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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第四章 夢心遺却列車 最果鉄道
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第四十三話 埋もれたノーメン

茶器から最果鉄道の詳しい話を聞いたり茶器自身の秘密が明かされたり次の目的地が仄めかされたりする第四十三話!


「昨日は色々お世話になったわね。ありがとう」


ロジェは朝食のベーコンエッグを腹ぺこのお胃袋に押し込んで、トーストを食べている目の前のヨハンに礼を告げた。


「ん。風邪とかひいてないか?」


「元気そのものよ。サディコもほら」


『やっほー。ぼくも元気になったよぉ』


うにょん、とロジェの影からサディコが出てくる。魔物用の栄養食である玉を頬張って嬉しそうだ。


「もう少しへばってても良いんだぞ?」


ニヤニヤ笑うヨハンに、サディコはそれの二倍くらい笑っていたずらっぽく返した。


『やーだね。いい部屋だからかなぁ。直ぐに疲れが取れちゃった』


「ヨハンは昨日、あの後どうしたの?」


ロジェは空っぽになったお皿を見てちょっぴり悲しくなった。ご飯って食べるとどうして無くなってしまうんだろう。


「昨日か……そうだな……」


ヨハンも背後に伸びながら食後の紅茶を静かにすすっている。


「軽食を頼んで、風呂はいって寝たな。豪華でびっくりしたよ」


ヨハンはカップを置いて身を屈めると、声を潜めてロジェに問うた。


「……ていうかここ、料金はどうなってるんだ」


「あぁ、それはね──」


説明の為の言葉は、扉のノックで遮られた。一行は皆鳴った扉の方を見る。


「御早う御座います、皆々様。朝食はお済みでしょうか。諸注意と鉄道内の案内を行いたいのですが……」


「彼女に聞いた方が早いわ。はぁい。今行きまぁす」


扉越しに聞こえる茶器の声を聞いて、ロジェは扉を開ける。美しく微笑み、少女に問うた。


「入ってもよろしいでしょうか?」


「えぇ。どうぞ」


茶器は空いた朝食を廊下に置くと座る一向に視線を動かした。


「皆様。昨日の疲れは取れましたか?」


ロジェからの返答が来る前に彼女はある物を視認した。少女の背から伸びる影だ。何やら使い魔らしい。


「あら。見慣れないお客様がいらっしゃいますね」


『……ダメなら邪魔しないようにするよ』


サディコは肩身が狭そうに影からはい出た。それを聞いて茶器は微笑む。


「いいえ。我が国は入国制限を設けておりません。魔獣用のベッドを一つ増やしますわね。あとコードネームのご準備をお願い致します」


それでは、と茶器は言い直すと、


「改めまして……私は車掌補佐の茶器と申します。これから申し上げる注意事項と鉄道内の案内は、この列車に乗る為に非常に重要なものとなっておりますので、強制的に聞いて頂くことになります。よろしいでしょうか」


「もちろん。お願いします」


「ありがとうございます。本列車は『最果鉄道』、車掌はロタスがしております。その名が示すとおりこの世の最果……砂海から『還らずの海』まで走っております」


茶器は部屋に飾ってある絵画を指した。ただの模様が描かれた絵だと思ってよくよく見ずにいたが、『最果鉄道』の路線図が描いてある。


「還らずってまた……恐ろしい名前だな」


「実際は普通の外洋なのですが、如何せんかなり底が深く、未だ解明されていない謎が多いことからこの名がつけられたのです」


「へぇ。君は詳しいんだな。であれば──」


「質問は後にした方がいいわよ」


ロジェはヨハンが質問攻めにする雰囲気を悟って、肩を竦めて止めた。


「すまない。遮ってしまった」


「……いえ。私も貴方に、少し聞きたいことが出来たので」


茶器の呟きはヨハンの耳には届いたが、言及せずに空に溶けた。先程と同じ調子で続ける。


「先に話を進めましょうね。前もお話した通りこの国はどんな者でも受け入れます。ただし、どんな理由でも荒事は禁止。例外としてお互いが納得した決闘のみ、認められます」


「破った場合はどうなるんだ?」


「実はこの鉄道自体が魔物なんです。乗客同士が同意のない喧嘩をしたのなら……」


ぎゃぁぁぁぁ!という男の悲鳴が外から聞こえて、ロジェとヨハンは窓に駆け寄った。砂漠に埋まった足がどんどん遠ざかっていく。


「外に捨てられます。多分彼もカッとなってしたのでしょうね。お気をつけ下さい」


あとは、と茶器はいつもの様に続けた。


「この列車はノルテから半月かけて砂海を渡ります。途中下車は認めておりませんので、なさりたい場合は飛び降りるしかありません」


「えっと……乗る場合は……?」


「それはもう、飛び乗りですわ」


にこり。笑顔で脳筋な鉄道であることを示された。そうだ!と、茶器は慌てて言った。


「忘れておりました。当鉄道はこの様な仕様のため、コードネーム制となっております。これを決めて頂かないと鉄道内を案内することが出来ません。もうお決めになりましたでしょうか」


