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フィジカル・ロジカル  作者: 琳谷 陸
事故物件の成り立ち
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2.水ならタダでいくらでも

2.水ならタダでいくらでも



(……温かい)

 身体が小刻みの振動を感じて、手足が揺れる。

 ボンヤリというか、朦朧とする意識の中、腹の辺りに温みを感じた。

(ああ。気を失っていれば、空腹も感じない、か……)

 そんな馬鹿な事を考える。

 馬鹿な事を考えたからか、それともあまりの情けなさに奇跡というものが同情したのか、ほどなくして僕の意識は望み通りにふつりと消えた。

 どれくらい気を失っていたのか。暗い水底から浮かび上がるように意識が覚醒し、音と臭いが戻ってくる。

「あ、気づいたみたいです」

「おー。良かった。そいつクッセーんだ」

 二つの声はどちらも低く、男性のもののように思えた。

 そして途端に鳴り響く自身の腹の音。

 消えたい。空気になりたい。

 ボンヤリと見えてきた白い救護室の天井に虚ろな目を向けてしまう。

「腹の音もうっせぇんだよなぁ」

 返す言葉もございません。

「ご飯食べてないんですか? えーと……何かあったかな」

「だ、大丈夫、です。ご、ご、ごめい、わく、お掛け……しました」

 恥ずかしいわ居た堪れないわ。とりあえず尻尾巻いて逃げたい。尻尾ないけど。

 ぐっと腕と抗議デモの如く声を上げる腹に力を込めて起き上がろうとするも、エネルギーが底をついて倒れた身体が言うことを聞くわけもなく。そんな根性もない。

 無様にもんどり打つような感じで何とか起き上がり、寝かされていた台に腰掛ける形まで持っていく。

 汚れて臭いのでベッドには寝かせたく無かったんだろうな。仕方無い。

 そんな悲しい現実に項垂れていると、目の前に手のひらサイズの個包装された固形食糧が差し出された。

 カロリーソリッド。栄養素が手軽に摂れる柔らかめのビスケットぽいものだ。

 差し出しているゴツゴツとした大きな浅黒い手から視線を上げていく。ガッシリとした体格に黒い軍服系の制服は騎士団のもの。

 僕は雑務兵でしかも見習い身分だから白いけど、正式な色は黒だ。

 厚い胸板を通り、がっしりとした首から更に視線を上げると、若干いかついが意外なほど優しい月色の瞳と目が合う。

 眉も太いが、馬みたいに睫毛も長い。髪は紫だ。

 総合して凄い美形男子ではないが、イイ男だろう。

「良かったら、コレ……」

「ありがとう、ございます……」

 先ほどから心配そうにしていた方の声が耳に届く。

 震える両手でそれを受け取り、何とかお礼を言う。

 情けない事に、こんなになっても他人へのお礼を口にするのさえ自然に出来ない。それが、姿形とは違った意味で恥ずかしい。

「……うるせぇし、また帰りで倒れられても迷惑だから食ってけよ」

 ほれ、と。近くに水の入った紙コップが置かれる。

 もう一人の迷惑そうな声は中年の医師だった。

 貰ったカロリーソリッドをゆっくり噛じる。

 ボソボソして口の中の水分を奪っていく。ほんのちょっと甘い味がした。

 でも、数日ぶりの固形物は何より美味しく感じる。

 全部食べてしまいそうになり、慌てて半分残した。また後で限界になった時の為に。

 しかしそんな様子を見て救護医の中年は顔をしかめた。

「おいおい。てめぇ、木っ端でも騎士団員だろうが。寮に入ってねえ通いなのか?」

「いえ。寮暮らしですが……」

「なんでぇ。じゃあ、仕送りで見栄でも張ったか?」

「……そういうわけでもない、です」

 僕の答えにますます救護医の視線が胡乱になる。

「寮暮らしで仕送りに見栄張ったわけでもなくて、なんでぇそんな食うに困る自体になってんだよ。騎士団員が」

 救護医ともう一人の視線が痛い。

「…………一人暮らしをしたことがなくて、その、家計というか、やり繰りを、その……失敗して」

「いつから食ってねえ?」

「5日ほどです……」

 寮の部屋に行けば、水ならタダでいくらでも飲める。

「おめえ、アホだろ」

「…………はい」

 呆れ返った様子で救護医が卓上カレンダーを見る。

 給料日までいくら数えてもあと十日だ。

「本当に一銭もねえのか?」

「いえ、一応少しだけは……3,000Cほど」

「ならそれ使って最低限は食え。食えんだろ。それくらいあれば」

 二回くらいで無くなると思うのだが。

 口には出さなかったが、僕の顔を見て何かを悟ったらしい救護医が片手で顔を覆う。

「あの、差し出がましいのですが、普段どのようなお食事をされていますか?」

「どのような、と言うと……?」

「うーん……。自炊ですか? それとも外で買って?」

「外です。食べに」

「毎日ですか?」

「はい」

 普通そうすると思うのだが。

「外、というのは……そのご様子だとコンビニや大衆食堂ではなく、いわゆる普通のレストランですよね?」

「はい。あの、どうして」

「おめえ、本当にバカだろ。そんな事してらぁ、下っ端の給料なんかすぐ尽きらぁな」

「……費用もそうですが、栄養面でも毎日外食は偏りますよ」

 うん。また何か非常識な事をしたらしい。本当に自分の生活すらまともに運営出来ない。終わってる。

「いんや、まてよ。つっても、食費だけでなるか? おめえ、洗濯とかどうしてる。あと風呂。まさか毎日スパとかじゃねえよな?」

「えーと、お風呂は寮の部屋にあるバスルームで。洗濯は()()にまとめてクリーニングに」

「待った。クリーニング? おめえ、毎日制服そんな感じで汚してんのか? いや、それより聞いてんのは、普通のシャツやら下着やら普段使いのモンの話だ」

「え? 普段使いもクリーニング」

「ア・ホ・か! そんな事してらぁ足りるわけねぇだろ!」



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