真夜中の学校を探検してたら幽霊に出会って、恋に落ちた話
僕の世界には色が無い。これは決して目に問題があるとかでは無く、心から楽しいと感じないと言うことだ。
モノクロの漫画のように、パノラマのように色は黒と白の2色だけ。
退屈で無駄な日々をただただ惰性で過ごしていく。
友人達と遊んでいても僕は彼らのように楽しいとは思えない。付き合いという理由のみで行動を共にし、一緒に遊んでいる。一歩引いたところで自分を見て、周りの人間を見ている。
このまま大人になり、惰性で生きて死ぬのだと思っていた。
しかし、そんな退屈だった日々はある日突然に終わりを告げる。
***
「はっ!」
僕は目を覚ます。
場所は・・ロッカーの中だ。足下にはバケツがあり、右隣には数本のほうき。教室によくあるT字型のほうきだ。
数瞬の間、理解が出来なかった僕だったが徐々に思い出してくる。
たしか・・そうだ。かくれんぼをしていたらそのまま寝てしまった。学校全体をかくれんぼの舞台にして友人達数人とかくれんぼをしていたのだ。
僕は灯台もと暗しとか言いながら自分のクラスの掃除用具入れに隠れたのだ。
すると、外から聞こえてくる吹奏楽の演奏と野球部の金属バットがボールに当たる音、昨日の夜更かしによる寝不足。それらが合わさって眠気を誘ってきたので少し眠気を飛ばすつもりで目を閉じた。そうしたらぐっすりと眠ってしまったわけだ。
寝る前の記憶を取り戻した僕はロッカーから出る。
吹奏楽の音や部活動をしているあの騒がしい感じが無かったのでなんとなく分かっていたが空は完全に暗くなっていた。
真っ暗な空には霧吹きで白い絵の具を飛ばしたような星空が広がっていた。
時刻を見ると午前2時。ぎょっとするが、僕の親は極度の放任主義なので連絡も特に必要ないと思い出す。
しかし、真夜中の学校と言うのもなかなか乙なもので星と満月が発する淡い光が差し込む教室は綺麗だった。
なかなか出来ない体験だと思った僕は教室を出て校内を回る。男子トイレや女子トイレの中は暗さに慣れてきた自分の目でも把握することはできず、不気味で真っ暗だった。
この学校は基本的に鍵なんて掛けていないのでいろんな教室に入れた。職員室、校長室、放送室など普段あまり入る機会のない場所をいろいろ巡る。
ふと、美術室の前を通りかかったとき、声が聞こえた。
「・・ですか・・・・ほど・・すね」
こんな時間に生徒が残っているとも思えない。先生か警備員か? と思ってこっそり中をのぞき見るとそこには女子生徒がいた。だが制服がうちのものではない。うちの学校は男女ともにブレザーだ。だが彼女が着ているのは黒いセーラー服。
彼女は美術室にある彫刻に向かって話しかけて笑っている。
・・幽霊だ。間違いない。幽霊だ。
初めて幽霊をみた興奮で体が少し動き、扉にぶつける。
ガタンッ。
「だれ?」
「・・・・」
声を押し殺して息を止める。バレないようにと願いを込めながら身を隠す。
「隠れてないで出ておいでよ。そこに居るんでしょう?」
もはや相手は居ると確信しているらしい。だがそれでも出る訳にはいかない。何をされるか分かったもんじゃないから。
「そのまま隠れているなら呪うよ」
「っ!!」
呪われてはたまったもんじゃないと思った僕はゆっくりと警戒しながら半身で姿を見せる。
僕の姿を見た彼女は優しい目をしながら微笑んで口を開いた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは・・?」
「君はどうしてこんな時間にいるのかな?」
「か、かくれんぼしてたら・・寝過ごした」
僕がそう言うと彼女は口元を抑えながら椅子の上でうずくまる。体は小刻みに震えていて「ふふふふふ」という笑い声が漏れていた。
「君・・おもしろいね・・」
今のどこに面白いと感じる要素があったのか分からなかったが彼女の醸し出す雰囲気が柔らかく、暖かいものであるのを感じた。敵意や害意は特に感じられなかった。そのせいかどうかは分からないが僕の緊張感や警戒心も少しずつ薄れていく。
「あの・・聞きたいことがあるんですが・・」
