第百十九話 近未来のスプレンドール
ツォルナに辿りついたロジェ達は、不穏な予言を言いふらす変わり果てたある人物と出会う。神が現存する国で三つ巴の争いが始まる……!魔法よりも科学が物を言う国の第百十九話!
その都市は、輝きだった。
目の前の大通りには幾つもの店が立ち並び、国内の空調は全てガラスドームによって調節されている。居住区、工場区、商業区によって区画された真ん中に位置する神殿には未だに神がいる。
往来を行く老若男女は好きな格好をして歩き、頭上をホバーが掠める。
その名はツォルナ。王都の東側、高台に位置する科学が跋扈し、神秘と共存する国である。
「『世界で一番発展している科学の国』って言われるだけのことはあるわね」
「見たことねぇ形の風車がぐるぐる回ってる……」
ユリウスの視線の先には風力発電があった。音は無く、ドームに心地良い風を吹かせ、空調を調整しつつ発電する……正に夢の発電所だ。
「んで、何でここに来たんだっけ?」
「お告げがあったから」
「何回聞いても理由が面白いんだよなぁ」
くすくすと笑いながらユリウスは液晶がはめ込まれた板を取り出した。
「にしてもこれ、すげぇよなぁ。関所で支給された……バンカーだっけ?調べ物も支払いも施設への入館も何でも出来るんだろ?」
バンカーと呼ばれたその板は、タッチパネル式で思う様に動く。困ったらこれを使えば良いという究極の便利アイテムだ。
「代わりに全部監視されてるけどね」
「変なことしなけりゃ何もおこんねーし大丈夫だろ」
「問題は私達が変なことする人達ってことよ」
「言われてみれば確かに……ん、これニュースも読めるのか。ふーん」
動きが止まってしまったユリウスの袖を掴んでロジェは口を尖らせた。
「泊まるとこ探しましょうよ」
「野宿でも良いんじゃないか?キャンプ場あるみたいだし」
バンカーで情報を見つけたユリウスはロジェのバンカーにも同じ情報を送る。スクロールすると、料金プランが書かれていた。
「宿とるのと同じくらいお金かかるわよ」
「文明が進化しても物言うのはお金かねぇ。ざっと見た感じ宿は全体的には空いてるから、国を一周してからでも決めるのは遅くないんじゃないか?」
まだ情報が飛んで来た。どういう仕組みなんだろ、これ。ロジェからしてみればスクロール出来て気持ちいいなと感じるものでしかない。
「もう使いこなしてるのね」
「アンタは無理そうだな」
「べ、別に。全部魔法でどうにかなるもん。私の方が機械に比べて便利だし……」
文鎮になろうとしているバンカーを片付けてロジェはむくれた。
「はは!張り合うもんじゃねぇよ。ほら行こうぜ。最初は神殿か?」
「そうよ。この国を治める風の神、シナツ様に会いに行かなくちゃ」
ユリウスは検索ボックスに入力して検索をかけると、ロジェに写真を見せた。
「アカルテペってとこだな。すげぇ綺麗。カラフルだなー」
「シナツ様も彩色豊かだって聞いたわ」
少女神らしいけど、とロジェが呟いた瞬間、通りかかった広場から声が響く。
『我々はこの危機に立ち向かわなければなりません!』
『これは預言ではありません!事実なのです!』
『科学を得た我々が越えられない壁はありません!』
拡声器を伝って響いてくる声は、どれもいやに不穏な空気を纏っている。その割には広場にはたくさんの人がひしめき合っていて、壇上に立つ何人もの人間を見上げていた。
「うわー。神のいる国で不穏な預言者かよ。世も末だな」
壇上に立っている人の中に、水色の髪をした男がいる。なんか知人に似てる気がする。
「悪魔を追っかけてるオレ達が言う言葉じゃねぇけど」
めっちゃ目が合うんだけど。目が合えばますます似てるなぁ。そう、あのお嬢様の、お付のヤツ、に……!?!
