俺の手に剣を、君の手に杖を~魔導士に憧れて剣士を目指した少年と、剣士に憧れて魔導士を目指した少女の物語~
ある日の早朝の出来事。名門ライラ魔法学校の閑散とした回廊に1人の足音が響く。
彼の名はアルス・アクイラ。剣士科の1年生である。黒髪で落ち着いた印象を感じさせる彼は、回廊の窓から何かを発見した。
「・・・あれは?」
回廊の窓から中庭を見渡す。その噴水の近くで、車椅子に乗った少女が懸命に杖を振っていたのだ。このライラ魔法学校において、車椅子に乗った学生がいるなど聞いたこともない。アルスは彼女の事が妙に気になり、中庭の方へと降りて行くことにした。
「何してんだ?」
車椅子の少女は、ハッとしたようにアルスの方を向いた。少し田舎臭さを感じるブラウンのロングヘア―とそばかす。名家ばかりが集まるこの学校において、平民の生まれらしいその外見は、尚の事異質だった。
「いや、えっと・・・その・・・魔法の練習を・・・」
紺のブレザーと赤いネクタイ━━━━見たところ、アルスと同じ剣士科の生徒のようだ。
足の怪我のせいで、魔法科への転入試験を受けなければいけなくなったのだろう。
「そっか・・・。何の魔法の練習?」
「水を操る魔法です。でも、魔法の練習をした事が無くて・・・」
少女は恥ずかしそうにそう答えて顔を俯かせた。
先程から彼女の姿を見ていたが、どう見ても彼女は魔法を一度も使ったことが無い様子だった。今のまま彼女が転入試験に臨めば、恥をかく事は間違いない。それを気の毒に思ったアルスは、彼女の方へと歩み寄った。
「ただ杖を振って詠唱するだけじゃ魔法が出る訳無いでしょ。もっとこう・・・肩の力を抜いてリラックスして」
「こ、こう・・・ですか・・・?」
彼女は数回深呼吸して、力を抜こうとしているが、まだまだ体が強張っているようだった。
「はあ・・・まあいいや。で、力を抜いたら、杖を3本の指で軽く握って、空気と一緒に体の魔力を放出するイメージでこう言う。━━━━『ムーヴィア』」
「わ、分かりました。━━━━━『ムーヴィア』」
アルスの言う通りに詠唱をする少女。その瞬間、噴水に爆弾が落ちて来たと勘違いする程の水しぶきが発生した。
バシャンッッ!!!
「うおぉっ!?」
「キャアッ!?」
巨大な水滴が弾ける。雨のように多量の水が降り、2人の体はびしょ濡れになってしまった。
「なんでこんな激しい爆発が・・・!」
アルスは困惑して彼女の方を見る。この爆発を起こした当の本人はポカンとしているが、彼女の持つ杖の周りからは激しい魔力が感じられた。紛うことなく、彼女の魔法だ。
「君、ムーヴィアがどんな魔法か分かってる・・・?」
「えっと・・・爆発を起こす魔法じゃないんですか・・・?」
話にならなかった。ムーヴィアとは本来、物体を移動させるだけの下等魔法だ。噴水から少量の水を取り出して動かすだけのつもりが、なぜこんなにも激しく暴発したのか不思議で仕方なかった。それに、こんな初歩的な魔法の事すら知らないなんて、魔法オタクのアルスにとっては信じられなかった。
「君、もしかして魔法のこと何も知らないだろ?」
「あー、あははは・・・。お恥ずかしながら・・・・・」
彼女は苦笑いしながら後頭部を掻く。そんな吞気な彼女を見て、アルスは肩を落とした。
「はあ・・・。仕方ない。ちょっと行くよ」
そう言うと、アルスは彼女の座る車椅子を押して、校舎の中へと入っていった。
アルスは寮からタオルをくすねて来ると、それを少女に渡して図書室に入った。早朝であるせいか、図書室には司書以外誰も人がいなかった。通い慣れた足取りで魔導書のコーナーへ向かうと、アルスは本棚を漁り回した。
「す、すいません・・・。一体何を?」
「見て分からない?君の為に初歩的な魔導書を探してるんだよ。見たところ、君は魔法科の編入試験を受けるんだろ?」
「えっ!どうしてそれを・・・」
少女は目を丸くして驚いたが、アルスはその反応を鬱陶しそうに一蹴した。
「そのくらい推測出来るよ。そういえば君、名前は?」
「はっ、はい!ティアラ・キッグナスって言います!」
「そうか。じゃあティアラ。今から君に魔法の初歩の初歩をみっちり教えてあげよう」
「はい!・・・って、えっ!?」
それから、朝食そっちのけでアルスの魔法講座が始まった。熱心に話を聞くティアラを見て、アルスも徐々にヒートアップしてしまい、あっという間に時間は過ぎてしまった。
「2人とも、もう1時間目が始まりますよ!早く教室に行きなさい!」
様子を見ていた司書が2人を叱責する。アルスが慌てて帰る準備をしていると、ティアラは申し訳なさそうな顔で必死に頭を下げて来た。
「すいませんアルス先生!私のせいでこんな時間に・・・!」