「なに? なんでも答えるよ」
「なに、してたんですか?」
「彫刻に話しかけてたの。暇だから」
「その彫刻話すんですか・・!?」
「いや、話さないよ。私が一方的に話しかけてただけだよ」
「じゃ、じゃあ、あなたは・・幽霊ですか・・・・?」
「うん。そうだね。私は幽霊だよ」
「・・じゃあ、俺は霊感があるってことか・・・・」
「・・・・ぷふっ。あははははは! 普通そこに考えつく? 普通は恐いとか逃げたいとかじゃないの?」
彼女は必死に笑いをこらえながら言葉を紡ぐ。体をぷるぷると震わせながら。
「いや、なんとなくあなたは恐いと感じません」
「ほお~? もしかしたらこわ~い怨霊かもしれないのに?」
「え! そうなんですか?」
「ふふっ。違うよ~。私はただの地縛霊だよ」
「地縛霊ってことはここから動けないんですか?」
「うん、そうだね。正確にはこの学校から、だね。・・う~ん」
彼女はそう言って少し考え込むように手を顎に当てて前屈みになる。まるでオーギュスト・ロダンが作った「考える人」と同じように。
数分の静寂のあと、彼女はぱっと顔を上げてにこりと優しく笑う。
「君、私の話し相手になってよ」
そう言う彼女は教室に差し込む月光と相まってとても幻想的で美しく、そして儚かった。
***
その日から僕の生活は一変した。
彼女は逢魔ヶ時と丑三つ時。つまり夕方と午前2時から2時30分までの間のみ、存在が強まり、僕にも見えるようになるらしい。僕の霊感はあるにはあるが弱いらしく、それ以外の時間は彼女を見ることは出来ないそうだ。
僕はその二つの時刻に美術室に訪れるようになっていた。この学校に美術部は無く、美術教師もいないため夕方も普通に話すことが出来る。夜は一度帰ってから忍び込むようにしている。古くから存在するこの学校はあらゆる所に偉大な先人達が残した侵入経路がある。その侵入経路は彼女に教えて貰った。
夜中に動き回っているため、必然的に日中、眠くなる。それまで真面目に授業を受けていた僕が突然、授業中に寝ることが多くなったため教師達は驚いていたが僕に取ってはそんなことはどうでも良かった。
友人達と遊ぶ機会も少なくなり、次第に離れていった。元々、付き合いだけで一緒にいたので僕にとってはどうでも良かった。
それよりも僕は彼女と話す方が楽しかった。彼女は僕の知らない話を、心躍る話をしてくれる。それがたまらなく楽しかった。
その時から僕の世界は色づき始めた。
ある夜。いつものように美術室を訪れる。そして、いつもの様に話している途中で彼女は僕にしてほしいことがあると言ってきた。
「してほしいこと?」
「うん。私に世界を見せて」
「世界? でも君はここから動けないんだろ?」
「だからさ、君がいろんな風景やものを持ち帰って私に見せてよ。ね? いいでしょ?」
「え~、でもどうやって?」
「風景は写真で! そしてそして! 私にいろんな話を聞かせて! 私にいろんなものを見せて!」
いつになく元気な声で彼女はそう言った。
僕はカメラなんて持ってないし、そもそもお金が無い。
「それ、僕、お金から貯め始めなきゃいけないじゃん」
「うん! がんばって!」
彼女は体の前で拳を作り、擬態語をつけるなら「ふんすっ」といった感じの仕草で僕に言う。
僕はこんなにうれしそうに話をする彼女を見たのは初めてで、その表情をもっと見たいと思った。
「・・わかった。頑張るよ」
「ほんと!? ありがとう!」
彼女はそう言って僕に抱きつく。存在が強まる逢魔ヶ時と丑三つ時は霊に触れることも可能なのだとこのとき初めて知った。
それから僕はバイトを始めた。時給の高かったファミレスで働き始めた。親からは特に止めるようなことは言われず、ただ一言、「責任を持って臨め」とだけ言われた。
それからは日々の忙しさに忙殺されそうになりながら必死にあがいた。
カメラを手に入れることが出来てからは週五で入れていたバイトを週三に減らして、土日は遠出をした。少し都会の方に行って流行りの食べ物を撮って帰ったり、星空がよく見える展望台や雲海がみられる神社に行ったりもした。
