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ラプラスの魔物 Secret Seekers  作者: お花
第六章 人閒如夢擬態船 マリア・ステラ号
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第九十三話 月のイントリキット

ディンと共に月影の里を歩くロジェは、里の成り立ちと現状を知る。しかし、のどかで平穏な里にディンを呼ぶ鋭い声が響いた。里を治める当主の謎を暴く第一歩な第九十三話!

ロジェは朝の光を浴びながら静かな里を歩いていた。ディン・シーの案内のもと、木々の間に隠れるように広がる集落を見渡す。


「ここが……月影の里……」


「はい。ようこそ、月影の民の郷へ」


ディンの声は穏やかだったがその言葉の裏には、長い歴史を秘めた響きがあった。


ロジェの目の前に広がるのは、木と石で作られた古い家々が点在する、のどかな空間だった。道の中央には小さな水路が流れ、透明な水が静かに揺れている。里の住人たちはみな落ち着いた雰囲気をまとい、どこか異国めいた装束を身に着けていた。


「里ってどれくらいの歴史があるの?」


ロジェが尋ねると、ディンは少し足を止め空を仰いだ。


「んー……この里は、かつて存在した『月影帝国』の生き残り達が作った隠れ里ですから……もう何千年、とかですね」


感嘆した声を上げたロジェに、ディンはくすくすと笑った。


「ふふ。人口は増えたり減ったりしています。月の民でも外を見聞したり、逆に気に入って住み着いてくれたり……」


「そうなのね。……気を悪くしたら悪いんだけど、てっきり村っていうのは……そういうイメージがあって」


難しそうに視線をずらすと、その先には木陰からロジェとディンを見守る子供達がいた。ディンが軽く手を振るとおずおずと振り返す。


「あはは!そうですよね。よく言われます。彼らはロジェさんを珍しがってるだけです」


「あれは?」


里を歩くうちに、ロジェとディンは立派な木造の館の前にたどり着いた。その入り口には二人の護衛が立っている。


「里の長が住む館です。里長様といっても実際は象徴みたいなものなんですけどね」


「へぇ……」


館を超えた林道の先にひっそりと水を湛える泉があった。澄んだ水は宝石の煌めきを持って揺らいでいる。


「さ、着きましたよ。綺麗なとこでしょう?」


「すごい。綺麗な泉ね。空気も美味しい」


ロジェとディンは木漏れ日を浴びて座り込む。


「ここで里長を決める儀式をするんです。これ、良かったらどうぞ」


ディンは懐から紙切れを出した。


「この里の言われです」




『『さとのおはなし』


かみよのおんまえに かしづきますは


むかしむかし あるところに そらにうかぶ

つきのうらのおくにが ありました。


そのくには つきからにげてきたおひめさまが

つくったくにでしたが どのくにもたどるさだめにもとづいて ほろんでしまいました。


そのときおうさまだったおうぞくたちは

てんめいをうしなってみなしんでしまいました。


のこされたつきのうらのたみたちは なんとしてもこのくにをのこしたいとかんがえていましたが おうさまがいないとくににはなりません。


とほうにくれてしんたくをとうと かみさまはいいました。「ここのちかくにいずみがある。のんで たしかめてみるといい」


たみたちは いずみのみずをのむと ひとりのかみいろとめがかわりました。


かみはよるよりもふかいいろ。めはおうかんよりもまばゆいみどりのかがやき。おうさまとうたわれるにたがいない うつくしいすがたになったのです。


そのこをおうさまにすることをかんがえて たみたちはつきのうらのおくにからもってきたじんぎからさとをつくりました。


こうしてたみたちはしあわせにくらしました。いつまでもいつまでも しあわせにくらしました。おしまい。』


読み終えたロジェは一つの疑問を問うた。


「ここの水を飲むと見た目が変わるの?」


「全員が全員、というわけではありません。理由は不明ですが、そういう人がいるのです」


ディンはゆるやかに立ち上がって、意を決してロジェに叫ぶ。


「それで……ここにロジェさんを連れて来たのには理由があるんです。その……差し出がましいお願いなんですが」


一拍置いて、


