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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第一章 こうして少女は運命に飛び込んだ
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第三話 執行通りのパングロス

ロジェはアンリエッタからある物を受け取ると、腕輪の持ち主を目指して学校を飛び出す。ヨハンと名乗った青年が明かす神秘とは?物語が大きく動き出す第三話!

「はぁ。遠」


ロジェは彼女の二倍くらいある荷物を背負いながら、田んぼのあぜ道を歩いていた。


寮にあった大きな荷物は部屋に置いて来た。部屋はそのままにしてくれるらしい。


ロジェは荷物を抱え直した。日用品とちょっとばかしのお金を握り締め、暑くなり始めた日陰が一切無いあぜ道を歩く。……あぁ、向こうの方に林が見える……。


何とか此処までは馬車で来れた。お陰でロジェの『ちょっと』のお金は『ちょっとばかし』になってしまったのだが。


ここはぺスカ王国の西の外れ、フロディスタ。マグノーリエから馬車で三時間の場所だ。此処にロジェの探し人が居る──らしい。


「し、死ぬ、も、もう歩けない……」


マグノーリエから『馬車で三時間』とは言え、徒歩を含めると五時間半近い距離になる。かれこれ彼女は二時間半くらい歩いている。


「た、多分、この林を抜けたら、きっと、そう……」


僅かな希望は実る。やっとのことで林を抜けた先には、人の手で舗装された小道が続いていた。間違いない、この先だ。


「はー、やっと着いた……」


小道を抜けると茶色い馬が一頭、小さな厩舎に留められていた。人懐こそうな目でじっとロジェを見つめている。


「こんにちは。あんたのご主人は中に居るの?」


ふるる、と彼女の問いに馬が鼻を鳴らす。答えたような、答えてないような。ロジェは厩舎の馬から、目の前の雄大な洋館に視線を動かす。


白い壁には蔦が絡まり、赤の煉瓦は太陽光を跳ね返している。……随分良い暮らしをしてるのね、あの研究者。


ロジェは近寄って呼び鈴を一回鳴らした。しかし返答は来ない。


「留守なのかしら。すいませーん」


声は林の奥に吸い込まれていく。ちょっとイラッとしたロジェは何回も呼び鈴を鳴らした。返答は来ない。ついでにドアノブに手をかけて回してみ、あ、開いた。


「嘘でしょ、無施錠って……」


そんな事を呟きながら家に入っていくロジェも傍から見れば『信じられない』が、兎にも角にも家の中に入る事には成功した。


「なにこの家……」


玄関ホールには至るところに紙や本が散乱していた。足元にひらりと落ちていた紙を拾い上げて目を通すと、何かの論文らしい。『空間転移』の論文だ。


青色の大理石の玄関ホールには、大きな天窓から落ちてきた緑の光で満ち溢れている。ロジェの背格好くらいに積み上げられた沢山の本と、雪原かと見まごう程の紙が無かったら、恐らくもっと綺麗だっただろう。


