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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第七章 夢魘不如意夢境 転移空間
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第百二十話 数多交わるヴォルテックス

シナツの配下が出てきたり、神殿に行って見学したりクインがメンブレしたりするいろいろつめつめな第百二十話!

シナツは全神経を緩めて床にへたりと座り込んだ。無遠慮に扉が開いて、低い声が響く。


「あ?来たのか、あのガキ」


「ひ……あ、あの……」


振り返ると真珠のように透き通った肌を持つ女が立っていた。赤眼に金の短髪を持ち革ジャンを着たその女は、酷く機嫌が悪いらしく部屋を見つめている。


「ミクトリ、あまりシナツを驚かせてはなりません」


隣から宥めたのは、金髪で青い瞳を持ち軍服を着た男、イツァムだった。その言葉にミクトリは取ってつけたような笑みを浮かべる。


「わりぃわりぃ。つい、な。許してくれや」


「シナツよ。当職がおりますれば、あの計画は問題なく進みます」


床に座り込んだままのシナツの手を引っ張って立ち上がらせる。


「そーそー。アンタはぼーっと座ってたら良いんだよ」


「共にデクマ打倒計画を遂行しましょう」


「だから怖がれんのも今のうちかもな」


ニカりと笑うミクトリからは敵意を感じられない。シナツはほっと安堵した。


「あ、ありがと、ございます……」


「つか今日の仕事は?」


「終わ、りました」


「いえ。ミクトリが申しているのはそれではなく」


イツァムが目を細めれば、シナツは更に萎縮する。


「ルシファー様に渡す信仰心は足りてんのかって話だよ」


「ぁ、いや、これを、代わりに……」


シナツは瓶詰めのほのかに光る水を二人に渡した。祭壇に捧げられたこの国全ての信仰心を凝縮させたものだ。


「なんだよすっくねぇな」


「また後で渡してくださるのでしょう?」


「ひゃい、そう、です……はい……」


もう渡せる物なんて残ってない。祭りの日まで何とかやり繰りしなければ。


「じゃあな」


部屋にはまた、シナツだけが残った。どっと疲れが襲いかかる。言い聞かせるように呟いた。


「これ、は……民のため、『ラプラスの魔物』のため、この世界のため……」


全て上手く行けば、あの宙から見下ろす神を下して何もかもが上手くいく。そのはず。だから。


「わたしは……間違ってなんかない……」








科学が発展した国にあっても、信仰は形を変えて残る。それでも、礼拝がしっかりと習慣化しているこの国は珍しい部類に入るだろう。もちろんロジェの様な観光客もいるだろうが、アカルテペには平日にもかかわらず大盛況だった。


列に並んでいる内に水桶が渡され、テュリーはそこに水と花を散らした。


「この水と花は何なんだ?」


「礼拝に必要なものです。こちらへ注いで、手を合わせて下さい」


彼が指差した先には女神の像を構えた巨大な噴水がある。至る所から水が吹き出し、細やかな彫刻を濡らしている神殿は、とても風の神のものとは思えない。両手で水を注ぎ、手を合わせる人々を真似して礼拝を終えた。