「なぁ、どうした?」
「テュル、コワーズ……?」
「知り合いか?」
テュルコワーズの目は完全にロジェを捉えた。厄介事になる前に逃げなきゃ。少女はユリウスの手を掴んで走り出す。
「ヤバいヤバいめっちゃ見てる見てる逃げましょ」
「そこの赤い髪の人!」
変に魔法を使われるよりも恐ろしく強い言葉がロジェの背を指す。振り向けずにただ返事をするしかない。
「……はい」
「演説が終わったら来て貰えますか」
青ざめつつ振り返ったらまた演説が続いている。
「逃げるか?」
ユリウスの言う通り逃げてもいい。だが、こちらとしても彼と情報共有をしておきたいところ。倒すのはその後でも遅くないだろう。
「……戦闘の準備だけしておいて」
広場の隅で十数分も呆けていたら、演説は終わった。中央に立っていた男が近付いてくる。間違いない。テュルコワーズだ。
「お久しぶりです、ロ──」
「今はギルトーなの。そう呼んで」
「ではそのように」
敵意は感じ取られない。一応ユリウスにも紹介しておこうかな。
「この人も未来から来た人よ。『ラプラスの魔物』の一番のお付だったの」
「テュリーとお呼びください」
テュリーは微笑んだ。微笑みにイチャモンをつけてやろうと思ったが、特に悪意は感じられない。
「オレはユリウス。よろしくな、テュリー」
「ここで話すのもなんですし、教会に向かいませんか。敵のアジトということで警戒されるかもしれませんが、敵対する意図はありません」
ロジェとユリウスは視線を合わせた。テュリーは畳み掛ける。
「それに今日の宿も決まっていないのでしょう?拠点があるに越したことは無いと思いますが」
もし何かあっても、今は二対一。勝てはしなくても逃げ切ることは出来る。二人は頷いて、彼の後についた。
そんな人間達を見る影が二つ。屋根の上から広場を覗いていたザシカは少女の姿を見つける。
「お、ロジェちゃん」
「不敬な人間……」
しみじみと呟いたクインに、ザシカはくっついた。
「ロジェちゃんのこと気になるの?なに?恋?」
「馬鹿なことを。考え事です」
デクマ様の言うことは絶対。間違いはない。そう分かっているのに、神殿を出てから考えがまとまらない。
「ふーん。ね、クインの考える顔って若い頃のデクマ様に似てるねぇ」
「何の話ですか?」
「知らないの?アーカイブに残ってるよ」
「気になります。後で確認しておきますね」
使える主の若い頃が気になるのなら、まだ忠誠心は失われていない。きっと、そうだ。
「ザシカは誰似なんですか?」
「私はクインの女の子版だから、一応」
「じゃあザシカもデクマ様似ですね」
無邪気に微笑んだクインに、ザシカは何となく気恥ずかしくなって抱きついた。
「重いです」
「うちら五百キロくらいあるもんね」
「行きましょう。仕事を終わらせなければ」
「えぇ?もうちょっと遊ぼうよぉ」
「ダメです」
忠誠が無くなっている?そんなことは無い。では何なのだろう、この気持ちは。クインは軽く頭を振ると、ザシカの手を引っ張って歩き出した。
教会は純白という言葉で表せる場所だった。
何もかも白。建物も食べ物も人の纏う衣服も、何もかも白い。ただ至る所に咲いた花が散ることも忘れて、部屋に彩りをもたらし虹を作っている。
「綺麗な場所……」
教会にいる人々は三人を見つめて微笑んだり、信者同士で教えを考察したりしている。
「こちらに来てから農園を始めたのですが、花を育てるのも悪くない。良い商売になります」
廊下を抜けるとテュリーの部屋があった。椅子を並べて座るように促す。
「貴方々はどうしてこの国に?」
「探し物をしてる。この国にあるらしいから来たんだ」
なるほど、とテュリーは零した。今度はロジェが聞き返す番だ。
「貴方はどうなの?」
「お嬢様の魔法が発動したあと、時空の波に巻き込まれてここに来ました。『ラプラスの魔物』が失われるのは由々しき事態ですから、ここで布教活動をばと」
本当にこれ以外の理由はありませんよ、と男ははにかむ。ふと彼らの言葉を思い返して問うた。
「シナツ神を追って来たと言いましたね。理由はなんでしょう」
「探し物の一つを神さんが持ってるらしい」
「ある人に頼まれて様子を見に来たって言うのもあるのよ」
テュリーは淹れたハーブティーに口をつけ、二人を見遣る。
「ふむ。最近のシナツ神の行動は腑に落ちないことが多々あります。恐らくそれではないかと」
ユリウスが飲んだのを見て、ロジェもカップに口をつけた。
「シナツ神は臆病な方です。ですから身近に親しい神官すら置かなかったのに、ミクトリとイツァムという素性の知れない者をつけています」
「貴方から見て、彼らはどういう感じなの?」
「神官らしい振る舞いではない、としか。軍人と革ジャンを来た方ですので、神官とは思えません」
なるほどねぇ、とロジェは呟く。
「……もう一個、聞いてもいい?」
「私の知っていることなら何でも」
「始祖たる『ラプラスの魔物』が緊急処置として別の神に業務を委託することって、考えられる?」
デクマの言っていた事は本当だろう。分かっているのに、嘘だと信じたい気持ちがある。
