第113話 時空のオクルス
『王権』の秘密を明かしたユリウスは、ロジェと共に研究所を調べる。そこで発見した本は新たな秘密を宿していて……?新キャラ登場な第百十三話!
「王権?」
「超古代文明は十三人の王によって治められたんだ。十三人目の王は守護王と呼ばれた」
ユリウスはロジェの前に立つと右手を差し出した。むき出しになった手は機械の配線が張り巡らされ、コアからはキューブが浮かび上がる。
「これはかつて語られた物語。魔法なき魔法。承認なき承認」
キューブは言葉を受け取るとユリウスの全身を伝って力の流れを記していく。飛び上がった粒子が幾何学的なパターンを描き始め、セラフィーネを捕らえた。彼女の放った攻撃はすぐさま姿を消す。
「発動!《封盾《L-REGALIA》》──十三番目の王の鎧》!」
捕らわれた人造神は捕らわれた事ではなくユリウスの力を見て目を見開いている。
「それは、ワタクシ達と同じ……!」
ユリウスは最早彼女に攻撃が出来ないと悟ると叫んだ。
「ロジェ!今だ!」
『ヴァンクール』が無くなってから初めての発動。手に汗を握りながらロジェは叫んだ。
「星は全ての人の上にあるもの。導き、破壊するものよ。数多の時空を超え、星辰の導きに従って進むべき道を示し、天命はこれを持って進め。運命と時は神の上にあらず、常に人の上にあらんことを。固有魔法『終焉もたらす弥終の凶星』!」
前よりも威力が増した白磁の光線がセラフィーネを貫いて粉砕した。粉々になった人造神の破片が引き裂かれた蜂のように落ちてくる。
「ここも長くない。さっさと探索してトンズラしようぜ」
ロジェが頷くよりも早くユリウスは手を取って走り出す。広間から出た途端天井が完全に落ちた。同時に電気も落ちる。
「何とか助かったな……いやぁ凄かったなぁ、アンタの魔法。オレなんて大したことねぇよ」
あははぁ、と誤魔化した笑いを浮かべたユリウスは、今だに静かに蹲っているロジェを不安そうに見つめている。
「……るの」
「え?」
「アレどうなってるの!?なんか身体も機械っぽかったし!でも人間だよね?凄いなぁ……!いろいろ聞かせてよ〜!」
いきなり顔を上げてキラッキラの笑みを向けられた少年は顔を強ばらせた。
「え、えぇ……」
引き攣ったユリウスの顔を見てロジェは一つ咳払いをして手帳とペンを取り出した。その目は爛々としていて、彼を質問攻めで殺そうとしている。
「あぁ、ごめんなさい。私ったらはしたないわ。でも凄くびっくりしちゃった。とっても興味がそそられるわ。早速なんだけど──」
「ちょーっと待て。質問には一個一個答えるからさ、ゆっくり行こうぜ?な?」
「答えてくれるのね?もう百個くらい思いついちゃった!」
ぞぉっとする数にユリウスは頭を抱えた。拒絶されるよりは良いが、ここまで受け入れられるのも厄介だ。
「ある程度話すからその後質問してくれると助かる……どっから話すかねぇ。時系列順に行こう」
頭の中で幾つか順番を考えながら、ユリウスは緩やかに話す。
「アンタが調査してる超古代文明にも、もちろん王がいた。十三人の王達が世界を治めてたんだ。それぞれ特技があって、十三人目の王は守護王って呼ばれた」
残像になるようなスピードでメモを書きまくるロジェの姿を信じられないような目で見ることしか出来ない。
「一応だけど、レヴィ家は守護王の末裔だって言われてる」
「そんなこと初めて聞いたわ」
普通の貴族だと思ってた、とロジェは呟くとユリウスもそれに同意する。
「だろうな。オレも信じてない。今この世界で生きている人間は超古代文明の生き残りばっかりだし、末裔だからって言ってどうとなるもんでもないしな……」
ユリウスはさっきと同じ様に腕を上げると、キューブを見せた。ただの電脳体ではない。ネジや歯車が蠢いている。人が物理的に作り出した物のようだ。
「んで、このキカイは守護王が使ってたもんだ。一瞬だけ空間に存在する物理攻撃を無効化する」
「もう全部それでいいんじゃ……?」
展開してキュッとしてドッカーンだったから、ロジェが変に魔法を使うよりも強そうだ。
