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08:刺さる疑問の棘

 その日、いつも習慣になっていたリリシャナからの昼食の誘いはなかった。


(昨日、あんなことを言ったからあの子も自重するようになったのかな)


 私の生き方は寂しいと、そう言ったリリシャナ。そんな彼女に反論するために感情と声を荒らげてしまった。

 今思えば醜態と言うべき失敗だった。あれだけ人に神の意志について語られれば仕方ない、と思う自分がいるものの、それを律してこそだとも思う。つまりは反省が必要だ。


(……とりあえず、食堂に行こう)


 最近はリリシャナと食べるのが当たり前になっていたけれども、本来はこうあるべきなのだ。

 必要以上に馴れ合う必要はない。あくまで私とリリシャナは利害が一致してるから組んでいるだけの関係であるべき。

 それにリリシャナには学ぶことがある。それが自分にとって本当に必要なのかどうかを見極めるまでは彼女と繋がっている必要がある。

 そう、ただそれだけの関係で良い。必要以上に踏み込むことも、踏み込まれることもなくて良い。



「――リリシャナさん、君はマンマセットに利用されているんじゃないのか!?」



 なのに何故、周りの人間というのは勝手に囃し立てるものなんだろう。

 食堂へと向かう道の途中、その曲がり角の先で何やら揉めているような声が聞こえてきた。

 角から様子を窺うように見てみると、そこには弁当の包みを抱えたリリシャナと見覚えのない男子生徒が複数いた。

 複数人の男子生徒に囲まれたリリシャナは困ったように眉を寄せている。


「利用って……どう考えたらそうなるのかな? 私はただリリシャナさんに頼んで合同の単位を得るために協力して貰ってるだけだよ?」

「前はその単位だって色んな人と組んで受けてたじゃないか!」

「リリシャナさんは困ってる人には手を差し伸べてくれた。なのに最近はマンマセットと組んでばかりだ」

「あのマンマセットだよ? 取得しようとしてる単位だって難しいものが増えてるじゃないか? リリシャナさんの癒やしの法術も、聖歌も優秀だ。それに目をつけられて利用されてるんじゃないのか?」


 聞こえてきた会話の内容に私は角の隅に背を預けながら耳を傾ける。そして、皮肉げな笑みを浮かべてしまう。

 私がリリシャナを利用している。それは間違いない。それを指摘してくれるような友人がいるんじゃないか。だったら、潮時なのかもしれない。

 面倒事を抱えてまでリリシャナと繋がっている理由は私にはないのだから。



「――勝手なこと、言わないで」



 それは、初めて耳にするようなリリシャナの怒りの声だった。声は低く、確かな感情の熱を込められた声は僅かに震えていた。


「オルエラさんの事を何も知らない癖に、言いがかりは止めて。私が色んな人と組んで単位を取得してたのは自分のためだよ。困ってる人がいれば放っておけないのもあるけど、困ってなかったら頼まないよ。だってお互い様じゃなくなるでしょ?」

「リ、リリシャナさん……?」

「お、俺たちは……ただ君を心配して……」

「心配されるようなことをする人じゃないよ、オルエラさんは。どうしてそうやって彼女を悪者に仕立て上げようとするの? 貴方たちには関係ない話でしょ。これは私とオルエラさんの問題なの」


 今までにないぐらい強い言葉でリリシャナは己の意志を男子生徒たちに向けて語る。

 リリシャナの言葉を受けて、誰もが気まずそうに顔を見合わせる中で誰か一人が声に出して問いかけた。


「じゃあ、あのマンマセットが困ってるっていうのかよ。一人で何でも出来て、他人なんか見下してるような奴が。あんな奴を助ける理由があるのかよっ!」


 あぁ、彼の言う通りだ。私は別に困ってなどいない。一人で生きていける。人間なんて大嫌いだ。人間なんかに手助けされる理由なんかない。


「じゃあ、誰か一人でもオルエラさんに嫌われないようにって努力した人はいるの? なんでオルエラさんが人を嫌うのか、彼女の気持ちを考えたことがある人がいるの?」


 なのに、それすらもリリシャナは否定しようとする。私が認めていることをリリシャナがムキになって否定するのは滑稽ですらある。

 なのに私は笑えなかった。失望もしなかった。ただ戸惑うことしか出来ない。リリシャナが何を考えているのかがまったく読めない。


「嫌ってくる人を好きになれなんて言わない。でも、オルエラさんは周りを嫌ってるからって自分から嫌がらせをした? 誰かに酷いことをしたの? 自分から誰かを傷つけようとした? してないでしょ? しないよ、オルエラさんは。だって他人に興味がないんだもの」

「そ、それは……」

「なのに、なんで貴方たちは勝手にオルエラさんが悪者だと思って私にそんな事を言うの? 私を心配している? そうね、心配してくれてありがとう。でも、凄く迷惑だよ」

「め、迷惑って……こっちはリリシャナさんを心配して!」

「それが自分勝手だって言ってるでしょ! オルエラさんを悪者だって決めつけて、心配してるからって私に好き勝手言って! 迷惑だって言ってるでしょ! 私たちの関係に何も知ろうとしない人たちが口を出さないで!」