「この泉の謎を解き明かして欲しいんです!」


それに対するロジェの返答は、至極当然なものだった。


「な、なんで……?」


「僕は記録役。この里の全てを記録する役割があります。だからその……知りたくて」


自慢げに、しかし己の好奇心を抑えられていないディンに返すことは一つ。いくら好奇心旺盛なロジェであっても、それだけは違うと言える。


「えーっと……その、お世話になってるからお返しはしたいんだけど……ここは皆が大事にしてる場所で、伝統なんでしょ?部外者の私が勝手に壊したらダメだと思うわ」


「……それは、そうですが……」


それでも、と俯いたディンが顔をあげようとした瞬間だった。泉の入口の方から女の叫び声が聞こえて、どんどん近付いてくる。


「ディン!どこにいるの!?ディン!」


「どうされました?」


声を上げたディンに、女は手を引っ張った。ロジェは目を白黒させることしか出来ない。


「いた!良かったわ!今すぐ来てちょうだい!大変なのよ!当主様が!」


「分かりました。行きましょう。だから落ち着いて下さい、ね?」


そうね、と言って息を整えた女はロジェを見ると一言、縋るように言った。


「貴女も来るのよ!」


「えぇっ!?」


のどかだった雰囲気は一変して田んぼ道を走る。通り過ぎるだけだった館の中に入ると、侍女だったらしい女は館の奥へと消えて行った。


どこに行ったら良いか分からなくなってロジェとディンは顔を見合せていたが、ふとこちらに近付いてくる声がある。


「当主様は?」


あの摂政役の声だ。威圧さと冷徹さはそのままに、にわかに切迫した声音がある。


「三日後までに熱が下がらんと拙いでしょうな」


相手は摂政役のことなど特に恐れてはいないようだった。諦めに近い声がある。


「王都に行っても?」


「変わらんでしょう。そろそろ次を考えなければならん時期です。終わりの病ですから」


「まだ当主様は幼い。七つにもなっていないのだぞ」


苛立った声。ロジェはディンが止めるのも聞かずに声へと近寄っていく。


「当主でいられる時間は歴代当主様でも様々です。それに此度の当主様は……」


声の男はロジェとディンを見つけると口早に摂政役の男に挨拶した。


「失礼します」


「良く来てくれた。ディン。それに……」


摂政役の男に軽く膝をつく。久しぶりに貴族式の挨拶をしたなぁ、とロジェはぼんやり思った。


「ロジェスティラと申します。ロジェと」


「そうか。私の名はりょう慧昊けいこう 。……部屋で話そうか。ここだと何かと不自由でな」


三十而立さんじゅうじりつを体現したような慧昊は、細身だが無駄のない筋肉がついた体型で、肌の色はやや青白い長身の男だった。


撫であげられた漆黒の髪は整えており、乱れることを忘れた様だった。深い琥珀色の瞳は冷静沈着なまなざしを持っていて、見定められている様で妙に落ち着かない。


ロジェは視線を落とした。慧昊が着ている羽織の裾を見る。深い藍色や黒を基調とし、金糸で月や雲の文様が刺繍されたそれは、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。貴族らしいと礼服だ。


こういうヤツには気をつけなければと、何となく思う。


ロジェがちらと視線を上げた頃にはもう彼の執務室に到着していた。ディンが慌てながら彼へ問う。


「あの……さっきの話、本当なんですか。当主様が終わりの病になったって……」


「間違いない。だが少し問題があってな」


椅子に深く腰かけた慧昊はロジェの視線に気づくと、ディンに視線を送った。


「終わりの病って言うのは、歴代当主様達が必ず罹る病気なんです。それで皆様退位されるんです」


一通りの説明が終わると、慧昊は立っている二人を見やる。


「問題というのが、瞳の色が元の色に戻りつつある」


それの一体何が問題なのだろう。ロジェは口を開かず、ただ答えを待つ。


「外部の人から見れば些細なことかもしれない。しかし、この里において当主の権威は絶対だ。象徴的と言えども未だに人々の暮らしに根付いている」


「その最たる象徴が瞳の色。翠玉の瞳です」


「さっき言ってたアレね」


「そうです。今までの当主様も全て終わりの病に罹ってお亡くなりになりましたが、誰一人として瞳の色が元に戻った方はいらっしゃいませんでした。事実なら里の根幹を揺るがす大事件です」


