ざまぁ?しませんよ。不干渉が一番ですから……でも、お友達のことなら別ですよね?
ざまぁは初めて書くので、これであっているのかな?などと思いつつ書かせていただきました。
お目汚し、失礼します。
清々しい空気の森の中。
私、ネムネリス・フォンドナはそこで畑を耕しています。
最近はなかなかに筋力もつきましたし、街までお出かけしても疲れないくらいには体力がつきました。
半年前が懐かしいですねぇ。
ひ弱で歩くのも二百メートルほどで力尽きてしまう。走るなんてこと、したことがない。扇よりも重いものを持ったことがなかったです。
一般的な令嬢ならそんなものでしょうけど、今考えると、弱すぎますよね。
強盗に襲われたときはどうするのでしょう。
騎士様がいる?では騎士様がやられてしまったら?
歩くのもすぐに力尽きてしまうようなひ弱さでは逃げるのは現実的ではないですよね。
なので私は貴族令嬢であっても、体は鍛えておくべきだと思うのです。せめて走れるくらいには。
まあ、今森の中でゆうゆうと暮らしている私にはもう関係ない話なのですけれど。
畑を耕し終わった私は、クワをおいて、家の中に入ります。
革の肩がけ鞄を開け、中身を確認する。財布と買ったものを入れるための布袋。それさえあれば、十分です。
鞄を肩から斜めにかけて、自分の姿を確認してから、家の外へ出ます。
これから、近くの街へ買い物に行くのです。
私がこのような場所で生活しているのには、理由があります。
私には、婚約者というものがいました。
貴族であれば皆さんいらっしゃいますけれど、私は高貴も高貴、王太子殿下の婚約者でした。
そこまで仲が良いわけでも悪いわけでもない、間柄だったのですけれど、十五で王立学園に入学してから、殿下はとある令嬢に入れ上げたのです。
ピンク色のふわふわの髪と透き通った空色の瞳。細すぎるほどに華奢な身体は、出るところは出た、ダイナマイトボディ。
ぱっちりとした、まんまるな目がとても可愛らしかったです。
その令嬢は、アンナ・キャメロット男爵令嬢。キャメロット男爵の庶子だそうで、最近引き取られたばかりだと噂がありました。
確かに礼儀作法はあやふやな印象を受けました。
ですが、彼女のように、可愛らしい方は、礼儀作法があやふやなものでも、十分に輝きます。
本人は、貴族になったからには、礼儀作法もしっかりしたものがいいと言って、授業でペアになった私に頭を下げてきました。
『どうか、どうか私に、礼儀作法をご教授願えませんでしょうか?!』
そう言って、土下座、という東方の国のお願いだったか、謝罪だったかのポーズをとった彼女は、必死の形相でした。
可愛いお顔が台無しだったので、せっかくなら、そのお顔をうまく使う方法を伝授いたしました。そのうち、ネムさまネムさまと言って、慕ってくるようになりました。
今思っても、とても可愛らしゅうございました。
そのアンナさんは、どうやら私の婚約者である王太子殿下のお気に入りになってしまったようで、しょっちゅう殿下が私に、アンナにつきまとうなと文句を言いに来ました。
アンナさんは、私に、殿下には興味ないです、と宣言していましたが、当の殿下に気に入られてしまったのでは、どうしようもないため、私の秘密の場所である、図書室の隠し扉の中によく避難してきました。
まあ、そんなこんなでとても仲良くなったわけですけれど、さぁいざ卒業というとき。
卒業パーティの場で、殿下がやらかしました。
「ネムネリス・フォンドナ公爵令嬢。そなたとの婚約を破棄する。ここにいるアンナを虐げていたことはわかっている。王妃となる人物が、他者を虐げるなど言語道断。そなたは婚約破棄後、国外追放とする」
突然こんなことをおっしゃいましたのよ。
もう、みんな呆けてしまいましたとも。この三年間、私達はとても仲良く過していたというのに、それですもの。
アンナさんが何もおっしゃらないので、どうしたのかと思えば、虚ろな目で虚空を眺めておりました。
声をかけても無反応で、嫌な予感がしたので、婚約破棄と国外追放を受け入れて、そっとその場をあとにしました。
もちろん、何もしなかったわけではないですよ?いくつか条件を出させていただきました。
そのうちの一つは、そろそろ実を結ぶと思います。
街の商店街で、食品を始めとした、生活必需品を買い込み、森の中の家に帰ります。