「先生って言うな!それと、何故君が謝る?口を動かす暇があるなら手を動かして!」
「はい!すいません!」
横で忙しなく片づけを手伝うティアラの横顔は、不思議と満足そうだった。そして思い出したかのように、再びティアラはアルスに話しかける。
「あ、あの!」
「次は何だ!?」
「ありがとうございました!」
その時、窓から太陽が顔を出した。図書室中の埃が光を反射してキラキラと輝く。朝の爽やかな光に照らされた彼女の満面の笑みは、アルスの時を一瞬止まらせた。
「━━━━━ッ!・・・どういたしまして」
ティアラの無垢な笑顔につられて、アルスの顔には無意識に笑みがこぼれた。
数日後、剣士科の複数のクラス間で合同練習が行われた。
「ヤアッ!」
「ハァアァッー!」
生徒たちの真剣な掛け声が響き合う校庭の端っこで、アルスは退屈そうにその光景を眺めていた。
「全く・・・なんでこんなものに一生懸命になれんのかねぇ?」
剣術の訓練をする生徒達を卑下するようにそう呟き、アルスは手に持った長剣で地面をつついた。
「あっ!アルス先生!」
背後から、聞き覚えのある純真無垢な声が聞こえた。
「こんにちはアルス先生!また会えましたね!」
純粋すぎるその態度と、この学校には似合わない芋っぽい彼女の姿を見て、アルスは思わず苦笑いした。
「先生って言うなって・・・」
そのぼやきにもお構いなく、ティアラは話を続ける。
「アルス先生はどうして見学してるんですか?」
「どうでもいいだろ」
「もしかして、どこか調子悪いんですか?」
「どこも悪くない」
「そうなんですか?じゃあ・・・もしかしておサボりですか?」
「うるさいなあ」
「駄目ですよ、授業をサボっちゃ!剣術は継続が大切なんですから!」
えっへん、と何故かティアラが胸を張る。
「見てくださいよ。みんなあんなに頑張って練習してるんですよ?もし私が元気だったら今すぐにでも飛んでいきたいのに・・・」
ティアラは、哀しみが混じった羨望の表情で、練習に向き合う生徒達を眺めている。
「そういえば、なんでアルス先生は剣士科に入ったんですか?魔法が好きなら魔法科に行けばよかったのに・・・」
その発言で、アルスの顔が僅かに陰った。
「行けたら行ってるに決まってるだろ・・・!」
無意識に、アルスは微かな怒りを込めて呟いた。その機微を察知して、ティアラは少し慎重に話しかけた。
「・・・良ければ、私が剣を教えましょうか?」
「・・・君が?」
アルスは俯いていた顔を上げた。
「はい!こう見えても私、剣だけは大得意だったので!」
「こう?」
「違います!こうです!」
「いや同じじゃん」
「違います!もう少し鍔から手を離してください!」
そんな訳で、今度はティアラによる剣術講座が始まった。剣術が大得意と自負するだけあって、彼女の剣についての知識はかなり豊富だった。
「いい動きですね・・・。アルス先生、剣の才能あるんじゃないですか?」
「そうなのか?あんまり実感ないけど・・!」
剣を振り下ろす度にビュンビュンと空を切り裂く音がするのが、少し快感に思えて来た。アルスは僅かに、しかし確実に、剣術の楽しさを感じ始めていたのだ。
「それと、いつまで先生呼びするつもりだ?僕達は同い年だろ」
「いいじゃないですか。私にとってアルス先生は魔法の先生なんですから!」
ティアラは、尚も変わらぬ笑顔でそう答えた。
「あーあ、私も脚が動くようになって、ちゃんと剣を使えるようにならないかなぁ・・・なんて」
そんなティアラの独り言を聞いて、アルスは気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば、どうして君は脚を怪我したんだ?」
「いやぁ・・・。1か月くらい前に街を歩いてたら、資材置き場で子供たちが遊んでたんですよ。危ないなぁって思いながら見てたら、立てかけてあった木材の束がバランスを崩して、女の子の方に倒れてしまったんですね。そしたら、頭より先に体が動いてしまって、女の子を助けた形で・・・」
ティアラは平静を装って怪我の経緯を説明した。
つまり、彼女は剣士科に入学してたった2か月弱で剣士の道を絶たれてしまったという事だ。血の滲む努力をして入学したはずなのに、その努力が全て水の泡になってしまったのだ。彼女の境遇を思うと、アルスは心が痛んだ。
「それは・・・とても気の毒だね・・・」
「嫌だなぁ、そんな暗い顔しないで下さいよ!ほら、練習に集中!」
それでもティアラは自分の辛さを決して顔に出さず、明るさを失わなかった。そんな彼女の健気な振舞いを見て、アルスは羨ましく思った。
「アルス先生は剣がお嫌いなんですか?」
