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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第七章 夢魘不如意夢境 転移空間
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第百二十ニ話 カルテは語る

煮え切らない状態のままユリウスは研究所に足を運ぶ。そこで出会った衝撃の人物とは。自体が動き出す第百二十ニ話。

「カルテを見せてくれぇ?」


清潔感と木の香りと病院特有の諸々の匂いが漂う院内。黒檀のカウンターに座る眼鏡をかけた偏屈そうな男に、ユリウスは頼んでいた。


「あぁ。お願いしたい」


「何だってあんたみたいな素性の知れない者に……」


ご尤もな呟きだ。ユリウスは印である開業届を差し出して、外堀を埋めていく。


「オレはユリウス・レオナール・レヴィ。王都で武器商をやってる。ここに開業届もあるし、家紋もある。あんたも知らないわけじゃないだろ?」


男はその用紙を隅々まで読み込んで眼鏡を指で抑えてこちらを伺った。


「……あの有名なレヴィ家の坊ちゃんか。あんたのことは医療関係者だったら皆知ってる。仕事を減らす武器商だってな」


『仕事を減らす』というのは『死人しか出さない』という意味だ。そういう仕事だから否定しないが、いざ面と向かって言われると妙なムカつきがある。ユリウスは片眉を上げて問うた。


「どうするんだ?通すのか?」


「利用目的による」


「ここ最近、患者が減ってると聞いた。あんた達なら何かわかると思ってきたんだ」


「で、研究所を兼ねた病院に来たと。なるほどねぇ」


男は手早く何かを書き記すと立ち上がった。


「此方に来て話をしよう」


彼が誘うまま、応接室へ通される。奥側の席に男が座るとユリウスは話を切り出した。


「ここは国一番の研究所だって聞いた」


「まぁね。さて、何が聞きたい」


持って来ていた大きな荷物を置くと、ユリウスは言った。


「さっきも言っただろ。患者が減ってるって話」


ふぅむ、と男は難しい顔して立ち上がった。机に何も出していないのに気付いて (この男にそういう気遣いがあったのにユリウスは驚いたが)、プラスチックカップに入った水を差し出した。


