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辺境伯家にて

 国境沿いの関所付近で体調を崩していた辺境伯に治癒魔法を施した私。

 追放されて、早々にトラブルに巻き込まれたけど、見知らぬ誰かを助けるために聖女になったんだもの。人助けが出来て良かったと思っている。


「是非ともお礼に、我が家で食事でもいかがですかな?」

「そ、そんな。礼には及びません。当たり前のことをしただけですから」

「何を言う! 恩人をタダで返せば、このカールシュバイツ家の名が廃る! 頼むから、何かご馳走させてくだされ!」

「え、ええーっと、そこまで仰るのなら」

「ミュ、ミューン!」


 という流れで、私はカールシュバイツ辺境伯の屋敷にお呼ばれした。マルルはお腹が空いていたのか興奮したのか、私の肩の上で飛び跳ねて喜ぶ。

 気を遣わせて悪いわ……。でも、所持金は銀貨二枚しかないし、ご好意に甘えて良かったのかもしれない。


「なるほど、聖女の称号を持つ程の方だったか。道理で、魔法の効き目が違ったわけじゃ! いやー、感心、感心!」


 私のブローチを見て、辺境伯は白いひげを触りながら納得したように頷く。

 このブローチに気付いたなら、他のことにも気付いたはずね。私が追放者だということにも……。


「あの、ですから私……」

「ふむ。国を追われたのじゃろう? 分かっておる。聖女殿、いやルシリア殿だったかな?」

「え、ええ。そのとおりです。騙して同行するつもりはなかったのですが」


 当然、辺境伯は追放された身だということには気付く。

 でも、変ね。彼からは私を蔑むような雰囲気は一切感じない。

 もっと優しくて、慈しむような目をしている。


「ルシリア殿、ワシはもう何十年もの間、関所を管理しとる。ワケありの者など、見飽きとるし、この国に害を成す者がいれば、始末もさせておる。……そんなワシから見て、あんたは善人じゃよ。治療してもらったから言うとるのではない。あんたの目を見て言うとるのだ」


「カールシュバイツ様……」


「ワシの目が節穴であったなら、それはワシの責任じゃ。なんのことはない。あんたはワシにご馳走されて、旅の疲れを癒やせば良いのじゃ。何なら、王都で仕事を探せるように紹介状の一つでも書いてやろう」


 私はつい目頭が熱くなってしまった。

 まったく、まだまだ弱いんだから、私は。アネッサに心配させないように虚勢を張って、国境を越えてみたら、すぐに途方に暮れて……。優しい言葉をかけられて、泣きそうになるんだもの。

 しっかりするのよ、ルシリア。私はこれから自分の力で生きていかなきゃならないんだから。


「おおっと、ワシとしたことが大事なことを言い忘れとったわい。ご馳走すると言ったが、客人を一人招いておる。同席してもらうが構わないかのう?」


「あ、はい。私は構いませんが、そのお客様がお嫌かもしれませんよ?」


「ははは、あの方はゲストが一人増えるのに難色を示すほど狭量ではないよ。ルシリア殿みたいな可愛らしいお嬢さんが来ればむしろ喜ぶ」


「そ、そんなこと。お上手ですね。カールシュバイツ様は」


 辺境伯の冗談はさておき。

 あの方は、と言っていたけど、かなり高貴な身分の方なのかしら?

 辺境伯よりも身分が高いって、それこそ公爵や王族ってことになるけど。

 さすがに王族ってことはないか……。それなら私みたいな追放者を誘うなんてしないだろうし。


 そんなことを考えながら、カールシュバイツ家の馬車に乗り、三時間ほどで大きな屋敷に到着した。

 これはまるでお城ね。周りが森林に囲まれてなんとも静かで、寂しげな場所なんだけど、この重厚な造りはそのイメージを吹き飛ばすほどの華やかさだわ。


「大きすぎるじゃろう? ワシが死んだら息子に屋敷ごと相続させるつもりだが、あやつは妻子と今、住んどる町中の小さな屋敷で良いと言っておる始末じゃ。まぁ、ワシも不自由しとるが」