「嫌いというより・・・興味が無いだけだよ」
アルスのその一言を聞いて、ティアラは嬉しそうに顔を輝かせた。
「でしたらこうしましょう!これから毎日、放課後にお互いの得意な事を教え合うんです!」
「・・・は?」
アルスは口をぽかんと開けて唖然とした。
「興味が無いだけなら、剣の楽しさを教えるまでです!私は剣、アルス先生は魔法を教えてください!待ち合わせ場所は・・・中庭にしましょう!私達が初めて会ったあの場所です!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!君は編入試験があるんだろ!?僕に剣を教える暇なんて・・・」
「教えてもらうばかりでは申し訳ないので!それに私としても、アルス先生に剣の楽しさを知ってもらいたいんですっ!」
こうなってしまうと、アルスはもう断ることが出来なかった。ティアラの無邪気な勢いに気圧されて、アルスは仕方なく頷いてしまった。
「決まりですね!そろそろ授業が終わるので、私は向こうに戻ります!また放課後!」
ティアラは元気よく別れを告げると、せっせと車輪を回してクラスメートの方へ戻っていってしまった。一人取り残されたアルスは、白日の下でため息を吐くのだった。
それからというもの、2人は毎日のように中庭に集まり、ある時は剣を、またある時は魔法を互いに教え合った。
「アルス先生!この魔法はどんな魔法なんですか?」
「これか?これは上等魔法の『アームズ』。物体に絶大な攻撃力を付与する魔法だよ。魔法騎士なんかがよく使うけど、扱いが難しいからプロしか使わないよ。あと先生言うな」
「アルス先生!たまにはお手本にアルス先生の魔法を見せてくださいよ!まだ一度も見せてもらったことないですよ?」
「・・・また今度な。あと先生言うな」
「アルス先生!この前の『ムーヴィア』、今では上手く扱えるようになりましたよ!」
「おお、よかったじゃん!あと先生言うな」
「アルス先生!健康診断の結果で初めて分かったんですけど、どうやら私、生まれつき魔力がとっても高いみたいです!最初にあった時、魔法が暴発しちゃったのもそのせいかと・・・」
「━━━━っ!・・・そうか。魔力が高くてよかったな。あと先生言うな」
「ふぅ、そろそろ疲れて来たな」
アルスは剣の練習の最中、汗を拭くためにポケットから白いハンカチを取り出した。すると突然、ティアラが大きな声を出した。
「あああぁぁぁ!!!」
「━━━っ!?な、なんだ・・・?」
「そのハンカチの刺繍・・・もしかして、魔導士界でも超有名なアクイラ家の家紋ですか!?」
「ん?・・・ああ、僕がアクイラ家の一人息子だって言わなかったっけ?」
それを聞いて、ティアラは冷や汗を流しながら口をパクパクさせた。
「き、き、聞いてないですよ!通りでアルス先生が魔法に精通しているわけです!そんな凄い魔導士が剣士科にいるって事は、もしかして魔法騎士を目指しているんですか!?」
「いやっ、えっと・・・それは・・・」
アルスは彼女の発言に動揺したが、ティアラは気にせず続けた。
「凄い!凄すぎます!だったらもっとちゃんと剣を教えなきゃですよね!?一緒に頑張りましょう!エイ、エイ、オー!!!」
「オ、オー・・・?」
彼女の真っ直ぐすぎる性格には、相変わらず振り回されるばかりのアルスだった。
そして月日は流れ、編入試験の日がやって来た。
「わぁ!気持ちいい!」
潮風がティアラの髪をなびかす。編入試験が行われる場所は、学校の近くにある海だった。照り付ける太陽の光を反射して、海面が美しく輝く。その景色に、ティアラはしばらく見惚れていた。
「私のほかに編入試験を受ける人いないんだ。なんか寂しいな・・・」
その海にいたのはティアラと複数の教師、そして応援に来たアルスのみだった。しばらくすると教師の1人が魔法を唱え、海面にたくさんの赤い的が出現した。
「これより魔法科転入試験を始めます。試験内容は事前にお伝えした通り、1分以内に50個の的を破壊する事です。受験者は海水を操って的を破壊してください。それ以外の魔法で的を破壊する事は禁止とします」
いよいよ試験が始まる。ティアラは深呼吸して自分の意識を集中させていた。
(単なる的当てだが、意外と厳しい試験だな。1分で50個の的を破壊するスピードと正確性、そして1分間魔法を使い続けるという高い魔法持久力と集中力が問われている。見かけより遥かに難しいと思うが・・・)
アルスはこの試験の厳しさを心の中で分析した。この数か月のティアラの成長速度には目を見張るものがあった。高い魔力の才能もさることながら、彼女の真の強みはその努力。雨の日も風の日も決してサボることなく全力で練習していたのをアルスは知っている。故に、アルスは彼女を心配していなかった。
