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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第六章 人閒如夢擬態船 マリア・ステラ号
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第九十五話 知らせをもたらすラミア

調べを始めたロジェであったが、何をしても進まない現状と刻限に苛立ちが募る。しかし、気分転換で連絡をした相手が意外な情報をもっており……?ノルテのあの人が再び登場な第九十五話!


蓬泉のほとりにしゃがみこむロジェを見ながら、ディンは不思議そうに問うた。


「今日は何をするんですか?」


「水を貰いに来たのよ。サンプル採取」


ディンから借りた水差しにたっぷりと水を汲む。一Lくらいはあるだろうか。


「んー。こんくらいでいいかな……こういうことした事ないから全然わかんない」


「細かく分けた方がいいですね。どのような実験をするおつもりで?」


「魔力が通っていないのは分かってるけど、改めてそれを調査して……あとは流れ込んでる河川の調査かな」


瞳の色が変わる泉を調査するのであれば、やはり水の検査をしていくことが重要だろう。ロジェの話を聞きながらディンはメモを取った。


「ふむふむ。なるほど」


「あ。私も書かれるんだ」


「来られてからずっと書いてましたよ。僕の気持ち悪い部分を見たのでもう隠さなくていいかなって」


「気持ち悪くなってる自覚はあるんだ」


「それはさておき。この周辺の地理ならお任せ下さい。最新版の地図が一揃い家にありますので」


ロジェの発言をさらっとディンは流すと、また泉に聞き馴染みのある声がする。


「また来ていたのか」


慧昊だ。軽く挨拶をして、ロジェは心に秘めていた言葉を紡ぐ。


「あの……これ、私が飲めばどうなるんですか」


「ロジェさん……!」


発言の重さを理解していないロジェをディンは制するが、慧昊は気にしていない様子だった。


「構わん。飲んでも貴君の姿が変じることはない」


確信した。慧昊は確実に何かを知っている。問題はそれをどう引き出すかだ。部外者が飲んでも効果が無いのだろうか。いや、それは違う。旅人の子である李苑が例だ。もしかしたら何かしらの体質があるのだろうか。それなら。


「慧昊様もお飲みになったことがあるのですか」


「さぁ。どうだかな」


それでは、と慧昊は言ってまた屋敷に戻っていく。残されたのは気落ちしたロジェだけだった。


「はぐらかされちゃった」


「はぁ。もう僕ひやひやしましたよ。飲むとか言うから……」


「そんなにまずいことだった?」


「上手く説明出来ませんが……長老達が武器を持って殴りに来るくらいにはヤバい発言かと」


踏み入ってはならない領域に踏み入ってしまったようだ。ロジェは素直に謝った。


「ごめん。それは気をつける」


ロジェはディンから手渡された十本の試験管に丁寧に水を移し替え始めた。


「儀式はどんな風にするの?」


「梅雨が明けて雨が十日降らなかった日に儀式は行われます。皆めかしこんで列を成すんです」


「ディンはしたことあるのよね?」


「ありません。儀式に参加出来るのは二つ目の人だけですから。それに当主となると里の記録をつけられません」


「ふぅん……」


九本目。これで綺麗に分けられただろう。採取場所とラベルを貼って完成だ。


「やーーっとできた!さ、帰ろ帰ろ!今日は暑いわねー!」


「家に帰ったら桃のジュースを出しましょうか」


「ほんと?いいの?ありがとうー!」


ぎゅう、と抱きついたロジェに、ディンは叫んだ。


「あぁもう!あつい、です!」









「だめだぁぁぁ……全然ずぅぇずぅぇん分からない……んんんんん……」


朝、水を汲んで。そっからずっとこの調子。真夜中、部屋の中で漫然としない結果にロジェは悲鳴をあげた。していないのは生体検査くらい。自分自身で一本飲んでみたが、本当に普通の水だ。


一瞬ディンに飲ませることを思いついた。が、それは彼らで言うところの最高の無礼に当たるのだろうし、何より生体実験は危険が伴う。持つべきものは不老不死の師匠よね。早くヨハン起きてよぉ。


ロジェは試験管をくるくると回しながら、眉を寄せた。何度やっても結果は同じ。ただの水。それ以上でもそれ以下でもない。


「うぅーん……本当にただの水……なの?」


そんなはずはない、とロジェは首を振る。あの泉はただの湧水なんかじゃない。飲めば瞳が変わる水。何かしら絶対にあるはずなのに。


机の上に並べた試験管を睨みつけるが、新たな発見は得られない。


「ヨハンならこういうの一瞬で分かるんだろうなぁ……」


ロジェは膨れっ面で頬杖をつく。ヨハンがいれば、「ほら見ろ、やっぱり君の観察力は甘いな」とか何とか偉そうに言いながら、涼しい顔で正体を暴いていただろう。


「……ま、今はいないものは仕方ないか」


ぼやきながら、ロジェはふと視線を上げた。窓の外には、夕闇の静寂に包まれたディンの家の庭が広がっている。風が頬を撫で、ロジェは気持ちよさそうに目を細めた。


「……この水って温度を変えたらどうなるんだろ?」


ひらめいたロジェは、即座に行動に移った。手元の試験管をひとつ手に取り、小さな火を灯す。じわじわと温まる水を見つめながら、どんな変化が現れるのか期待する。


しかし。


「……びっくりするぐらい何も起こらないわね」


ただの水はただの水のまま。湯気を立てながら、何の変哲もなく沸騰し始める。


「こんなのただの水って結果を補強しちゃうだけじゃない」


ロジェはがっくりと肩を落とした。せめて色が変わるとか、泡が怪しく輝くとか、そういうのがあってもいいのに。


「……もうちょっと思考を変えないとダメかな。水じゃなくて泥の方とか?」


彼女は試験管を机に戻し、椅子の背もたれにぐでーっともたれかかった。やめよう。今日はもう無理だ。椅子に座り直す。


この里に来ていろいろ見聞きしたが、景星から見た里のことをまだ知らなかった。他者から見た里のことを知っているのはアイリスだけだ。備え付けのドレッサーの前に座る。契約した瞳に力を入れて、鏡に声をかける。


