5.気色悪りぃ
5.気色悪りぃ
「つーか、本当に大丈夫? 何かやつれてねえ?」
「…………大丈夫、です」
「無理に敬語しなくて良いぜ? 兄上」
お前こそ無理に兄なんて呼ばなくて良い。今さらだが僕だったら絶対呼ばない事をしてきた自覚は、今ならある。
「つーか兄上に敬語使われると何か気色悪りぃからごめん。使わないでくれると嬉しいんだけど?」
「……わかった」
「ん。よろ」
ジュワリと肉汁の出る唐揚げを飲み込み、オムライスを大事に掬って口に運ぶ。美味い。チキンライスだ。
「…………シェルディナード」
「うん?」
「事情を伏せたのと、知ってる奴の口止めしたの、お前だよな」
「あー。うん」
素性がバレたらヤバいはずなのに、今日までバレないのはおかしい。
処罰で次期領主の兄たちが働く事は知られているのに、それが僕達だとは知られていなかった。
……まあ、バロッサ兄様はもうバレているが。
バレても兄様は大丈夫だ。何も変わらない。変わっていない。
とにかく、事態は知られていたのにそれが誰かは知られていなかったのは、大元で情報が規制されたとしか考えられないわけで。それが出来るのは最高権限を持って当事者の一人である異母弟だけだ。
スプーンを置いて、姿勢を正して異母弟に頭を下げる。
「感謝する。……助かった」
「良いって。そんなん」
それより、と。異母弟は腕を組む。
「いつまでバロッサ兄上の面倒、兄上が見んの?」
「いつまで……とは?」
「兄上の給料、ほぼバロッサ兄上の面倒見る為に消えてんじゃねーの?」
異母弟の言葉に、僕はそれの何が問題なのかわからず首を傾げた。
「確かに、兄様の生活を維持する為には費用が掛かるが」
「うん。まず、そこだよ」
「?」
「ガラルド兄上。普通は成人してる兄の面倒を弟が見る必要なんて無いってわかってっか? しかも自費で」
「え……だが」
「俺さぁ、あのクソお……父上のやり方は大概ねぇなって思うんだけど、ガラルド兄上については父上の考えが一部正しかったんだなって思ってる」
「何の事だ」
言っている意味がわからない。ついでにいま絶対、父様を『クソ親父』って呼ぼうとしてなかったか!?
「ガラルド兄上。アンタはバロッサ兄上の補佐や従者になる為に居るんじゃねぇだろ? そう育てられて来たとしても、本来そんなの無いんだよ」
「…………」
「アンタだって領主候補なんだよ。バロッサ兄上と同じ」
そんな事を言われても。
物心ついた時から、領主は兄様。僕は兄様を支えていくものだと。母上にそう教えられて育ってきた。
しかしその方針は父様の望んでいたものと正反対で、だから父様は側室を迎えて異母弟を作ったのだ。
「いい加減、自分の面倒見る事だけ考えろよ」
「…………わかっている」
正確にはわかった。
けれど。
「わかっているんだ。……今の状態が、良いものではない事くらい」
兄様は変わらない。この異母弟への悪感情も薄れない。処罰として落された現状を、認めない。
寮住まいではあるが、一番良い部屋。食事も身の回りの世話も、家にいた時より数段劣るが、外部サービスを僕が手配して少しでも快適になるよう整えた。
それは個人の、僕の資産を切り崩し、給料も大半を回して維持している。
わかっているんだ。どう考えてもおかしいと。
でも、僕がそうするのは当然だとも思ってしまう。
「バロッサ兄上もガラルド兄上も、いい歳だぜ? そもそも」
ピッと人差し指が鼻先に突きつけられる。
「他人の面倒見てる余裕あんの? 何度、餓死したら懲りんの」
「う……」
その言葉に何も言い返せない。異母弟が溜め息をつく。
「いくら生き返るって言っても、限度があんじゃん」
「別に……こちらが餓死しようが関係」
「あるに決まってるだろ? 僕、騎士団のトップよ? 末端でも騎士団員に対して責任があんの」
「ぐっ……」
「兄上。いっつも仕事のチーム期間終わると解散されてるよな」
「何で知ってる……」
雑務兵に配されている人員は基本三人組で様々な仕事に向かう。一定期間は指示されたメンバーで組み、期間終了時にメンバーを継続するか決を採る。三人全員が同意すると、誰かの本配属先が決まるまでそのメンバーで固定される仕組みだ。
本配属先が決まる前に何らかの事情で再編が必要になれば解散されるが、あまりないと聞いている。
ちなみに僕は一度も固定になった事が無い。拒否は一度もしていない。
「今回はどうよ?」
「……………………………………………………………………聞くな」
異母弟の赤い憐れみの自然が鋭角で突き刺さって来る。見るな。