「すいませーん。誰かいませんか?」


仕方ない。こうなったら家主が帰って来るのを待つしかない。そう思って玄関に戻ろうとしたロジェの視線は、玄関ホールの真ん中にある異様に重厚な扉に吸い込まれる。


そっと手を触れると、奥から強い隙間風が吹いてきた。どこか懐かしい匂いがする。


この奥にきっと、『何か』ある。


それが例えロジェを殺すものであったとしても、世界を壊すものだったとしても。この好奇心は絶対に抑えられな──


「こんなとこで何してる、小娘」


「ひ、ひぃっ!」


「……よぉ。赤髪の小娘。元気そうで何よりだ」


すっかり腰を抜かして座り込んだロジェを、橙色の髪をした若い男が薄く笑いながら見下ろす。


そう。ロジェが探していた、あの男だ。


「んで、何の用だ。というかよく此処が分かったな。お前、名前は」


男はロジェに手を差し出した。それに誘われるまま、彼女は向き直って立ち上がった。


「ロジェ。ロジェスティラ・ヴィルトゥ……」


「ヴィルトゥ?」


此方を伺ってくる男の視線に、彼女は強く自覚した。あれだけ疎ましく思っていた苗字に、どれだけ頼っていたのか。


「……ロジェスティラ・ヴィルトゥ。ヴィルトゥも称号だから、今はただのロジェスティラよ。長いからロジェって呼んで」


「今まで何て名前だったんだ」


「え、エリックスドッター……っていう、苗字だったの」


ロジェが言いづらそうに視線を逸らしたした途端、周りの空気が張詰める、消える。


「……エリックスドッター?」


男は強く目を見開いて、ロジェの髪先から爪先まで見詰める。そして最後に彼女の顔をマジマジと見詰め、


「た、確かに……。に、似て……」


それだけ言うと、男は口を手で覆い、心底楽しそうに大きく笑った。


「あっはっはっ!エリックスドッター!そうか!お前が!お前が、あの!」


「な、何?」


「はーっ……こんな偶然あるんだな。いや運命か?いやぁ、長生きはするもんだな!」


「ほ、ほんとに何よ……」


先程の面倒臭さに塗れた瞳はなりを潜めて、男の顔には生気が満ち溢れていた。


「俺の名前はヨーハン=絽紗ろしゃ・バックランド。宜しくな、ロジェ」


「よ、宜しく、おねがいします。ヨーハン……先生?」


おどおどしながら見上げるロジェに、ヨハンは気さくに笑った。さっきとは別人だ。


「敬語も無くて良いしヨハンで良い。そっちの方が気に入ってる」


「分かった。よろしくね、ヨハン」


「その腕時計みたいなモンの話、知りたいだろ。それに君についても知りたい」


ヨハンはロジェの腕に巻きついているものを指さした。


「向こうに俺の書斎がある。其処で話そう。」






ヨハンの後ろについてロジェは歩き出した。本やら紙やらが至る所に置かれていて、ロジェは何回も転けそうになったが。


こんなに放ったらかしにしているのにホコリ一つ無いのは、家主が掃除しているからだろう。ヨハンはとてもそんな風には見えない。


「あの……ヨハン。どうして本をこんなに出しっぱなしにしてるの?」


「片付けるのが面倒だからだよ」


「それにしても沢山あるのね」


「欲しいものがあったらやる」


振り返らずにヨハンはそう言うと、書斎の扉を開いた。ぶわっと強い風が吹いて、木漏れ日を映したカーテンがはためく。大きな窓の前には書斎机が置いてあり、両側には本棚がある。書斎っていうのはいつもこんな造りなのかしら。