その写真を撮って帰り、現像して彼女の元へ持って行く。そこであった事を話したり、持って帰ってきたお土産の数々を見せたりしながら彼女の輝くような笑顔をこっそり撮影したりした。
ある日、夜に家を出て行こうとすると玄関前で後ろから声を掛けられた。
「あんた。なんかいいことでもあった?」
話しかけてきたのは母だった。いつもなら寝ている時間だっただけに少し驚きながら振り返る。
「・・特にないよ」
「うそだね。最近のあんたの目を見れば分かるよ。キラキラして輝いている」
「そうかな。僕には分からないや」
「ま、そのうちわかるよ」
意味深な言葉を言った後、母は死ぬなよと言いながら戻って行った。
玄関から出たあと少し考える。
母は僕の目がきらめいていると言った。もしそれが本当ならそれは彼女のおかげだ。
彼女の目が優しく細くなるたびに心が温かくなる。微笑むたびに幸せな気持ちになる。もっと見たいと思う。
彼女の一挙一動に心が動かせられる。彼女が満天の星空のように輝いた笑顔を見せるたびに心が跳ねる。
ああ、こんな気持ちになったのは初めてだ。
こう言う気持ち世間ではなんて言うのかな。
憧れ? 違う。恋? それでは少し安っぽい。
・・・・ああ、分かった。これは愛と言うんだ。
ただ彼女と一緒にいたい。彼女と共に笑っていたい。
僕のそんな願望とは無関係に別れの時期は迫っていた。
***
『卒業生、退場』
体育館に教頭の声が響く。
卒業生がばっと一斉に立ち上がり、クラスごとに列になって退場していく。
涙を流しながら歩く者、後輩と目が合い、にやにやとする者。先輩達との別れを惜しんで泣き始める者、切り替えて新しき日々に思いをはせる者。そんな様々な人と感情であふれる体育館を僕は流れに従って出て行く。
クラスに戻って最後のホームルームが始まる。担任の少し太ったお母さん感あふれる女性教員が着物姿で教卓に立つ。
最後と言うことでそれぞれの名前を呼び、一言ずつその生徒に対して言葉を述べていく。
廊下側の窓や、教室の後ろでは親達、主に母親がハンカチで涙を拭いながらその様子を見ている。
次は僕の番だ。
「柊弘己くん」
「はい」
返事をして立ち上がる。
「君は優しい人でしたね。そして先生の中でもっとも変わったと思える人です。入学当初はあまり笑わず、学校行事も楽しそうでは無かった。でもある日から目に輝きを宿して生き生きし始めた。行事ごとにも楽しむように参加し、いろんな写真を撮ってくれましたね。これからも元気で、そして生き生きとしていてくださいね」
意外と生徒をしっかりと見ている先生だなと思いながら頭を下げる。
「ありがとうございました」
僕は席に腰を下ろす。
もう少しでホームルームも終わる。この学校での生活が終わる。
これまでの日々に思いを馳せながら終わるのを待った。
ホームルームが終わったのは14時。
卒業生達は校門前に移動して後輩と別れの挨拶をしたり、親と写真を撮ったりしている。
「あの、弘己くん・・!」
声を掛けられたので振り返るとそこには同じクラスの女子である南原悠月さんが居た。その後ろでは数人の女子がニヤニヤしながらこちらを見ている。
「どうしたの?」
「わ、わた、わた・・!」
噛みながら彼女は顔を真っ赤にして口を動かす。
「わ、わたしたち、このあとクラスみんなでご飯行くんだけど、こ、弘己君もくるよね!?」
その様子を見ながら後ろにいる女子達はため息をつきながら額に手を当てた。そのそろった動きは練習していたかのようだった。
ともかく、これからみんなでご飯を食べに行くらしい。
僕はそれに参加するつもりは無かったので帰ろうかと思い、断ろうとするが。
「僕はいか・・」
「行ってきなさい、弘己」
隣に居た母が僕にそう言った。
「いや、母さん。僕は・・」
「行ってきなさい。こういうのは今しかできなのよ」
そういう母はいつになく真剣な表情だった。だが、その雰囲気は優しい。
僕は母のその言葉に従って目の前に居るクラスメイトに「行くよ」と返した。
彼女と連絡先を交換して集合場所と時間だけ言われて別れた。
