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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第三章 怪夢黍離王国ノルテ
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第二十八話 人形ミュトス

ヨハンの過去の事がちょっと分かったり、ロジェとヨハンが博物館に遊びに行ったり千年怪奇譚で出てきたあの家が登場したりするお話!

あと今週からは金曜のみの更新となります......多忙すぎる故ユルシテ......

ロジェは先の質問を後悔した。彼に嫌な記憶を思い出させているそれ以上に、彼が人を殺した事があることを──もしくはずっと思考の中にそれはあったが、確信を得たくなかった事柄を──知りたくなかった。


「……親友だった。良い奴だったよ」


そんな少女の思惑を他所に男は首に下げていたネックレスを外した。日差しに当たったそれはさながら、教会のステンドグラスの様に光る。


「『アダム・マズル』。そいつが俺の親友の名前」


にわかにそれを握る拳の力が強くなったのが見えた。


「こんな事になるのなら……」


『そっから先は言わない方が良いんじゃないかな』


サディコが言葉を遮る。読心で何を言うのか悟ったのかもしれないが、そんな術を使わなくても間接的にロジェを傷付けることを言いそうな事は、容易に分かった。


「……お前、悪魔なのに良いこと言うじゃないか」


男はゆっくりと振り返って、ロジェとサディコを交互に見やる。


『ロジェのことを思ってだよ』


「済まない、ロジェ。今のことは忘れろ」


「……何も……気にしてないわよ。行きましょう。折角の散歩日和なのに、何もしてないのは勿体ないわ」


そうか、と優しく彼は呟くと、誤魔化す様にノルテの文化について話し始めた。バレないように適当に、ロジェは相槌を打つ。


多分、考えても仕方が無い事なのだと思う。兵士は人を殺すものだ。それ自体に咎が認められるか認められないかはどっちでも良くて、少女にとっては、男が人を殺した事が問題で。


その銃口が自分に向けられることはない。そのナイフが自分に突き立てられることはない。彼に恐怖心は無い。なのにどうしてこうも、ヨハンが人を殺すのは嫌だと思ってしまうのだろう。


自分が誰かを殺すこと……想像したくないが、それについては嫌に決まっている。決まっていても、自分がもし殺されるのならば止むを得なくそれをするだろう。それにどうせヨハンを元の世界に帰すということは、自分が間接的に彼を殺すことに繋がる。


元の世界に戻って五百年分の時間が動き出して死ぬか、よしんば無事に戻って余生を終えて死ぬか (あるいは犯罪に巻き込まれたりもするかもしれない)、もしくは転移が上手く出来なくて、それで死ぬかもしれない。


グランツヒメルの山はいよいよ雲で見えなくなっていた。きっとノルテも天気が荒れる。








「食うか?」


「チュロスだ。食べてもいいの?」


「観光しに来たんだ。何してもいいさ」


アイリスと話した噴水広場の前で、一行は一休みをしていた。差し出されたチュロスはお砂糖たっぷりで、揚げたてだからか暖かい。


『ぼくには何かないの?』


「お前はこれ食っとけ」


ヨハンは近くに売っていた犬用クッキーをサディコの口を放り投げた。器用に咥えて頬張っていると、広場で遊んでいた子供達が魔獣に群がる。


「そういえば」


「ん?」


「こうやってゆっくりするの初めてよね」


「そうだな」


「……」


ロジェは前を向いた。駄目だ。会話が続かない。ど、どうしよ……さっきのアレもあるし、雑談するの、得意じゃない。同年代の友達はルネとヘティ以外いなかった。もし仮に他に友達がいたとして、五百歳くらい離れている人と何を話せばいいのか分からない。


