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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第七章 夢魘不如意夢境 転移空間
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第百二十五話 最果て抱くアニュラス

従神による蹂躙が終わったあと、一行は目を覚ます。広がっていたのは生命の動き一つないツォルナの姿だった。シナツとの決戦が近づく第百二十五話!

ただ、其処は在るだけ。その空間に佇む神が一人。従神から同期した情報を受け取り、視線に意志を持つ。あれらは少々やり過ぎるきらいがあるが、自由にやり過ぎる所が良い所だろう。


「御苦労」


そう一言投げかけると、『喜』の感情を伴った波長が飛んで来た。


星の光が差し込む神殿。玉座に流れる光子の川が淡く波打つ。その中央でデクマは、掌を掲げるでもなくただ宙を見据えていた。


あの風の神の姿が重なる。己の規律を破り、己の心を持とうとする……いや、『持ったと勘違いしている』愚かな人造神コード


「ただの反抗を自由意志と勘違いしたか」


旧人類は人工物に齟齬さえ生み出した。それを齟齬だと気付く能力も生み出したはずだったがと思考を巡らせる。が、小娘一人に挑んで斃れた者共を見るに、機能は無意味に終わったようだ。


「『完璧性があれば人は神を信仰しなくなる』。なるほど、面白い理論ではある。しかし、考えなかったのか?否定する人間が居ることを。その否定を否定しようとも、人の為に生きる者がお前を倒すことを」


