01:人嫌いの元天使
「オルエラ・マンマセット! 今日こそ今までの屈辱を晴らす時だ! 我が修練の果ての拳を受けるが良い!」
「……その空まで響くんじゃないかという声で私を名指しするのは止めろ、ガアル・ガナン。そして君との模擬戦は飽きた」
私、オルエラ・マンマセットは指を指しながら叫ぶ金髪碧眼で筋骨隆々な少年、ガアル・ガナンに返答する。
声が呆れたものになるのは仕方ない。私は彼との模擬戦で一度たりとも負けたことがないからだ。
「俺が目指すのは、最強! この聖ヨーイトナ学園で学びを経て、俺は最強のリライターになるんだ! ならば、この俺に敗北を味合わせたお前を俺は超えなければならない!」
「……君の妄言に付き合う気は毛頭ない。それに君の手の内はわかっている。進歩もない脳筋に付き合うのはうんざりだ」
「ははは! 相変わらずの人嫌いっぷりだ! だからこそ、最早お前と模擬戦をしたいと望むのは俺ぐらいなものだ! という訳で、単位を落としたくなければ俺と模擬戦をするのだぁっ!」
思わず舌打ちが零れた。ガアルの指摘は私の痛い所を突いていたからだ。
この聖ヨーイトナ学園はリライターの活動を支援し、育成を推奨するイェシェア聖国で運営されている巨大組織だ。
多くのリライターの卵がここで教えを学び、それぞれの道を進んでいく。
ここで問題となるのが教育内容だ。リライターの性質上、己がどのようなリライターを目指すかで教育方針が大きく変わってしまう。
だからこそ、生徒は自分が受けたい授業を選択して受講したり、単位取得のための論文や提出物を学園に提出することで単位を得る。
今回、私が必要としている単位は模擬戦の記録が必要になる。だが、私は彼の言う通り人に避けられているのでそもそも模擬戦が出来ない。
「……君も当然知っていると思うが、私は模擬戦の単位を落とした所で痛くも痒くもない。そもそも相手がいなければ教師に願い出れば良い」
「勿論知っている! だが、ヨーイトナ学園始まって以来の最多となる申請単位の取得数、その成績の優秀さから天才であると名高いお前のことだ! たかが単位の一つ、落とした所で痛くも痒くもないのも事実だろう! 教師に頼めば良いというのも事実だ!」
「なら、この話はここまでだ。君の相手をしなくても私は困らない」
「しかし、それはお前にとっての汚点ではないのか! 神の原書の教えが一つ、隣人を愛せよ! この根幹たる教えを守らぬお前への心証はどうなるか!」
「……」
それは神が人に与えた〝原書〟に記された序文にある教えだ。
一つ。汝、己を高めよ。
二つ。汝、隣人を愛せよ。
三つ。汝、繁栄を目指せよ。
これはリライターとして生きる上で大原則とされていて、力だけあれば良いとはならない。
「単位を落とせば黒星が一つ、お前にとっては取るに足らないものかもしれないが、周囲の目はどうだ? どうだ、今まで積み重ねてきた功績に対して惜しいとは思わないのか!」
「……よく言った。ならば、君には更なる黒星を記させてやろう」
「リライターの卵たるもの! 黒く塗り潰された歴史を綴り直せずしてなんとする!」
まったく、暑苦しい奴だ。正直、何の益にもならないが、単位を落としたくないのは本音だ。期限も近い以上、ここで妥協しておくしかない。
……今度から模擬戦で取得出来そうな単位項目は諦めた方が良いかもしれない。
* * *
模擬戦のための訓練室を借り受け、担当者の確認を受けながら模擬戦を行う。この記録を提出すれば単位が取得出来るかどうか判定して貰える。