「私はローズにする。あんたは?」


『ぼくはごはんだいすきにしようかな』


「それコードネームっていうかハンドルネームっぽくない?」


うふふ、と茶器は笑った。


「構いませんのよ。可愛らしいお名前ですわ。ローズとごはんだいすき、ですね。承りました」


それで、と茶器はヨハンに視線を動かした。


「お客様は何にされますか?」


「……燕石で」


「うふふ。受理致しました」


メモを取る茶器に、ロジェは首を傾げた。


「茶器さんはどうして茶器なんですか?」


「お茶を淹れるのが得意でして。車掌から賜ったコードネームになります」


少女の疑問に茶器は付け加えた。


「ここでは本名の詮索も禁止です。無理に暴こうとしたら砂漠行きですからね」


それでは外へどうぞ、とメイドは廊下へ誘う。


「ここは居住区となっておりますので、中央エントランスへ行きましょうか」


廊下はガラス張りになっていて、似たような部屋がいくつも並んでいる。しばらく歩いて行けば昨日ロジェが乗り込んだ場所だった。


「エントランスは進行方向前方、中央、後方に御座います。エントランスを挟んで食堂車やその他アクティビティを楽しめる車両も御座いますので、是非楽しんで行ってくださいね」


エントランスでは乗組員が客と呑気に話しているのが見える。先導していた茶器が振り返ると、


「説明はこれで終わりになりますが……何か質問はありますか?」


「あの」


ヨハンが恐る恐る手を上げた。多分あのことだろう。


「ここ、料金ってどうなってるんだ」


「利用料ですね。片道は無料です」


そんなウマい話が、とヨハンが言う前に茶器が窓の向こうを指さした。


「この砂海は魔力に満ちているのです。途中でご覧になれますが、超古代文明の遺跡が大穴の中にあります。あの遺跡から魔力が漏れ出ている為、魔物であるこの列車は利用料を頂いていないんですよ」


