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第90話 伝説はかく語りき

「この大陸のどこかに、封じられた伝説の大迷宮があって、そこにはワグナーという名の伝説の魔術師が……」

「ああ、宮廷魔術師ワグナー・ワードクロイツか。あやつは余の宝物庫からアウブ・シェル・マリオンという神器を盗んでいってな、余自ら出向いて倒し封印したのだ」


 いつの間にかその場に来ていた魔王の姿にタックは驚くも、他の伝説を探そうと少し考える。


「……イルミディム地方のとある地には、悪魔公ラドゥと呼ばれるヴァンパイアロードが支配する領土があっ」

「おお、ラドゥ・バートリか。余がその地の守護を命じたら、忠実に守りすぎて守護以外何もしなくなったというクソバカタレだぞ」

「くそぅ……伝説の当事者が語るとか卑怯だじぇ!」


 最も有名な伝説上の存在の魔王自らが語り、しかも背景まで教えてくれるのだ。

 歴史の壁に遮られた吟遊詩人の伝聞とは、比較にならない生の情報であった。


「そんなものより、余が知らぬ時代の話はないのか?」

「……えーと、えーと。レヒア地方には灰色熊が大量に生息するという、フォレスト・オブ・グリズリーという森があるんだじぇ! ベアーが!」

「それただ熊が一杯いるだけの森ですよね、伝説でもなんでもないですよね」

「余の知らぬ話ではあったが、多分、余の時代でも同じだったと思うぞ……」


 熊が一杯いるだけの森なんて、魔王であれ皇帝であれ縁はないと思う。


「イルミディム地方の伝説の数々は……」

「余よりも遥か昔の時代の話なら、その辺りは城の書庫で読んだな。今だ神の影響が色濃い時代の英雄達の逸話、空中都市の伝説、霊鳥ベンニクスだの災厄竜エキドゥナ・ザカーファだの石化の魔獣カルカトリスだの、どの英雄がどれを倒したみたいな話なら知っておるよ」

「ですよねー……てか、僕より詳しいじぇ。封印された後の時代じゃないとだめか……」


 古い時代の話なら、古い時代の人の方が史料揃ってそうだしなぁ。

 今では古代ミルディアス帝国の崩壊によって失われた書物など無数にありそうだ。


「それじゃー……。北のノルドランド地方には海で暮らすドワーフ、シードワーフ達がいて、デナール帝国として広大な領地を支配していたんだけど」

「やっとまともそうな話になったか」

「その帝国の末期にシードワーフの冒険者達が遥か彼方の大陸を目指して出航した、っていう伝説があるんだ」


「僕達の先輩にあたる、探検者とか開拓者といった部類の人達ですか」

「その後、どうなったの?」


 先を促すクロスに対し、タックは困った顔で答えるしかなかった。


「……さあ?」

「ええ……」

「だって、実際に大陸を見つけたにしろ、海の藻屑になったにしろ、僕らにはわからないじゃない。だから後は噂だけなんだよ。見事に大陸を見つけ、定住したという噂もあるし、大きく航路がずれて、南方に来て海賊になったとか、色々だね」


 確かに、出航した者達が戻ってこないのなら、真実を知りようもない。

 定住目的が達成されたのならば、帰ってこなくても不思議はないし。

 行く事は出来たが帰る事が難しいという可能性もあり得る。


「海の向こうの伝説っていうのは昔からあるからねー。はじまりの地とか、竜の大陸とか、灼熱の大陸とか、巨人大陸とか、精霊の島とか、伝説は盛沢山さ」


 灼熱の大陸はイスマ達が居たという場所だと聞いている。


「一杯あるんですねー。勉強になります」

「ふむ。今の世には伝わっておらんのか。いや、民草が知らぬだけかもしれんが」

「魔王さんはその辺りの事、ご存じなんですか?」

「冒険の楽しみというものを奪ってはいかんからな。余が教えてもつまらなかろう」


 なるほど、未知は自分達で挑戦した方が楽しいという事か。

 知識として教えてもらうよりは、実際に体験した方が感動も違ってくるだろう。

 問題は、カデュウらは別に探検者ではないという点だが……。


「悠久口伝を調べよ、余からのヒントだ。はっはっは」


 思わせぶりな言葉を残して、魔王は去っていった。

 そんな事言われても、当分は開拓しなきゃいけないんですけども。


「しかしタック先輩、あのまま北側に抜けなくてよかったんですか?」

「情報屋で聞いたら場所が逆だったからね。レム・ヴェルのとこ通ったほうが早いとわかったからね。マーニャ地方を通ってイルミディム地方に向かうよ」


「ハクアさんに上手く出会えるといいんですけど……」

「ハクアに会ってこの村まで連れてくるじぇ!」

「お願いしますね、タック先輩」


「でも、マーニャ地方に出るのなら、転移陣で送ってあげれば?」

「それもそうだね!」

「何それ、そんなのあったの! 早く言ってよー!」


「タック先輩を送るついでに、不足してきた物資の買い出しに行ってこようか」

「それがいいでしょうね。私の服も買ってくれるでしょうし」

「え?」

「まさか、他の子に服をあげたのに私だけ仲間外れ?」


 ニッコリとほほ笑むクロスに妙なプレッシャーを感じたカデュウ。


「いや、その……予算が……。はい、前向きの姿勢で善処します」


 危機を回避しようとしどろもどろに曖昧な言葉でぼかすのであった。


「昔、大臣が言い訳でよく言ってた言葉ね」

「便利な言葉だじぇ!」

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