今夜の夕食を考えながら、森へと続く道を歩いていると、そろそろ家というところで、家の前に人影が見えました。
もしや、と思いつつ、声をかけると、その人影は花が咲いたような笑顔で振り返ります。
「ネムさま!!」
鈴の音のような声はやはり可愛らしく、目の保養ですね。
何故私がいる場所がこの子にわかったのかというと、答えは交換日記だ。
私とアンナさんは、交換日記をしていました。
その交換日記には私の隠れ家の場所も記してありました。
この森の家も私の隠れ家の一つ。
いくつもありますし、土地自体、バラバラな場所にありますから、最低でも半年、そうでなくとも一年はかかると思っていましたが、割と早かったです。
もともと、あの王太子殿下はお馬鹿さんだったので、何かあったときに、と備えておいたのです。
とりあえずアンナさんを家に上げて、二人でこの半年間の話をします。
私は婚約破棄後、すぐさま国を出て、ここに来たこと。
そこまで困ったことは今のところないことを話しました。
アンナさんは、私の婚約破棄後、熱烈に求婚されたそうです。ですが、婚約破棄の事自体、霧がかかったようにぼやけていて、思い出せないのだとか。
それも、婚約破棄のあった夜のことだけ。
アンナさんは結局、あの王太子殿下に嫌悪しかなかったので、丁重にお断りしたそうですよ。
そんな話をしていると、時は早いもので、夕方になっていました。
二人で夕食を食べて、眠りにつきます。
もちろんベッドはアンナさんがいつ来てもいいようにと二つおいてあったので困りません。
アンナさんの、寝息が聞こえてきたら、私は静かに起き上がります。
アンナさんの言っていた、一日だけ記憶や行動を本人と切り離す、そんな薬があった気がしたからです。
本棚においてある薬学の書を手に取り、ページをめくります。
確か、この辺に……ありました。
忘却の薬。
一日だけ、相手を言いなりにする。と書かれていますけど、症状には、目が虚ろになる、その一日だけ記憶が霧がかかったようにぼやけている。とあります。
アンナさんは恐らく、これを使われたのでしょう。
……あいつら、やってくれたわね。
今の私がどのような顔をしているのかは、わかりませんが、これだけは言えます。
私は今、怒っている。
婚約破棄のときに掲示した条件が、役に立ちそうですね。
手元にあるランプを消して、代わりに蝋燭に火をつけます。
錆びた音を響かせる地下室への扉を開け、蝋燭の火を頼りに地下へ行きます。
私の靴が石の床を叩きます。
しばらく歩いていると、開けた場所に出ました。
このまままっすぐに行けば、外に出ます。ですが、私の目当てはそこではありません。
開けた空間を壁を伝って移動し、一つの扉の前で止まります。
気持ちをそっと心の底へと沈め、扉をノックする。
「……なんだ」
「…ユリの花を、買いたいの」
「…何本」
「…十三本」
そんなやり取りをすると、扉が開く。
出てきたのは、髭をはやした中年の男でした。
「よぉ、姫さん」
「もう姫じゃあないわよ。久しぶり、ボルガ」
ボルガと呼ばれた男はニヤリと嗤います。
「なんだ、殺したいやつでもできたか」
「失礼ね。殺すと面倒くさいじゃないの。後遺症の残る、毒を盛って欲しい人がいるのよ。カスペラの毒」
「へぇ」
喉を鳴らしたボルガは一層笑みを濃くしました。
「珍しいな、姫さんがそんなこと言うなんて。どいつだ」
「リストニアの王太子とその側近」
「了解だ」
それだけいうと、ボルガはさっさとどこかへ行ってしまいました。
それを見届けたあと、家に帰りました。彼らならば、失敗などしませんから。
*
鳥が鳴く声がします。
何やらおさまりがよく、もっとここで寝ていたいという欲求に襲われます。
心地よいぬくもりを持つそれに、額をこすりつけ、しがみつくと、トクトクと、一定のテンポで心音が聞こえてきます。
……心音?
疑問を持った脳はすぐに覚醒してくれて、私はパッと目を開けます。目の前にいたのは……アンナさんでした。
「?!」
思わず口から飛び出そうになった言葉を必死で喉の奥に押しやります。
な、なぜ私はアンナさんと一緒のベッドで寝ているのでしょう。
寝起きのまだ惚けた脳を必死で働かせ、思い出します。
私が、夜中に地下へ行ったあとに眠気に勝てず、アンナさんのベッドで寝てしまったからです。
私はなんてことをしてしまったのでしょうか。
寝ぼけていたとはいえ、うら若き乙女のベッドに入り込むなど…!
