第92話 ブリュアーノ財団支部
ブリュアーノ財団。クレメンス連合最大の都市サン・マルツィアに本拠を置き、大陸各地に支部を持つ大商会だ。
北方のナウガルト家と並び、大陸最大の財閥として知られている。
ここ、トリーニャにあるのはその支部だが、それでもさすがの規模の建物だ。
入口からして立派な門構えで、門前に2名の警備兵が立っている。
「そのまま馬車で右側にお入りください、直通の取引所が御座います」
「案内ありがとうございます」
丁寧な門番の指示に従って、建物の右側の大きな入口に入ると、そこにはすでに複数の馬車が停められていた。
「お客さん一杯来てますねー」
「金細工のお高そうな馬車もいくつかあるね、盗賊に襲われたいのかな?」
いつも素直に感心しているアイスに対し、血生臭い世界で生きてきたユディの視点はバイオレンスだが間違ってはいない。
高級そうに見えるという事は、狙う側からすれば美味しい獲物だろう。
「お高そうな馬車は貴族のものだと思う。買い付けに来てるんじゃないかな」
馬車を見ていたカデュウ達に、従業員らしき制服を来た男性が近づいてくる。
「紹介状はお持ちでいらっしゃいますか」
「え、特にないのですが……」
「申し訳ございません、当財団支部は紹介状をお持ちの方のみ、取引をさせて頂いております。心苦しいのですがどうかお引き取りを……」
やはり高級志向の商会だけあって、庶民は門前払いのようだ。
いや門の中には入っているのだが。
コネ目当てに寄ってくる木っ端商人の相手を、一々していられないのはわかる。
「それでは、私が紹介人になりましょう」
「は?」
突然クロスが、良くわからない事を言い出した。
「ルクセンシュタッツ国王ルメーゲが娘、クロセクリス・フォン・ルクセンシュタッツです」
つまり王女の看板を持ち出す事で、身分の証明としようという事だ。
王侯貴族相手の商売で、真贋がわからない者が判断を下すわけにはいかない。
露骨に怪しい者ならばともかく、高品質な馬車に乗っている美少女だ、真実味は決して低くない。
「は、はは。少々お待ちくださいませ、主に相談してまいります」
「凄いねクロス」
「滅亡したとはいえ、一応お姫様、つまりブランド物でしょう。そこそこの看板ぐらいの役には立ちそうかなって」
少しその場で待機し、先程の従業員が戻ってくるのを待つ。
「お待たせ致しました。クロセクリス王女殿下。先程は大変失礼を致しまして、申し訳ございません。主の下へご案内致します。こちらへお越しください」
「いきなり偉い人とご対面になっちゃったよ? そこまでは別に求めてなかったというか、むしろ気が重くなるんですけど」
「小国とはいえ、王家相手なら、その場の最上位の者が会うのは普通の事ね。本物なのかどうかっていう確認の意味もあるんじゃない? その情報が何の役に立つかはさておいて、後々の為に色々な角度の情報を集めているのでしょうね」
「僕、一般庶民なんですけど……」
「私の家族なのだから、王家の一員といっても過言ではないでしょう」
「過言です! 血繋がってないです! 滅亡したんだからクロスも庶民でしょ!」
「魔村長様がご謙遜を……、魔王陛下の一番の僕じゃない?」
「魔王さんは庶民みたいなものですー、ただの村人ですー」
「魔王を庶民扱いとかすげえ暴論だな」
おいおい、という表情でシュバイニーがツッコミを入れる。
カデュウがとなえた魔王庶民説は共感を得られなかった。
「いつも通りアサシン扱いの方が良いのでは?」
「アサシンじゃないし! ごくノーマルな冒険者だよ、アイス!」
「……カデュウはわがままばかり、もっとお菓子を買うべき」
「前後繋がってないんですけど!? イスマが食べたいだけだよね!」
ゆっくり動く賑やかな馬車はいつの間にか止まっていた。
「あの、大変申し訳ございません。到着致しましたが……」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
困った声で外から知らせてくれた従業員に、カデュウは平謝りするしかなかった。
「それじゃシュバイニーさん、酒樽お願いします」
「あいよ」
「じゃ、行ってくるね。みんな良い子で大人しく待っててね」
「大人しい良い子ですとも」
「……いいこだぞー」
狂犬人斬りな良い子とか、フリーダムな良い子とか、寝てる金髪ロリ師匠とか、暴力の世界で生きてきた傭兵娘とか、色々と不安になる子達だが、信じるほかはない。
カデュウ、クロス、そして荷物持ちのシュバイニーのみで交渉の場へと向かった。
「クロセクリス王女殿下、並びにお供の方々、ようこそいらっしゃいました。私、ブリュアーノ財団トリーニャ支部を預かります、アントニオ・ブリュアーノと申します」
壮年の男性がカデュウ達を迎える。
アントニオと名乗った男は、立ち上がったまま適度な距離まで歩み寄った。
「クロセクリス・フォン・ルクセンシュタッツです。お目通り頂けたことを感謝致します」
「……早速ですが、ぶしつけな事をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。王女の名を騙る偽物かもしれませんしね」
クロスの率直な物言いに、アントニオは薄い笑みを返す。
「私とて、お美しいあなたが王女殿下ではない、などと疑いはしませんが、財団としての役目でして、形式上の質疑をお答えいただければと思います」
「どうぞ」
「何か、ルクセンシュタッツの王家の証明のようなものをお持ちでしょうか?」
「王家の剣ならば持ってきておりますが、武器を持ち込むわけにも行きません。生憎、馬車に置いてきました」
「ははは、なるほど。……ルクセンシュタッツ王国は滅びた、と確認しておりますが、その際に王家の生き残りが居た、というのは初耳です。どのように脱出されたのですか?」
「王家の隠し通路より敵が侵入して参りましたので、窓から壁を伝って外へ。そのまま野山を駆け巡り、かろうじて逃げ切る事が出来ました」
「窓から壁……、野山……。納得が行きました。ルクセンシュタッツ王家は武を嗜むと聞きます、帝国の侵入ルートも私どもの情報と一致します」
この侵入ルートを明確に答えられた事が決め手になったのだろう。
王家の隠し通路から逃げたなどと答えたら、嘘だと判明する。
また、滅びた小さな王家の生き残りを騙っても、あまり意味もない。
商売をする上での、紹介状代わりになるかどうかという程度の話だ。
「疑った事をお詫びいたします、王女殿下。こちらにはどのような御用でしょうか? 王家秘蔵の品の売却ですか? それとも王国再興のお話でしょうか」
金銭が必要となって王家の品を手放すなら立派な取引相手だ。
王国の再興などと寝言を答えたら体よく利用されるのかもしれない。
どちらでも、財団としての商売には繋がるのだろう。
「いいえ。……王家が滅びる前に作られた、最後のルクセンシュタッツワインを取引して頂きたく思います。……あちらにお運びして」




