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フィジカル・ロジカル  作者: 琳谷 陸
事故物件はリノベーションしたい
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16.妬ましくも思ってた

16.妬ましくも思ってた



「うへぇ……茶ってこんなあるんだな」

「まあ、ここは特に多いかな」

 となりあきれたように口を開けるアデルにそう返し、さっそく店内を見て回る。

「茶葉じゃなく、今回は……」

 足を向けたのは主役ではないもののコーナー。

「砂糖か? これ」

「うん」

 砂糖、と一口に言って、主役じゃないとあなどることなかれ。

「これは第四階層が開発したやつで、こっちは第五階層だったかな」

 親指の爪くらいの大きさをしたオレンジの硝子玉みたいなのは第四階層で創り出された『ランタンシュガー』で、暗い所では名前の通りランタンのような光を放ちながら溶けていく。

 同じくらいの大きさで、紺碧の瑠璃石ラピスラズリのサイコロみたいなのは第五階層で創り出された『スターダスト』で、溶ける時に茶の水面がまるで星月夜の湖みたいになる。

 砂糖は主役ではなく、人によっては使う事もない物。

 けれど、美しければ瓶詰めを飾っても良い。

 自身は使わなくても、来客用で出しても良い。

 それこそ砂糖菓子としても良いのだ。

 味の好みがわからないなら、好みが関係ないもので。

「あれ? これは初めて見る……」

「そちらは先日発売した新商品ですよ」

 見慣れない品に目を向けていた所、それを察した店員が説明を申し出てくれた。

「フェアリーフラワーというもので、見た目はこの様に白くて丸い真珠のようなのですが」

 見易いように硝子ガラスの耐熱容器で紅茶を淹れ、大粒の真珠のような砂糖を一つ静かに浮かべる。

 真珠特有のまろやかな遊色効果が砂糖の表面を巡った後、さらさらと小雪のように溶け始め、すぐに消えていく。

 後に残るのは、というより真珠の中から現れたのは花のつぼみだ。

 蕾はゆっくりと花開き、見事に花の咲く様子を再現した。

「この砂糖花も溶かして頂いても良いですし、砂糖菓子としてそのままお召し上がり頂いても。花の種類は五種で、季節毎に変わります」

 なかなかオシャレな気がする。

「通常ですとこの瓶なのですが」

 小さめの丸い瓶を示す店員。大きさ的には女性のてのひらに乗るくらい。

「オプションでもう少し装飾的なものへの変更や、お色も無色透明の他に色がついたものもございます。贈り物でしたらラッピング等にも対応しておりますので」

「あ、お願いします」

 これは買いだろう。そう判断してそう返す僕の横で、アデルは気配を消していた。

「俺、あっちで茶葉見てるわ」

「うん」

 砂糖の容れ物は少し平たい円形に月のエンボス加工がされた薄桃色の瓶にして、紫紺の光沢のあるリボンと白に近い黄色の造花飾りをつけてもらう。それを赤葡萄酒ワインレッドのベルベット生地で出来た袋に入れてもらい、ショッパーバッグに。

 これで本命の品物は一安心。あとは先程買ったカードを書いて添えれば大丈夫……だと思う。

 アデルの方は、と見ると。

「…………」

 茶葉の入った遮光密封缶が壁一面を埋め尽くしている棚の前で、難しい顔をしながらうろうろ……左右、端から端まで行ったり来たりしている。うん。楽しんでいるっぽい。

 見ているとやがて気になった缶に手を伸ばし、考え込み始めた。

 楽しんでいるようで何より。

「お客様、こちらでいかがでしょうか」

「ありがとうございます。大丈夫です」

 代金を払い、綺麗にラッピングされたそれを受取り、アデルの側に近づく。

「良さそうなのあった?」

「ああ……。まあ」

 うんうんと唸って両手に持つ缶を見比べている。

 一つは矢車菊に爽やかな香草やベルガモットを加えたアールグレイと異界では呼ばれる事のあるブレンド。もう一つは月光薔薇と呼ばれる薔薇の花弁にチョコレートなどを加えて華やかに仕上げたブレンド。

 わりと真逆の方向性の二缶で迷うなんて罪つくりな。

 なお、値段的にはアールグレイの方がデイリーユース向きである。

「自分用?」

「いや、妹。けど、下手なの送るとキレる」

「……試飲、出来るけど」

「店員に頼めば良いのか?」

「そう」

 その後、アデルも無事に購入。結局どっちも買ってた。

「アデル、妹いたんだね」

「おう。弟もいる。こっちはまだちっこくて素直な時期。そのまま育ってくれねぇかなぁ……」

 アデルの目が遠い。

「妹さん、元気なんだね」

「凶暴なんだよ」

 アデル、目が濁ってるよ。

「何かっていうと手や足、魔術だぞ? 昔は俺について回って可愛げあったのに……」

「ど、ドンマイ」

「お前は?」

「え?」

「下、いねぇの? もしくは上」

 うん。どっちも居るよ。居るけど、ね。

「……物凄く、僕は、色んな意味で、出来の…………悪い弟で兄だから」

 中途半端で、結局なににも成れなかった、失敗作。それが僕だ。

「まあ、俺も兄だし、兄としてなら、出来の悪い弟ほど可愛いと思われてそうだけどな」

「どうだろう? でも、そうだね。幼い頃は可愛がってもらったと思うし、兄様は僕には優しい時もあるかな」

 ただね。僕は兄様が好きだけど、少し、本当にほんのちょっぴり、妬ましくも思ってた。

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