勝敗は関係なく、どんな戦いをしたのかが重要視されるのが模擬戦の記録だ。正直、ガアルとの模擬戦の記録ばかり増えていってどんな評価されているのかは私も気になる所だ。
「ふはははは! 今日こそお前に勝つ! 行くぞ、オルエラ!」
「時間は有限なんだ。御託はいいからさっさと始めよう」
「良いだろう! では、行くぞ! ――〝身体獣化:獅子〟!」
戦いを前にして戦意を増していたガアルが叫ぶのと同時に、彼の筋骨隆々だった身体が更に膨れあがる。金髪は鬣のように大きく広がり、爪は鋭く伸びる。その背後には尻尾まで現れ、ふるりと揺れる。
その見た目は獅子の半獣人。これがガアルの得意とする法術、〝身体獣化〟だ。人体に獣の特性を付与し、身体能力を向上させる。
身体獣化は使用者によってどのような獣になるのかは自由に決められる。同じ身体獣化という術式でも、使用者によって大きく性質が変わる法術の一つだ。
「……〝身体強化〟」
対する私が唱える法術は、ただ純粋な〝身体強化〟。ただ、だからといって〝身体獣化〟に劣るとは限らない。
法術は、その法術をどれだけ習熟しているのかで同じ術でも使用者によって差が出るものだからだ。
「オラァッ!」
「ッ!」
豪快なガアルの拳に合わせるようにして拳を打ち合わせる。衝撃が空気を震わせ、弾けるようにして私たちは拳を引く。
そして、再びガアルが拳を振りかぶる。今度は打ち合わせるようなことはせず、ステップを踏んで懐に潜り込もうとする。
「ふんぬぁっ!」
「ちっ!」
懐に入ろうとする動きはガアルの膝蹴りで防がれる。懐に入り込もうとして気を窺うけれど、ガアルが息を吐かせる間もなく攻め立ててくる。
拳、蹴り、時には尻尾を振り回しての牽制まで入れてくる。まるで嵐のような猛攻だ。それを避け、弾き、捌いていく。
しかし、それでもガアルは笑みすらも浮かべて猛攻を繰り返す。
「オラオラオラオラオラッ!!」
「相変わらず、一辺倒な攻撃だ……!」
「力こそ、パワーだッ!!」
ノリで吐いてるとしか思えない言葉と共に叩き付けられる拳が地面を抉る。確かにパワーだけなら学園の中でも上位に食い込むだろう一撃。
「それも、当たらなければ意味がない」
「ぬぅっ!?」
「攻撃は的確に当て、最大限の効果を発揮させなければならない。――〝衝風撃〟!」
大きく振りかぶり、伸びた拳を打ち上げるようにして掌底をぶつける。触れた瞬間、私の掌から衝撃波が放たれてガアルの拳を宙に浮かせる。
がら空きになった身体にもう片方の手の掌底を腹へと叩き付け、同じように〝衝風撃〟を叩き込む。
私の得意とする法術は〝身体強化〟だけでなく、風や空気を扱うもの。風を操ることで生まれた衝撃の一撃がガアルの身体を吹き飛ばす。
「ぐはぁっ!?」
「君の動きの予測は終わった。今度はこちらから攻めさせてもらう」
はっきり言ってガアル相手に負ける気はしない。相手のリズムも崩し、大きな一撃も与えた以上、万全ではなくなったガアル相手に私の勝利は揺らがなかった。
それは例え、どれだけガアルが粘ろうとも変わりはしない。数十分後には大の字に倒れ伏して呼吸を荒くしているガアルが私の目の前にいた。
「……く、っそ……参った……」
「……勝敗は明らかだっただろう。もっと早くに降参して欲しいものだがな」
「俺は……諦めねぇ……いつか……お前を認めさせてやるぜ……オルエラァ……!」
呼吸を荒くし、言葉も途切れ途切れになりながらガアルが言う。そのガアルの言葉に私は目を細めた。
「私が他人を認めることなど、今後あり得ないさ」
――私は、お前たち〝人間〟が嫌いだからな。