一緒に寝ましょう
三人とも話がまとまったのか、僕を押し倒すようなことはしなかった。
しばらく楽しくおしゃべりしていると馬車が止まって、リテートさんがドアを開けて周囲を見る。
「襲撃するような者はいません。安全を確保するので、もうしばらくお待ちください」
窓を見ていると、馬車を護衛していた人たちが宿を囲い始めた。さらに数名が店内に入っていく。
「何をしているんですか?」
「貸し切りする話で進めていたので、店に他の客がいないか確認しています。男性が来ると分かって、隠れる人がたまにいるんですよね」
人の口に戸は立てられない。
僕が泊まるという噂が広まって、隠れて襲おうとする人がいるのかも。この世界の女性ならやりかねない。当然の警戒だろう。
騎士たちが慎重に動いているのも納得だ。
「しばらくは馬車の中で待ちですか?」
「はい。もう少し、このままでいてください」
バタンとドアが閉められる。
ルアンナさんは馬車の前で剣を抜きながら警戒していた。物騒だけど必要なことなんだろう。
懸念していたような争いは起こらなかった。
店に入った騎士が出てくると、まずはスカーテ王女が宿へ入っていった。
この世界では立場が低い順に部屋へ入ることが多く、宿の出入りもそのルールが踏襲されるなら、僕は王族よりも高い地位として扱われていることとなる。
男が貴重だからって、今みたいにどの国も丁寧に接してくれるのだろうか。
少なくともブルド大国は違うと思う。
見たことのない特使の話を聞いただけで、傲慢だなと思うぐらいなのだから、女王はさらに上を行くだろう。
丁寧に接してもらえるなんて思っちゃいけない。
しっかりと、覚悟を決めておかないと。
「準備が終わりました。イオディプス君、宿へ入ってください」
「はい」
馬車のドアが開かれたので外に出た。
新鮮な空気が肺に入って気持ちが良い。
宿の周囲に配置されている騎士に軽く頭を下げると、「きゃー!」といった声がした。アイドルになった気分だ。軽く手を振ると、さらに興奮が増す。
「イオディプス君、その辺にしておいてもらえますか。部下の抑えが効かなくなります」
調子に乗っていたら、ルアンナさんに注意されちゃった。
ごめんなさいって気持ちを込めて頭を軽く下げてから、早足で宿に入る。
王族が利用することもあって、内部は綺麗だ。ゴミは落ちておらず、管理は行き届いている。ただ宿場町であるため、シャンデリアや豪華な絨毯みたいなものはない。
広さはともかく、豪華度でいえば僕の家と大差なかった。
「三階にお部屋をとっています。私が案内しますね」
「お願いします」
階段を登って三階へ向かう。途中で二階を見たけど、騎士の人たちが数名待機していた。侵入者対策なのだろうか。
安全のためとは分かっているんだけど、猛獣の檻の中に入った感覚にもなる。
だって、みんな目がギラギラしていて呼吸が荒いんだもん。
少しでも僕と一緒の空気を堪能しようとして、必死感がある。
無事に三階まで到着すると短い廊下の先に、ドアが一つだけあった。
「最上階は一部屋だけです」
ルアンナさんは先行してドアの横に待機する。
きっと、ここで入り口を護衛してくれるのだろう。
部屋に入ると甘い匂いがした。正面にはリビングがあって右側には大きなベッドが置かれている。上には赤い花びらがあって、ハートマークを形取っており、下着姿のスカーテ王女が座っていた。
「待ってたぞ」
両手を広げて僕を見ている。
「いったい、これは……?」
「イオディプス君をお迎えするために準備したんだが、気に入らなかったか?」
悲しそうな顔をされてしまった。
「そんなことありません。驚いて声が出なかっただけで、気づかい嬉しいですよ」
ベッドの上に乗ってスカーテ王女を抱きしめる。
柔らかく暖かい。近くで息づかいを感じていると、僕の背中に小さな手が触れる。
押し倒したい劣情が下半身に集まってくる。そんなときはレベッタさんの太陽みたいな輝く笑顔を思い浮かべて押さえつける。
うん。大丈夫。僕は一時の感情で、すべてをダメにするような男じゃないし、物理的にも不可能だ。
体からスカーテ王女を離す。
「ベッドが一つしか無いようですけど、僕はどこで寝れば良いのですか?」
「私と一緒です。嫌なら床で寝ますけど……」
キングサイズ以上の大きさなので、二人でも余裕で寝られる。この世界に来て鍛えられた僕の理性と下半身であれば、同衾ぐらいなら大丈夫だろう。
「一緒に寝ましょう」
「よかった」
安心したのか、スカーテ王女の全身から力が抜けたように見えた。
会話が終わるタイミングを見ていたのか、ドアが開いた。ルアンナさんが押す銀のカートにステーキやパン、ワインボトルが乗っている。
「食事をお持ちしました」
皆と一緒にご飯を食べるわけじゃないみたいだ。護衛からすれば当然か。
スカーテ王女の手を取って、料理の置かれたテーブルの前に立つと、椅子を引いた。
「先に良いの?」
「当然です」
この世界じゃレディーファーストなんて言葉はない。女性を優先して座らせる文化もないのだが、僕は自然と体が動いた。
そう、したいと思ったんだよね。
遠慮がちにスカーテ王女が座ると、僕の椅子はルアンナさんが引いてくれた。
気を使わせてしまったみたいだ。
「ありがとう」
お礼の代わりにお尻を触ると、喜んでくれた。
日本ならセクハラで訴えられてしまうけど、この世界じゃご褒美だ。