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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第七章 夢魘不如意夢境 転移空間
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第126話 消して届かぬソリダス

忘れ去られた神殿の向こうで、ロジェはシナツと邂逅する。そこで明らかになる彼女の真意とは?!人に造られた神の行き着く果てとは!白熱したバトルが終わらない第126話!

硝子を踏みしめる音を立てながら、静かに前に進む。崩れ落ちた衝撃を受けた膝が未だに震えて呼吸を何とかそれらしくしていた。


「シナツ」


ロジェは王座の前に立つ人影に、語りかけることなく呟いた。人の気配を感じたのか、はたまた本当に聞こえたのか。プラチナブロンドの髪をした少女は振り返った。


「あなた、城壁のヒト……ですね。アカンティラ待ってたんですよ。……来てくれなかったけど」


彼女の手には装飾が施された木の杖。風に煽られ、今にも朽ち果てそうだ。


「どうして私に会おうとしたの。私が……デクマと関係があるのを知っていたの?」


ロジェの問いにシナツは慌てて首を横に振る。


「あなたとなら、仲良くなれると思ったんです……それだけ……。あの御方と関係があるなんて……知っていたら、会おうと思いませんでした」


曇らせていた顔を何とか上げて、シナツは気丈に振る舞う。


「何が起こったのか……何でこんなことをしたのを言わないのは不誠実だから……言います。まずは……ヒトを不老不死にしました。完璧になれば、神を信仰することは無くなる」


