10.知る由もない
10.知る由もない
「でも話してみたら全然そんな事なくて、良い意味で拍子抜けしたよ」
「…………」
ここ。いつもここだ。いつもいつも、ここで、言えなくて、いつも―――― 後悔するんだ。
いやだ。嫌だ。
一言だ。一言で良いんだ。
たった一言。
「……ぁ」
その一言を言うのが、何でこんなに難しい。
喉、何がへばりついてるんだ?
何でこんなに舌が動かない?
まだ、くだらないプライドみたいものがあるのか?
情けない。情けない情けない! プライドって言うなら、そんな毒にも薬にもならないものじゃなく。
「――ごめん、なさい」
「え? いや、そんな謝る事じゃ」
「ごめん。ごめんなさい」
「うわわ。ちょ、大丈夫? あー、ほら、泣かない泣かない」
何で勝手に目が熱くなって、いいって言ってないのに涙が溢れて、本当にみっともない。
「えっと、ほら、ガラルドがボクらと仲良くしたいってのはもうわかってるから。な?」
こくこくと首を縦に振ったは良いものの、止まらない。結局涙が止まったのは、陽が落ちて辺りが夜に塗り替わってからだった。ほんと格好悪いな僕。
「さてと。ガラルドは夕飯どうする?」
「あ。騎士団に帰って食堂で」
「わかった。そうだ、今度アデルも一緒、三人でご飯行こうか。勿論、給料出てからね」
「是非!」
「おい! 兄ちゃん避けろ!」
突然そんな声がして、声のした方へと視線を向ける。そこにはこちらに向かって突っ込んで来る男の姿があり、それを認識した時にはもうすぐそこまで来ていた。
あー……駄目だこれ。避けられない。
死にはしないだろう。万が一死んでも、僕は生き返る。
ぶち当たって運が悪ければ頭打って脳挫傷とか色々な要因で死ぬかも知れないな。嫌だなぁ痛いなぁ。
…………そういう事を、僕はいつも異母弟にしてたんだな。
少しの胸の痛みを覚えつつ、そんな事を考えていた。
周りがやけにスローモーションに見えて。
嗚呼、死ぬかもなんて、思った。意外と命なんてあっけないものだ。
「はぁっ!」
その視界に割り込む黒山から、そんな裂帛の声。
驚いて腰を抜かした僕が瞬きをした次の光景は、突っ込んで来ていた男が仰向けで伸びているものだった。
目の前で揺れる薫衣草の髪。振り向いた月色の優しい瞳が僕を見る。
「お怪我はありませ……あれ? 貴方は……」
「!」
僕に手を差し伸べた所で、その人は驚いたように目を少し瞠った。苦笑するような、ちょっとだけバツの悪そうな笑みで。
「またお会いしましたね。大丈夫ですか?」
「そ! その節は、ありがとうございました! はい! だ、大丈夫です!」
ぐわっと一気に血が恥ずかしさに押し上げられ、顔に。鏡なんて見なくてもわかる。僕の顔は真っ赤だ。
反射的に取った彼女の掌は、肉刺が何度も出来て潰れてを繰り返し厚くなった皮がゴツゴツして大きく、そして温かかった。
「良かった。では、お気をつけてお帰り下さいね」
僕の全身を一度目視で確認し、大丈夫そうだとわかると彼女は伸びた男を片手でひょいと掴んで去っていく。少し遅れてチームメイトと思われる警邏隊の数人が合流して、詰め所へ男を連行(運搬)して行った。
「ガラルド! 大丈夫? ごめん。突然で動けなくて」
「いや、大丈夫。大丈夫。それより彼女!」
「え?」
「あの人が僕の探していた恩人!」
二度も助けられてしまった!
ああっ、また名前も聞けずじまい。でも、だ。
「そっか。警邏隊……」
警邏隊は領地の様々な場所を巡回して警備を行っている。
地方の部隊もあるが、ここで会ったなら領都担当の部隊だろう。一気に範囲が絞られる。
所属がわかったら後は比較的簡単だ!
「うわぁ、どうしよう。緊張する……」
御礼を兼ねた手土産は何が良いかな!?
※※※
(え? あれ、女性?)
ガラルドは気づかない。
突然の再会というハプニングと、御礼の手土産を考えて小娘のように盛り上がるその横で、ルイスが呆気に取られてからそれを見て微妙な顔になっている事に。
※※※
「リセナ。お前、犬飼ったのか?」
「いえ? 飼ってませんけど……?」
「そうか」
じゃああれ野良だな、と。恩人の同僚がガラルドを見てから視線を逸した事に。
(ハラペコさん、元気そうで良かった)
リセナと呼ばれた件の女性に、密かにそんな名前で呼ばれている事に。
今はまだ、知る由もない。