「ディンの言う通りだ。次の当主決定にも関わってくる」


沈黙の後、ディンは重く口を開いた。


「……やっぱり、当主様の御生まれが遠因なんじゃないでしょうか?」


「やはりそう思うか」


「その話……さっきもしてたわよね?」


ロジェの言葉にしっかりとディンは頷いた。


「はい。現当主であらせられる李苑りおん様は、御生まれになった時から翠玉の瞳を持っているんです。だから皆、初代女帝の生まれ変わりだと言って喜んだんですよ」


「なるほどねぇ」


「そこでだ。ディン、ロジェ。共に泉の異変を解決して欲しい。これは代理当主である私からの命令だ」


慧昊の指示に一番に反応したのはロジェだった。慌てて止めに入る。


「い、いきなりそんなこと言われても……」


「ロジェ。貴君の働きは景星殿から伺っている。好奇心旺盛だとか。願ってもみない話だろう?」


嫌な予感がする。元よりこれが目的だったか。


「お断りします。私はただの居候の身で」


慧昊はロジェの弁解に畳み掛けた。


「貴君がもしこの謎の解明に協力しないなら、里の長老たちは貴君を『異物』として排除する方向に動くだろう。私が言うのはただの話ではない。貴君が部外者としてここにいる以上、存在が里にとって不都合だと判断されれば、貴君に対する措置は避けられない。……と言った方がいいか?」


「そんなの脅しじゃない!」


ロジェが感情を剥き出しにしても、慧昊は眉一つ動かさなかった。ただ机の上の渾天儀が僅かに揺れただけ。


「里の重要な役職である記録役が監視している以上、暴れることはないと思うがね。まぁ念の為だ」


「ならその『念の為』を確実にするために出て行くわ」


「王都に突き出すと言っているんだ。意味は分かるだろう?」


悪態一つ付けない。あまりの悔しさにロジェは人を殺す様な睨み方しか出来なかった。


「どうする?」


どうする?どの口がそれを言うのだ。ロジェは歯の隙間から息を吐いた。


「……貴方に聞くわ……泉の異変を解き明かすことで、伝統が壊れてしまうかもしれない。その覚悟はあるの?」


「覚悟が無ければ摂政などやっていない」


……彼には妙な違和感がある。怒りは成りを潜めてただ慧昊を見つめる。……が、違和感はすぐに消えた。気のせいか?


「……分かった。協力する」


ロジェの重苦しい返答に、慧昊は何も表情を変えずに返した。


「良かった。活躍を楽しみにしているよ」








黄昏時。ロジェはディンと共に土塊を蹴りながら歩いていた。次々と突きつけられる難題に頭が追いつかない。


「ロジェさん、すみませんでした」


「なんで謝るのよ。別にいいわよ」


「僕が泉に連れて行ってなければ……」


「泉以外だったらどこに連れてってくれるつもりだったの?」


「当主様のお庭とか」


「あんま変わんないわね」


くすくすとロジェは笑った。ディンは全く悪くない。悪いのはあの慧昊とかいう男だ。普通に一発かましたい。


「この里の良いところ、知って欲しかったんです。だけどあんな事になるなんて……」


「起こったことはしょうがないわ。ね、明日から調査だからさ、里のこと色々教えてね」


すっかり意気消沈したディンと共に家路に着く。家から出てきたのはサディコだった。


『ロジェ!おかえり!』


「ただいまー。家にいたのね」


『ここの家しか魔力が通ってないからね〜』


ディンは食事の支度をしながら返した。


「あぁ……月影の里は強力な守護魔法を発する神器で閉ざされているので、魔力が通らないんですよ。使い魔には苦しい環境かも」


「魔法は使えないってこと?」


『いつもより使うのが大変ってこと』


なるほど、とロジェは頷いた。食事の支度を手伝わなければならないのは分かっているが、やはり一つ気になるものがある。


「……ディン。少し地下に行っててもいい?」


「大丈夫ですよ。ゆっくりして下さい」


「すぐ戻ってくる!」


地下への階段を下ると、やはり目覚めないヨハンがいる。ロジェは起こさないよう寝台に静かに近付いた。


「今日はねヨハン。泉に遊びに行ってきたわ」


地下で眠るヨハンの傍ら、ロジェはしゃがみこんで小さな声で呟いた。


「ご飯も美味しいし空気も良い」


包帯に包まれたヨハンの手に少女は手を合わせた。ロジェを庇って出来たであろう傷の出血はまだ続いているようで、汚れた包帯が水桶につけてある。


「……貴方も目が覚めて話してくれたらなぁって、思うわよ」


ロジェの言葉に呼応するようにヨハンの手が僅かに動く。ぎゅっと少女の人差し指を握った。


「ふふ。赤ちゃんみたい」


時計を見上げると戻るに良い暗闇が訪れていた。そろそろ戻って手伝いをしなければ、食事にありつけない。


「それじゃ。<(お)7(や)P{(す)J☆(み)9(ヨ).V)(ン)」


そっと扉を閉めて、地下室から上がる。



慧昊の依頼により里の秘密を解き明かすことになったロジェは、泉の探索や李苑から話を聞くことにする。慧昊に対する疑念が深まる第九十四話!

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