「状況によりますが、今回のお嬢様消失事件ともなれば、始祖様なら間違いなくそうなさるでしょう」
何故ならば、とテュリーは続けた。
「始祖様の目的は『世界の維持』。この一点に着きます」
これはもう少し深く聞いてみる必要がありそうだ。ロジェは今までの顛末を話した。
「って、話なの。信じられないかもしれないけど……」
「人造神の話には信憑性があります。嘘を言っているとは思えません」
空っぽになったカップが三つ、陽の光を浴びて輝いていた。
「貴方が代理でも『マクスウェルの悪魔』を引き継いだのはむかっ腹しかありませんが、それはそれ、これこれ、のれそれ。今は共同戦線といきましょう」
今なんか変なこと言ってなかった?と思うよりも前に、テュリーの振る舞いに疑問がある。
「それにしても凄くハキハキ喋るわね。もうちょっとぼーっとしてたのに」
「お嬢様の魔法の射程範囲から外れたからです」
ヨハンが言ってた、気持ちの悪い魔法。ここまで思考をクリアにさせるなんて思わなかった。
「世界がああなったのは、元はと言えば私が原因ですから。取り戻す手立てはしないといけません」
テュリーはぽそりと呟く。
「……ほんとは世界どうこうとか興味無いんですけどね。でも、こうやって良くも悪くも無垢な人に囲まれたのは初めてで、この生活を守りたいと思います」
「……貴方は……」
思わず口をついて出た二人称に続く言葉はきっとロクでもないものだから。ロジェは息を吐いた。
「ごめんなさい、忘れて」
「そうですか。これである程度貴方々からの信頼は得られたでしょうか」
「ま、諸々に興味無さそうってことは分かった」
だから心配しなくて良さそうだな、とユリウスは続ける。
「ツォルナに滞在中はここを拠点にして下さい」
「結構良い家ね」
「でしょう?信者から巻き上げたか……ご厚意で立てた家です」
「軍隊率いてただけのことはあるわね……」
今巻き上げた金って言わなかったか。……まぁ、夜眠れる場所があるのは良いとこだし、ここは流しておこう。
「信者達に二人のことを調べさせておきます。今日はもうお休み下さい」
「じゃあ、ご厚意に甘えて……」
「寝るかぁ」
陽はまだ高い。高いが、結構疲れた。ロジェは身体から力を抜いて信者達からの案内を待った。
「今日もお疲れ様で御座いました。ごゆるりとお休み下さいませ」
シナツ神の神殿、極彩色で彩られたアカルテペのカーテンが揺れる。部屋の前まで見送りに来た神官にシナツは控えめに頭を下げた。
風に舞う女神の髪は、朝焼けに照らされた霧のよう。白金に橙の光がさざめき、見る者に幻を見せる。纏う極彩色の羽の飾りが着いた衣装は、ひと目で崇高さを知らしめていた。
「は、はい、ありがと、ございます……」
やっぱり神様なんて向いてない。風なんて何もしなくても吹くんだから。部屋に入って、顔を上げた瞬間だった。
「……え……」
「見慣れない果物だー。これ何なの?」
「林檎の亜種らしいです。この国は風が強いでしょう。干からびて甘みが増すそうですよ」
自室の机に陣取るのは、二人の……二柱の神。カゴの中に置かれた林檎を拾い上げて日に透かしている。
「ふーん。しわしわの林檎からとは思えない信仰の味だねぇ」
ザシカが触れる度、果物からシナツに捧げられるはずだった信仰が消えて行く。
「あ、シナツちゃん。今日も一日お疲れ様ぁ」
「な、なんで、こんなとこ、に……」
「大事なことを忘れていませんか?挨拶ですよ、挨拶」
ニッコリ微笑んだクインに怯えて、シナツは慌てて膝を着いた。
「す、すみません!お許しを……!」
「おー、良い土下座っぷり!他の人が見たらどう思うんだろなぁ〜」
「静かにしないといけませんね」
くすくすと残酷に笑う従神は、ただ愉しそうにシナツを見下ろしている。過ぎるのは宙の神殿の主。
「あの、それで、どうして……」
「シナツちゃんが元気にしてるか見に来たんだよ〜。相変わらず元気そうで良かった。ね?」
「最近シナツ神にお友達が出来たと伺いまして、デクマ様が大層お喜びになりましたので、こうしてご挨拶に来たのです」
ああ。あの神は気付いている。最近出来たあの部下は、ただの部下ではないことを。何もかもを見透かして、どうなるかをただ見ていることを。
「怖がらないでよぉ。喜んでるだけだよ、ボク達」
「我等は喜びを伝える者なので」
「デクマ様は全てをご覧になっているからねぇ」
「我等が遣わされたという事です」
怯えた表情を浮かべたシナツを、ただ従神達は見ている。
「ぁ、いや、わた、し……」
「私達は観光してこよっかなぁ」
「僕、あのふわふわのパンみたいなアイスが食べたいです」
「仕事がどうとかって言ってなかったっけ?」
目の前の従神達は、二柱なのに。ただ揺らぐ。揺らいだ精神を持っている。それは彼らが人の集合的無意識をデータとして持っているから。
それならば、彼らが甚振る様に遊ぶのは、民達がそのような感情を向けているのではないか。わた、しに……?
「あのっ……」
顔を上げた頃にはもう従神は居なかった。ただ空いた窓があるだけ。
シナツの配下が出てきたり、神殿に行って見学したりクインがメンブレしたりするいろいろつめつめな第百二十話!