クラスメイトとの会食も終わり、一旦家に帰り風呂に入ってゆっくりと時間を過ごしているともうすぐ丑三つ時だった。
僕は玄関から家を出て学校に向かった。
美術室につくといつもと同じように彼女は椅子に座っていた。
でもその表情はいつもと違い、少し悲しげな、切なげな顔だった。
「やあ。卒業おめでとう」
「うん。ありがとう」
少ししんみりしている彼女は僕の顔を見て笑う。
「今日は卒業の写真を持ってきたんだ」
「うん・・」
いつもなら「本当!?」といってどんな写真にも興味を示す彼女が今日は、それしか言わない。
なにかあったのかと思い、心配からその理由を聞き出そうとする。
「・・どうしたの?」
「うん。君とのこの関係もこれで終わりかと思うと少し寂しくてね・・」
「終わり? これからも僕は君に会いに来るよ」
「ううん。それは出来ないんだ」
「・・どういうこと?」
卒業しても毎日忍び込んでしゃべればいいじゃないか。そんなふうに考えていた僕にとって彼女のその言葉は理解が出来ないものだった。
「私はね、今夜、成仏するんだ」
「え・・・・」
「地縛霊はその未練からこの世に残る。でもね、死んだ人間がこの世に残るのは本来は許されないんだよ。だから、未練が無くなったらこの世を去らなくちゃいけない」
「・・・・」
「私の未練は何だと思う?」
そう言って彼女は無理矢理笑う。
「・・世界をみること」
僕は泣きそうなのを我慢して彼女が僕にお願いした内容を答える。
彼女が泣かないように笑っているのに僕だけが泣くことは許されない。
「ぶっぶ~!」
「・・違うの?」
「うん。違うんだ」
彼女は少し明るく言う。先ほどより自然に笑っているように感じた。
「私の未練、それはね、恋をしたことがないこと。だよ」
「恋?」
「うん。恋をしたことがないから恋をしてみた~い! って思ってたらそれが未練になっちゃった」
「・・じゃあ」
「うん。私が恋をしたのは君だよ。柊弘己くん。君が私の想い人。君と過ごした日々が、君の優しさが私の未練を払ってくれた」
彼女は泣いていないから僕が泣くことは許されない。泣くわけにはいかない。そう思っているのに体は僕の言うことを聞かずに目からはドバドバと涙があふれ出す。
「君と出会った日も今日みたいに満月が輝いていたね。君・・が、・・くれた・・」
僕が泣くのを見て感化されたのか彼女の綺麗な瞳からも大粒の涙があふれ出す。
「もうっ・・! 最後は・・笑って・・逝きたかったの・・に!」
「・・ごめん・・。でも・・とまらない・・んだ」
「・・ほんとだね・・。とま・・らないや。・・ふふっ」
彼女は笑い声を漏らす。泣きながら笑っている。
「おかしいね・・。泣いてるのに・・笑えちゃう・・」
「そう・・だね。ふふっ」
思わず僕も笑ってしまう。
「「あははははは・・!」」
僕と彼女の笑い声が美術室の中にこだまする。
二人してなぜ笑っているのか分からないまま笑い合う。その間も目からは涙があふれている。
「やっぱり、君といると楽しいや!」
彼女がいつもの明るい声で言う。
「そうだね」
僕も穏やかな声でそれに応える。
「君は私との日々を覚えておいてくれますか?」
「もちろん」
「君は私無しでも生きていけますか?」
「何さその質問・・」
「いいから、答えて」
「たぶん、何とかやっていくよ」
「うん・・」
彼女が頷くと彼女の体は徐々に薄く、消えていく。
「君がくれた日々は輝いてたよ」
「僕もそうさ、君が居てくれたから僕の世界は輝き始めた」
「私の話し相手になってくれてありがとう。本当にありがとう」
「うん」
「最後になったけど、君の事が好きだよ、柊弘己くん」
「う・・ん。僕も・・好きだ」
「・・ありがとう。愛してる・・」
その言葉を最後に彼女は消えた。
「うっ、くっ・・」
月の光が差し込む教室にはもう彼女はおらず、僕の嗚咽だけが響いていた。
不躾ではありますが、感想と評価をお願いします!!
アカウントを持ってない人でもできるように設定しました!
できなかったらすみません!