「時に君は神を信じるか?」


何の話かは知らないが、情報に繋がると信じて適当に返す。


「あー……人並に?道徳的な観念でなら信じるかな」


「武器屋が神を信じるのか」


「だからこそだよ」


良い武器が作れるように。殺された者が浮かばれるようにと神に願うことはユリウスにもある。


「私は神など信じない。世界の管理者という発想は面白いが、所詮その程度だな」


じゃあさっき何であんなこと聞いたんだよ、と心の中で一人毒づく。


「この国にも徐々にそんな雰囲気が広がっている」


男は珈琲でも飲むかのように慇懃に水を飲む。


「発展した科学を享受した人々は考えた。『神の思し召し』で全て決まるのなら、初めから努力する必要など無いのではないか」


一拍置いて、


「または努力すらも『神の思し召し』ならば、どこに自己性を持つ?とな」


世界はまるで二人だけの様に沈黙を保っている。


「社会が発展し、人々は権利を持つ。それならば神の導きという不安定なものよりも、技術を崇拝するようになった」


この男の考え方は偏っている様に思わなくもないが、それが事実なら信仰が希薄になるのも頷ける。


「この国は徐々に信仰を減らしていくだろう」


実際、ツォルナは神殿があるくらいで日常的に宗教が馴染んでいる雰囲気は無い。生活の意思決定に、迷信的な宗教を用いるくらいだ。


「それにシナツの老朽化も著しい。彼女は最早天候を操る力を失っている。時間の問題だろう」


ユリウスも水を口に含んだ。


「……代わりをあんたらが作るのか?」


「中身しか作れんがな。中身だけでいい。見た目など些末なことだ」


けたたましいベルが鳴って男は立ち上がった。


「電話だ」


バンカーを取り出して男は電話に出る。


「私だ。……やはりか。いや、もういい。メンバーの体調は?……水か。分かった」


知りたかった情報らしきものが飛び込んで来た。ユリウスはキーワードに食らいついた。


「水の話か。ここの水飲んで外に出ると体調が悪くなるって言う……」


「旅人にまで知られちゃ終わりだな。飲むと不老不死になる水だ」


不老不死になる水。そんな物がずっと流れているのか。


「飲み続けなければならないことと、時期に身体の代謝が追いつかなくなって死ぬ、ということを除けば完璧な代物でな。あの神の力を流し込んで生まれたらしい」


「オレ達も死なねぇってことか」


「徐々にここの水を飲む頻度を減らせば問題無い。全く、あの神は何を考えているのか……」


男が深々とため息をついたタイミングで、廊下が途端に騒がしくなる。


『お待ち下さい、現在来客が……』


『良いのです。通しなさい』


「嗅ぎつけてきやがったか」


男は舌打ちすると、ユリウスに視線を遣った。


「静かに出来るか?」


一応商会頭なんだけどなぁ、と溜息をつきながら持って来た荷物の隣に立つ。


「オレを幾つだと思ってんだよ……」


男の目が満足気に歪むと、ノックも無しに青年が入ってくる。


「失礼する。研究チームのリーダーだと伺ったが、間違いありませんか?」


「違いありません。イツァム神官」


イツァム。ミクトリと対にしてシナツの配下。身長は二m近い。青眼に金の髪を持ち、陶器のように透き通った肌を持つ白い軍服を纏った男は異常な存在感を醸し出していた。


部屋を見渡していたイツァムは、男以外に見慣れぬ格好をしたユリウスを見咎める。


「諸君は?」


「しがない相談役だよ。野外調査の武器を調達しに来たんだ」


その説明でな納得しなかったのか、イツァムは頭の先からつま先まで見詰める。途中でレヴィ商会の紋が刻まれたレリーフを見つけると、軍人は顔を綻ばせた。


「レヴィ商会の方ですか。当職非常に商会の武器を気に入っておりまして……」


「そうなのか」


笑えるのか、コイツ。などと思いながら、にわかに早口に捲し立てるイツァムをただ見上げる。


「えぇ。今現在使用しているサーベルも使い勝手がよく、空気の抵抗が無くてですね」


腰に差してあるのは十二式のサーベルだ。実戦向きのもの。


「十二式シリーズは本職の人向けだからな。プロにそう言って貰えると嬉しいよ」


髪と目の色だけで言えば、十分王子様のルックスだ。なのに妙にやつれた感じと堀の深さが人間味を遠ざけている。


「じゃ、入り用だったらいつでも言ってくれ。オレはお暇するよ」


ユリウスは男に手を振って部屋を出ると、廊下を曲がって外に出た。広場のベンチに座り、イヤホンを耳に指す。


「さぁて。何が聞けるかな」


荷物にしかけていた盗聴器。雑音の後にイツァムの声が聞こえた。


「諸君の専門は野外調査の必要は無かったと記憶しておりましたが」


「病理は環境からとも言いますからね。生まれ育った環境を客観的に見ることは非常に重要なことです」


少し早口になった男は、イツァムの用を急き立てる。


「さて、神官殿。御用とは?」


「近々諸国から研究者達が訪れます。諸々の準備を、貴方にお願いしたく」


「はぁ。接待をせよと?」


男の声には不満と不信が籠っていた。


「場を設けますので、代表でお話をして頂ければと思っています」


「構いませんが、来訪の研究チームが専門外なら力になれませんね。話しても意味が無いといったところか」


「良いのです。世間話で場をつないで下さい」


淡々としたイツァムの言葉に、男は問う。


「目的は?」


「この国の科学力を飛躍させる為ですよ」


「こう言ってはアレですが……何の為に?当院の患者が減りつつあるのは貴方もご存知でしょう」


男は一気に捲したてる。


「それだけではありません。託宣だと言われていた天気予報も百年近く前に確立し、我らはドームを作ることで天気すら操れるようになった。今や操作権をシナツ様に預けているだけの始末」