 遂には火が付いたように怒りを露わにするリリシャナに男子生徒たちは怖じ気づくように一歩、後ろに足を引いた。


「……チッ、なんだよ! 心配してやってんのに! リリシャナさんがそんな人だったとは思わなかったぜ! 行こうぜ! 結局、優秀な奴は優秀な奴で組むんだとよ!」

「結局、色んな人と組んでたのも善意からじゃなくて、相手が困ってればつけ込めるってことだったんだ。失望したよ。君がそんな計算高い人だとは思わなかった」

「そんなに嫌われ者になりたいならなればいいさ! あの見下し屋のマンマセットと組んでさ!」


 次の瞬間、男子生徒たちは掌を返したように憎まれ口を吐いてリリシャナへと叩き付ける。リリシャナが唇を震わせたけれど、すぐに意を決したように睨み返す。

 険悪な空気を撒き散らして睨み合う両者を見て、私は――。



「――人の昼食を待たせておいて、面白そうな話をしてるのね」



 ――自然と、一歩を踏み込んでいた。

 リリシャナの視線も、男子生徒たちの視線も私に向けられる。誰もが驚きに目を見開いている。


「リリシャナ、遅いわよ」

「オ、オルエラさん……!? も、もしかして今の聞いて……」

「誰でも通るような往来でこんな話をしているなら聞かれても仕様がないでしょ。考えればわかることよ」


 リリシャナに咎めるように言うと、彼女は怒りの表情を霧散して小さく縮こまってしまった。

 それを見てから私は男子生徒たちへと視線を向ける。ひっ、と小さく悲鳴を漏らす者も中にいて溜息が出そうになる。


「貴方たちは、文句を言う相手が違うんじゃないかしら……?」

「うっ……お、俺たちは……!」

「リリシャナに謝りなさい。貴方たちだって一度はこの子に助けられたんじゃないの? 困ってないと助けないって言うのは、それで対等になるからでしょ? リリシャナは一人で受けられる単位が少ないんだから。それがお互いの交換条件だったんじゃないの?」


 あぁ、苛々する。なんで私がわざわざリリシャナの弁明なんてしてやらなきゃいけないのか。なのに言葉は止まらない。


「施し、施されるような関係がいいならそうだって言いなさい。どうして対等の条件で組もうとしているリリシャナが責められるのよ? 私を組んだことが一体どういう罪なのよ? 私はこの子を利用して、この子も私を利用してる。それの何が悪いことなの? 何が正しくないの? どうしてリリシャナが失望されるような目に合わなきゃいけないの? 言ってみなさい。理由を言えないならリリシャナに謝れ」


 勝手に失望して、自分の思い通りにならないからと言って憎まれ口を叩き付ける男たちに私の怒りが沸々と沸き上がってくる。

 これは別にリリシャナのためじゃない。私が気に入らないから、ただ潰したくなっただけだ。

 私の怒りが膨れあがる度に男子生徒たちは震えるだけで何も言わない。苛立ちのまま、そのまま一歩踏み出そうとするとリリシャナに肩を掴まれた。


「ダメだよ、オルエラさん」

「……リリシャナ?」

「……別に謝って欲しいなんて思ってない。勝手なことをしないで。この人たちに謝罪されても私は許せない。許せないから謝罪されたってどっちも嫌な思いをするだけだ。だからそんなの要らない。ご飯、遅れてごめんね。だから、行こう?」  


 どうでも良い、と言わんばかりに一度だけ男子生徒を睨んでからリリシャナは言い切った。そのまま弁当箱を持っていない手で私の手を掴んで強引に引っ張る。


「ちょ、ちょっと、リリシャナ?」

「良いから。――ダメだよ、オルエラさんは強いんだから。あんなの無視していいの」


 今にも唇を噛みしめそうな表情でリリシャナは私に言う。私の手を握る手に力が入って少し痛い程だった。


「無理して、私を助けようなんてしなくていいから」

「……別に助けようとした訳じゃない。ただ腹が立っただけ」

「だったら、そんなみっともない事をするのはオルエラさんらしくない」

「らしくないって……」

「他人なんてどうでも良いんでしょ、わかってるから。だから良いの、それで良いんだよ。誰かを嫌える人ってね、人の良くない所ばかり見るからなんだよ。それなら何も見なくて良い」


 リリシャナの言葉に私は思わず息を呑んでしまった。何かを嫌うということは、その対象をよく見ているからだと。それは私にとって衝撃だった。

 じゃあ、私が人間を嫌うのは人間に関心があるから? 憎しみを抱くのは、それだけ人を見ているから?


 人間なんてどうでも良いと思っていた。だけど、それは無関心だからじゃない。憎いから、憎んでいたんだ。人は愚かで、どうしようもなくて、救いようがないと思っていた。

 私は人を憎んでいる。でも、それはそれだけ人を見ていたから? 人に正しさを見出そうとしていたから?

 でも、リリシャナは私に他人なんて見なくて良いといった。それが、何故か自分の胸に刺さった。刺さった棘は根を張るように私の心に絡みついていく。


 リリシャナに絡んでいた男子生徒たちのことなど、最早頭から抜けていた。

 私は、ただリリシャナの言葉によって胸に刺さった疑問の棘に思い悩むことしか出来なかった。



 

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