第百十八話 神がもたらす緊急処置
ヴルカンと共に偽ヴルカンを追い詰めた二人は、起こした災害を食い止めるために必死に抵抗する。そしてヴルカンから明かされる青い本についての真実とは?新しい国へ向かう第百十八話。
「山頂?何でさ」
ユリウスは首を傾げた。
『上に調整室がある。破壊するつもりだろう』
ヴルカンは膝を折って二人へと告げた。
『私に乗りなさい。舌を噛まないように』
そそくさと虎の背に乗ると、ヴルカンはロケットスタートをかました。どうこう思う間もなく崖を蹴り、遊ぶ様に溶岩を蹴散らしていく。
最下層にいた一行はすぐさま頂上の火口付近に降り立った。気休め程度に低木が生えていて、落ちている石はどれも大きい。ユリウスは頭を抱えた。
「め、目眩がする……」
ロジェもしばらくぼんやりしていたが、ヴルカンは歩みを止めない。必死に駆け寄ると調整室の前に立つ偽ヴルカンの姿が見える。
「見つけたわ。今度こそ逃がさないわよ」
ロジェは戦闘態勢に入る。偽ヴルカンはいやらしく目を細めた。
『人の世に生き残った愚か者めが。奴らは最早お前など必要としていないというのに』
『そうだな。それがどうした』
細めていた目が僅かに動く。
『お前は一つ勘違いをしている。必要とされなくなったのなら、好きな場所へ行けばいい。誰もお前を咎めはしない』
『機械人形如きが何を言う。所詮は結果論だ』
目眩の苦しみを一通り乗り越えたユリウスはふらつきながら近くの石に手を付いた。
「ふー、やれやれ……ん?あいつ、悪魔じゃないぞ。気配がない」
「え?」
偽ヴルカンが笑みを深めたのと同時に、山が激しく揺れた。
『あぁ。そこな人間共は分かるのか』
上下に激しく揺れる雷の様な地響きと同時に、妄執の魔物は大きく叫ぶ。
『我はルシファーの責務を終えた!間もなくこの火山は噴火し、この国諸共滅ぶ!』
調整室の前から駆け出した獣は、火口へと身を投げた。
『ハハハハハ!目の前で愛した者を奪われる苦しみを味わうと良い!』
腹の底から笑い倒したその声は遠ざかって行く。ばしゃん、と何か落ちた音が聞こえたような気がした。ヴルカンは深く息を吐いた。
『ここから落ちれば私も助かるまい』
「マジかよ……アイツ好きな事して好きな様に死んで行ったぞ」
「それだけ聞くと幸福な人生のように思うのだけれど。とんだ迷惑だわ」
ガス臭に気付いたロジェはすぐさま全員に結界を貼った。地震もさっきから止まらない。噴火するのは時間の問題だろう。
「ともかく逃げましょう。村の人達に声をかけなきゃ」
『間に合わぬな』
大地がひび割れる音が聞こえると、マグマが噴出するのが見える。嗚呼、あれが血の川か。ヴルカンは目を伏せて真剣に考えている様だったが答えは出ない。業を煮やしたロジェはユリウスへ問うた。
「ユリウス、あんたの力で守れる?」
「出来なくは無いが、もって数秒だぞ。溶岩とか火砕流には耐えられない。範囲も広大だし」
「私がいるから止まるのよ。ともかくあんたはアレやって!」
「分かったよ。見とけよ……!」
ユリウスはロジェの前に立つと右手を差し出した。透明化した肌は配線を写し、エネルギーの本流を示す。
「これはかつて語られた物語。魔法なき魔法。承認なき承認」
浮かび上がったキューブはユリウスの思考を元に、村と人々に幾つもの結界を作っていく。
「発動!《封盾《L-REGALIA》》──十三番目の王の鎧》!」
発生したプラズマは容量を超えて少年の頬を切る。
「今だ!やれ!」
「了解!天地創造の御業、御照覧あれ!」
ロジェは地面に手を着いた。こうは啖呵を切ったものの、大地をいじる魔法はあまり得意ではない。とは思うものの、そうは言ってられない。
浸透させた魔力は星の核まで届き、腕を震わす力が帰ってくる。大地は人と神の住む場所。地は天の管轄ならば、こう唱えるしか無いだろう。
「之なるは大地の鳴動、天地仇なす暴虐。星は地に、脈なる血は空に。生命は芥と知れ!発動せよ『天地開闢・似』!」
大地はもっと激しく揺れて、大地の力は更に帰ってきて、それで──
「……まさかこんなことになるなんてねぇ……」
温泉が、出来た。
「良いじゃねぇか。気持ちいいし」
「そーねー……」
ロジェが考えたのは『噴火を止める方法』ではなく、『噴火させた火山をどうにかする方法』だった。ガスは手早く魔法で切り取り、吹き出すマグマを逃がす為に火山の周りに溝を作った。
