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エルガイア王都へ

 カールシュバイツ邸の高級感溢れるベッドで極上の睡眠を頂いた私。

 恥ずかしながら、二分と保たなかったわ。私が睡魔によって眠りの世界に誘われるまで。

 気付いたら、もう明るかったもの。夢すら見ずに、一瞬で朝という感じで……。


 それにしても、実家を追い出されてからまだたったの一日しか経っていないのね。昨日のことを振り返ると早々と寝落ちしたのも仕方ない。

 とても濃い一日だったもの。まだ疲れが残っているかも……。


「はぁ、あれだけ修行を積んだのに、私もまだまだね」

「ミュー!」

 

 自嘲気味になりながら、鏡の前で独り言をいうとマルルが私の頭の上に飛び乗る。

 寝癖が酷いことになっているわ。今はもう、この髪を()いてくれたアネッサもいない。

 一人で出かける準備をするなんて何年ぶり――。


「ルシリア様~、遅くなってすみませんねぇ。お着替えの手伝いをさせて頂きます」


「えっ? しかし、私は……」


「このサーシャめにおまかせを。旦那様の客人に何かご不便を感じさせるわけにはいきません」


 メイド長をしているというサーシャさんが半ば強引に私の着替えを手伝ってくれた。

 寝ている間にボサボサになってしまった髪の毛も一瞬できれいに手入れしてくれる。熟練の技というか、手際がとにかく良い。


「こうして、女の子の世話をするなんて久しぶりです。昔はエリスお嬢様がよくアークハルト殿下と共に遊びに来たものですが」


「エリスさん、ですか?」


「おっと、口が滑りました。……私から聞いたとは言わないでくださいね。アークハルト殿下の元婚約者、ですよ。一昨年、お亡くなりになりましてね。ここに来ていたのも療養を兼ねていたんです。ですが、病というのは怖いですね。若い命を容易く摘み取るのですから」


 どうやらアークハルト殿下はエリスという女性と婚約していたそうだ。そして、その婚約者を亡くしている。

 もしかして、ここに来たのは彼女との思い出の場所だから……。

 いえ、詮索するだけ野暮というものよね。第一、他人の私が踏み込んで良い次元の話じゃないわ。


「はい、終わりましたよ。旦那様があんなに楽しそうなのは久しぶりでした。また、遊びに来てあげてくださいね」


 サーシャさんに支度を手伝ってもらった私はアークハルト殿下の待っているという庭へと急ぐ。

 庭の花壇には立派なバラが咲き乱れており、甘い香りに圧倒された。

 カールシュバイツ邸は辺境伯の曾祖父が命懸けで創った芸術作品なのかもしれないわね……。


「やぁ、ルシリア。よく眠れたかい? 俺は何度もここに来ているから、慣れてるけど。ほら、時々いるだろ? 慣れないベッドだと寝付けないって人も」


「恥ずかしながら、熟睡してしまいました。そういった可愛らしい繊細さがなくて、たった今、後悔しています」


「はっはっは、結構なことじゃないか。健康的で。それだけで一財産さ。来てもらって早々に悪いが、早速馬車に乗ってもらう。なんせ、王都までは長旅だ。急がないとすぐに日が落ちる」


 健康は財産……、それはエリスさんを失ったというアークハルト殿下にとって大きな意味を持つのかもしれない。

 ここから王都に着くまで半日以上はかかると聞いていたので私は殿下の言葉に従って、エルガイア王室の馬車へと乗り込んだ。


「ミュ、ミュー!」

「へぇ、変わった生き物だな。精霊族の幼体……か。精霊族って、人には滅多に懐かないと聞いていたが。やっぱり、ルシリアには他の人にはない特別な力があるのかもしれないな」


 馬車に乗り、戯れるマルルを興味深そうに見つめるアークハルト殿下。

 特別な力……、そんなものがあれば私の人生も楽だったかもしれないわね。

 持たざる者と持つ者の差を幼少期から嫌というほど思い知らされてきた。

 話を聞いただけで何でも出来る天才を相手に私がどれだけの挫折を味わったか……。

 

 でも、頑張れる自分も嫌いじゃなかった。どうしたら、次のステップに進めるのか試行錯誤するのも楽しかったわ。

 だから、私は聖女になったあの日まで自分のことを不幸だと呪ったことは一度もなかったのに……。


「……リア、ルシリア。おーい、聞こえているか?」


「……はっ! し、失礼しました。ちょっと考えごとを」


「そっか。まー、不安になるのは分かる。慣れない環境だしな。困ったことがあったら、何でも相談するといい。宮廷ギルドには聖女という職業がないから、魔術師として“宮廷付(きゅうていつき)特務隊”に所属してもらうことになる。最近、魔物の数も増えてきて、人手が足りないんだ」


 そういえば、魔物の数が急増しているという話を教会からも聞いたような気がするわ。

 聖女の仕事は主に光属性の結界術によって魔物が通過できないような結界を張ることや、傷付いてしまった人に治癒魔法を施すこと、そして、町中に入ってきた魔物を退治することなど多岐に亘る。

 結界術とて万能ではない。魔物の数が増えれば増えるほど、結界を圧迫して効果が薄れてしまう。

 なので、魔物の数が一定値を超えれば結界は短時間で破られてしまい、また張り直さなくてはならなくなる。


 魔物退治に関しては「冒険者ギルドが報奨金を支払ってそれに応じて依頼を受けた冒険者たちが討伐の任務にあたる」か、「王宮所属の兵士たちが出動する」か、この二つのパターンが多いので、聖女の出る幕は少なかった。

 でも、教会からはこれからはそうもいかなくなるとも聞いていた。


 つまり、魔物の増加に関して言えば、近隣諸国全てが頭を抱えている問題であり、ここエルガイアも、故郷のアーメルツも対策を考えているところなのだろう。


「もちろん、我がエルガイアにも教会所属の聖女はいるから、いつかルシリアもそっちに配属出来るようにかけ合ってみるが、他国の聖女が入った前例がない。俺の一存じゃどうにもならないこともあるんだ。すまないな」


 そう。私はアーメルツの聖女であって、エルガイアの聖女ではない。

 この聖女としての証のブローチは世界中で認識されているが、どこの国の教会所属なのかまで見る人が見れば分かってしまう。

 つまりこのブローチの価値は、他国ではせいぜい聖女相当の力があることの証明程度にしかならないのだ。


「宮廷に仕えさせて頂けるだけでも恐縮の極みですのに。それ以上を望むなんて畏れ多いです」


「うむ。そう言ってくれると助かる。特務隊も、最近は出番が多くてね。ルシリアの働きに期待するよ」


 こうして、私はアークハルト殿下のはからいによって、宮廷ギルド内の一組織である宮廷付特務隊に所属することとなる。聖女ではなく、一介の魔術師として。

 しかし、このときの私にはそれがどんなことを意味するのか分からなかったわ。

 宮廷ギルドに入るということは、勉学、武芸、芸術など、何かしらの点で王宮が『一流以上』だと認めたことを意味していたのだけど、その待遇についても、私は何も知らなかったから……。

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