一拍置いて、


「理由は……神が信仰されるのがおかしいと思ったからです」


「おかしい?」


「彼らは在るだけでヒトからの愛を受ける。何もしてないのに。努力なんて無い」


彼女の言葉に淀みは無い。はっきりと、心の奥底から言葉を紡いでいる。


「その理屈なら貴方もそうだってことになるけど」


少女の言葉にシナツは目を見開いた。


「わたしは違います!わたしは……ヒトの気持ちを知っている、タダの機械です。偶々人造神という名を与えられた……機械」


取り繕う言葉は簡単に剥がれていく。


「ひ、ヒトビトに、自由意志を与える為に、事はあったのです」


シナツの震えた声音にロジェは顔を顰めた。


「だから自分は悪くないと?醜悪極まりないわね」


玉座にゆっくりと近付くロジェの姿を見て、シナツはたじろぐ事しか出来ない。踏みしめた瓦礫が音を立てて崩れていく。


「貴方は自分から信仰が離れるのが怖かっただけ。気持ちを告げる勇気が無かっただけ。逃げ出す気力が無かっただけ」


ロジェは肺に空気を貯めて、思いっきり叫んだ。


「喜んでその地位を甘受していただけよ」


「あなたには分からない!誰にも必要とされない恐怖なんて!」


玉座が抱くエネルギーから強烈な風が吹く。防衛結界を貼ったが直ぐに亀裂が入った。曲がりなりにも神霊ね。


「分かるわよ!そんな恐怖誰だってある!」


「あ、あなたは恵まれていたから……」


「そうかもね。でも貴方の方がずっと恵まれていたわ。神様なんだもの」


「やめて、やめてよ……それ以上、言わないで……」


シナツは杖を高く掲げた。その目には、焦りと涙。


「わたしが何も努力してないってことになるじゃない!」


もう一度結界を貼り直すも間に合わない。ロジェは瓦礫の背後に隠れた。


「くっ……」


「城壁の上で会ったあなたは……綺麗だった!わたしなんかよりもずっと!風を知っていた!」


神霊に対抗する防衛結界を編み直す。発動させると瓦礫から抜けた。


「あなたはあの時、『飛び方を練習し始めたばかり』だって言ってた!だったらわたしはどうなるの!?どうすれば良かったの!」


「知らないわよ!自分の生き方すら決められないヤツが、人の自由意志なんて説くな!」


「言わせておけば……!」


穏やかだったシナツの表情が完全に憤怒に濡れた。


「風も雨も太陽も!全て原初のヒトの恐怖!魂に刻み込まれた記憶に跪くが良い!」


シナツは高く舞い上がると、何かに届ける様に、願う様に杖を掲げる。


「これがわたしの喜び!欣悦きんえつ『恐怖に沈む怪雨あやしあめ』!」


杖の動きに呼応した光は空高く飛んだかと思うと、そのまま弾けて風も止む。嵐の前の静けさ。ただ、空を見上げる。瞳に、影が映る。


「嘘でしょ……」


空から降ってきたのは無数の武器。大剣、刀、斧、鉄砲、砲台……槍の雨なんて表現が可愛く思えるくらいの量が降ってくる。


「早速で悪いけど力を貸して、『マクスウェルの悪魔』」


言葉に呼応して現れたのは霧を纏った杖。真価を発揮していない今の状態では、魔力の燃費がちょっと良くなるくらいの効果しかない。それでも。


「風には風よ!『大風ヴェンタニア』!」


武器は金属音を立てて飛んでいく。が、空中で止まったそれらは、刃先をロジェに向けた。


「何よこれ!?」


狙いを定めた武器達はロジェ目掛けて飛んで来る。防衛結界で弾くも魔力の消費が著しい。このままじゃジリ貧よ。


どうする。どうすれば良い。このまま長期戦に挑む?防衛メインで戦いを挑めば自分の魔力が先に尽きるのが目に見えている。


じゃあ短期戦?いや、これも無謀。始まって十分も経っていない戦闘でここまで魔力を消費した。相手の戦力が分からないのに全力投球はあまりにも無鉄砲すぎる。


ロジェは再び視線を上げた。第二波が来る前に計画を立てないと死ぬまでこのまま。何か無いかとシナツをひたすらに観察する。


「……あ……」


ヒビが、ある。彼女の手足に。許容量を超えた魔力に器である機体が耐えきれないのだろう。


となれば、取るべき作戦は一つ。攻撃の移り変わりの隙をついて、機体から壊す。別で神霊が存在しているかもしれないが、その時はその時。今はその可能性に賭けるしかない……!


「考えごと、ですか……?わたしの嫌いなものです。ヒトが思考する、ということは……」


言葉は空気を震わせ、再び槍の雨を降らせる。


「もう一回!『大風ヴェンタニア』!」


風によって吹き飛ばされた武器がシナツへ渡る前にロジェは空中で停止させ、一気に放つ。全て光に吸い込まれてしまった。あれをどうにかさせないとダメなのね。ロジェの思考を他所に、シナツは首を傾げた。


「もうこの神霊魔法だと遅いのかな……?正心『盲た禍星』。あなたがたは何も知らなくて良いのです。それがただしく、祝福される姿なのです」


大気が震え、頬を撫でる。何か上から降ってくるような感覚。シナツの背後には炎を纏って地に向かう流星の姿があった。


「待ちなさいよ!あんたの国がめちゃくちゃになっても良いの!?」


「どうして旅人の貴方が、この国のことを心配するのですか?」


シナツは心底理解出来ないという感情を浮かべた表情に、ロジェは杖を握る手を強めた。仕方ない、ここで一度固有魔法を撃ってしまおう。


「星は全ての人の上にあるもの。導き、破壊するものよ。数多の時空を超え、星辰の導きに従って進むべき道を示し、天命はこれを持って進め。運命と時は神の上にあらず、常に人の上にあらんことを。固有魔法『終焉シュペルノヴァもたらす弥終の凶星・マレフィック』!」


個別に分かれた魔法陣から放たれた星魔法が流星に向かって直線を描き、破壊していく。炎を払った水晶体の星は赤黒い力を内包しているのが見えた。


というか、あれ水晶じゃない。氷の塊……?雹を大きくしたもの!?


「そうとなれば簡単だわ!来て!『焔の女神イフリータ』!」


原理的にはサディコが使う魔法の巨大化バージョンだ。小さいなら星魔法で砕けばいいけど、ここまで大きかったら難しい。


ロジェは人型の焔を侍らせると、まずは星魔法を放つ。


「あんたの操る世界よりももっと高次の魔法を見せてあげる!『星降トレイル・る槍の魔法アストレイヤ』!」


「それは……あの御方と同じ……!」


星の槍は唖然としているシナツを通り越して星にぶつかる。亀裂が入った隙間にイフリータが入るよう指示した。氷は結合を忘れて砕け散った。


形を成さず、降り注ぐそれをシナツは目を見開いて見ている。


「なん、で……どう、して……」


いやだって、あんなの氷の塊だし。見抜けば対策なんて幾らでも取れる。高等教育機関で学年一優秀だったら誰でも出来る、そういうレベルの魔法──そう考えたところで、ロジェは理解した。


彼女はこの国の外を知らない。科学にだけ気を取られて、魔法を知ることを疎かにしていた。だから研究され尽くし、最適化された誰にでも使える魔法を、未だ『神霊魔法』だと言い張っている。


「やだやだ、なんでよ、うそよそんなの……!」


引き攣った顔で星を見ていたシナツは、青筋を浮かべてロジェに向き直る。


「こんなの認められない……!神に対する反逆は許されない行為ですよ……!?食らいなさい……背信『ダストボウル』!」


氷も武器も巻き込んで砂嵐が舞い上がる。だけどこれも……簡単な魔法だ。ただの強い砂嵐。視界に入った赤い光は徐々に輝きを失い始めていた。あぁ、もう──


「終わりね、貴方」


砂に効くのは水。ロジェは無詠唱で水を纏い、風を通さぬよう神殿全体を覆う。行き場を失った砂は水に包まれて水晶の様に煌めいている。


「シナツ、終わりにしましょう」


少女神は気丈に振る舞い、身体の震えが収まらない中でも首を横にする。


「い、いいえ!まだ終わりじゃない、終わりじゃないもの……!ね、ねぇ、何もしないで?神々(わたしたち)を超えてどうするの……?あなたたちは何からも守られなくなるんだよ!」