「呼ぶのは電気工学系の研究者達です。百名ほど。アカンティラに伴って来訪の手筈になっています」


男のシナツに対する名誉毀損と言っても過言では無いくらいの言葉に、神官は淡々と答えた。


「貴方にはっきりと申し上げて良いのかは分かりませんが、やはり……」


「何体もシナツ様を創るのですよ」


神官の言葉にユリウスは目を見開く。


「さすればシナツ様の威光も、我が国の科学技術も示すことが出来る」


確かにそうだが、それは余りにも……。


「それに、貴方が今研究している水にも関係のある話です。あれは──」


来た、と思った瞬間にイツァムは言葉を切った。


「失礼、急用を思い出しました。突然来てすみませんが失礼します」


良いところで切り上げて帰りやがった。はぁ、とユリウスはため息をつくと欠伸を一つして先程の応接室へ向かう。


「悪ィい、忘れもんしたから取りに来た」


「小僧……お前な、悪戯が過ぎるぞ」


「何の話だ?」


「しらばっくれるな。盗聴器かなんか仕込んでただろ」


男の視線が痛い。向けられた視線は残った荷物に向けられる。


「よく分かったな」


「神官の話の区切りが変だから何かしたのだろうと思ってカマをかけただけだ」


もしこれをダシに脅しをかけるのなら、相応のやり取りが必要だ。荷物にかける手の力が強くなる。が、男が返してきた言葉は呆気ないものだった。


「何をするか知らんが、あまり暴れるなよ」


ふ、とユリウスは口の端に笑みを浮かべる。


「それは出来ない約束だ。生憎オレの連れは破壊神でね」


よく聞いて、動いて、考えて……そうして行った彼女の行動は、一言で表すのなら『破壊』だ。


「良いも悪いもか?」


「そうだな。見境が無い」


「なら良い。好きにしろ」


またまた思ってもみなかった言葉にユリウスは首を傾げる。


「怒んねぇのか?自分の功績が無くなっちまうかもしれねぇんだぞ」


「今お前が使っている武器も、その資材も、全て人間が発見したものだ。この国が更地になった所で、叡智が失われたところで、発見を止めることは出来ない」


男はカップに残った水を飲み干した。


「悪しきが下され、良心だけの世界にすれば良い。また一からやり直すだけだ」


良心だけの世界などなし得ない。きっと、ユリウスも男も分かっている。ただ為せると信じ、積み上げ、作り上げるという行為は、本当に科学者らしくて。ユリウスは笑ってしまった。


「……そうかよ。じゃあな」







ユリウスが白い教会に戻ると、信者と共に飾り付けをしていたロジェが出迎えた。


「お帰り。収穫はあった?」


「医者も言ってたが、最近患者が減ってるらしい。水の力で不老不死になるって睨んでるみたいだ」


何時も通りにテュリーの部屋に入ると、適当な飲み物を選んで喉を湿す。


「しかも、話してたらイツァムが来て、シナツを大量に製造する計画があるんだとよ」


「となると困りますねぇ。アカンティラに狙いを定めてくるでしょう」


「その通り」


「お祭りで叩くしか無いわね」


ロジェは拳を作ってえい、と壁を叩いた。


「八重って巫女をアテにしてか?」


「うん。心苦しいけど」


間違いなく八重を騙す行為だ。だけどもう、選んでいられない。ロジェはしっかりと頷いた。


「あんた達の時代にツォルナはあったか?」


「ありませんね。約百年後くらいにノルテに吸収される予定です」


それならきっと、良心だけの国が実現したのかは知らないが、夢を見る事が出来るだろう。


「……そうか。なら良い」


「どうしたの?」


穏やかな表情を浮かべたユリウスにロジェは首を傾げる。


「何でもねぇ。今日はもう休もうぜ」


祭りの日まで出来ることは何も無い。今は休養する事しか出来ない。ユリウスは部屋戻る為、ロジェは飾りつけをする為に部屋を出た。

迫るアカンティラを用心しつつ眠った三人を他所に、従神達は動き出す。苛烈なバトルが物を言う第百二十三話!

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