これで溶岩が溜まって終わる──と考えていたら、村一つはありそうな間欠泉が吹き出して溝にお湯を貯めた。つまるところ、温泉である。
ロジェとユリウスだけでなく、村の人々も水着を着てぷかぷかと浮き輪に浮いている。ロジェは目を伏せて森に帰る前のヴルカンに問うた時のことを思い出していた。
『聞きたい事というのは、大方その本のことだろう』
「そうよ。これは何?」
ロジェはあの青く金属張りされた本を見せた。
『それはあの御方の設計書だ』
「せ……設計書……つく、創られたの!?アレが!?」
いやまぁ、人造神と言われているのだから間違いなくそうなのだけれど。製作者の顔が見てみたいものだ。
『我らは人造神なれば、全て創られたものだ』
「あ、あぁごめん、知ってたけど……でも……その……ロボットなわけよね。夢に介入出来るの?」
『あの御方は成り立ちが特殊でな。人間と遜色ない完璧な人造存在であり、信仰によって最高神にまで上り詰めた方だ。力だけで言えば神代の神々と変わりない』
それも知ってる。全部言ってたし。慌てて余計なことを聞いてしまった。とにかく知りたいのはこの本だ。
「え……で、これを書いた人、は……もちろん、製作者なのよね?」
左様、とヴルカンは頷いた。
『あの御方の製作者が書いたものだが……それ以外は殆ど、ある者が書いている』
嫌な予感がする。設計書たるこの本を自由に動かし、偶然を装った必然にロジェの前に置いた者。
『会っているはずだぞ。その本の作者に。その天鵞絨と同じ色の瞳を持つ男にな』
脳裏に浮かんだのはあの神。当然のように玉座に座り、ただ視る者。
「……中には何が書かれているの」
『あの御方の弱点が書いてある』
ロジェは静かに首を傾げた。
『普通に戦ってもあの御方には勝てぬ。挑む者には同等の力が無ければな』
「なる、ほど?昔から何かの理由で戦っていた人がいたのね?」
『……なるほど、知らぬのか。仕方あるまい。世界がこんな調子なのだからな。』
またまた少女は首を傾げる。ヴルカンは爪を出して地面を掻いた。
『『マクスウェルの悪魔』を引き継ぐ条件は、あれらに見初められることだ。だが、完璧な力を受け継ぐには試練が必要でな』
しれん。初めて聞いた言葉だ。長らく引き継ぐ条件は分からずじまいになっていたけど……。
『それは『ラプラスの魔物』を倒すこと。力試しのようなもので、要求されることはほとんど無い』
『マクスウェルの悪魔』を承継したのは農民の時もあった。人外を倒すことは求めないだろう。それに何より、
「今の世界には『ラプラスの魔物』がいない」
『故に、いざと言う時の為、君達の太祖は緊急処置を施した。『ラプラスの魔物』がいないのであれば、代わりになる最高神が必要だとな』
……この本は偶然を装った必然でよこされたものでは無い。私が、呼び寄せた、呼び寄せてしまった。
『最高神 デクマを倒さねば、真なる『マクスウェルの悪魔』にはなれない。それが君の求めるものかどうかは知らないが……そうであるのなら、武運を祈る』
ロジェは伏せていた目を上げた。ぷかぷかと揺れる浮き輪が楽しくて、誤魔化す気持ちで揺らす。ぷはぁ、と顔を上げたユリウスは言った。
「つか悪魔はどうなったんだ。結局無駄足だってことか?」
「まぁ……そうね」
「マジかよぉ……」
偽ヴルカンは『ルシファーの責務を終えた』と言っていた。悪魔の気配もなかった。悪魔が消滅してどっか言ったというより、逃げたと考えるのが順当だろう。気を落としていたユリウスは無理やり笑顔を作る。
「ぐずっても仕方ねぇ。オレも調べるよ。とにかく今はザブザブ泳ごうぜ!」
「温泉は泳ぐ場所じゃな……」
辺りを見回すと人々が好き勝手に泳いでは笑っている。ぷかりぷかりと浮かぶ浮き輪は、温泉には相応しくない、
「……まぁ、流れるプールみたいなものかな、これ」
ロジェは微笑んで、温泉から見える地平線を眺めた。
「ん……」
ぐらり。頭が、視界が揺れる。あの後お風呂に入りすぎて疲れて眠った。そう、だからこうして視界が揺れるなんて意識があるのはおかしいのだけれど。
「起きるのが早くなったねぇ」
「仮にも代理なだけはあります」
ザシカとクインが顔を見上げてきたということは、あの忌まわしい神殿にいるということで。ロジェは頭を抑えながらデクマを睨んだ。