「一回使うと三時間は使えないし、これももうあと数回で壊れる。だから使い続けるのは難しい」
キューブは微かに動きを止めるとまた動く。間もなく壊れるというのは嘘では無いらしい。
「で、オレの身体だな」
「人間……なのよね」
ユリウスは服を捲り上げると腹部を見せた。刹那、肌が透明になり赤く血を吸い上げる水晶の骨が見える。
「なにそれ……」
「オレは生きている機械人形。カルシウムと鉄鋼の互換性を持つ。寿命や耐久性は人間と変わらないけど、諸能力の向上は著しい」
一際薄明色に輝く心臓は、必死に血液を運んでいる。服を戻して儚げに笑った。
「よく言われるんだよ。武器商を営むレヴィ家の『最高傑作』だってな」
「じゃあ、セラフィーネ達とは違うのね」
「アンタの言う話が本当なら、アレは人間を超えたそれらしい振る舞いをする機械人形だ。オレは人間でもあり機械でもある」
ペンを忙しなく動かすロジェを見て、ユリウスは気さくに笑った。
「さ、アンタの話も教えてくれ。さっき言いかけてただろ?マク、って」
「それは、その、えーっと……あの、弁当の!」
「それ幕の内弁当」
「悪い人が集まる場所、あるじゃない?」
「それ魔窟」
「ほ、ほら……神様に会って罪を悔いた人……」
「それマグラダのマリア。濁点ついてんぞ」
「んーーっと、将軍が主君を暗殺したヤツ……」
「それマクベスな」
「……詳しいのね?」
次は何を言おうかしらと考えているロジェにユリウスは叫んだ。
「ボケてたんじゃねぇのかよ!」
息を詰めて話をしていたのがバカみたいだ。ユリウスは胸に貯めていた酸素を吐き出した。
「そんな隠さなきゃなんねぇことなのかい?」
「聞かれたくないことって、あるじゃない」
「そうだな。分かるよ。けどな、オレだって引き返せねぇ秘密を話したんだ。話せよ」
語気が強い。彼の気に障るのもごもっともな状況だ。
「うぐぅ……。それを言われたら確かに……その通りだわ」
いい加減黙っていられない。途方に暮れたロジェは渋々口を開いた。
「私は、未来から来た『マクスウェルの悪魔』なの。仮だけど」
「『マクスウェルの悪魔』って、あの?」
そうよ、とだけロジェは返した。ユリウスは考えながら呟く。
「仮ってのが気になるな」
「なるつもりが無いもの。暫くの間代理として立っているだけよ」
なるべく淡々と伝えたつもりだった。ユリウスは呑気に言う。
「向いてそうだけどなぁ」
「馬鹿言わないで。最高神なんて気軽になれるものじゃないの」
いつの間にか強くなった口調に気付いて恥ずかしさから目を逸らすも、彼は特に気にしていないようだ。
「アンタは人の為に命張れるやつだし。あんま居ねぇよ、そういうの」
「……もっと相応しい人がいるわ」
堂々巡りになりそうな会話の予感を察して、ユリウスは廊下の戸棚に仕舞われたファイルの山に触れた。
「さっさと探索してこんな所からおさらばしようぜ。にしてもすげぇ資料だな……ええっと……?何も読めねぇ……」
ロジェに資料を差し出してユリウスは笑う。
「アンタは読めるのか?」
「うん。ここは……セラフィーネの孵化器だったみたい」
ロジェは文字列をなぞりながらすらすらと淀みなく読み上げる。
「『戦争等に駆り出されることが多かった 遣い セラフィーネのサイクルを早める為、この施設は建てられた』……って書いてあるわ」
「へぇ。無駄な事するねぇ。ただ産むってんならあんな揺籃みてぇなことする必要無いのに」
何だこれ、とユリウスが手に取ったのはファイルだらけの棚には似合わない本だった。青い天鵞絨に金属張りの豪華な装飾には船の飾りがついていて、航路ごとに動かせる仕組みになっている。
「何だよ。絵付きの本じゃねぇのかよ」
絵本だったら読めそうだったのになぁ、と呟くユリウスから受け取った本は、何万年もここに置かれたとは思えない美しさだ。
「何て書いてあるんだ?」
本を開けようと思ったら何かが引っかかっている。小口に指を入れようとしたら何かにかち当たった。錠だ。どれも美しい装飾をされている。
