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02:陽光の少女

 オルエラ・マンマセット。年齢、十六歳。性別、女。

 雪のような白い髪、鮮やかな紫色の瞳に日焼け一つしない肌。顔立ちは人間の容姿の造形としては優れている方。

 イェシュア聖国にある聖ヨーイトナ学園の在校生。学園始まって以来の最高成績と単位取得数を誇る天才児。


 私という人間のプロフィールを並べれば、このような自己紹介となる。

 そして付け加えるとするならば、オルエラ・マンマセットは〝元・天使〟である。

 何故、天使が人間になったのか? それは私が神の創り出した人間に害意を持ったことが理由だ。


 この世界を生み出した神は、書を世界に見立てて様々な法則を描き出した。

 しかし、神は世界に法則を記すのを止めた。神が己で書に記すことを止めたのはいつの頃だったかはわからない。

 少なくとも私が天使として産まれた頃には、神は新たな法則を打ち立てた人間を新たな従神として迎え入れ、世界に新たな法則を刻んでいった。


 世界はいつしか神が創るものではなく、神の相似形である人間が新たな法則を見つけ出しては世界に刻むものになっていた。

 そして、それは世界をどんどんと歪なものにしていった。概念が人の手によって作られる中、時には対立する概念も生まれてしまうこともある。


 あるいは、既存の概念を駆逐するための新たな概念を打ち立てる者さえもいた。

 そして人は争い、互いに傷つけ合った。人の争いは人だけに留まらず、世界や他の生命も傷つけていった。

 幾度も繰り返し、それでも人は争うことを止められない種族なのだと私は悟った。


 だからこそ私は、人が神の力を授かるには相応しくない生命だと思うようになった。

 神は何故、人の自由を許すのか? 世界を乱す存在である人は正さなければならない存在なのではないか?

 その問いの答えは得ることは叶わなかった。神は何も答えず、私は同胞だった天使たちによって翼を奪われ、地に堕とされた。

 

 そして、次に目を覚ました時には私は脆弱な人間として生まれ変わっていた。

 私の絶望が、一体誰に理解出来るというのだろうか。あんなに忌み嫌った人になることが、私が神の意志に逆らったことに対する罰なのかとさえ思った。


 人は、やはり醜かった。

 脆弱な身体と精神。自己の利益を優先し、他人を蹴落とすことも厭わない。同じ人間という種でありながら相手を尊重することもなく、時には同族殺しすらも躊躇わない。

 富を集める者は栄え、貧しい者は苦境の中に息絶えていく。同じ人間なのに人間たちは互いに認めず、貶し合い、傷つけ合い、殺し合う。


 反吐が出そうだった。いっそ、この命を断とうかとさえ考えた。

 それでも、このまま死ぬのは許せなかった。そうして生き存えた私は神へと繋がる道を思い出した。


 リライター。それは神から力を授かった者たちの中でも、更に突き詰めた新たな法則を打ち立てることを許された者。

 もし、リライターになることが出来れば世界の理を書き換えることが出来る。ならば、人として転生してしまった私を天使に戻すことも出来るかもしれない。

 それがオルエラ・マンマセットの人生の目標となった。必ずや神の力を授かり、天使として舞い戻って改めて神に真意を問うために。

 何故、人に神の力を授けたのか。何故、人を咎めず、世界を自由にさせているのか? この疑問に納得のいく解答を求めて。


 そして私は血が滲むような努力を重ねて、リライターの道を開くために聖ヨーイトナ学園にやってきた。

 リライターとしての資格を得るためには、推薦を受けた上で試験を突破しなければならない。中には在学期間中に資格を得られるものもいるらしい。

 そうと聞けば力を出し惜しむ必要はない。時間が許す限り、自分を高め、数多くの単位を取得してきた。成績も歴代最高の生徒だと言われるほどに。


 それでも、まだ私には推薦がかかるような声はない。その現状に思わず歯噛みをしてしまう。


「……やはり、成績ではなく他者への貢献が足らないのか」


 今までの自分の取得した単位や、評価された成績表を確認してから溜息を吐いてしまう。

 能力は優秀、しかし協調性に問題があり。もっと人との交流を。そんな事を言ってくる教師や先輩の顔が浮かび、私は舌打ちをしてしまう。


「……何故、人間のために私が何かしてあげないといけない?」


 他人の努力など、見えないものだからと平気で嘲笑い、厚意を受けても当然と受け入れて報いることもしない。

 それが人間だ。そんな人間にわざわざ私が労力を支払ってやらなければいけない理由がわからない。

 神は言った。汝、隣人を愛せよ、と。しかし、人間など愛すべき一面など存在しない。あったのだとしても、そんな一面を表に出せるのは一握りだけだ。そして、そんな僅かな善性にも泥を塗るのが人間だ。