ではあの風呂の水も列車が生み出しているのか。変に命を感じてロジェは背筋がゾクッとした。


「ただ先程も申し上げた通り、片道のみ無料です。往復となりますと料金を頂くことになりますのでご了承願います。以上になりますが……他に何か質問は御座いますか?」


「無いです。貴方は?」


「大丈夫だ」


頷いた二人に、茶器は満足気に微笑んだ。


「御座いませんのでしたら、説明は以上になります。何か分からないことがありましたら遠慮なくお申し付け下さい。『最果鉄道』の旅を楽しんで下さいましね」


「茶器さん、有難う御座いました。ね、よ……えんせき、だっけ。これからどうする?」


ヨハンと言いかけてロジェは訂正した。コードネームで呼ぶのには慣れない。


「いや、俺は……」


男は笑みを称えてこちらを見る茶器を、すぅっと目を細めて見詰めた。


「少し君に用がある」


「……何なりと」


賑やかなエントランスとは裏腹に、茶器の視線は鋭い。変わらず上がり続ける口角が不気味だ。


「そうなの?じゃあ席を外すわね」


なぁんだ。久しぶりに一緒に観光出来ると思ったから、ちょっと楽しみにしてたのに拍子抜けだ。まぁいい。彼には大事な用事があるのだろう。


「そうして貰えると助か……ゲホッ!」


「大丈夫?」


痰が絡んだような咳き込みを何回かしたが、直ぐにいつものヨハンに戻る。


「ちょっとむせただけだ。気にすることない」


「そう?」


「大丈夫だ」


何となく顔色が悪いように見えるが気のせいだろう。ヨハンは不死者なのだし、風邪なんてひいた瞬間から治癒するだろうから。


「まぁ、大丈夫なら良いけど。私はどっか行くわね」


呑気に使い魔を呼びつける少女の姿が小さくなるのを見計らって、ヨハンは目の前の女に向き直った。


「で、俺に興味ってなんだ。君の欲しい何かを俺が持っているとは思えないが」


「いえね。何だか貴方、面白くって。『還らずの海』を知らない人なんて初めて見ました。あの時の貴方の視線は『海は海だろう』って仰っていましたから」


しらばっくれた様子で話す茶器を、ヨハンは静かに見つめる。


「『還らずの海』がただの大海と呼ばれていたのは四百年ほど前までです。妙ちくりんな名前で呼ぶものだなぁと私も思いました」


私も、ということは自分も含まれているらしい。別に悪い気はしないが、となればコイツも……


「……まどろっこしいわね。本題を話します」


どこかに行ったと思われたロジェは、ヨハンと茶器の様子を陰から眺めていた。


「ねぇ。茶器とヨハンなんか話し込んでない?」


『そうだね。茶器が仲良くなりたいのかもね』


「だ、だめよそんなの……!」


何だったっけ、ほらあるじゃない、と手をぶんぶん振りながらロジェは慌てる。ちょっと声が大きい。


「なんかこうほら……どくが?みたいな……?になっちゃうかもしれないじゃない!」


『なるじゃなくてかかるね』


サディコの声を無視して二人を見つめるも、何も進展しない。あんま立ち聞きも良くないし行った方が良いかも。


「ま、いいやぁ。私ちょっと調べ物したいの。着いてきて」


『調べ物ならぼくに聞けばいいじゃん』


「人間には調べる時間が必要な時があるのよ」


ロジェは近くに貼り出してあった地図を見ると、図書館棟へ急いだ。残されたのは二人だけ。


「貴方、不死者なんでしょう」


ヨハンは静かに頷いた。メイドは淡々と続ける。


「この列車には不死者が多くいます。かく言う私もその一人」


予測していた通り、案の定コイツも不死者だったらしい。ただ何となく、普通の不死者と (『普通』という括りに不死者が入るかどうかは定かでは無いが)違う気がする。


「ただ……皆経緯が違う。貴方が求める人が見つかると良いですね」


「君はどうしてそうなった。永遠の美しさにでも焦がれたか?」


研究か美しさでもなければ、こんな面倒な姿は取らない。生きるということには金がかかるのだ。


「あはは。冗談がお上手。私は自ら永遠を選びました。『月の美しさを永遠にする』ために」


「お前、月影の残党か!」


その言葉にヨハンは拳銃へと手を伸ばしたが、荒事禁止を思い出して既のところで手が止まる。危うく外に放り出されるところだった。


「……まぁ。酷い言い草だわ。『残党』だなんて。私は月の美しさに魅入られたのです。あの姫からは誰からも逃れることはできない」


ヨハンは記憶を巡らせた。古代文明『月影帝国』。その昔この地には四つの帝国があり、月影は空中帝国だった。その時代を五大帝国時代と言い、精霊や神がそこら辺にいた神代末期の時代だとされている。


月影帝国はロマンがある。他の帝国は戦乱に巻き込まれ枯れ果て出てくる遺物は少ない。しかし、空中都市である月影はそういった戦争に巻き込まれた記録がない。


強固で未だ解読不可能な古代魔法の目くらましさえ突破出来れば、突入は容易いだろう。それが出来ないからロマンなのだが。


前置きが長くなったが、『月影の残党』とはその名の通り月影帝国の狂信者共を言う。何でも月影が滅びた時 (滅びた理由も分かっていないから余計にロマンなのだと思う)に、地上に王族が逃げたらしい。


その王族は現代も細々と生きながらえており、『月影の残党』達は独自のネットワークを駆使して王族を助け、国の再興を目指している。姫とは初代女帝のことだろう。


『緑珠』という名だけが伝わる……何らかの巫女とされる姫。実際のところそれが本当なのかは知らない。


「貴方が乗ってきて……少し驚きました。月の子供たち……貴方の言う『月影の残党』が、貴方のことを語り継いでいましたから」


姫は今、許されざる大罪を犯して地獄に永遠に収監されている。その地獄の王を頼ったことがあるのだから、何らかの形でコイツらに伝わったのだろう。


「私はここを気に入っています。貴方に危害を加えることはもちろんしません。貴方は大事なお客様です。ただ、共通点を見つけて安心しただけ」


それが本心かどうかは定かで無い。月影の残党は煙に巻く言い方を好む。そういう性質らしい。ただ、茶器の言葉は本心であろうがなかろうが、彼女が自分達を傷つける事は無いだろう。荒事禁止は関係者にも重くのしかかる。


「なら、いい。これから世話になる」


「ええ、ごゆっくり」


ヨハンは腰で浮かんでいた手を下ろした。口からほろり、言葉が落ちる。問うてはいけない、たった一つの疑問。


「……最後に、質問をしても構わないか?」


「構いませんよ」


「君の名前はなんて言う。真の名前だ」


幾らでも辞める余地はあったのに、口は言い淀まなかった。くすくすと楽しそうに茶器は笑う。


「タブーと分かってお聞きになるのですか?」


理性が止めろと言っても、本能が聞くことは無い。考えるよりも先に言葉が勝手に出てくる。


「証拠にしたいんだよ」


「その好奇心、いつか身を滅ぼしますよ」


「それで滅ぶのなら、いつ死んでも構わない」


死ねないのに死んでも構わないとは、矛盾した発言だ。薄らとほほ笑みを浮かべて彼女が言った名前は。

次回予告!

茶器の真名が分かったりロジェが車掌に会ったりヨハンの事を考えたり衝撃的な新キャラが登場する話!

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