「開かない」
「これをいじれば開くのかね」
二人がガチャガチャと触れば、一個の錠前が吹っ飛んでいった。少女が拾い上げたそれは、薄衣を着た女性が花を咲かせながら踊るレリーフだった。
「一個外れたな。……ん。なんかあるぜ」
戸棚の奥に煌々と輝く何かがある。ユリウスはその二つをロジェに渡した。
「指導者と聖女……かな」
指導者のレリーフは、背後のビル群の前に大きく手を広げ、伸びて称える手に笑いかけている。聖女のレリーフは、壊れる宇宙船の前で屈託なく笑っている。……この情景のどれもに見覚えがある。
「これ、対応してるんだわ。人造神を倒すと錠が外れる……」
さっきロジェとユリウスが乱暴に外したあのレリーフはセラフィーネのものだったのか。
「魔力は無い……魔導書の類では無さそうね」
ひょいっ、と少年は本を取りあげた。振ったり軽く叩いたりしても何も変わらない。が、一つ妙な点がある。ユリウスは本に耳を当てた。
「機械もんじゃねぇのか。カチャカチャ音がする」
「鍵が擦れてるって感じでは……無いわね」
機械的な音が本の中から聞こえる。時計の様な音。本から耳を離すと、置いてあった隣にあるファイルが目に入る。
「この横にあるのが……本の説明書かな」
ユリウスは本を抱いたまま、背伸びしてファイルを掴むロジェを見ていた。何とか掴んだ書類を開いて読み上げる。
「なになに……『この本にはタイムマシンの運行方法が記載されている。製作者は不明。我々が設計したタイムマシンの記載が詳細に記述されていることから、内部の研究員が関わったものとして現在調査中』」
視線で文字の羅列を追うロジェは顔を顰めた。急かすように覗き込んだユリウスに答えて少女は言う。
「……『突如発生したこの本を発見すると同時に、我々が観測出来る量子界外に膨大なエネルギー体を発見した。関係があると見て調査中』」
「で、調査は終わらなかったと」
「そうみたいね」
ぐらり、大きく施設が揺れる。直ぐに倒壊はしないだろうが逃げた方が良いだろう。
「ここは保存魔法をかけておくわ。これを持って出ましょう」
「両方持つよ。これ結構重てぇしな」
視界にあの孵卵器が見える。産まれ、癒し、食われた同一の存在達。神の遣いと崇められたその末路は真性の天使に屠られることだったのなら、セラフィーネは報われたのだろうか。
「早く行こうぜ」
ユリウスの声に応じて、ロジェは歩き始めた。
無音の世界。それが真空だ。示す場所は宇宙。神殿の中。壮年くらいの男が足を組んで興味深そうに見ている。青玉の瞳にロジェが映った。
「ほぉ……。また面白いのが出て来たな」
低く染み渡る男の声が響く。右側に立つ少女らしき何かは玉座に乗っかりながら言った。
「あぁいう子好きそうだもんね〜」
「こらザシカ。気安く話すんじゃない」
左側に立つ少年らしき何かが、少女らしき何かを遮る。それをひょいと避けて浮かび上がる。
「クインは本当にバカ真面目だねぇ〜」
男はそれを無視してただロジェとユリウスの様子を眺めていた。突発的に現れた特異点達。
「ふむ。未来から来た『マクスウェルの悪魔』か」
「会いに行くの?」
「貴方様が手を煩わせることはありません」
ここは我らが、とザシカと手を繋いだクインは暴れる少女を取り押さえている。男は玉座から立ち上がると空間の狭間を見下ろした。
「……あの小娘には天罰が必要なのだ。人間の癖に出過ぎた真似をする、アレにはな……」
男の言葉を聞いてザシカはきゃっきゃっ、とはしゃぎ始めた。
「おぉ!さっすがぁ!かっくぃっ!」
「ザシカ。本当に黙れ」
クインの声は届かないようで、ザシカは宙にくるくると浮いている。
「震えて待つと良い、小娘。神を目指すという浅はかな目標は我が打ち砕いてやる」
男は歯を見せて現人神を笑う。
「この人造神『デクマ』がな」
次回予告!
厄介な人造神に目をつけられたロジェは、彼の言葉の意味を探ろうとする。そして再び動き出す悪魔の影達。新たな村へ向かう第百十四話!