「……これで終わり?」


「えぇ。水瓶に注ぐ水は家で一番最初に使う水と決められています。と言っても難しいので、ミネラルウォーターを買う人も多くいますが。花の指定は特にありません」


噴水に落ちた花は皆様々で、彩りは神殿の神秘性をより一層高くしている。きょろきょろとロジェは見渡して問うた。


「シナツ様には会おうと思って会えるわけじゃないのよね?」


「はい。高殿にいらっしゃる時もありますが、基本は裏にいらっしゃることが多いです。直近だとお祭りが来られる可能性が高いかと」


テュリーが指差した先、女神像の上にはバルコニーがある。


「風の祭典 アカンティラと、その夜に行われる新風の夜ってやつだな」


「無理に謁見するならそこですね」


高殿でも祭りでも謁見するのは苦労しそうだ。何とか一人になる機会があれば良いのだけれど。


「それにしても水が沢山あるわね……」


「この神殿の水は水源にもなっているんですよ」


神官が香炉を振り回して水や花から祝福を貰っているのが見える。


「状況は把握したわ。後はミクトリとイツァムのことだけど……」


刹那、場に似合わない叫びが耳を劈く。


「これ以上の立ち入りは禁止されています!」


声のするほうを見ると、一般人を取り押さえる警官の姿が見える。


「くそっ!裏口から回るぞ!」


「待ちなさい!」


「神秘を解き明かす時だ!」


絶対アレヤバい人でしょ。ちらりとロジェはテュリーに視線を送る。


「……そんな目で見ないで下さい。私の信者ではありませんよ」


結局、別の場所から乗り込もうとしていた他のメンバーも警官達に取り押さえられてしおしおと裏側に連行されていくのが見える。


「ツォルナの国民は好奇心旺盛な方が多いので、シナツ神を解き明かしたいという気持ちを持った人でしょう、アレは」


「解き明かしてどうするんだ?」


「もう一度創るんです。……あまり大きい声で言えませんが、シナツ神は老朽化が進んでいるので替えが必要ですから」


これだけの信仰を得ても神霊化することなく、物のまま朽ちていくというのか。それは少し……悲しい話だ。


「……というのは建前の様ですがね」


ぽつりと零した言葉に追求しようと思ったが、その間もなく神殿を出る。


「祭りは二日後です。入り用なものを揃えておかれると良いでしょう」


私は用があるのでこれで、と言うと瞬く間にテュリーは人混みに紛れた。曲がりなりにも軍人だったからか、人を撒くのが上手すぎる。


「さてと。オレは武器の整備でもするよ。アンタは?」


微笑んだユリウスに対してロジェは街を見た。ここ最近移動ばかりだし、観光がてらに聞き込みもアリかもしれない。


「街をぶらつこうかなって」


「そっか。じゃあテュリーんとこでな」


ユリウスの背を見送って、さてどこへ向かおう。伝統を重んじる神殿を見たのだから、この国の科学をまとめた博物館へ向かうのも悪くない。歴史を知れば今の異変の発端を知れるかも。


神殿前に建てられた地図を見ると、路地を歩けば近道の様だ。路地と言ってもまだ日は高いし、人は多い。心配無さそうだ。


色とりどりの建物も見てみたいし、こっちから歩いて行こう。歩き晒された石畳は丸く、足に優しい。ふと背後から声が掛けられた。


「おい。そこの。ちょっと待てや」


やっぱり路地を歩くのは間違いだったかしら。怖いしさっさと逃げよう。絡まれた人には可哀想だし逃げたいところだけど、安全が確保できたら魔法で助けてあげようかな……。


「赤髪の。待てって言ってんだろ」


周りを見渡してみても赤髪は私しかいない。魔法で助けられるのは私だったか……と思いながらロジェは振り返った。


「はい?」


「なれぇか。最近国に入ったネズミってのは。二人って聞いてたが一人ならまぁいい。あ?でも見た目がちげぇな……?」


路地に人が、いない。結界に取り込まれたか。もう二度と路地なんか歩かない。


「何でもいいかぁ!うれはミクトリ!冥土の土産に覚えてくれよなぁ!」


溌剌と笑う女は胸を張って自己紹介する。


「ミクトリ……!あんたが!」


「うれのこと知ってんのか。なら話ははぇーな。来い!死者共!飯の時間だ!」


首にかけていた笛を吹くと、黒曜の双剣を取り出して死霊を纏わせる。切り傷でも負ったら100%厄介だ。ロジェはとにかく距離を取った。


「あぁ?逃げんのかァ?逃がすわけネェよなぁ!」


薙ぐ様にして飛んできた刃を魔法で弾き返すが、一撃が重すぎる。ロジェは叫んだ。


「あんたの正体は分かってる。ルシファーの配下なんでしょ?シナツ様についた理由を教えなさい!」


「あの神が望んだんだよ。うれ達に味方になって欲しいってな」


「何が目的なの?」


「言う訳ねぇだろ」


確かにそう。ただ、パッと見ミクトリは血の気が多そうだ。煽れば何か得られそう。ロジェはとびっきり皮肉な笑みを浮かべた。


「頭が足りなくて作戦が理解出来ないのかしら」


「あぁん!?」


「それとも仲間はずれとか?」


「バカみてぇなこと宣ってんじゃねぇぞクソ……!世界をぶっ潰す作戦だ!」


なにそれ。詳しく聞きたいところだが、挑発は悪い方向に向かった様だ。さっきよりももっとずっと攻撃が重い。


「くっ……!」


【使え】


脳裏に過ぎったその言葉のまま手を伸ばすと、霧に飲まれた杖らしい何かが現れる。あぁきっと、これは神の杖。であれば、やることは一つ。


今は逃げる!


