20.推しと同じ空気吸ってる
20.推しと同じ空気吸ってる
今、僕、推しと同じ空気吸ってるぅぅぅー!
「…………」
「アデル。ガラルド見る目つきヤバいよ」
「いや、何か、ちょっときつくね? こいつ」
グサッと背中に刺さった視線と言葉にクールダウン。ありがとうアデル!
「ご、ごめん」
「良かったねーガラルド。この機会に親しくなれると良いね」
「う、うん!」
ヤバい動悸が。
「……ドン引かれねぇようにしろよ」
アデルの呆れた(若干引いた)声に何とか胸を押さえて動悸を鎮める。
現在、僕達はリセナ嬢の案内で城の二階へ上がり、延々と続くような長い廊下を歩いている。
この廊下は展覧画廊としての役割りも担っていて、幅も広く、両サイドにガラスケース付きの展示が等間隔で置かれていた。
それに合わせ、展示物を傷めない工夫をされた灯傘硝子を纏った灯り、展覧灯もあるのだが、特に夜間展示会を行っているわけでもない今は所々しか点灯していない。
美術品というのはある程度の灯りの下では鑑賞する楽しみを見いだせるが、そのある程度を下回ると途端に不気味に見えてくるのは何でだろうか?
「この廊下の先に今回の拠点室が用意されています」
赤地で両端に金刺繍の入ったふかふかのカーペットは足音を驚くほどよく吸う。元々ここに展覧画廊があった訳ではなく、異母弟がほぼ領地の政を掌握した際に作ることになって、このカーペットも同時に使用され始めた。
当然これは美術品を落としたりした時も考えて衝撃吸収機能もあり、万一の時でも限りなく品物を損なう危険を限りなく低く設計されている、らしい。
……伝聞みたいな形になってしまうのは、資料で読んだだけだからだ。
本当に、僕はこの領地について何の関心もなかったんだと、資料一つとっても痛感させられる。資料にはその製品が出来上がるまでの発端から過程、最終的な形まで全てが記されていた。そのほとんど全てが、領民、特に人間の発想と試行錯誤の結晶で、僕や兄様では恐らく創られる事の無かったもの。
その頃の僕らは、いや、僕は人間の発想なんて歯牙にも掛けなかっただろう。そもそも人間を対等な種としてみない。野生動物や害獣程度にしか思っていないのだから、共に何かを生み出していくなんて未来はない。
でも、それではこの領地はダメだ。
他の階層と比べ著しく魔力の薄い土地、隣りと違い風光明媚な景色を有しているわけでもなく、魔族にとって魅力がほぼゼロなこの領地。
父様は自分の研究所としてこの城を使っていた。その他はほぼ感知しなかった。
それでも成り立っていたのは父様の研究で生み出される成果による利益があり、最低限の維持が出来たからだ。領民なんて研究所の職員くらいで、その職員だってこの城に住み込むか別階層に家を持っていたから。
正直、それは奇跡に近い。
それが出来たのは父様だからと言える。
兄様は研究に限ってなら、もしかしたら父様と同じ事が出来たかも知れない。
でも、僕には無理だ。
そして研究では同じ事が出来たかも知れないが、兄様は研究所の運営は難しかっただろうと思う。
あの頃の僕達は、本当に……。
「ガラルド?」
「え。あ、えっと?」
ルイスの声に現実へと引き戻される。いけないいけない。ネガティブも程々にしないと。今は仕事中だ。
まして推しが近くにいるのに!
そろっとそちらを見ると、彼女はアデルと城の構造などについて話しているらしい。少し距離が離れていた事に気づいて近づくと、程なくして一つの両開きの扉に辿り着く。
会議室や結婚式場としては控室として使用される部屋でそこそこ大きい。
今は大テーブルと椅子が中央に置かれており、室温が風冷器によって下げられていた。
まだ本番ではないが、やはり暑さは感じていた事もあり、ホッと息をつく。
「あれ?」
「どうかしましたか。リセナさん」
不思議そうに首を傾げる薫衣草の君にルイスが声を掛ける。
「いえ……。風冷器のスイッチ、入れていったかなと」
気の所為かなと部屋の中を見回し、ひとまずホワイトボードを引っ張ってくる。
「今回の点検範囲について説明させて頂きますね」
簡単な城内の見取り図には幾つか印がついていた。この拠点から一番近い備品室までの経路などが矢印で書き込まれていて見やすい。
僕らはこれから朝方までにこの階にある四つの倉庫を回る。この部屋を出て時計回りに行く予定だ。