「……ふぅ。ロージー、聞こえ」


「お呼びですか!?」


「ぎゃっ」


瞬間、アイリスが鏡に頭をぶつける勢いで現れた。どんがらがっしゃん、と激しい音をさせてロジェは椅子から転げ落ちる。居間の方からディンの大丈夫ですかー?という声が届いた。


「だ、大丈夫……!こけただけ……」


ディンに声を返すと、鏡の向こうから心配する声が聞こえる。


「あぁロージー。大丈夫ですか?私ったら興奮してしまって……」


「元気そうで何よりよ」


ロジェは椅子に座り直すと前よりも随分顔色が良くなったアイリスが笑っていた。


「えぇ。とっても元気ですよ。最近はですねぇ、治安が安定しましたからお客様が増えました。お仕事も多くてやり甲斐があります」


「それじゃあ連絡して悪かったわね」


「そんな悲しいこと言わないで下さい!私はロージーと話したかったんですよー!」


「ごめん、ちょっと静かに……」


鏡を抑えながらロジェは言うと、アイリスはけろっとして返した。


「あら。ごめんなさい。サディコさんやヨハンさんはお元気ですか?」


「サディコは寝てるわ。ヨハンは……ちょっと今怪我をしてて休んでる」


ロジェの含みのある言い方にアイリスの元気さは成りを潜めた。


「……何かあったんですね」


「うん。今は月影の里で良くしてもらってるわ」


少し考え込むと、アイリスは恐る恐る口を開いた。


「……なるほど、だいたい分かりました。今回のお話も里関係じゃないですか?」


「理解が早くて助かるわぁ」


「うふふ。でも、私はあまりお役に立てないと思いますよ。景星様から聞いた話しか知りません」


「それが知りたいの。何か言ってなかった?」


アイリスは眉をひそめながら景星の話を必死になって思い出していた。


「うーん……『隠れるにもってこい』ってよく仰っていましたね。大帝様から逃げる時に使うとかなんとか」


「なるほど。それで慧昊と面識があったのか……」


「何か出会いがあったのですね」


耳馴染みのない人名にアイリスは微笑んだ。その微笑みがちょっと怖い。


「あったけど……ちょっと難しいのよ。慧昊って人よ。景星と知り合いなの」


「あの方も顔が広いですからねぇ。やっぱり長く旅をされているだけはあります。どんな方なんですか?」


「私に対しては気難しいんだけど……里の人からは慕われてる。……うん。変わってる」


「どうしてそう思うのですか?」


「だって王都のこと全然知らないんだもん。王立学院のこと知らなかったんだから。浮世離れしてるって感じ。魔法が嫌いな割には精霊にはすごい詳しいし」


ロジェの言葉を聞いて、アイリスはくすくすと微笑んだ。


「あらあら。そんな方がいらっしゃるんですね」


「それに距離感が変なのよね。景星がお仕えしている神様は北極紫微大帝ほっきょくしびたいていじゃない。だけど彼、北紫大公ほくしたいこうって呼んだのよ。仙人かぶれなのかな」


その瞬間、アイリスの瞳が微かに光った。


「……なるほど」


「何よ、その意味深な反応」


「いえ、少し考えていただけです」


アイリスは微笑んだが、その笑みの奥には明らかな確信があった。


「ロジェ、今日はもうお休みになってください」


「えっ、でも……」


「明日の朝には結果が出ています。だから、とりあえず今日はゆっくり休んでください。何だか研究も進んでいないようですし」


アイリスはちらりとロジェの奥を見た。散乱した試験管を見て笑っている。


「……もう、何よその含みのある言い方」


ロジェは頬を膨らませたが、アイリスの表情が変わらないので、仕方なくため息をついた。


「分かったわ。じゃあ、おやすみなさい、アイリス」


「ええ、おやすみなさい」


アイリスは穏やかに微笑み、次の瞬間、鏡の中へと消えていった。


ロジェは再び試験管に視線を落とした。『隠れるにもってこいの場所』か。慧昊は何かから逃れているのだろうか。


慧昊が仙人かぶれだとしたら、景星と知り合いなもの納得だ。だけど……それは今回の事件を引き起こす動機足り得るだろうか?


『ロジェぇ……まだ寝ないの……?』


足元に擦り寄ってきたサディコにロジェは手を伸ばした。


「もう寝るわ」


『ヨハン、もうちょっとで目が覚めそうだよ。ほとんど傷は消えてる』


その言葉に少女は目を見開く。


「そう、なの……!」


『だからもう早く寝ようよ。寝不足だったらなんかあった時困るでしょ』


重いまぶたを抑えるように、ロジェは小さくため息をついた。


「……分かったわ。休まないと進むものも進まないものね」


布団に包まると窓がある。外では遠くの月明かりが庭の木々を淡く照らし、夜の静けさが部屋全体を包んでいた。


うつらうつらしながら、ロジェは今日のことを思い返していた。もし間違った結果を出したら……もし間に合わなかったらどうしよう、と。


主人の気配を察したらしい使い魔は、くるまっている布団に無理くり入ってきた。暖かい。毛に顔を埋めて深く目を瞑る。


刻限まで

あと一日。

アイリスの手引きのまま、秘密を暴き始めるロジェ。慧昊の手助けにより更に彼への疑念を深める。そこで見つけた真実とは。里に大きな変革が訪れる第九十六話!

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