最早刻限は過ぎた。これ以後、あの神が辿る道は確定した。碧い瞳には道を選んだ人間と人造神が一つ。喉を鳴らして笑みを浮かべる。


「最も愛した者達に否定を突きつけられるその最期を、見届けるとしよう」








「……ろ……起きろ!」


激しく揺れる身体とユリウスの声。ベッドの上で寝起きの瞼を何とか持ち上げさせる。


「ん……?どしたの……」


「外が変だ」


ロジェは閉じていたカーテンを開いた。教会からは空は赤く、歪んで眩しく輝く月が浮かぶ街が見える。時刻は朝の八時。


「……夜が明けない?」


ロジェは居住まいを正すと、ユリウスと共に部屋を出る。急ぎ足で廊下を進むと不思議そうにこちらを見るテュリーがいた。


「どうされました」


「ずっと夜のままなのよ。極夜だっけ、この国」


いえ、と小さくテュリーは呟くと二人の視線を受けて教会の外に出る。街に人の気配は一切無い。ただ冷気と暖気を纏った風が交互に来るだけだ。


アカンティラに備えて飾られていた装飾は全て取り払われ、名残となった花びらが風に舞っているだけ。


「街の飾りが消えていますね。残っているのも教会のものだけです」


テュリーは教会の方へ視線を動かした。


「支度をして来ます。共に出ましょう」


その言葉に二人も頷いて部屋に戻った。ロジェは入り用なものをカバンに詰め込むと外に飛び出した。家の中を除くユリウスの姿が見える。


「外は何日か経ってるみたいだ」


「中に人はいる?」


「いるけど、倒れてんなぁ。寝てるのか?」


空を守る結界は固く、分厚い。時を止める類の結界。これを破壊して脱出するのは難しいわね。


「お待たせしました。信者の安全を確認するのに手間取ってしまって……皆無事でした」


「何でオレ達は大丈夫なんだ?」


「結界を貼ったからよ。念の為貼っておいて良かったわ」


ロジェが得意げな表情を浮かべていると、テュリーに近寄る信者の姿がある。


「司祭様、これを」


受け取ったものは新聞。右上の日付は二日後になっている。


「二日後の新聞です」


示す事実は簡単だ。眠っている間に二日経ったということ。ユリウスはおもむろに口を開いた。


「行くとしたら……」


「あそこよね」


少女の視線の先には神殿があった。







「何があったのよ……」


神殿の前は惨状だった。無傷の老若男女が折り重なって倒れている。手の先には捧げるはずだった水と花びら。混乱によって踏み潰された花びらは黒く汚れていた。


ユリウスは近くにいた女の肩を叩く。


「大丈夫か?起きれるか?」


「ぅ……うぅ……」


女は薄く目を開け、指先を微かに動かしている。ロジェは手を握った。


「神力が入ってるわね。呪いの類はかけられてない」


「ぅ、ぁ……あぁ……あなた、たち……だれ……」


「オレはユリウス。旅のもんだ。何があった?」


「旅……びとなら……他の国に助けを……シナツ様が……何もかも……」


再び意識を失った女の首にデュリーは触れる。


「脈が極端に低下した状態で止められている様です。仮死状態と言えるかと」


目の前に聳え立つのは神殿。その中にきっと、真実がある。中に入ると同じく人が倒れていた。人々が慌てふためき、倒れたらしいそんな形。


「ぁ……ぅ……しか……さま……」


足音と呻き声がして一行は振り向いた。暗がりの中、軍人はよろめき、軍帽の下から虚ろに見ている視線だけが伝わる。


「敵か」


「その様ですが、貴方は……」


暗闇から出て来た軍人は、イツァムだった。目は落窪んで影も形もなく、顔の穴という穴から黒い液体を流している。


「これは……まさか!」


ロジェには心当たりがあった。夢の空間で地獄の甘やかしを受けていた時に、刻みに刻まれた気配。ザシカの気配だ。


「ザシカ、さま……おおせ……しなつしん……さま……」


口から吹き出す液体と共に言葉が聞こえる。テュリーが前に出る。


「ここは私にお任せを」


「で、でも……」


「足止めくらいは出来ますとも」


にこり、と微笑んだテュリーにロジェは告げる。


「分かったわ。イツァムはザシカに支配されてる。多分殺せはしないから、耐久戦で行くといいわよ」


「ありがとうございます」


行きましょう、とロジェはユリウスと連れ立ってその場を離れる。サーベルを抜いて構えた。


「またこれを使う日が来るとはね……」


懐から取り出した懐中時計のリューズを押すと、一瞬で世界が止まる。この時計は自分が設定した時間から使用開始までの時間分を停止させる力を持つ。教会を出た時から押していて良かった。


