努力は才能を凌駕する
「銀十字の審判! 金鎖の呪縛!」
上空に展開した二つの魔法陣から銀色の十字架と金色に光る鎖が飛び出して、襲い来る魔物たちを蹂躙する。
間もなく、目的地に到着するんだけど海は大荒れだ。
見渡す限り、魔物、魔物、魔物……!
この“神託の杖”のレプリカのおかげで魔法の出力が上がったから何とか船に魔物を寄せ付けないでいるけど、段々、魔力が尽きないか心配になってきた。
「ようやく着いたみたいですねぇ。ほら、ご覧になってください」
「えっ?」
「なんの変哲もない海でしょう。なーんにも見えません」
「…………」
ロイドさんの言葉に反応して彼が指差す方向を見ると何もなかった。
なんで、そんな意味のないことをするのよ。
ここで、本当に合っているの? 目的地は。
「このとおり、視認出来ないので、研究チームもこの場所を見つけるのに苦労したって訳です。すべては計算で割り出しています」
「じゃあ、計算が間違っていたらどうなるっすか?」
「そりゃあ、あなた。骨折り損のくたびれ儲けですよ。僕ァ、リッケルさんたちを信じていますけどねぇ」
な、なるほど。道理でこんなに少数でここに向かった訳だわ。
他国を説得出来るほどの根拠がなかったってことね。
目で見えないものをあると証明するのは難しいわ。
私たちは宮廷ギルドの精鋭である研究者たちのことを信じているから動けるけど、他の国が人を動かすには信頼が足りない。
ここまで来たんだもの。骨折り損というのは勘弁願いたいけれど、私はせめてみんなで無事に帰ることに集中しよう。
「準備が整うまで、およそ十分。それまで、ここで耐えてください!」
「リッケルさん、了解しました~。さて、皆さん。瘴気が世界中で最も濃いとされるこの空間ですが、とんでもないお客さんがやって来たみたいですよ」
「「――っ!?」」
突如、水しぶきがあがると、グラっと大きく船は揺れ……この場は夜になった。
いえ、違うわ。夜になったと錯覚しただけ。
見上げればそこに竜の顔があった。エルガイア王宮よりも遥かに大きな、竜の顔が……。
「あ、あれって、もしかして。本で読んだことがある……!」
「リヴァイアサン、ですねぇ。伝説の怪物。海の主と言われている」
り、リヴァイアサン。まさか、その姿を見ることがあるとは思わなかったわ。
神話とかそんな類いの書物でしか存在について確認していなかったから。
ここは確かに巨大な瘴気孔があるポイントみたいね。
それの証拠のように、船ごと押し潰されそうになっているのは何とも皮肉なことだけど。
「これは槍で突くのは無理ね」
「俺が叩き切る!」
「やめなさい」
無謀にも立ち向かおうとするヴォルニットさんをフレメアさんが止める。
二人とも並のドラゴンくらいなら一撃で仕留めるくらいの膂力を持ち合わせているのに。
無理もないわ。あんなの人間がどうこうできるような相手じゃないもの。
「ロイド、ここまでサボっていたのを黙認したのはこの時のため」
「温存と言ってくださいよ、フレメアさん。僕ァ、後悔してるんですから。勿体ぶった挙げ句、リヴァイアサンみたいなのとやり合わなきゃならなくなったのは計算違いです」
あまりにも桁違いなサイズ感に圧倒されていると、ロイドさんが前に出る。
温存って、こんな事態を想定して? 確かにフレメアさんもヴォルニットさんも、私も消耗しているけど……。
でも、だからといって。あの怪物と戦うのは……。
「ロイドさん、一人では無茶ですよ」
「はい、無茶です。ルシリアさん、助けてください」
「えっと、そのう。助けたいですけど……」
今、まさに一人でリヴァイアサンに挑む雰囲気を出していたロイドさん。
でも、やっぱりそれはかなり厳しいみたい。
私に出来ることがあったら、何とかしたいけど……。
「僕ァあの大きなリヴァイアサンを止めますから。ルシリアさんはトドメをお願いします」
「と、止める!? どうやって!?」
「グオオオオオオン!」
「どうやら、こちらを認識したみたいですね。詳しく説明出来ませんが頼みましたよ」
リヴァイアサンが小さな私たちに気が付いて、咆哮する。
あんなのを止めるだなんて、嘘でしょう。でも、ロイドさんは真剣な顔をしているし。
「さて、今日は大盤振る舞いですよ。僕の魔力を好きなだけ食べてください! いでよ! ゴーレム!」
「グオオオ! ――ッ!?」
上空に巨大な魔法陣が出現してリヴァイアサンに勝るとも劣らないサイズの土の巨人が空から落下して、リヴァイアサンを蹴飛ばした。
ゴーレムの召喚!? まさかロイドさんが召喚術を使えるなんて……!
様々な怪物や神獣を自分の魔力と生命力を媒体にして契約することで使役する召喚術。
もっとも強く、もっとも危険な術として使える者は一握りだと言われている。
ここまで、力を温存していたのはいざというときに、これを使うためだったのね。
「グオオオオオオン!」
「ゴォォォォォォ!」
す、凄いわ。あの、リヴァイアサンと組み合って、力負けしていない。
これなら、何とかなるかもしれない。
ロイドさんも人が悪いわ。こんなの私の出る幕じゃ――。
「ルシリアさん! 急いでください! 僕ァあと三分しか保ちません!」
「えっ? そ、そんなに短いんですか!?」
「短いですよ、そりゃあ。見てください。あの大きさなんですよ、あの大きさ」
それは、そうかもしれないけど。
なるほど。三分の時間稼ぎが限界だから、私にトドメを刺すように命じたのか。
って、なるほどじゃないわよ。あんなのにトドメなんて……。
「いや、生き物なら急所に強烈な一撃を与えれば仕留められるはず」
私は杖を握りしめて、全魔力を集中させる。
今まで、火力不足を補おうって努力し続けたじゃない。
魔力を一点に集中させれば、その一点における貫通力や破壊力は増幅する。だから私はその技術をずっと磨いてきた。
「聖隷の矢ッ……!」
銀色に輝く光の矢を魔法陣から出現させる。
矢には私の全魔力が注入されているが、まだ威力としては心許ない。
もっと、一点集中。もっと、もっと力を込めて、一点に集める。
そして、穿つ。あのリヴァイアサンの急所を――!
この生ける者すべてを天に誘う、聖女にだけ許された光の魔法で……!
『無駄な努力、ご苦労さまですの……』
どうしてかしら。頭の中であの時の妹のエキドナの声が響くんだけど……。
でも、あの日のような鬱々とした気持ちにはならない。
私は過去を乗り越える。無駄な努力なんて、もう二度と言わせないために……!
「これで、終わりにするわ……!」
すべてを込めた、その矢を射る。
その瞬間、目の前が真っ暗になって全身の力が抜けてしまった。
うう、情けないわね。たった今、過去を乗り越えるとか格好いいことを決意したばかりなのに。
――どうやら私は一瞬だけ気を失ったらしい。
リヴァイアサンは……!? そう思ったとき、私のまぶたに何かが突き刺さる――。
「ま、眩しい!?」
気付いたとき、私は仰向けになって太陽の光を全身に受けていた。
目の前には青空が広がっている。どこまでも、どこまでも……。
何だろう。これまで、ずっと感じていた劣等感とか、そういうのも全部吹き飛んでしまったみたい――。
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