「頑張れ、ティアラ・・・!」
アルスは、ティアラに聞こえないように小声で応援をした。
「それでは、始め!」
天高く上げられた教師の手が下ろされる。その合図と同時に、ティアラはいつもと変わらぬリラックスした状態で杖を持った。
「『ムーヴィア』」
その瞬間、その場にいた人々は仰天した。
誰もが「的当ては1つずつ撃ち抜いていくもの」だと思い込んでいたにもかかわらず、あろうことかティアラは、大量の海水を巻き上げて直径10メートルはあろう巨大な水球を作り上げたからだ。
「な・・・っ!」
「あれだけの海水を『ムーヴィア』で纏めるだなんて・・・!」
「規格外すぎるぞ・・・」
審査をする教師陣の全員が驚愕していた。その時、アルスはティアラと初めて会った時の事を思い出した。
「まさか・・・!」
バシャアァッッッンッッ!!!!!
巨大な水球が風船のように破裂した。離れ離れになった大粒の水滴達は四方八方に散っていき、周囲の的を悉く貫いていく。海面が数多の波紋を呼び、空には見事な虹が光り輝いていた。
「・・・見事じゃ」
ベテランの教師がそう呟いた。
「お疲れ」
「あっ!アルス先生!来てくれてありがとうございました!」
海辺でしばらく黄昏れていたティアラに、アルスが話しかける。彼女の体は初めて会った時のように激しく濡れているが、今は寧ろその状態を喜んでいるようにも感じられた、
「あれ、ルール違反じゃないですよね?大丈夫ですよね・・・?」
「ルール違反かどうか知らないけど、先生たちの顔を見た感じ、かなり好感触だと思うぞ?」
「本当ですか!?それならよかったです!」
アルスは持参していたタオルを渡し、体を拭くよう促した。
「さあ、風邪を引く前にそろそろ帰ろう。先生たちはもう帰ったし、天気も良くなさそうだ」
アルスが上空を見上げると、既に暗雲が立ち込めており、今にも嵐が来そうだった。
「そうですね。帰りましょうか」
ポツポツとした雨が降り始めたかと思うと、それは急激に勢いを増し、いつの間にか激しい豪雨が2人の肩を濡らした。
「まずいな・・・。雨で滑るといけないから、一旦この辺で雨宿りしようか」
アルスはそう言って、巨大な木の下に隠れて雨をやり過ごそうとした。刹那、2人の視界が一瞬光に覆われ、激しい雷鳴が鳴り響いた。
「雷か。木の下はまずいかもな・・・」
アルスが言いかけたその時、全身を震わす恐ろしい咆哮が轟いた。
「グオオオォォォォォォ!!!!」
「キャッ!・・・何!?」
「あれは・・・シーサーペント・・・!?」
アルスは怯えた表情で海の方を眺めていた。その視線の先に、蛇のように細長い体と竜の様に恐ろしい頭部を持つ巨大な影が見えた。海底に潜んで漁船などを丸呑みする凶暴な巨大魔法生物━━━━━『シーサーペント』だ。
「雷に刺激されて気が立っているのか・・・?」
その時、アルスとシーサーペントの目が合った。
━━━━━しまった。
そう感じるよりも早く、シーサーペントはアルスたちの方へと体をうねり始めた。
「・・・早く逃げよう!」
アルスは身の危険を察知し、急いで森を抜けようとティアラの車椅子を押す。しかし、滑らないようにと気を付けているせいで、その差は一瞬で詰められてしまった。
「グオオオォォォォォォ!!!!」
シーサーペントの口から放たれる海水の咆哮。
それが直撃した2人は体を吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「ぐっ・・・!ティアラ!大丈夫か!?」
「ゔっ・・・っ・・・!痛・・・っ!」
車椅子から弾き飛ばされたティアラは、脚を痛そうに押さえている。この状況では逃げる術が無いと、アルスは悟った。
再びシーサーペントの咆哮が2人を襲う。絶望の淵に飲まれ、アルスは血の気を失った。死を覚悟して目を瞑ったその時━━━
「『バリリア』!!!」
ティアラの声が響いた。傷だらけでまともに体が動かせないにもかかわらず、彼女は渾身の魔法で咆哮を防いでいるのだ。
「・・・っぐ・・・ぁ・・・っ!」
ピシッ
バリアに亀裂が入った。当然、今のティアラの魔法だけでは防ぎきれるはずもない。
「アルス先生も、早く防御魔法を・・・!」
「・・・はぁ・・・・・はぁ・・・っ!」
アルスは絶望に満ちた表情でティアラを見ていた。心臓が締め付けられているようだった。
「何してるんですか・・・!早く・・・・・っ!」
アルスは、苦しそうにして声を振り絞った。
「・・・・・ないんだ・・・」
「・・・・・えっ?」
「魔法が使えないんだ・・・!」
パキンッ
バリアが割れた。吹き飛ばされ、宙を舞う2人。
ダンッ!