「……お前、なんか他見たいもんないのか」


「みみみみみ見たいもの?」


「何でそんなビックリしてんだよ」


「あ、え、と……その……」


すぅ、と少女は深く息を吸って。


「あんまりこうやって……その、雑談したこと無かったじゃない、私たち」


「……そうかぁ?」


「そ、そうなの。だからほら、何話していいか分からなくて……その……」


ヨハンは斜めの方を見て、視線を元に戻す。


「遊びに行くか。一緒に」


「どこ行くの?」


「好きなところを決めるといい」


「サディコも入れるとこじゃなきゃ」


「アイツは連れて行かない。二人でだ」


「寂しくないかしら」


サディコはまるで元から住んでいたかのように、広場の人間と戯れている。ボールを投げられたりお菓子を貰ったりと随分と可愛がられている。


「見た目はあんなナリだが中身は悪魔だぞ。心配する必要は無い」


心配そうに使い魔を見遣るロジェに、ヨハンは不機嫌そうな声を上げた。


「……なんだよ。遊びに行かないのか?」


「ふふ……あんたって子供っぽいとこあるのね」


「悪いか?」


「悪くない。……そうだ。思いついたわ。ね、人形博物館に行かない?」


ヨハンは訝しそうな目を向けた。


「……何だそのサブカルな場所」


「ノルテは自立式人形の製造が経済を回してるの。その歴史を取り扱ってる博物館よ」


ヨハンが言うように、元はサブカルな場所であったらしい。しかし、最近は若者向けに改装され、人気を博している。


「なかなか面白いって話よ。行ってみない?」


「……分かった。行こう」


ロジェは最後のチュロスの一欠片を口に放り込んだ。


「サディコ。ちょっと二人で遊びに行ってくるから」


『んー。行ってら〜』


使い魔を置いて二人は噴水広場を抜けた。黄色、桃色、水色の壁とは対照的に、空に少しづつ雲が増えてくる。


「雨が降るのかしら」


「ノルテは山の近くだから天気も変わりやすいんだろ」


平日だからか人は少ない。通りにはお菓子屋さんが沢山あった。ケーキ屋、キャンディー屋、クッキー屋が所狭しに並んでいる。緑色の小さな自動車が、二人の横を颯爽と駆けていく。


「こんなに綺麗な街並みだったのね」


「人伝に聞いた話だが、この国は春になる美しい花が咲くという。その時期には観光客でごった返すんだと」


冷たい風が店に生い茂った草木をそよそよと揺らした。


「ここは寒い国だ。だからこうやって壁の色だけでも明るくしてるんだってさ」


「物知りねぇ」


「天慶に住んでいた頃に聞いた。まさか自分の目で見る日が来るとは──」


「ヨハン!あれ食べたい!」


「さっき食ったばっかだろ」


ロジェが子供みたいに叫んで指さした先には、コーンの上で踊っている人形のアイスがある。ヨハンは呆れながらそれを不思議そうに見た。こんなもんの何がいいんだ。


「やだやだ!食べたい!」


「見終わってからにしようぜ。腹壊すぞ」


「絶対美味しいよ!ヨハンも食べよう?」


「見終わってからな。大体アレなんなんだ」


「今人気の人形アイスよ。可愛いからって人気なの」


白衣の裾を引っ張るロジェを横目に、ヨハンはまぁまぁ人がいる屋台の『人形アイス』を見る。素体の妖艶な目付きをした白い人形がコーンの上で踊っていて、顔には青い花の模様があしらってある。