「利便性を考えれば確かに町中のほうが色々と都合が良いかもしれませんね……」


 ここまで関所から馬車で三時間。はっきり言って遠かったわ。

 辺境伯家の跡取り息子とやらが、うんざりするのも分からなくもない。領主として大きな屋敷に住むというのは威厳を保つには良いかもしれないけれど……。


「ははは、そうさな。そもそも、この屋敷は浪費家じゃった、我が曾祖父が全財産をつぎ込んで建てたもの。家具の配置から、建築方法まで拘りにこだわって、な。建てるまで実に長い年月がかかってしもうて、完成したその日に曾祖父は亡くなってしまったんじゃ」


 ええ……。何その、皮肉すぎる話。ここ、笑うところじゃないわよね?

 こんなに立派で今見てもお洒落なお城みたいな屋敷を建てて、一日も住めなかったというの? ここからじゃ見えないけど、きっと内装にもこだわっているのね。


「それは口惜しいというか。悲しいお話ですね」


「うむ。じゃから、ワシら子孫は曾祖父の無念な気持ちを汲んで住み続けるしかないんじゃよ。息子にそれを押しつけるつもりはないが……。まぁ、それは良い。客室はきれいにしとるから、期待しておきなさい」


 辺境伯は使用人に命じて、私を客室へと案内させた。

 やっぱり、内装も凝っている。客室への廊下には近隣諸国の有名な芸術家たちの作品が飾られていた。まるで、小さな美術館みたいだわ。

 いきなり目に飛び込んできた鹿の剥製にはちょっと驚いたけど……。


「ミュー! ミュー!」

「おやおや、怖がらせてしまいましたか。ルシリア様、我が主を救ってくれてありがとうございます。あんなに楽しそうに話すのは久しぶりです」


 剥製を見て、威嚇のように毛を逆立てるマルル。

 辺境伯の使用人の一人。あのとき、大声を出して医者か治癒術師を探していた男は私に礼を述べた。

 気さくな方だと思ったんだけど、違うのかしら……。


「食事の準備が整いましたら、お呼びします。それまで、ごゆっくり」


 まるで王女様にでもなったかのように錯覚させるほどの豪華な寝室。

 アンティークの家具はどれも細部の彫刻まで凝っていて、窓の外の景色は森林が夕焼けに照らされて、きれいだった。

 よく手入れされた庭も素敵……。昼間の明るいときに花壇も見てみたいわ。


「こんなに贅沢をさせてもらって、良いのかしら?」

「ミューン!」


 そんなことをつぶやくと、マルルは私よりも先にベッドに飛び乗る。

 ふわふわで寝心地が良さそうね。

 正直に言って、今はご馳走よりも一時の睡眠が欲しいけど、寝ると起きられる自信がないわ。

 こんなに素晴らしい屋敷に住むことが出来なかったなんて、辺境伯の曾祖父って人も無念だったでしょうね……。


「ルシリア様、食事の準備が整いました。もう一人のゲストも既に到着しております」


 一時間ほどで、準備が整ったとのことで、私はマルルと共に食堂へと向かう。

 豪華なシャンデリアが照らす、食堂もまた贅沢な造りをしていた。燭台一つ、一つに至るまで、こだわりを感じる。


「き、君はルシリア? 女性のゲストというのはルシリア・フォン・ローエルシュタインのことだったのか!?」


「あ、あなたはアークハルト殿下!?」


 そこで私は思わぬ人と再会した。

 辺境伯の言うもう一人のお客様というのは、ここエルガイア王国の王太子、アークハルト殿下その人である。

 彼と会ったのは、故郷の国王陛下の誕生日パーティーに出席したとき以来。実に三ヶ月ぶりだった……。

 一瞬だけ言葉を失ってしまったわ。だって、もう一人のゲストというのが高貴な方なのは何となく察しがついていたけど、まさか本当に王族の人と食事するとは思わないじゃない。

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