「さ、座るといい」


ヨハンは書斎の机の前に椅子を置いた。其処にロジェを誘い、自分は書斎の机に座った。何だか面接みたいだ。どこからか、機械が擦れるような音が聞こえる。


「まずはそれの事だな。次に君の話をしよう」


ヨハンはロジェの腕時計の様なものを指さした。やっとこの『腕時計の様なもの』に代名詞が付く。


「それは神器の破片と、超古代文明の遺産から作られたものだ」


「超、古代文明……」


「あぁ。そうだな、言うなればそれは……神器『ヴァンクール』。魔力を持っていて使えないものの為、代わりに牙を剥く守護の力」


つまり、これは魔力さえあれば魔法が使える代物らしい。ロジェにとっては都合の良い代物だ。


「これで魔法が使えるなんて……」


「思いもしなかった、か?でもソイツが反応してるって事はそういう事なんだぜ」


ふふん、と自慢げにヨハンは笑った。さっきからずっとロジェをキラキラした瞳で見ている。実験が現在進行形で成功しているのが嬉しいらしい。


「で、超古代文明の話だっけ?それもしよう」


「月影帝国のことなら私も少しは知ってるわ。それの事でしょ?」


「月影帝国?あんなのはオカルト雑誌のネタだろ。違う、俺の研究対象は……それよりもっと昔の文明だ」


酷い言い様だわ、とロジェは思った。実際に月影帝国は存在していた……のだが、あまりにも分かっている事が少なすぎてこんな扱いなのだ。


ヨハンは立ち上がって、ちょこんと座っているロジェを見据える。


「なぁロジェ。君は信じるか。この世界は文明が一巡した世界だって」


「貴方が今いるのが書斎じゃなくて、病院だったら信じます」


ロジェは無慈悲に答えた。


「そんな無慈悲なこと言うなよ。本当にあったんだぜ」


「で、でも……。超古代文明なんて月影帝国なんかより眉唾でオカルトだわ」


「本当にあったんだよ」


そのヨハンの声音は確信に基いたものだった。その気迫は小娘の希望を吹き飛ばした。


「い、いや。信じてない訳じゃないわよ。実際にあったって言うのは知ってるし。だけど」


しどろもどろになって、其処まで言って言い淀んだ。


「だけど?」


「……だけど、今発見されてる超古代文明おぼしき遺跡群は『建造時代が分からない』って理由だけで超古代文明に分類されてるだけじゃない」


超古代文明。古代文明と呼ばれる五大帝国時代よりももっと昔。今の時代よりも進んでいて、『魔法』が存在しなかった時代。


核戦争で滅んだ。分かっているのはこれだけだ。核の灰に沈んだ遺跡群が各地から見つかるが、最早それらは何も語らず、ただ其処にあるのみ。


「後は『放射能汚染』されてるって点で言えるな」


「『放射能汚染』って何ですか」


ひょっこりロジェは手を上げた。ヨハンは顔色を変えず答える。


「別に知らなくていい。知らなくても問題無い」


ぽつりと聞こえるか聞こえないかの声でヨハンは、


「お前達この世界に生きる者はな」


「何か言った?」


「何でもない。少なくともその超古代文明の遺跡を探索するのに君の力が必要だって事だ」


ロジェを用心棒にしたいという事らしい。ヨハンはどうしてここまで超古代文明遺跡にこだわるのだろう。


「知らないと思うが、超古代文明の遺跡は魔法生物達の住処になっている。俺は魔法が使えないからいてくれると有難い」


「で、私への見返りは?」


半ば承諾する形でロジェはヨハンに返した。含みのある笑いを作ってロジェの目の前の男は座ると、


「もちろん、何かしら用意はしよう。先ずはロジェの話を聞かせてくれ」


ロジェは話した。アリスが彼女を嵌めたこと、理事長が条件付きで退学処分にしたこと、そして実家から送られて来た指輪。


『指輪』というワードに、ぴくりとヨハン反応した。


「それ。その『指輪』だ。間違いない。出してみてくれないか」


「これだけど」


ロジェは指輪の箱を取り出した。ガリガリと、摩擦音のような強い音が更に強くなる。この音は書斎の机の中からしているようだ。


「この指輪、何処で?」


「知らないわ。父が送ってくれたの」


ヨハンは引き出しを出して、何か機械を操作した。ガリガリという音がしなくなる。


「これ持ってて気分悪くなったりしないのか」


「呪いも何もかかってないただの指輪でしょ。なる訳ないわ」


「はぁ……信じられんな」


ヨハンは深くため息をついた。


「その指輪、間違いなく超古代文明のものだ」


「何か証拠でもあるの?」


「俺がこの指輪を見た事があるからだ。これが作られた時に」


何か物言いだけなロジェを、ヨハンは制した。


「ロジェ。お前は今俺を疑っている。そうだな?」


「はっきり言うとそうね」


「何時か全部話す。お前にも危害は加えない。約束しよう。だけど今は黙って一緒に居てくれないか」


ロジェは少し怪訝そうに顔を俯かせたが、


「……それで私を取り巻く謎が全て解けるのなら、構わないわよ」


「全て解ける。約束しよう」


ロジェはふっと息をついて、呆れたように笑った。


「それに、行くあても無いしね」


「……え。住むのか?」


「えっ……」


ヨハンの反応にロジェは引き攣った顔をした。それを見て目の前の男は爆笑する。


「あっはっは!冗談だよ。部屋は山のようにある。俺の研究を邪魔せず協力してさえくれれば、此処に居ても構わない」


あぁそうだ、とヨハンはシャベルを放り投げて、


「部屋が決まったら言ってくれ。あとこれな。馬糞堆肥作ってくれ。宜しくな。じゃ」

次回予告!

ヨハンの家に居候になったロジェやら、感慨深そうにヨハンが呟いたりそんな様子を見つめる者がいたり早速異常事態が発生したりと新キャラが続々登場の第四話!

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