と、もぞりとアンナさんが動きました。
小さく呻きながら目を開けたアンナさんは、瞬きを繰り返します。
「ネムさま?」
冷や汗が背中をつたいます。嫌われたらどうしましょう。
「お、おはようございます…」
「おはようございます」
アンナさんは、なぜ同じベッドで寝ているのかという疑問を持ったようで、まぶたを何度も瞬かせます。
やがて、アンナさんはフニャリと微笑み、
「ネムさまぁ」
といいます。
「……っ」
殺す気ですか、可愛すぎますでしょ。一通り悶えたあと、アンナさんに謝ります。
「申し訳ないです……夜中に起きたときに寝ぼけてアンナさんのベッドに入ってしまったようです。本当にごめんなさい」
「いえいえ、ネムさまと同じベッドで寝れたのでとっても幸せですよ」
その笑みにキュンとしてしまった私はいそいそと支度をして、アンナさんのぶんの朝食どころか、5人前も作ってしまいました。
お恥ずかしい話です……。
それはおいておいて、アンナさんと朝食を食べてから、私達は、街へ行くことにしました。
二人で似たような綿のワンピースを纏い、外に出ます。
森の道を歩いていると遠目に街が見えてきます。
ガヤガヤと朝早くから賑わいを見せる商店街は、既に人だかりでいっぱいで、歩くのにも手間取りそうでした。
人だかりをかき分けながら、アンナさんと歩いていると、髪飾りを売っているお店が目に入りました。
正確には、桃色の硝子と、空色のビーズをあしらった花の形の髪飾りに目を留めました。
アンナさんにとても良く似合いそうです。
「おばさん、この髪飾りをくださいな」
「はいよ、まあ可愛らしいお嬢さんだね、ネムちゃん。プレゼントかい?」
「フフ、お友達なんです」
そう言って笑うと、髪飾りのお店のおばさんは、にまりと笑って言いました。
「ならお揃いで髪飾りを買ったらどうだい?この髪飾りと色違いのやつがあるよ、ほら」
おばさんが出してくれたのは、先程の髪飾りと色違いの髪飾りです。空色の硝子だけでなく、空色、茜色、緋色、紫色、藍色など、たくさんの種類があります。
「あ……これ」
隣りにいたアンナさんが手に取った髪飾りを見ると、それは私の紫色の瞳と銀の髪をそのまま写し込んだような色合いの髪飾りでした。
「これ、くださいな」
「はいよ、お互いにプレゼントかい。いいね、美しい友情だね。可愛らしいお嬢さんたちにはおまけをあげよう」
そういったおばさんは、私達に手を、出すように言いました。
差し出した手におばさんはきれいなリボンを巻いてくれました。
お互いの瞳の色のリボンを。
「フフ、ネムさま、お揃いですね!」
「ええ、そうね、アンナさん」
目を見合わせ、微笑んだ私は、視界の端で、一つの新聞を捉えます。新聞というよりは号外だったけれど、それには興味深い内容がありました。
『リストニア王太子殿下及び、その側近さまが毒を盛られ、意識不明の重体。王室騎士団は犯人の捜査を進めている』
もう一枚には、
『リストニア王太子殿下及び、その側近さまが意識不明の重体から復帰。しかし全身に毒の副作用と見られる痺れが残り、王位を継ぐことは難しい。国王陛下は王太子の変更も視野に入れている』
と書かれています。
どうやら彼らはもう仕事をしてくれたようです。
王位と愛を求めた哀れな王太子殿下。あなた様からは愛を取り上げることになってしまったこと、お詫び申し上げます。
ですが、殿下。あなたが最初からアンナさんの意見も踏まえて行動できていたのなら止めませんでしたよ?
結果として、あなた様からは王位と愛、両方を取り上げることになりましたけれど、謝罪は致しません。
アンナさんに薬を盛って、自分のものとしようとする人など…許すはずがないでしょう。
私は自分のことでざまぁとやらをしようとは思いません。不干渉が一番ですから。……ですが、お友達のことなら別ですよね?
求めたものを取り上げられてしまった哀れな王太子殿下。
私は今、あなたが愛し、愛されなかった人と、楽しく過ごしていますわ。