「……今日は何の用事?」
「ヴルカンを解決したことを褒めてやろうと思ってな」
「デクマ様が褒めるなんてめっずらし〜!」
「過ぎたる光栄ですよ」
楽しそうにはしゃぐ従神を見て苛立ちは募る。
「はぁ?あんたが騙しただけでしょ」
止まらない言葉は喉をついて出た。
「排除なんて必要なかった!ヴルカンは温厚な神だったのよ!話せば分かる相手だったわ、最初から」
その言葉に、場の空気がぴたりと凍る。
だが。
「───ッ、ふふ、ふ……」
玉座の上。神であるはずのデクマが、指を口元に添えたまま、肩を揺らして笑っていた。
「騙す、か……良い言葉だな。そうだ、我は貴様を……“欺いた”」
とても愉しそうな声だった。愉しそうで、愉しそうで、愉しそうで、本気で楽しそうな、神の声音。
その横で、ザシカがパチパチと拍手を打つ。
「あははっ!ロジェちゃんってば恐れ知らずにも程があるよぉ!」
クインは溜息をつきながら、けれども口元にうっすらと笑みを浮かべている。
「……愚か者は信じ、賢者は疑う。貴女はそのどちらでもなかっただけのことです」
続けて不服そうにクインは言う。
「我らに言質を取ろうなどと。そも、神に道理を求めたのが間違いでしょう?」
そしてまた、デクマが玉座から立ち上がる。
ロジェの目の前まで、ゆっくりと歩み寄って──
「して、“騙された”貴様は、我に何を望む?」
声は甘く、表情は楽しげで、瞳はどこか優しげだった。ロジェが何も言えず黙り込むと、さらにデクマは囁くように。
「我を責めるか。では責めよ。貴様の怒りも、悲しみも、苛立ちも、失望も……。全てを受け止めてやろう。“面白い”からな?」
「あんた、何の権利があってそんなこと言ってるの!それじゃ、まるで……」
あぁ、そうだ。ヴルカンから嫌という程聞いたのに。笑みは絶やさず、神は続ける。
「ここまで来ると道化だな。その身をもって知っているのだろう?今の貴様等の世界には世界を治める神がおらんのだぞ」
「そーそー、デクマ様が一番偉いんだからなぁ?」
「最初から申し上げていますが、敬意を持つべきかと」
「そん、なこと……」
「起きたのならツォルナへ行け」
ロジェの否定を無視して玉座に座ったデクマは、息を吐いて告げた。
「そこにシナツという風の神がいる。好きなようにするといい」
好きなように。対話?戦闘?それを示していて、腹立たしい。それに何より、
「……ヨハンの骨が、あるのね……」
その事実が妬ましい。
「望むものが得られるでしょう」
「ちょっと難しい話しすぎちゃったねぇ。寝た方がいいんじゃない?」
抵抗する意思は起きなかった。ただ息を吐いて、睡魔を享受する。パスが切れた少女の精神は糸の様に消えていく。気配が消え去ったあと、デクマは口を開いた。
「お前達」
「はぁい」
「なんなりと」
「小娘の後を追ってツォルナに行け」
デクマの言葉にザシカは目を輝かせた。
「やったー!ひっさしぶりの地上だぁ!」
「ご命令はそれだけですか?」
クインの問いにデクマは淡々と返した。
「好きにして構わん」
「ねぇねぇクイン〜!ツォルナ名物制覇しようよ!」
クインはふと玉座に目を遣ると、そこにはもう誰もいなかった。全てを見通す方だから、こんなことを言うこともご存知なのだろうが。ただ一つの疑念がある。
「……デクマ様は何を考えていらっしゃるのだろう」
「別にそんなこと考えなくて良いじゃん。あの国の神様に会うの久しぶりだなぁ」
どこからともなくザシカはキャリーバッグを取り出した。いらないでしょ、そんなの。クインは心の中で悪態をつく。
「陰気臭い方だった記憶があります」
「陰気臭いっていうか、常に怯えてるっていうか……ボクらが行ったら驚くんじゃない?」
「まともに動けるかどうかも怪しいですね」
「きゃはは!ほーんとどうなるか楽しみだなぁ!」
クインはふぅと溜息をつき、宙に浮かびあがった。ザシカもバッグをぶんぶん振り回しながら後に続く。
「じゃ、行こっか!」
「エスコートしましょうか」
二人の姿が光の帯となって、神殿の外へ消えていった。
ツォルナに辿りついたロジェ達は、不穏な予言を言いふらす変わり果てたある人物と出会う。神が現存する国で三つ巴の争いが始まる……!魔法よりも科学が物を言う国の第百十九話!