「人間の探究心はそんな茶ちな言葉じゃ止まらないわよ、シナツ」


「いやだ……!いやだいやだ!人間が神を超えるなんてあってはならないのに!知るな!見るな!いやだぁあああ!!」


「〝在ってならない〟のはあんたの方だ!」


赤い光が激しく光った。浮かんでいた水が全て吸収されて、大波を作る。


「あなたたちは……知ってはならない、目を閉じていて、守られなければならない……!偽罰『解き明かされし神の方舟』!」


大波は向かってくる。けど。その水に神性は無い、方舟に神秘は無い、行使する神に信仰は無い。ロジェは杖を真っ直ぐに持つと、大波を引き裂いた。保てなくなった水は重力に従って下に落ちていく。浮遊した地には二人だけ残った。


「もう止めにしましょう、シナツ」


赤い光は霧散し、シナツは膝をついた。転がった杖の音が笑い声の様に虚しく響く。


「おわらない……おわらない、のに……」


「終わりよ。さっきの魔法も神罰の代わりなんでしょう?だったらもう無理よ……」


シナツは最早、神なら誰にでも出来る神罰すらまともに打てない。だから偽罰。己の正当性すらも疑う始末、誰が救えると言うのだろう。


「何がだめ、だったの……わたしが、威厳のある神様じゃないから?強くないから?わたしは……わたしを見る目が怖かっただけだったのに……」


「神秘が否定された世界でも、神の居場所はあるのよ」


旅の安全は神に守られずとも、魔法の発展によって保証されるようになった。それでも人々は祈る。神などいないと言っても、一生のお願いを六道分使い果たす。


「貴方はその居場所作りを怠っただけ」


この国にも確かに彼女の居場所があった。神を否定出来るほど技術が発展しても、彼女の祭りをする人間がいたように。


「……それならもう、おわり、ですね」


シナツは息を吐いて、ただロジェを見つめた。刹那、声を上げて立ち上がる。


「はぁぁぁぁっ!」


手にはナイフ。身構えるは遅く、何かを撃つにはもっと遅い。手で防御の構えを取ろうとした瞬間、シナツは止まった。


「ぇ、あ、うそ……なんで、さいごまで、こんな……!」


機体は限界だった。ナイフを作る魔法を行使した為に、熱暴走を起こしたらしい。


ヒビから光が溢れて外郭が禿げていく。見えた回路からは、丁寧に継ぎ直されたばかりのハンダが見えた。残った外郭も飴細工のように溶けて少女神はのたうち回る。


「うぁぁぁぁぁ……!?いたい、あつい、たすけて、神様……!」


「待ってシナツ、その先は!」


ロジェが手を伸ばすよりも遅く、シナツはバランスを失って浮遊した土地から足を滑らせる。


「あ」


呆気ない声を上げて、重力を知らなかった風の神は──墜落した。




風が昇っていく。わたしを置いて。堕ちるってこんな感覚だったんだなと、他人事の様に感じる。きっと寒いのだと思う。だけど機体から漏れ出た燃料が熱くて丁度いい。


ヒトは高い所は怖いと言っていた。その気持ちが今……分かったような気がする。目を閉じると、思い出すのは、この機体が『シナツ』と名付けられたあの日のこと。


突然全てが与えられ、在るように願われた。目の前に当然の様に座り、見下ろすのはあの御方。


冷徹無慈悲な瞳だと断ずるには感情が揺らめいていて、かと言って碧眼は焼き付くような色彩でなく。あの揺らめきはわたしの感情だったのかも。とにかく恐ろしくて。そこに一つ、あの御方は在るだけだった。


あれこそが時間としての在り方だったんだと、今にして思う。孤独を知らず、孤高であり、最高神でありながら創造を知らぬ方。


久しく聞いていなかった制御音が脳内に声が響いた。


『機体の行動不能を感知。緊急処置を施します。スリープモードに移行します』


なぁにそれ。柔らかく口角が上がるのが分かる。どうしようも無くなったら、わたしが怖くならない様に、そんな処置までしてたの?国民あなたたちって優しいんですね。わたし、居ても良かったのかな。


……否。違う、違う。彼らはわたしをいじくり回して、新しいわたしを作りたかっただけ。神の上に立とうとしただけ。絶対にそうだ。


視界がぼやける、鼻がつんとする、喉が狭まる。雨よりもずっと暖かい涙が、宙を舞った。もういい。全て、なんでもいい。


「はは……アハハハ!はははッ!」


だって、今更人の気持ちに気づいたところで、何もかも遅いんだから。



ツォルナでの戦いに一区切りついたロジェは、これからの行動に思いを馳せる。迫る戦いと別れ。物語が大きく動く第127話!

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