶対に御免だ。自然の知識が要される魔女は精神性が大事なのに。


「ゆ、ゆるして……」


半泣きになっているロジェを見て、また視線を前方に戻す。砂嵐が巻き起こっていた。


「……少なくとも、バケモノでも人型なら真似できる。癖があるからだ」


そんな真似事が出来るコイツこそが一番のバケモノなんじゃないかと少女は思案したが、何も言わずに流した。


「俺が人型で真似出来ないのは『人形』。それだけ」


道理でノルテの人形博物館に興味が無かったのか。ロジェは合点した。


「……じゃああの人、生きてないってこと?」


「かもな」


到底そうには見えないが。多分ヨハンは人が生きてるとか死んでるとかには興味無いんだろう。


見えてきた。エーテル城塞第三基地。全ての魔法の原点と、それを超える謎がある場所。


「行こっか」


「そうだな。……で、どうやって行くんだ?」


「そりゃもう手を繋いでよ。ほらサディコ、入って」


『あいよー』


ヨハンは嫌な予感がしたのか、恐る恐るロジェの手を握る。ぬるんとサディコも少女の影に入った。


「まさか飛ぶなんてこと……」


「あるわよ。舌はちゃんとしまっとくことね」


そんな激しく行くのか、とヨハンが聞く前にロジェは高く高く跳び上がった。雲を突き抜けることは無かったが、前髪がひんやりと何かに濡れた気がする。


下を見ると大穴があった。それを取り囲む様に線路がぐるりと一周、ある。あそこだ。大穴の真ん中に、城塞はある。


力を抜いてゆっくり落ちていく。雨水は多分こんな気持ちなのだろうと思う。どこまでも続く水平線。この世の誰もが知らぬ風景を知っている、その優越感。そして数分後には潰える自分の生。


命が有限だと言うのなら、雨水にはこれぐらいの美しさを知らねばならないと思うほど壮大で、大穴は訪問者を飲み込んで行く。


幾重にも茂った太い茨を突っ切って、オアシスがある底に降り立った。深い大穴といっても太陽の光は届くから思っていたよりは暗くない。


ただ下まで光が落ちてこないから、砂が熱を持たなくて少しひんやりする。穴の淵からは滝水の様に砂が落ちていて、背後に佇む黒い城塞を飲み込もうとしていた。


「どう?怖かった?」


「思ってたよりは怖くなかった。何より綺麗だった」


ヨハンは目を細めて上空を見やった。


「月影の連中も地上に堕ちる時はそう思ったりしたのかな……」


『狂人の素質あるんじゃない?』


「馬鹿言え。誰があんなヤツらと」


砂を掛け合い出した一匹と一人を無視してロジェは穴の壁面から突き破ってきた太い茨を触った。太さは普通の木の幹からロケットほどまで様々あるが、一つ言えることはとにかく大きいことだ。


「こんな砂漠にも植物が生えてるのね」


「何でこんなところにノイバラが生えてるんだ?そういう魔法植物なのか?」


ヨハンは首を傾げながらロジェへ問うた。


「ドレピアっていう魔法植物なら砂漠でも生えるけど……こんなトゲはないわね。普通の黄色い花よ」


ドレピアは旅する花だ。雨季の数日間だけ咲いて、跡形もなく枯れ果てたと思ったら別の場所で群生する。種子が飛んでいるらしい。


「砂海は環境が特殊だから、今のところドレピア以外で発見された植物はないわね」


砂海はその名の通り砂の海。海と同じで大陸棚があって、深いところは四千から六千mほどの深度がある。根を張るにも中々難しいのだ。


「じゃあこれは新種かノイバラってことだな。本来こんな所には生えないはずなんだが」


『……うーん。匂いも埃っぽくて詳しくわかんないなぁ。色んなものが混じってる匂いだけど』


サディコは匂いを嗅いだり足で蹴ったりして茨を確かめているが、うんともすんとも言わない。


『こんなでっかい茨……多分何かが魔法で発現したものじゃないかな』


「この城塞に住み着いた魔物とか?」


『かもねぇ』


「会わないことを祈るわね」


こんな規模のでかいことを仕出かす生き物だ。味方であって欲しいし、敵だったとしても会いたくない。


「ねぇ。ここまで来てアレなんだけど、今日はこの城塞に何を探しに来たの?」


「マリア・ステラ号がノルテに来るだろ?正確な場所と時間を知りたくてな。この城塞に記された書物があるって突き止めたんだ」


ロジェは男の言葉を受けて城塞を見た。等間隔に置かれた煙突らしきものは高く伸び、それを支える基礎部分も見えている範囲だけでもかなり大きい。


「……この砂の山から?」


「ちゃんと目星は付けてある。書庫室にあるってことは分かってるんだ。だが……」


「だが?」


「ここはエーテルがないと動かない。そこが問題なんだ」


エーテルは魔法の基礎だ。つまり魔法を流し込めば動くということだろう。解決策にはロジェが名乗り上げた。


「私がいるじゃない」


「そう言ってくれるのは有難いんだが、そんなことしたら死ぬぞ」


「どうして?」


「この城塞はエーテルを集め、守るための城塞だ。だからもちろん保全するための制御棒がある」


話を聞いている感じだと城塞とは言っているが、どちらかと言うと発電施設の方がニュアンスが近い。


「そうね」


「それが壊れてる。エーテルを貯めて放出することが出来ないから、もし君が魔力を使って設備を保つってなったら一生魔力を放出し続けなきゃならない」


『じゃどうやって入んのさ』

ロジェの行動により城塞の中には入れたが、一行不穏な気配が忍び寄る。命をかけた陣取り合戦が始まる第五十一話。

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