綺麗なのは大変結構なことだが、横にあるポップには『中にはラズベリーソースがたっぷり!』と書いてある。猟奇的なコレがグロカワとして人気らしい。


「……とにかく見終わってからにしようぜ」


「買ってくれるの?」


「手持ちがねぇんだろ」


屋台からもう少し行ったところに、芝生が広がっていた。そこで売っていた人形アイスを食べている人々もいる。博物館の屋根がひょっこりと出ていた。


「ほう。あれが」


「おっきいわねぇ。ファクティス家ってほんとお金持ち」


「ファクティス家って……人形作ってる家か」


「そうよ。神代から続く、由緒正しき血筋の家系」


二人の視線の先には、宮殿と見まごう程の建物があった。幅広の階段を登っていくと、真ん中に滝状の噴水がある。息を切らして駆け上がれば、やっと博物館が見えた。


博物館のエントランスの上にはステンドグラスが貼ってあった。くたびれ年老いた男が糸を伸ばしたその先には、人形アイスの人形がいる。


「……あの人形はなんだ?」


「あちらの人形は、初代ファクティス家当主が初めて制作した自立式人形に御座います」


音も立てずに近寄って来た制服を着た金髪の女性が、二人に微笑んだ。


「あ、ウワサの」


「はい。『ウワサの』、に御座います」


「……ロジェ。噂ってなんなんだ?」


「この博物館で働いている人は、みぃーんな自立式人形なの。それも見どころなのよ」


ヨハンはじぃっと女性を見詰める。関節ごとの継ぎ接ぎはもちろん、中に通っている銅線も見えない。


「ふふ。お客様は自立式人形をご覧になるのは初めてですか?」


女性から声をかけられて、凝視していたヨハンはばっと視線をずらした。


「あ、あぁ……。そうだ」


女性は振り返ると、自分の項部分を押した。ぱか、と景気のいい音がして差し込み口が見える。


「ここから充電するんです。私達は最新型ですから、一時間充電すれば三日は持つんですよ」


「燃費の良いシロモノだな……」


「有難う御座います。博物館にいらしたんですよね?御案内致します。中へどうぞ」


女性に続いて二人は中に入った。盛況なのはただの噂でなく、エントランスには老若男女、人だかりがいた。


「先程の解説の続きになりますが──」


女性は背を向けて歩きながら、先程よりもはっきり見えるようになったステンドグラスをさす。


「あのステンドグラスは、初代ファクティス家当主 ピエール・ファクティスが初めて自立式人形を制作した風景、『レジーナ・チェリ(天の元后、喜びたまえ)』と呼ばれているものです」


男の目も人形の目も、虚空を見つめている。素材が素材だから許されているだけであって、情景は狂気そのものだ。


「ピエール様は売れない人形作家だった頃、ノルテではクララという踊り子が一世を風靡していました。しかし……」


クララは金髪だったらしい。工房らしき背景に、色味の違う金髪の束がいくつか描かれている。


「クララは不慮の事故により死亡しました。ボビネットを使用した衣装を着用していたため舞台にあった炎の魔法に触れてしまい、焼死したそうです」


女性は二人にパンフレットを渡した。彼女が言った説明よりも随分簡易的なそれがパンフレットの最初に書いてある。


「その様子を見ていたピエール様は、失われた伝説的踊り子を復活させるべく自立式人形を制作しました。その当時、自立式人形は魔道式……魔法使いしか扱えない代物でしたから、どんな人でも使える自立式人形は画期的な発明でした」


くたびれた男は自立式人形を作って、何を思ったのだろうか。永遠を手に入れたか、果たしてその逆か。


「その功績が認められ、芸術の神から神器『カンタレラ』を賜った、というのがファクティス家の始まりです。彼はその下賜を『もう少し早ければよかったのに』と後悔していたそうですが」


「何故だ?」


「神器『カンタレラ』は人形はもちろん、死体も操るのよ」


すぅっと目を細めてヨハンは口元を隠しながら呟くように言う。


「……神代のヤツらってのは……」


「ピエール様の想いは今も受け継がれています。ファクティス家制作の自立式人形にはたくさんのモデルがありますが、人気なのは私達の型ですね。『クララモデル』と言います」


ひく、とヨハンは顔をひきつけさせただけでそれ以上何も言わなかった。ロジェは場を持たせるために適当な相槌を言う。


「……」


「な、なるほどねぇ……」


「気になさらなくても良いんですよ。この話を聞くと、少しゾッとしますよね」


そういう方も多いですから、と作られた表情で人形は続ける。


「……ピエール様はクララを愛するあまり、あの美しい惨劇をもう一度起こしたかった……なぁんてお話も、あったり」

次回予告!

人形博物館にやってきた二人は、ファクティス家が作る人間と何一つ変わらない人形達を目にする。しかしただ博物館にやってきて済むわけはなく...?超古代文明と、ファクティス家を巡る事件。太陽が沈み始めた大国を舞台に何が起こるのか?波乱の第二十九話!

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