再び地面に叩きつけられた。バリアのおかげで衝撃を和らげる事が出来たが、それでも2人の体は限界を迎えていた。全身から紅い血が流れ出ている。
「ど・・・どうして・・・!」
「僕は確かにアクイラ家の息子だ・・・。でも、魔力が発現しない病気に罹っていたんだ・・・」
アルスは、痛みに耐えながら自分の事を語った。
「僕は魔導士になりたかった。治る事を信じて魔法を勉強し続けた。でも、神は救ってくれなかった・・・!だから僕は、剣の道を進むしかなかった!」
「そんな・・・」
「魔法が使えれば、僕は家族の期待を裏切らずに済んだ!魔法が使えればシーサーペントの攻撃を受ける事もなかった!魔法を使えれば・・・君を傷つける事なんてなかった・・・・・っ!」
アルスは涙を流しながら、ティアラの顔を見た。
「僕がやって来た魔法の勉強なんて、全て無駄だったんだよ。だって、知識だけあったって、何も守れやしないじゃないか!!!」
心の叫びだった。初めてティアラに見せたアルスの本心はあまりにも醜く、情けないものだった。2人の体を打ち付ける雨は、まるで2人の悲しみの涙の様だった。
「・・・・・『アームズ』」
「━━━━━ッ!」
その詠唱と共に、アルスの腰に収められた長剣が白く輝いた。
「無駄なんかじゃないですよ・・・。私は剣で戦えなくなっても、それまでの努力を後悔した事は無いんです・・・!」
━━━━━ティアラの魔法は、アルスの剣に力を与えた。
「だって・・・剣の知識があったから、私は先生に剣を教えられたんですから・・・!」
━━━━━ティアラの技術は、アルスに戦う術を与えた。
「それに・・・先生が魔法の知識を持っていたから、私と先生は出会えたんですから・・・!」
━━━━━ティアラの笑顔は、アルスに希望を与えた。
「あなたが何と言おうと、私は保障します・・・。あなたの努力には、素晴らしい価値があるんだって!!!」
━━━━━ティアラの言葉は、アルスに勇気を与えた。
「だから、あとは・・・頼み、ます・・・・・」
少女はありったけの魔力を少年に託し、力なく倒れた。
2人を狙う巨大な眼光。獲物を喰らおうと開けられたシーサーペントの巨大な口が、アルスたちの希望を飲み込もうと襲い掛かる。
それでもアルスは立ち上がった。大切なものを守るために。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
空は青かった。とうに悲しみの雨は止み、希望を告げる太陽の光が2人を温かく照らしていた。空に架かる七色の虹が、彼らの歩む未来を祝福している。
「やったんですね・・・アルス先生」
「ああ。もう大丈夫だ。ティアラ先生」
晴れやかな顔で優しく返すアルスに、ティアラは幸せそうにほほ笑んだ。
それからまた、長い年月が経った。
「はい!それじゃあ、今日も剣術の授業を始めようと思います。気を付け、礼!」
「「「「「お願いします!アルス先生!」」」」」
今日もライラ魔法学校の校庭から、男性教師の元気な声が聞こえる。剣術の教師として、そして魔法学の学者としても活躍する彼の左手の薬指には、銀色に輝く美しい指輪が嵌められていた。