テュリーは深く前傾姿勢をとると、その体勢からイツァムを横に一閃した。少し離れて再びリューズを押すと、上半身と下半身が分断した。


分かれたそこからは黒い液体が吹き出してごろり横たわり、床を濡らしている。身体の硬さは人間と大差ないのか。それなら助かる。


復活する前に切り刻んでみたが、やはりそれもダメか。徐々に肉がくっついて起き上がる。


「すべて……すべて、止まったまま……動かない、まま……それこそが理想、完全性……」


十分に時間稼ぎは出来そうだと、テュリーはサーベルを構え直した。








ただ、廊下を走る。人外であるあの軍人がああなってしまった以上、最早のんびりと探索している暇は無い。


「シナツはどこにいるのかしら!」


「大方一番奥だろ!」


「そう容易く通すかよォ!」


刹那、攻撃が通る。ユリウスが鎌で弾いた視線の先には、息も絶え絶えになったミクトリがいた。


「あ、あんた……!」


刃は零れ、足はふらついている。


「クソが!なれぇがアイツ等を手引きしたのか!あの従神共を!」


あの従神達は何をしたのか。デクマは何を考えている?狼狽える思考を他所に、何とか口を動かす。


「してないわよ!何で居るかも知らないのに!」


「返せ!イツァムを返せ!あんなことされる道理があるかよぉ!クソがァァッ!」


「それお前が言うの?」


降り掛かって来た刃をユリウスは弾き返す。


「自分がやるのは良いけど他人にやられるのは嫌ってタイプか。気兼ねなく殺せそうだな!」


「あぁ!うぜぇ!うぜぇよ!全部死ね!お前らのせいで!」


ロジェは魔法を放ちながらも、ミクトリの姿を見ていた。あの従神は片割れだけで、自分が敵わなかった相手をここまで容易くねじ伏せる。それなら、もしかすると。


私はデクマに勝つことなど、とても──


「しっかり前見ろ!死ぬぞ!」


ユリウスはロジェを押しのけて死霊を引き裂きアッパーを食らわせる。肩に鎌を押し当てながらそのまま突っ込めば、ミクトリは大きく体制を崩した。


「やれ!」


「わ、分かった……!」


ミクトリに繋がった幾つもの緑の糸。弱気は止めなければ。破壊出来ないものなど無い。信じられる事はそれしかない。


「星は全ての人の上にあるもの。導き、破壊するものよ。数多の時空を超え、星辰の導きに従って進むべき道を示し、天命はこれを持って進め。運命と時は神の上にあらず、常に人の上にあらんことを。固有魔法『終焉シュペルノヴァ・もたらす弥終の凶星マレフィック』!」


ミクトリは抵抗することも無く──もう抵抗する様な気力も意思も無かったのかもしれないが──目を伏せて攻撃を受ける。破壊をもろに食らったミクトリの瞳はもう、空を見上げることしか出来なかった。


これ程までに呆気ないとは。ロジェは息を整えてミクトリに詰め寄った。


「答えなさい。どうしてこんな事をしたの」


「しなつのさ……夢だったらしいわ……。科学で信仰心が薄れるのが怖くてよ……人間を不老不死にして、デクマっつー神から信仰心を奪おうとしたらしいけど……」


ロジェは正直、デクマの事はあまり知らない。だが、彼の頼みを無下にすれば自分の命くらい容易く手折られることくらいは分かる。余りにもシナツの計画は無茶苦茶だ。


「そんなことする技術も頭も無くて、人を瀕死にするだけに終わっちまった……力の使い方がなってねぇ……無駄死にだ、こんなの……」


ミクトリは深く息を吐くと消えて行く。残ったのは翡翠色の骨だった。ユリウスは軽く舌打ちをした。


「ここまでして気持ちよく死なれるとムカつくな。地獄に逝けよ」


「煉獄でも生ぬるいわね」


骨を回収していると、神殿が激しく揺れる。


「こりゃ早く行った方がいいな。オレはテュリーんとこ戻る」


え、とロジェは小さく声を上げた。てっきり付いてきてくれると思ったのに。


「別に置いてこうって訳じゃない。オレがいない方が良いんだろ?」


シナツとの戦闘は間違いなく激戦だ。現役で人造神として働いているシナツを倒せなければ、デクマを倒すなど以ての外。もし彼女と戦うのであれば、間違いなく『マクスウェルの悪魔』の力を借りなければならないだろう。であれば。


「……うん。見られたくないことってあるじゃない?」


「そんな軽口叩けんなら心配しなくて大丈夫だな」


ユリウスは拳を合わせると、入口まで走り去る。最後まで視線を残しながら、ロジェも奥へと走った。


神殿の揺れは収まらない。中庭を抜ければ次の部屋が見える。足をかけた瞬間、足元が大きくぐらつき、中庭の距離が離れていく。


「飛んでるの!?」


【シナツは上空から世界中に術を仕掛けようとしている。急げ。走らねば間に合わぬ】


益々揺れは激しくなり、倒れた柱を飛び越えていく。シナツの神力に引っ張られているのか。


軋む木の音を横目によじ登り、倒れ崩れ行く石の柱を駆け抜ける。


「きゃぁっ!」


【左だ】


言われるがままに客室らしき部屋の窓を抜けて、崩れた床の淵を歩き、最後の庭に飛び乗った。先程までいた客室は凄まじい音を立てて落下していく。


足元は遙か地上。空中戦になるだろうが、気を失って落とされれば間違いなく死ぬ。


前を見れば、また神殿があった。ここが恐らく、シナツの居住区。


入口は白亜で装飾された女神の姿があった。恐らく何らかの叙情詩を模して作られたものだ。入口の奥には崩れた柱と玉座、朽ちた円のオブジェが赤黒い力を抱いていた。



忘れ去られた神殿の向こうで、ロジェはシナツと邂逅する。そこで明らかになる彼女の真意とは?!人に造られた神の行き着く果てとは!白熱したバトルが終わらない第百二十六話!

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