「あぁ?逃げられるわけねーだろぉ!?」


ロジェの心の内を読んだらしく、叫んだミクトリの言葉を無視して少女は浮遊すると、星魔法を全開にした。


どんなエンジンよりも強いそれは、瞬く間にミクトリから遠ざかって行く。彼女は近くに置いていたバイクに足をかけた。のだが。


「速ぇー!あ?エンジンかかんねぇな。んだよ死霊切れかよぉ!」


まだ喚び出すにも時間がかかる。ここまで逃げられたら今から追いつくのは難しい。ミクトリは深々とため息をつくと、バンカーを起動した。コールの後、女は壁にもたれる。


「イツァムぅ。言ってた女に会ったぜ」


『あれだけ止めろと言ったのに、どうして接触するんです!?』


イツァムの叫びにミクトリは顔を顰めた。


「んな怒んなよ。どうせ向こうも祭りん時にヤッてくんだろ?問題ねーよ。戦力も把握出来たしなぁ。聞きてぇか?」


『……はい』


数拍置いて伸びた返事に、ミクトリはくすくすと笑う。


「きしし。なれの素直なとこ嫌いじゃねぇぜ。ありゃルシファー様の言ってた未来の『マクスウェルの悪魔』だな」


バンカーの向こう側では静かに言葉を聞くイツァムがいる。


「戦術眼は確かだが、実力が付いてきてねぇ。今回は取り逃したが、次会ったら殺せる」


バイクの鍵をくるくると回しながら、充填された死霊を詰め込む。


「ま、アイツは一つすんげぇ思い違いしてるんだよなぁ。世界を潰す作戦が進行中だって」


そろそろ動きそうだ。鍵を回す。


「もう完了してんのによぉ」


路地裏を沸かすエンジン音が響いた。



ツォルナ上空。


足元で白んだ国を、ロジェはただ見つめる。いつもと変わらず星魔法の出力はとてつもない。もう少し調節する事が出来れば、戦闘における移動速度がかなり上がること間違い無しだ。


手元に残った霧は、風にあおられて消えた。姿は見えない。


「助けてくれてありがとう。それで……えっと、何これ」


【『マクスウェルの悪魔』の杖だ。まだ完全な姿ではないが、扱いには困らぬだろう】


ぽつり、呟く。


「……私、出来るのかな」


地平線の彼方、日が落ちる。そろそろ戻らないと心配されるだろう。誰に言うこともなく言い訳する。


「何でもない。行きましょう」


ロジェは暖かい風の中降下した。







「はー。やっと聞き込み終わったぁ。つっかれたぁ」


人気のない芝生で寝っ転がり、ぐぅ、と伸びながらザシカは呟いた。クインは隣に座って見下ろしている。


「……本当にこんなこと、意味があるんでしょうか」


「確実には確実をだねぇ。ボクらの集合的無意識だけだとぼんやりしてるし」


「ですが、演算だけでもこの結果に辿り着けました」


「そりゃ結果論ってものよ」


こう言い返せば何か言うだろうと思った片割れの顔色は曇ったままだ。顔を膝に埋めて唸っている。


「クイン?」


「分からない。分からないんです。デクマ様が何を考えているのか」


「ボクらはデクマ様の仰ることをするだけだよ」


あーあー、クインの変なスイッチが入っちゃった。なんでこうメソメソするのか分かんないなぁ。


「それが、分からないんです……!デクマ様が何を考えていらして、何をして欲しいのか」


瞳孔ユニットに搭載された水が頬を濡らしている。やっぱりデクマ様から離れて不安になってるから?


「それは烏滸がましいんじゃないかなぁ」


「じゃあどうしてザシカは淀みなく調査ができているんですか!?」


きぃん、とザシカの耳に言葉がつんざいた。よぉしよぉしとクインの頭を撫でる。


「まぁ私は観測型ユニット搭載だから分かるっていうか。うん、それに……」


にこ、とザシカは笑みを作って見せた。


「我らはデクマ様が用意なされた第八の試練だからね。理由になってるかな、これ」


「ザシカは、不安にならないのですか。裏切ってしまいそうな、こんな気持ちを持たないのですか……?」


裏切りて。えらくまた壮大に出たな。クインってば普段は普通なのに、デクマ様と離れたらこれだもんなぁ。


「持たない。だってデクマ様第一だし。他の拠るところを知らないし」


私だって不安なんだよという言葉を押し込んで、クインをぎゅう、と抱き締める。


「クインはさぁ、考え過ぎなんだよ。考えすぎる割には今回我等が派遣された理由もわかってないし」


「ザシカは、分かるのですか」


翡翠の瞳が視界を射抜く。私もクインも偽物だって分かってるのに、瞳の力は強くて。


「分かるよ。だからあんなに喜んでたんじゃん」


「おしえて、ください……僕にはもう、分からないんです……」


またさめざめと泣き出して、ザシカはため息をついた。


「欲求に素直になれってこと」


こてん、と片割れは首を傾げた。


「クインの本来の役割を思い出してよ。君がどうやって自分を保っているのか。どうしてロジェちゃんが気になるのか」


「教えて下さい……」


……うぐ。上目遣いがあざとい。つい言っちゃいそうになっちゃった。


「やだ。自分で見つけなきゃ意味ないもん」


不安な顔色を見てザシカはため息をついた。デクマ様、やっぱりクインはもうちょっと緩めに作るべきだったと思うよ?反動で強くなる?そうかなぁ……。とにかく話を計画に戻そう。


「でも凄い計画だねぇ。ボクには思いつかないや」


薄っぺらい感想しか出て来なくて、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。


「計画を完了されたらひっくり返されないと思ったんだろうなぁ」


精一杯の笑みを作って隣を見た。


「楽しみだね、クイン」


「……ザシカなんてきらいです」


ぷい、と向こうを向いたクインに、ザシカは叫んだ。


「もう!そういう意地悪いわないのー!」


誰もいなくなった広場に、従神の叫びが木霊した。



ボランティアを通して知った国の異常事態と、明らかにならない異変。そしてシナツの苦悩とは?ロジェがある人物と出会う第百二十一話!

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