ツメが甘い聖女(エキドナ視点)
あー、面倒くさいですわ。
せっかく、目障りなお姉様を追い出して悠々自適な生活が送れると思っていましたのに。
アナスタシアが邪魔をするし、オーウェン殿下は婚約者のくせにお姉様の味方をするし。
大体、わたくしの人気を知っていますの? 国家的英雄ですのよ。国家的英雄!
そんなわたくしを、愚鈍なお姉様を引き合いにして糾弾する権利なんて王族にすらありませんわ。
「やぁ、エキドナさん。ご足労いただき申し訳ありません」
「オーウェン殿下がお望みとあらば、いつなりと参上いたしますわ。わたくしは殿下の婚約者なのですから。どうぞ、何なりとご要望をお申し付けくださいまし」
「あはは、そう言ってもらえると助かります。素直に足を運んで頂けるか実はちょっとだけ心配していましたから」
何をヘラヘラとご足労いただき、ですか。
あなたが第二王子じゃなければ、とっくに無視していましたよ。
生まれ持った権威だけで威張り散らして、能力もないくせにわたくしの上に立つなんて。
本当に愚か者、ですわね。わたくしを糾弾しようなどという発想が生まれる時点で……。
「オーウェン殿下は、わたくしに何かご質問があると聞いていますが。何のお話ですの?」
「さっそく本題に入ってもよろしいのですか? お茶くらい待たれてはいかがです? お疲れでしょう?」
「お気遣い無用ですわ。確かに国民の皆さまを守るために尽力して疲れておりますが、殿下の余興に付き合う程度の体力は持ち合わせておりますから」
「これは失礼いたしました。それでは、私の余興にお付き合い頂きましょう」
その取ってつけたような丁寧な口調が気に触る。
お父様にお願いして婚約を解消してもらいたいくらいですわ。
このエキドナ・フォン・ローエルシュタインの名誉を傷付けたのですから。
「それでは、エキドナさん。あなたの主張についておさらいしましょう」
「主張、ですか?」
「ええ、あなたは自らの姉であるルシリアさんがローエルシュタイン家の家宝である“神託の杖”を破壊したと主張されている。以前、私はローエルシュタイン邸の裏庭でそれが行われたと聞きましたが、それは間違いありませんか?」
まったく、何を今さら。
ここに来て、わたくしが怖じ気づいて主張を撤回するとでも思っているんですか?
もしや、オーウェン殿下。糾弾するという形を取ったら、真実を話すとかそんな甘い考えを持っているんじゃ……。
「ええ、その通りですわ。殿下に前にもお話したとおり、お姉様はそれはそれは怖い顔をされて“神託の杖”をボロボロに。わたくしは震えて見ていることしか出来ませんでしたの」
「エキドナさんほどの聖女が、見ていることしかねぇ。アナスタシアさん、エキドナさんは巨大な魔物にも物怖じしないと仰っていましたが本当ですか?」
「うん。ボクが見ている限り、魔物を怖がったことは一度もないかな。気が強い人だし」
アナスタシアぁぁぁぁ! 余計なことを言ってやがりますわね。
ったく、うるせぇですわ。重箱の隅をつつくようなことを……。
ですが、わたくしがお姉様を止めなかったことくらいが根拠では、反証として薄いはず。
ここは堂々としているのが正解でしょう。
「信頼していたお姉様が悪事を働くなど考えられませんでした。動揺するのが普通です。魔物に抱く感情と肉親に抱く感情が異なることがそんなにおかしいことでしょうか?」
「いえ、まったく変ではありません」
「お姉様を止められなかったことが罪だと仰るのでしたら、わたくしもそれを甘んじて受けましょう」
うふ、うふふふふ、うふうふ、わたくし、演技の才能もありましたのね。
こう言っておけば反論も出来ませんでしょう。
オーウェン殿下、あなたの主張は根拠が薄いんですの。
色々と証人になってくれそうな方々を集められたみたいですが、無駄に終わり赤っ恥でしたわね。
「分かりました。それではエキドナさんの主張をまとめます。あなたはあの日の昼過ぎ頃に自宅の裏庭でルシリアさんが杖を壊す光景を見た。これで、間違いはありませんね?」
「間違いありませんわ」
何回、同じことを確認するんですの? 何度言っても無駄、無駄、無駄ですわ。
わたくしが良心の呵責から主張を覆すなんて、あり得ませんから。
もう、早く帰らせてもらえませんか? お話は終わりですよね?
人を呼びつけておいて、こんなことするなんて。オーウェン殿下も無駄な努力が好きなんですね……。
「山にいたみたいなんですよね。あの日のお昼頃には」
「――っ!?」
「あれ? どうされましたか? 何か私の言っていることに思い当たる節でも? 主張を変えても構いませんよ」
や、山にいたことを知っている?
オーウェン殿下がルシリアお姉様があの日、北の山で修行していたことを何故ご存じですの……。
まさか、目撃情報があったとか? お姉様を見たという。
いや、近くにあのときは誰もいなかった。見たとしても遠目のはず。
それにお姉様はここにはいないし、帰って来られない。面通しすら出来ないのだ。
大丈夫ですわ。わたくしがまだ絶対的に有利ですの。
「北の山でお姉様を見たという情報でもありましたか? しかし、それは見間違いだと主張します。お姉様は確かに裏庭にいたのですから」
「おやおや、私は“山”としか言っていませんのに、よく“北の山”だと分かりましたね?」
「ぴえっ?」
このクソ王子〜〜!
細かいことばっかり、口にしやがりますわね。
山といったら、北の山じゃありませんか。あの愚鈍なお姉様はそこでバカみたいに修行しているんですから。
「お姉様がそう主張しているのを聞いたからですわ。そ、そう。お父様に叱られているときに」
「そうなんですか? ローエルシュタイン侯爵」
「え、ええっと、そうだったような気もするような、しないような」
お父様もさっきからここにいるのに、なんでずっとしどろもどろなんですの?
わたくしの無罪をもっと堂々と主張しなさいよ。空気を読んでくださいまし……!
「とにかく、お姉様は嘘をついていて、実際はそこにいなかったのですから、目撃情報は見間違いと思いますの」
「それは間違いありませんか? 決して覆さないでくださいよ」
「もちろんです。わたくし、嘘が一番嫌いなのですから」
ふぅ〜、何とかやり過ごせましたわ。
お姉様の目撃情報ならいくらでも握り潰せますからね。
なんせ、追放者なんですから。立証は不可能ですの。
「まぁ、目撃情報はルシリアさんの、ではなくてエキドナさんのなんですけどね」
「ぴえっ!?」
「昼過ぎ頃にエキドナさんを“北の山”で見たという情報があったんですよ。さて、覆さないで欲しいのですが、エキドナさん。あなたはどうやって“北の山”に居ながらにして、自宅でルシリアさんが“神託の杖”を壊したことを知ったのですか? 納得のいくご説明をしてもらいたいのですが」
えっ? えっ? えっ? わ、わたくしの目撃情報? き、北の山で?
そ、そんなことって。いえ、それがあったとしてわたくしは……。
あれ? これってまさか。わたくしが犯人にされてしまったということですの……。
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