「人間は、欲望を満たすために生きるだけの愚者だ」


 神は美しい世界を作り出したのに、人間はその美しい世界を浪費するだけの存在だ。

 やはり、人間が生かされている理由が私にはわからない。けれど答えを問おうにも、手段を得るためにはやはり人間と関わって生きていかなければならない。


「……面倒だ」


 あぁ、本当に。心の底から人間として生きるのは面倒の一言に尽きる。



   * * *



 神から与えられた力、それは法術と呼ばれる。

 世界の法に則って行使される術、故に法術。この法術は使用者がどれだけ法術に対して習熟しているかで同じ法術でも力量差が出る。

 法術の習熟を上げるのには幾つか道筋があるが、大きく分けて私は修行型と理論型と呼び分けている。


 修行型は、ひたすら法術を扱うことや身体や精神を鍛えることで自分に自信を持つことで法術の強度を上げていく方法。

 理論型は、法術の仕組みと理論を深く学ぶことによって悟りを開き、その確信によって法術の強度を上げて行く方法。


 別にどちらであっても法術に差が出る訳ではない。人に合った習熟方法があるというだけの話だ。そして、私はどちらも実践している両立型だ。

 なので学びの機会を逃してはいけない。最大の効率で、最大の成果を得るために。


「〝治癒(ヒール)〟……か。今まで興味はなかったのだけど……」


 〝治癒(ヒール)〟。それは自分や他人の傷を治す癒しの法術。

 以前は他人を治癒することに関心を持てず、自己治癒を覚えるぐらいなら相手に触れさせないほどに強くなれば良いと思っていた。


 しかし、今はその強さが仇になってしまったのかもしれないとは思う。

 模擬戦を誘っても筋肉馬鹿のガアルぐらいしか受けてくれなくなっていたのは薄々と感じていた。

 最悪、教師を相手にすれば単位は貰えるのだからと問題視していなかったけれども、その姿勢そのものが評価に値していないというのなら話は別だ。


 汝、隣人を愛せよ。

 今更、そんなことを言われた所で人間を愛することなど出来ない。私は人間は滅ぶべき種族だと思っている。それを曲げることは出来ない。

 それでも振りだけは見せた方が良いかもしれない。ならば手っ取り早い方法は何か? と考えた末に行き着いたのがこの〝治癒〟だった。


 人は脆弱だ。何かあればすぐに怪我を負ってしまうし、病にだってかかる。

 〝治癒〟は癒しの法術としては基本であり、そこから派生して様々な癒しの法術が歴代のリライターたちによって世界に刻まれていった。

 そんな癒しの法術を多数収めたものは、この聖ヨーイトナ学園を支援している教会に〝聖女〟として将来を誘われることもあるのだとか。


 別に聖女になりたい訳ではないけれども、率先して人に貢献出来るわかりやすい方法として癒しの法術を学ぶのはありだと考えた。

 考えれば即実行、こうして授業を受けに来た訳だけれども……誰も私の席に近づこうという者はいない。

 遠巻きにしている者たちの中には、小声で何か囁き合っているような者たちもいる。その姿を見て、私は溜息を零す。


 人は異質なものを恐れる。その恐怖が過ぎれば、人は倫理を捨ててでも異質なものを排除しようとする。

 その法則は同じ人にさえ適用される。それのなんとも野蛮で、恐ろしいことなのか。聖女を目指す道の一つである癒しの法術を学ぶものでさえこれなのだ。


(……やはり、人間など)


 滅びれば良い。奥歯を噛みしめ、僅かに軋んだような音を立てる。このまま外界から意識を逸らして自分の思考に没頭しようとする。

 自分に声を向けられたのは、まさにそんな時だった。


「あれ……? 貴方って、もしかしてオルエラさん?」

「……はい?」


 名前を呼ばれて顔を上げると、そこには私と同じ黒いワンピース型の制服を纏っている少女がいた。

 蜂蜜色のふわふわとした髪。愛嬌のある赤茶の瞳はまん丸に見開かれていて私を見つめている。程良く健康的に日焼けした小麦色の肌が活発な印象を抱かせている。

 年は同年代だけれども、見覚えのあるような相手ではない。なのに、彼女は何故だか嬉しそうに微笑んだ。


「わぁ、まさかオルエラさんと一緒に授業が受けられるなんて感激! え、オルエラさんも癒しの法術に興味があるの? それとも、もしかして聖女希望だったり?」

「……あの、突然なんなんだ?」

「あぁ、ごめんなさい! えっと、私、オルエラさんとお知り合いになりたいなー、って前から思ってたというか、ずっと密かに憧れていました!」


 慌ただしい動きに合わせて揺れる蜂蜜色の髪と、元気の良さがまるで太陽を思わせるような少女。少し困惑しながらも彼女を見つめていると、そっと胸に手を当てて彼女は言いました。


「私、リリシャナ! リリシャナ・リーネン! オルエラさんと同い年の筈で、えっと、お、お友達になってくれませんか!?」


 それが私と彼女――リリシャナとの出会いの瞬間でした。


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